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あすなろおじさん

Author:あすなろおじさん

「近・現代史」に興味があり、日々「美しい国・日本」を夢見ているちょっと(?)歳をとったちょっと太めの“あすなろおじさん”です。※※※※※※※※※
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記憶に残したい動画・他
坂井三郎さん
ひょんなことから「大空のサムライ」の著作で有名な坂井三郎氏について少し調べていた。私も大分以前になるが「大空のサムライ」を読んだことがある。毎晩寝る前にベットの中で睡眠薬代わりに読んでいたのだが、その時は内容に引き込まれてしまい寝不足になってしまったことを覚えている。

坂井三郎氏の逸話は数多い。色々と感銘を受けた言葉もある。全てを思い出すことは出来ないが一つだけ今でも確りと思い出すことができる言葉がある。何かの著作、あるいはテレビ番組で語っていた言葉で、至って簡単な言葉である。

「自らの生死を自分で決めることの出来る今は素晴らしい時代だ」

坂井氏が一言一句この通り語ったわけではないが、言いたかったことは「今は素晴らしい時代」であり、その理由は「自らの生死を自分で決めることが出来る時代」だからという主意は間違っていないと思う。

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大東亜戦争 | 【2007-10-24(Wed) 19:37:08】
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大東亜戦争とは


そこには美があり醜があり、勇があり怯があった。


神坂次郎(こうさか・じろう)氏の著作“今日われ生きてあり”の一節である。正にその通りだと思う。私は“醜”“怯”を凝視しつつも、その“美”“勇”を語り続けていきたい。


俺たちの苦しみと死が、俺たちの父や母や弟妹たち、愛する人たちの幸福のために、たとへわづかでも役立つものなら…



これも同著の巻頭を飾る言葉であり、この“言の葉”を書いた長谷川信(まこと)少尉は大正11年(1922年)4月12日福島県会津若松に生まれ、21歳の時に陸軍へ特別操縦見習士官として入営、昭和20年(1945年)4月12日沖縄天号作戦において特攻戦死している。享年24歳(23歳)。彼の昭和19年(1944年)11月29日の日記に記されていた言葉である。

大東亜戦争 | 【2007-10-14(Sun) 15:58:50】
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大西洋憲章
“大西洋憲章”も調べて見よう。“大東亜宣言”はこの“大西洋憲章”を念頭において(意識して)起草された可能性がある。


THE Atlantic Charter

The President of the United States of America and the Prime Minister, Mr. Churchill, representing His Majesty's Government in the United Kingdom, being met together, deem it right to make known certain common principles in the national policies of their respective countries on which they base their hopes for a better future for the world.
atlantic_charter2First, their countries seek no aggrandizement, territorial or other;

Second, they desire to see no territorial changes that do not accord with the freely expressed wishes of the peoples concerned;

Third, they respect the right of all peoples to choose the form of government under which they will live; and they wish to see sovereign rights and self government restored to those who have been forcibly deprived of them;

Fourth, they will endeavor, with due respect for their existing obligations, to further the enjoyment by all States, great or small, victor or vanquished, of access, on equal terms, to the trade and to the raw materials of the world which are needed for their economic prosperity;

Fifth, they desire to bring about the fullest collaboration between all nations in the economic field with the objector securing, for all, improved labor standards, economic advancement and social security;

Sixth, after the final destruction of the Nazi tyranny, they hope to see established a peace which will afford to all nations the means of dwelling in safety within their own boundaries, and which will afford assurance that all the men in all the lands may live out their lives in freedom from fear and want;

Seventh, such a peace should enable all men to traverse the high seas and oceans without hindrance;

Eighth, they believe that all of the nations of the world, for realistic as well as spiritual reasons must come to the abandonment of the use of force. Since no future peace can be maintained if land, sea or air armaments continue to be employed by nations which threaten, or may threaten, aggression outside of their frontiers, they believe, pending the establishment of a wider and permanent system of general security, that the disarmament of such nations is essential. They will likewise aid and encourage all other practicable measures which will lighten for peace-loving peoples the crushing burden of armaments


Franklin D.Roosevelt

Winston S.Churchill

August 14, 1941

※画像は“アメリカ合衆国公文書館”より転載。文章は"Wikisource"を参照。



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大東亜戦争 | 【2007-10-02(Tue) 00:11:10】
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大東亜宣言
“大東亜宣言”には良いことが書かれている。それが虚偽だとかはったりだとか言う前に一度は全文を読んで見よう。私も今回初めて全文を読んでみた。お恥ずかしい。

ある意味“日本の聖戦”を信ずる私でさえこうなのだから“大東亜宣言”を全文読んだことがある日本人は少ないのではないだろうか。にも拘らず批判ばかりする。矢張りどこかがいかれている。今の日本は。

以下に全文を転載する。しかし、おかしい。孫引きではあるが“大東亜会議の真実 アジアの解放と独立を目指して PHP新書 (PHP新書) / 深田 祐介”にはこのとき列席した「大東亜各国」の首脳は

汪兆名(中華民国国民政府代表)
 張景恵(満州国代表)
 バー・モウ(ビルマ国代表)
 ワンワイタヤコーン(タイ国代表)
 ホセ・ラウレル(フィリピン共和国代表)
 チャンドラ・ボース(自由インド仮政府代表)

 オブザーバーとして、
 スカルノ(インドネシア共和国参議院議長)

 そして主催国日本の、東條英機(日本国代表)


と書かれているそうだ。スカルノ氏はオブザーバーであるから仕方がないとしてもチャンドラ・ボース氏は如何なことか記載がない。原本(自筆署名入り)があれば確認が取れるのだが今のところ見つからない。“国立公文書館”でも探してはみた。探し方が悪いのであろう。“国立公文書館”に原本が無いことは考え難い。もしかしたら“デジタル化”が出来ていないのであろうか。それてとも“GHQ”に持ち去られたのだろうか。何れ調べて見よう。

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大東亜戦争 | 【2007-10-01(Mon) 00:11:47】
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日印の友情
“A beautiful India song : A memory of Japanese army”を理解する為には“India - Japan friendship”も観るに越したことはない。但し少し長い。上映時間は9分程かかる。私の知る限り“史実”に基づいて描かれている。ナレーションの声などからして“A beautiful India song : A memory of Japanese army”とは同じフィルムの一片であろう。残念ながらソース元の確認が取れない。全編を通して観てみたいものだ。



大東亜戦争 | 【2007-09-30(Sun) 14:17:57】
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日本兵士を讃える歌
“A beautiful India song : A memory of Japanese army”というタイトルの動画があった。直訳すると“インドの美しい歌:日本軍の想いで”ということになろうか。久しぶりに動画をアップして見よう。



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大東亜戦争 | 【2007-09-30(Sun) 13:56:20】
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日露講和条約(ポーツマス条約)
“外務省のホームページ”によると“日露講和条約調印書(仏文)(1905年9月5日)”と記されているが“仏文”の資料は見当たらない。尚“和文の全文”は“国立公文書館 アジア資料センター”で確認は出来るものの“和文の原本”は無いのであろうか。

“日露講和条約”は第一条から第十五条の“本条約”と“追加約款”第一条から第二条の合計十七条約項目からなる。

“国立公文書館 アジア資料センター”より転載
英文原本
日露講和条約1 日露講和条約2

日露講和条約3 日露講和条約4

日露講和条約5 日露講和条約6

日露講和条約7



“日露講和条約(ポーツマス条約)”の続きを読む>>
大東亜戦争 | 【2007-09-24(Mon) 15:09:06】
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日清講和条約(下関条約)
“日清講和条約(下関条約)”の原本(画像)が見つからない。“国立公文書館”にもなかった。“外務省外交資料館”でも検索してみたが見つけられなかった。探し方が悪いのかもしれない。

【追記】
“国立公文書館”の“日露戦争特別展”の中にあった(国立公文書館アジア歴史資料センター日露戦争特別展⇒日露戦争写真館⇒外務省外交資料館)。何故“日露戦争”なのだろう?因みにこの“日露戦争写真館”には“日清講和条約の画像(和文)”はあるが“日露講和条約の画像(和文)”がない。但し“英文の画像”はある。単純なミスであろうか?

日清講和条約1 日清講和条約2

日清講和条約3 日清講和条約4

日清講和条約5 日清講和条約6

日清講和条約7 日清講和条約8

日清講和条約9 日清講和条約10

日清講和条約11 日清講和条約12

日清講和条約13

“日清講和条約(下関条約/馬関条約)”は“本条約”が第一条から第十一条からなり、それとは別に“議定書”が第一条から第三条まで、そして“別約”も第一条から第三条まであるようだ。

正直始めて知った。こんなに“長い文面”であることを。全文を掲載する前に改めてその要旨だけを確認する。

“日清講和記念館のホームページ”より転載

日清講和条約

第一条 清国は、朝鮮国が完全無欠なる独立自主の国であることを確認し、独立自主を損害するような朝鮮国から清国に対する貢・献上・典礼等は永遠に廃止する。

第二条 清国は、左記の土地の主権並びに該地方にある城塁、兵器製造所及び官有物を永遠に日本に割与する。

第三条 清国は、遼東半島、台湾、澎湖諸島を日本に割譲する。

第四条 清国は、賠償金2億両(約3億円)を日本に支払う。

第五条 清国は、沙市、重慶、蘇州、杭州を日本に開放する。

第六条 清国は、日本に最恵国待遇を認める。


 開港開市の規定などについては、英仏などの欧米列強は既に最恵国待遇を得ていたので、日本も同じく恩恵に与ることが出来た。なお、賠償金はその後の三国干渉による遼東半島の代償の3000万両(4500万円)を含めて3年分割でイギリス・ポンド金貨にて支払われた。日本はこれを財源として長年の悲願であった金本位制への復帰を遂げた。



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大東亜戦争 | 【2007-09-23(Sun) 00:10:28】
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“第一次世界大戦”宣戦の詔書
“宣戦の詔書”を調べていたらもう一つ見つかった。以外であった。私の記憶からは消えてしまっていた。しかし、よく考えて見ればある意味大事な、重要な“宣戦の詔書”である。日本(大日本帝国)はこの戦役で“戦勝国”ではあったが戦後処理(対応)を間違えたと私は考えている。そしてその間違いが大きかった。以後の悲惨な状況を齎した元凶であると考えている。

日本(大日本帝国)は“第一次世界大戦”にも“日英同盟”の締結国であるイギリスの要請にもとづいて参戦した。

“独逸国ニ対スル宣戦ノ詔書①~④”

“国立公文書館 アジア歴史資料センター”より


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大東亜戦争 | 【2007-09-22(Sat) 17:48:45】
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日露戦争宣戦の詔書
“日露戦争”に関してのネット上での情報の多さには驚かされた。

“国立公文書館の日露戦争特別展(公式文書に見る日露戦争)”より

日露戦争宣戦詔書1 日露戦争宣戦詔書2

日露戦争宣戦詔書3 日露戦争宣戦詔書4

日露戦争宣戦詔書6 日露戦争宣戦詔書8


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大東亜戦争 | 【2007-09-22(Sat) 00:01:53】
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日清戦争宣戦の詔書
“宣戦の詔書”にはその理由及び目的が記されている。“日清戦争”の目的とは?そしてその理由とは?

“宣戦の詔書①~④”

“国立公文書館 アジア歴史資料センター”より)


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大東亜戦争 | 【2007-09-21(Fri) 23:21:38】
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少し休憩
“大東亜戦争”の様相(原因)について色々と考えを巡らして見ると、現状では未だ“勝者の歴史観である太平洋戦争史観”の影響から“満州事変”を基点として考えることが一般的になってしまっているが、矢張り最低でも“日清・日露戦争、そして第一・二次世界大戦”の理解なくしてその歴史的判断を下すことは出来ないと思う。歴史は“点”でとらえるのではなく“線”で見つめなければならない。

イデオロギーや政治的影響力を排除して検討して見ることも必要である。さもなければ“歴史の真実”は見えてこない。

本日はちょっと休憩。

大東亜戦争 | 【2007-09-20(Thu) 23:54:50】
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(モスクワ会談)米英ソ三国外相会談
いわゆる“モスクワ会談”とは正式には“カイロ会談”の三週間ほど前に行われた米英ソ三国外相会談(1943/10/19~1943/10/30)”のことを指すようだが“米英ソ三国外相会談”という呼称よりも他の史実とされている※“五つ”の“共同謀議”と同様に“開催地の地名”で呼ぶ方が覚え易そうだ。
(※①カサブランカ/1943年1月/米・英②カイロ/1943年11月/米・英・中③テヘラン/1943年11月/米・英・ソ④ヤルタ/1945年2月/米・英・ソ⑤ポツダム/1945年7月/米・英・ソ

確かに他の“首脳会談”とは違ってあくまでも“外相会談”であるので自ずからその性格は異なるにしろ、以下のサイトで記述されていることが事実であるならば今現在もロシアとの領土問題(北方領土)を抱え、尚且つ戦勝国のプロパガンダである“侵略戦争”“南京大虐殺”等の非難に晒されている我が国においてはけして忘れてはならない重要な連合国の“会談(共同謀議)”の一つであり、内容である。

参照したホームページのメインタイトルは“北方領土問題”で、その中のサブタイトル“ソ連対日参戦の要請ーカイロ会談とテヘラン会談”のページの一部を以下に転載する。

“(モスクワ会談)米英ソ三国外相会談”の続きを読む>>
大東亜戦争 | 【2007-09-18(Tue) 22:38:19】
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ヤルタ会談
戦後62年を経過しても未だに“ヤルタの亡霊(ヤルタ協定)”は生き続け、我が国日本を侵略し続けている。“非常識”が未だに罷り通っている。

ヤルタ会談“ウィキペディア(Wikipedia)”より
ヤルタ会談は、1945年2月にソ連クリミア半島のヤルタで行われた、F.ルーズベルト(アメリカ)・チャーチル(イギリス)・スターリン(ソ連)による首脳会談。

連合国の主要3カ国首脳の会談が行われた結果、第二次世界大戦後の処理についてヤルタ協定を結び、イギリス・アメリカ・フランス・ソ連の4カ国によるドイツの戦後の分割統治やポーランドの国境策定、エストニア、ラトビア、リトアニアのバルト三国の処遇などの東欧諸国の戦後処理を発表した。

併せてアメリカとソ連の間でヤルタ秘密協定も締結し、ドイツ敗戦後90日後のソ連の対日参戦および千島列島、樺太などの日本領土の処遇も決定し、これがその後も日本とソ連(現在のロシア)両国の間の長年の懸案となった、いわゆる「北方領土問題」の原因となった。

また、その後正式に発足した国際連合の投票方式について、イギリス・アメリカ・フランス・中華民国・ソ連の5カ国(後の国際連合常任理事国メンバー)の拒否権を認めたのもこの会談であった。



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大東亜戦争 | 【2007-09-17(Mon) 21:56:45】
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カサブランカ会談
テヘラン会談、カサブランカ会談、ヤルタ会談と続けて調べていて少し疲れてしまった。何れにしろ“テヘラン会談”同様に資料が少ない。要するに“枢軸国に対して無条件降伏を要求する方針を確認”した連合国首脳による会談とだけ覚えておくことにしよう。日本にとってはそれ以上でもそれ以下でもなさそうだ。

カサブランカ会談“ウィキペディア(Wikipedia)”より
カサブランカ会談(Casablanca Conference)は、第二次世界大戦中に行われた連合国の首脳会談の一つ。1943年1月14日から23日にかけて、モロッコのカサブランカにおいてアメリカ大統領フランクリン・ローズヴェルトとイギリス首相ウィンストン・チャーチルによって行われた。

内容としては、アフリカ作戦の成功後、シチリア島・南イタリアへの上陸作戦をとることを確認したことと、枢軸国に対して無条件降伏を要求する方針を確認したことが挙げられる。



大東亜戦争 | 【2007-09-17(Mon) 21:54:07】
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テヘラン会談
“ポツダム会談”、“カイロ会談”とくれば“テヘラン会談”、と“カサブランカ会談”そして“ヤルタ会談”も忘れてはならない。これらの会談は連合国のそれこそ“共同謀議”の実態ともいえなくもない。

“テヘラン会談”の続きを読む>>
大東亜戦争 | 【2007-09-17(Mon) 21:52:19】
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カイロ宣言
“カイロ宣言”は現在に至るも非常に大きな問題を含んでいることを知った。この“Cairo communique”は“ポツダム宣言(Potsdam Declaration)”の根拠の一つであると共に、現在の“台湾問題”そして“北方領土問題”の要の一つでもある。

カイロ会談昭和18(1943)年11月22日~26日にかけてエジプトのカイロにおいて、ローズヴェルト米大統領とチャーチル英首相、そして蒋介石中華民国主席の三首脳により行われた会談を受けて 、翌月の12月1日に発表された“声明(communique)”が“カイロ宣言”と一般的には言われている。但し、ポツダム宣言の第8項においては確かに“宣言(Cairo Declaration)”との表現が使われてはいるものの、日本側の資料(国立国会図書館)を見ても分かる通りそこには“Declaration(宣言)”という文字は記されていない。あるのは“communique(声明)”という単語(文字)だけである。また、公文書であれば必ずなければならない三首脳の“署名”さえも見当たらず、このことが“幻の公文書”と言われる所以であり、イギリス政府自身もその存在を公式に否定しているともいわれている。

カイロ会談においては日本の無条件降伏と満州・台湾・澎湖諸島の“中国”への返還、“朝鮮”の独立などについて話し合われ、降伏後の“日本の領土を決定した会談”とされており、カイロ宣言での対日方針がその後の連合国の基本方針となって“ポツダム宣言”に継承されていく。

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大東亜戦争 | 【2007-09-16(Sun) 23:24:19】
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大東亜主義
今私が読み進めている“抹殺された大東亜戦争”の中に孫文“大東亜主義の講演”について書かれている箇所があった(P268)。

“西洋覇道の鷹犬となるか、或は東洋王道の干城となるか”との言葉は有名ではあるが全講義内容に目を通したことはない。

1924年(大正13年)12月28日、神戸高等女学校の講堂にて行われた講演である。

一通り目を通してみた。

「東方の文化と西方の文化との比較と衝突の問題であります。東方の文化は王道であり、西方の文化は覇道であります。王道は仁義道徳を主張するものであり、覇道は功利強権を主張するものであります。仁義道徳は正義合理によって人を感化するものであり、功利強権は洋銃大砲を以て人を圧追するものであります。」

「仁義道徳こそは我が大アジア主義の好個の基礎であります。」

「貴方がた、日本民族は既に一面欧米の覇道の文化を取入れると共に、他面アジアの王道文化の本質をも持って居るのであります。今後日本が世界文化の前途に対し、西洋覇道の鷹犬となるか、或は東洋王道の干城となるか、それは日本国民の詳密な考慮と慎重な採択にかかるものであります。」


●鷹犬(ようけん)=手先に使って、人をおしのけさせるもの。鷹狩の犬。 
●干城(かんじょう)=守ること。国の守り

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大東亜戦争 | 【2007-09-15(Sat) 00:04:04】
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降伏文書調印に関する詔書
“降伏文書調印に関する詔書”がある。ここでは既に“…帝国政府及大本営…”と主語が二つに分かれている。“連合”国に気兼ねしてバランスをとったのであろうか。それとも“責任のなすりあい”であろうか。ここには何か一つの“敗戦の原因”が見え隠れしているように私には思える。けして“軍部”だけの責任ではないであろう。

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大東亜戦争 | 【2007-09-14(Fri) 00:22:05】
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降伏文書
“降伏文書”の原本がないかネットで探してみた。“日本側の資料(P14)”“連合国側の資料”を参照する。

アメリカ国立公文書記録管理局
(United States National Archives and Records Administration “NARA”)


降伏文書1 降伏文書


尚、日本側の資料の署名欄は“噂”通り書き直しがされているようである(鮮明度が足りず少し見にくいが)。

日本代表団が立ち去ろうとしたときに日本の外務省補佐官が気づいたのだが、降伏文書の日本側の写しの署名欄が誤って記入されていた。カナダ代表が一行とばしてフランスの欄に署名していたのだった。そこから全て一行ずれて、最後のニュージーランド代表は欄外の余白部に署名していた。そこでサザーランドが国名欄を万年筆で線を引いて消し、署名の下に国名を記入した。…(“降伏調印式でのエピソード”より)

“降伏文書の署名欄”
koufuku2



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大東亜戦争 | 【2007-09-14(Fri) 00:07:41】
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ポツダム宣言
日本(大日本帝国)は1945年(昭和20年)7月26日、“アメリカ、イギリス、中華民国”の三カ国による共同声明である“降伏の勧告”を受けた。

世にいう“ポツダム宣言”である。

ポツダム会談そもそも“ポツダム宣言”は、先に敗戦した日本の同盟国であるドイツの首都ベルリン郊外のポツダムに於いて、アメリカのトルーマン大統領とイギリスのチャーチル首相、そしてソビエト連邦のスターリン書記長の三カ国の首脳間で行われた会談(ポツダム会談)で決定された“対日戦争終結条件”に基づき宣言された“降伏勧告”であるが、当時ソビエト連邦は日本と“日ソ中立条約”を締結して中立の立場をとっていた為、代わりに“中華民国”を加えた三カ国首脳の共同声明として発表されたという。

日本(大日本帝国)はこの降伏勧告である“ポツダム宣言”を8月14日に受諾する。

この“ポツダム宣言”も全文を通して読んだ記憶が私にはない。近・現代史に興味があるといっておきながら情けないことである。

また、“ポツダム宣言”を調べていると“ポツダム宣言は無効”との言葉に出会ってしまった。今更“無効”だといわれても困ってしまうが、どうやらその条文の第八条の“カイロ宣言の条項は履行せらるべく”の一文が問題であるらしい。

何れ“カイロ宣言”についても調べて見よう。

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大東亜戦争 | 【2007-09-13(Thu) 00:13:39】
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終戦の詔書
“大東亜戦争終結の詔書”も読み直して見ることにする。

敗戦の年(1945年)の昭和20年8月15日に発せられたラジオでの“玉音放送”については良く知られていることである(詔勅“玉音放送”)。

しかし、その原文である“大東亜戦争終結の詔書(P1P2/3P4/5P6/7)”を読んだことがない人も多くいるのではないだろうか

恥ずかしながら私自身も“全文を通して”読んだ記憶はない。しかも意味を噛み締めて熟読したことも一度もない。

改めて読んでみたいと思う。

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大東亜戦争 | 【2007-09-12(Wed) 01:32:47】
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“大東亜戦争”の政府見解
“開戦の詔書”について調べていたら“大東亜戦争という呼称についての政府見解”を見つけた。

鈴木宗男議員は頑張っている。そもそも戦後外務省を免官になった“杉原千畝”氏の名誉回復に尽力したのが鈴木宗男議員だったと私は記憶している。

“善行”は忘れ去られ“悪行”だけが取り沙汰される。

鈴木宗男議員がマスコミにいじめられて逮捕されなければ“北方領土”は日本へ帰ってきていたかもしれない。

大局の読めない政治家、そしてマスコミ。或いは何か“陰謀”があったのであろうか。

現在、“日本の領土”である“北方領土”“ロシアによる実効支配が強化”されている。

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大東亜戦争 | 【2007-09-11(Tue) 22:48:18】
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開戦の詔書
大東亜戦争には“開戦の詔書”がある。そこには“戦争目的”そして“開戦の理由”が確りと記されている。私たち日本人は“この目的”の為に闘ったのである。

日本が闘った“大東亜戦争”は、けして“近代の欧米諸国”や“現代の中華人民共和国”のような“侵略”を目的とした戦争ではない。

少なくとも当時の日本人は“東洋平和”“世界平和”そして“自存自衛”の為に命を賭けて闘ったのである。

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大東亜戦争 | 【2007-09-11(Tue) 20:59:02】
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マオ 誰も知らなかった毛沢東
日本が闘った“大東亜戦争”が“真実”どのような戦いであったかを知る為にはまだまだ時が必要なようである。

悲しいことに“真実”を明らかにすることは“様々な利権”の障害になる。このことを私たち日本人は確りと理解しなければいけない。さもなければけして“歴史の真実”を知り得ることは出来ないであろう。

また、闇雲に“歴史の真実”だけを追い求めることも避けなければならない。“真実”は時によっては今の平穏な世の中を破壊する強力な武器になってしまう。

“心の中に留めて置かなければならない真実”がある。

しかし、だからといって“歴史の真実”を見失ってはいけない。

少なくとも私たち日本人は“大東亜戦争”の“真実”そして“意味”を“イデオロギー”や“利権”の為に覆い隠し、尚且つ捏造することはせず、“誠の心”を持って見つめなければならない。

このことは戦後の平和な日本で暮らす私たちの義務である。

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大東亜戦争 | 【2007-09-10(Mon) 00:03:21】
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従軍慰安婦
“従軍慰安婦”を喧伝している日本人、及び韓国人には呆れかえるばかりだ。

しかし、呆れかえってばかりにはいられない。

既に“米下院本会議で日本政府に公式的な謝罪を求める日本軍「慰安婦」関連決議案が採択”されている。

“従軍慰安婦”という“捏造された史実”を政治的に利用して金銭を巻き上げようとしている輩がいる。金銭とは“私たち日本人の税金”のことである。

そして、そのような卑劣な行為を幇助する政治家・マスコミが日本には沢山いる。

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大東亜戦争 | 【2007-09-08(Sat) 17:35:19】
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フライング・タイガース
日本とアメリカの戦争は1941年12月8日の“真珠湾攻撃”から始まったと言われている。

“フライング・タイガース”

これは“支那事変”当時に“中国国民党軍”を支援した“アメリカ合衆国義勇軍(American Volunteer Group,AVG)”の愛称である。

アメリカとの戦闘は“1941年12月8日”以前に既に始まっていた。これは“歴史的な事実”、“史実”である。

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大東亜戦争 | 【2007-09-08(Sat) 16:15:46】
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“地理的”な認識
先の大戦(大東亜戦争)で日本は欧米諸国と戦った。アメリカと戦い、オランダと戦い、イギリスとも戦った。しかし、考えてみてもらいたい。“何処”で戦ったかを。

大東亜戦争 | 【2007-09-07(Fri) 02:22:19】
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“十字架演説(ナザレのイエス)”
1932年12月8日、国際連盟の総会に於いて日本首席全権の松岡洋右は、満州事変を契機に国際的非難に晒される日本を“磔に処せられるイエス・キリスト”になぞらえて“十字架演説(ナザレのイエス)”を行い、その正当性を主張した。

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大東亜戦争 | 【2007-09-07(Fri) 01:46:49】
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マリア・ルーズ号事件
“抹殺された大東亜戦争”の第三章“明治維新の世界史的意義”の第2項“明治維新こそ東亜開放の序曲であったー苦力を開放したマリア・ルーズ号事件”に私の知らなかった“史実”が書かれていた。

“マリア・ルーズ号事件” 。

早速ネットで検索してみたが、不思議なことに“マリア・ルーズ号事件”に関して情報が少ない。

取り敢えず“東洋の魔笛”“RAIN'S PHOTO GALLERY”のブログ、そして“中国の奴隷制度”のホームページを参照する。

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大東亜戦争 | 【2007-09-07(Fri) 01:13:21】
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