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あすなろおじさん

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「近・現代史」に興味があり、日々「美しい国・日本」を夢見ているちょっと(?)歳をとったちょっと太めの“あすなろおじさん”です。※※※※※※※※※
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浅田真二中尉の遺書
ことの真贋はともかく、

このような話を“戦争賛美”だと揶揄し、非難する方々がいる。



「アメリカの青年達よ。東洋には、すばらしい国がある。

それは日本だ。

日本には君達が想像もつかない立派な青年がいる。

ああいう青年がいたら、やがて日本は世界の盟主になるに違いない。奮起しろ!」

硫黄島での戦いの時に第五艦隊司令長官としてアメリカ海軍を指揮したレイモンド・A・スプルーアンス海軍大将の言葉です。

彼は戦後、この言葉を伝えるべく全米各地を公演して回りました。
彼が、このように日本の事を言うようになったのは、次のようなエピソードがあったからです。

1ヶ月近く激戦を繰り広げ、多大な犠牲者を出して、アメリカ軍が硫黄島を占領したあくる日のことです。
岩山の穴の中から負傷した日本の陸軍少佐が降伏のしるしのハンカチをもって出てきた。

彼は
「司令官はいないか。穴の中には、有能な30名の青年達が残っている。彼らを日本のため世界のために生かしてやりたい。私を殺して彼らを助けてくれ。」
といいました。

少佐を引見したスプルーアンスが
「お前も部下達も助けてやろう」
というと、彼は
「サンキュー」
といって絶命しました。

その後、アメリカ軍は、青年達が残っている穴の中に煙草や缶詰を投げ入れたりして、残された青年達に穴から出てくるよう勧告をしますが、彼らはそれに応じず抵抗を続けました。

数ヶ月間の抵抗の末、やがて何名かが餓死し、最後に残された者たちは手榴弾で自決して果てました。

その爆発がした時に、スプルーアンス司令官が穴の所に飛んで行くと、穴の入り口に英語と日本語で書かれた手紙がおかれていました。

「閣下の私達に対する御親切な御厚意、誠に感謝感激に堪えません。
閣下より戴きました煙草も肉の缶詰も皆で有り難く頂戴いたしました。
お勧めによる降伏の儀は、日本武士道の習いとして応ずることができません。
最早(もはや)水もなく食もなければ、十三日午前四時を期して、全員自決して天国に参ります。
終りに貴軍の武運長久を祈って筆を止めます。」


旧日本兵2万2000人が戦死。今だに1万3000人あまりの遺骨がみつかっていない。


昭和二十年五月十三日
日本陸軍中尉 浅田真二
米軍司令官スプルーアンス大将殿」
(祖国と青年 平成7年6月号)


私には、

“二度とこのような悲しみを繰り返してはならない”

という、“不戦の誓い”にしか読み取れないのだが・・・。
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凡人の独り言 | 【2016-03-31(Thu) 08:03:41】
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