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「近・現代史」に興味があり、日々「美しい国・日本」を夢見ているちょっと(?)歳をとったちょっと太めの“あすなろおじさん”です。※※※※※※※※※
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藤岡信勝さんの論考に思う

“2007.10.24付msn産経ニュース”より

…あの戦争で国と国民のために命をかけて戦った軍や軍人を虚偽に基づいてはずかしめるようなことをする国は滅びる。沖縄の県民感情を利用した反軍反国家反体制運動に屈して教科書検定制度を崩壊させてはならない。


 何故このような“まともな論考”がマスコミでは余り取り上げられないのであろうか。おそらくその理由は、“まとも過ぎる”のが原因かもしれない。
 “まとも過ぎる”と“儲からない”というのが決して認めることはないであろうが、マスメディア人たちの“本音”であろう。
 報道(ニュース)は“奇を衒(てら)う”ことが必要だ。さもなければ“ニュース”にならない。ニュースにならなければ飯の食いあげである。だから報道は“奇を衒う”ことが大切になってくる。
 昔、学生時代に「犬が人間に噛み付いてもニュースにならないが、人間が犬に噛み付けばニュースになる」と“マスコミ原論”か何かの講義で教え諭された記憶がある。だとすれば、これはマスコミ(マスメディア)の“アカデミックな原則”であって間違った捉え方ではないことになる。したがって“まともな論考”は余り報道されない、と不本意ではあるけれども“とりあえず”結論付けておくことにしよう。


【正論】集団自決と検定 拓殖大学教授・藤岡信勝
“トリック報道”で世論誘導

2007.10.24 04:06(トピックス:大学教育)


fujioka-nobukatsu■「軍の関与」も認めてはならない

 ≪一点の瑕疵もない検定≫

 高校日本史の教科書検定で「沖縄集団自決」に日本軍の「命令」「強制」があったとの記述を修正させた問題で、政府・文科省は修正前の記述の趣旨の復活を認める方針に大転換した。検定意見の撤回はしないが、もとの記述を何らかの表現で回復しようとする教科書会社の訂正申請があればこれを「真摯(しんし)に検討」するというのである。今ごろは10月末の申請をめどに教科書執筆者と文科省の間で水面下のすりあわせが行われているはずである。重大な局面にあたり改めて問題の原点から考えたい。

 従来、「軍命令説」の根拠とされてきたのは、座間味島と渡嘉敷島のケースだった。しかし、どちらのケースについても、当時島に駐留していた日本陸軍海上挺進(ていしん)隊の隊長は、住民に集団自決を命令していなかった。それどころか、集団自決のための武器・弾薬を求めに来た住民に対し、隊長は「決して自決するでない」と押しとどめ(座間味島)、集団自決が起こったことを知ったあとは「何という早まったことをしてくれたのか」と嘆き悲しんだ(渡嘉敷島)。

 こうした事実が明らかになった近年の動向を反映して検定意見がつけられ、例えば「日本軍の配った手榴弾(しゅりゅうだん)で集団自決と殺し合いをさせ」という「命令」「強制」を含意する表現を改め、「日本軍の配った手榴弾で集団自決と殺し合いがおこった」(実教出版・日本史B)と修正された。文部科学省の今回の検定は、国会の定めた法律に基づく法秩序と手続きに従って、実証された史実を根拠に適切に行われたものであり、その内容を見ても少しも行き過ぎたところはなく、一点の瑕疵(かし)もない。これをひっくり返すいかなる道理も存在しない。

 ≪防衛隊と日本軍の混同≫

 日本軍が無辜(むこ)の住民に自決を強要するほどの悪逆非道な存在であったことにしたい一部マスコミは、正面から「命令」「強制」を論証できないので、住民の証言を持ち出して世論誘導を図っている。その際、トリックの材料として用いられているのが防衛隊の存在である。

 米軍来襲時、島には(1)陸軍の正規部隊たる将兵(2)防衛隊(3)一般住民-の3種類の人々がいた。防衛隊とは昭和19年7月に帝国在郷軍人会沖縄支部が市町村の集落単位で中隊を編成したもので、法令的な根拠はなく、住民の義勇隊という性格のものだ。中国戦線から帰還した、村長など村の顔役が隊長を兼ねて行政と一体化し、日常の生活は家族と起居をともにしていた。

 手榴弾は防衛隊に米軍上陸の際の戦闘用に支給したものであり、自決用に一般住民に配布したのではない。集団自決を主導したのは防衛隊で、時には手榴弾を軍陣地から持ち出して住民に配布した。「兵隊さんから手榴弾を渡された」という住民の証言は、防衛隊を日本軍と混同しているのだが、マスコミはこの事実をよく知りながらイメージ操作のため確信犯的にこの混乱を利用しているのである。

 ≪「軍命令説」と同じ虚構≫

 もう一つのトリックは、「軍の関与」という言葉である。これはマスコミの世論操作であると同時に、政府の「落としどころ」として喧伝(けんでん)された経過がある。すでに8月段階で伊吹文科相(当時)は、「『軍の関与』という表現であれば、次回の検定で問題とはならないだろう。出版会社にお願いしてはどうか」と沖縄選出の自民党議員に水を向けていた。

 しかし、プレゼントに送った果物ナイフが殺人に使われたからといって送り主が殺人に「関与」したとはいえないという事例を分析すればわかるように、集団自決への「軍の関与」を認める必要はない。「軍の関与のもとに集団自決が起こった」という文を作ってみればわかるように、これは結局「軍命令説」や「軍の強制」と同じ虚構を教えることになる。

 集団自決は悲しい出来事だが、当時の日本人の心理状態では米軍が上陸すれば日本中どこでも起こった可能性がある。現に沖縄で日本軍不在の地でも集団自決は起こっている。

 そもそも「関与」という定義曖昧(あいまい)・伸縮自在の概念の導入は事態を紛糾・悪化させるだけである。「従軍慰安婦」問題で「軍の関与」がいかに国益を損なう混乱をもたらしたかを一考すればその危険は明らかだ。なぜ政治家は同じ轍(てつ)を踏むのか。

 あの戦争で国と国民のために命をかけて戦った軍や軍人を虚偽に基づいてはずかしめるようなことをする国は滅びる。沖縄の県民感情を利用した反軍反国家反体制運動に屈して教科書検定制度を崩壊させてはならない。(ふじおか のぶかつ)

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