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あすなろおじさん

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「近・現代史」に興味があり、日々「美しい国・日本」を夢見ているちょっと(?)歳をとったちょっと太めの“あすなろおじさん”です。※※※※※※※※※
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報道されない史実
 “報道されない史実”とタイトルを付けては見たものの、“産経新聞(Net View)”だけには報道されている。因みに他の新聞(ネット)で調べてみたけれども、矢張り“産経新聞だけ”の報道であった。呆れ返るのは“毎日jp”。“つぶやく”つもりでコピペはしては見たものの、余りのバカらしさに“つぶやく”のは止めにする(“続き”参照)。“宮城晴美”さんは“女性史家”と紹介はされているけれども、この記事の内容が事実であるとするならば“女性史家”とは“歴史家”のことではなさそうだ。おそらく“活動家”の別称であろう。
 とりあえず、今のところ“産経新聞でしか報道されていない記事(史実)”を以下に抜粋して転載する。

『戦後間もない昭和25年に沖縄タイムス社から出された沖縄戦記「鉄の暴風」(初版は朝日新聞社刊)では、それぞれの島に駐屯していた日本軍の隊長の命令によって集団自決を強いられたとされ、大江健三郎さんの「沖縄ノート」や家永三郎さんの「太平洋戦争」など多くの に引用されてきた。』

『…ただひとり生き残った女子青年団の宮城初枝さんが生前の昭和50年代に、「梅沢少佐の自決命令はなかった。戦後、遺族の方が援護法の適用を受けられるように、事実と違う証言をした」などと娘や梅沢さんに告白している。』

『 村長の解散支持が出された後の3月26日未明、宮平さん一家7人は梅沢少佐の配下にあった整備中隊の壕に行った。そこで、秀幸さんが中隊長の中尉に忠魂碑前で自決できなかったことを話すと、中尉は「死に急ぐことはない。1人でも多く生き残るべきだ」と話し、軍が保管していた玄米、乾パン、乾燥梅干しなどを与えられた。
 宮平さん一家は第1戦隊第2中隊の壕でも、別の中尉から、コンペイトウ、ミカンの缶詰、黒糖アメなどをもらったという。』


『 日本側の記録によれば、その後、いずれの将校も米軍に斬り込み、戦死している。』

2008年2月23日 産経新聞(Net View)より2008.02.23.sankei.02

『 座間味島では今も、宮平さんを含め、日本軍のことを悪く言う住民は少ない。』

『…沖縄県の元援護担当者の照屋昇雄さんが「軍命令は遺族の援護法を適用するための創作だった」と証言し、軍命令説はほぼ否定された。』

『 文部科学省はこうした学問状況を踏まえ、日本軍に集団自決を強制されたとする断定的な教科書記述に検定意見を付けたが、検定意見の撤回を求める沖縄県議会の決議などに押されて、検定後の訂正申請で、軍の強制を意味する記述の復活を認める異例の措置をとった。』


 さすが“毎日”。これだから“朝日”と“毎日”は信じられない。因みに“毎日新聞”は戦前戦中の一時期は“東京日日新聞”と名乗っていた。日本を戦争へと導いた元凶である。おそらく贖罪感に苛まれて社名変更をしたのであろう。あるいは“隠蔽工作”か。“隠蔽・捏造報道”“朝日・毎日(TBS)”の得意技であるから。

“毎日jp”より

沖縄集団自決:女性史家、新版で「軍命令あった」の新証言

宮城晴美さん 第二次大戦時の沖縄・座間味(ざまみ)島の集団自決について、那覇市の女性史家、宮城晴美さん(58)が、「新版 母の遺(のこ)したもの」(高文研)を30日に出版する。

 00年12月出版の前作「母の遺したもの」(同)は、宮城さんの母初枝さん(90年12月死亡)が生前に語っていた「集団自決を座間味村の助役が申し出るのを見た」との証言を掲載し、波紋を広げた。今回は前作をベースにしながら、助役が「軍の命令があった」旨の話をしていたとの新たな証言を追加し、助役の自発的な申し出を逆に否定的に見る内容になっている。

 宮城さんによると、村助役の妹が昨年6月、宮城さんに「兄は『軍からの命令で、敵が上陸して来たら玉砕するように言われている』と言っていた」と証言した。前作時にも取材したが、当時は証言が得られなかったという。

 さらに、助役の別の妹も「父が『もうどうにも生き延びられんのか』と言うと、兄は『軍から命令が来ているんですよ』と答えた」と証言したという昨年9月の沖縄タイムスの報道も盛り込んだ。

 宮城さんは、これらの証言から「助役が集団自決を申し出た」時より前に、軍が助役に住民を自決させるよう命令していた可能性が高いと指摘する。

 また、「住民が国の補償を得るために『軍命令』とする話を作った」という説にも反論。国が補償の調査を始めた1957年より前の55年に書かれた「地方自治七周年記念誌」(沖縄市町村長会)にあった「部隊長の命により、若い者は最後まで戦い、老人子供は玉砕するようにとのこと」との記述を収録した。

 宮城さんは「住民は勝手に死んだのではない。軍の責任は問われるべきだと訴えたい」と話している。

 2100円で、全国の書店で販売。問い合わせは高文研(03・3295・3415)。【三木幸治】

 【ことば】座間味島集団自決 米軍は1945年3月下旬、慶良間列島に上陸。座間味島では171人の住民が集団自決した。05年8月、同島の当時の戦隊長らが「自決を命令したと書かれ、名誉を傷つけられた」と、岩波書店と「沖縄ノート」の著者、大江健三郎さんを提訴。根拠の一つに宮城さんの母初枝さんの証言を挙げた。昨年12月に結審した。防衛省の防衛研究所は、初枝さんの証言などを根拠に、所蔵資料に「戦隊長命令はなかった」との見解を添付。今月になって「不適切」と見解を削除した。

毎日新聞 2008年1月22日 15時00分 (最終更新時間 1月22日 15時58分)

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沖縄集団自決 | 【2008-02-23(Sat) 18:09:56】
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