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「近・現代史」に興味があり、日々「美しい国・日本」を夢見ているちょっと(?)歳をとったちょっと太めの“あすなろおじさん”です。※※※※※※※※※
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共同謀議
〔※下書きシリーズ〕

 タイトルが“共同謀議”だからといってもそれは日本がかの“東京裁判(極東国際軍事裁判 The International Military Tribunal for the Far East)”で訴追された“共同謀議”のことではない。

 もし仮に“共同謀議”が罪刑法定主義に反して明らかなる“事後法”でありながらも“罪”だとするならば、“連合国側の行為”こそがその“罪”たる“共同謀議”に等しい。

 巷間知れ渡っているカサブランカ会談カイロ会談テヘラン会談ヤルタ会談ポツダム会談の“歴史的会談”を“共同謀議”といわずに何という。

 “共同謀議”については“ニュルンベルク裁判”における国際軍事裁判所条例第6条“a項-平和に対する罪 ”に於いて以下のように記されている。

「すなわち、侵略戦争あるいは国際条約、協定、誓約に違反する戦争の計画、準備、開始、あるいは遂行、またこれらの各行為のいずれかの達成を目的とする共通の計画あるいは共同謀議への関与。」

 また、“東京裁判”においては極東国際軍事裁判所条例第5条 (イ)平和ニ対スル罪 に於いて以下のような記述がある。

「即チ,宣戦ヲ布告セル又ハ布告セザル侵略戦争,若ハ国際法,条約,協定又ハ誓約ニ違反セル戦争ノ計画,準備,開始,又ハ遂行,若ハ右諸行為ノ何レカヲ達成スル為メノ共通ノ計画又ハ共同謀議ヘノ参加。」

 少なくとも、「ソ連参戦は連合国側の“共同謀議”によって決定」された。

 しかし、“共同謀議”で裁かれたのは連合国側ではなく日本であった。

 このことを知らない日本人が多いような気がする。日本は“共同謀議”そして“平和に対する罪”という罪刑法定主義に反する“事後法”に基づいて「“戦勝国”が取り仕切る“軍事裁判”」で処断されたのだということを。

 一ついえることは、もし“共同謀議”がされていたら日本は負けることはなかったのではないかということだ。

 私の知る限り当時の日本では“共同謀議”などは“高嶺の花”であり、いくら“大本営”が設置されていたとはいえ“陸軍”と“海軍”そして“政府”はてんでんばらばらの状態で到底戦争に勝てる筈はない、という認識である。

 日本の“A項戦犯(“A級”ではない)”の方々は“共同謀議”で裁かれたが、是非とも連合国側を見習って、せめて“身内の間”だけでも“共同謀議”を綿密にしていただきたかった。

 そうすれば、少しは終戦(敗戦)も早まったことであろう。

 残念である。
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大東亜戦争 | 【2009-06-10(Wed) 09:46:13】
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