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あすなろおじさん

Author:あすなろおじさん

「近・現代史」に興味があり、日々「美しい国・日本」を夢見ているちょっと(?)歳をとったちょっと太めの“あすなろおじさん”です。※※※※※※※※※
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日露講和条約(ポーツマス条約)
“外務省のホームページ”によると“日露講和条約調印書(仏文)(1905年9月5日)”と記されているが“仏文”の資料は見当たらない。尚“和文の全文”は“国立公文書館 アジア資料センター”で確認は出来るものの“和文の原本”は無いのであろうか。

“日露講和条約”は第一条から第十五条の“本条約”と“追加約款”第一条から第二条の合計十七条約項目からなる。

“国立公文書館 アジア資料センター”より転載
英文原本
日露講和条約1 日露講和条約2

日露講和条約3 日露講和条約4

日露講和条約5 日露講和条約6

日露講和条約7




“データベース『世界と日本』”より転載

[文書名] 日露講和條約

[場所] ポーツマス
[年月日] 1905年9月5日
[出典] 日本外交年表竝主要文書上巻,外務省,245-249頁.
[全文]

明治三十八年(一九〇五年)九月五日「ポーツマス」ニ於テ記名
明治三十八年(一九〇五年)十月十四日批准
明治三十八年(一九〇五年)十月十五日帝國批准通告
明治三十八年(一九〇五年)十月十五日露國批准通告
明治三十八年(一九〇五年)十月十六日公布
明治三十八年(一九〇五年)十一月二十五日「ワシントン」ニ於テ批准書交換

日本國皇帝陛下及全露西亞國皇帝陛下ハ兩國及其ノ人民ニ平和ノ幸福ヲ回復セムコトヲ欲シ講和條約ヲ締結スルコトニ決定シ之カ爲ニ日本國皇帝陛下ハ外務大臣從三位勲一等男爵小村壽太郎閣下及亞米利加合衆國駐剳特命全權公使從三位勲一等高平小五郎閣下ヲ全露西亞國皇帝陛下ハ「プレシデント、オヴ、ゼ、コムミツチー、オヴ、ミニスタース、オヴ、ゼ、エムパイア、オヴ、ロシア」「セクレタリー、オヴ、ステート」「セルジ、ウヰツテ」閣下及亞米利加合衆國駐剳特命全權大使「マスター、オヴ、ゼ、イムピリアル、コールト、オヴ、ロシア」男爵「ローマン、ローゼン」閣下ヲ各其ノ全權委員ニ任命セリ因テ各全權委員ハ互ニ其ノ委任状ヲ示シ其ノ良好妥當ナルヲ認メ以テ左ノ諸條款ヲ協議決定セリ

第一條 日本國皇帝陛下ト全露西亞國皇帝陛下トノ間及兩國並兩國臣民ノ間ニ將來平和及親睦アルヘシ

第二條 露西亞帝國政府ハ日本國カ韓國ニ於テ政事上、軍事上及經濟上ノ卓絶ナル利益ヲ有スルコトヲ承認シ日本帝國政府カ韓國ニ於テ必要ト認ムル指導、保護及監理ノ措置ヲ執ルニ方リ之ヲ阻礙シ又ハ之ニ干渉セザルコトヲ約ス

韓國ニ於ケル露西亞國臣民ハ他ノ外國ノ臣民又ハ人民ト全然同樣ニ待遇セラルヘク之ヲ換言スレハ最惠國ノ臣民又ハ人民ト同一ノ地位ニ置カルヘキモノト知ルヘシ

兩締約國ハ一切誤解ノ原因ヲ避ケムカ爲露韓間ノ國境ニ於テ露西亞國又ハ韓國ノ領土ノ安全ヲ侵迫スル事アルヘキ何等ノ軍事上措置ヲ執ラサルコトニ同意ス

第三條 日本國及露西亞國ハ互ニ左ノ事ヲ約ス

一 本條約ニ附屬スル追加約款第一ノ規定ニ從ヒ遼東半島租借權カ其ノ效力ヲ及ホス地域以外ノ滿洲ヨリ全然且同時ニ撤兵スルコト

二 前記地域ヲ除クノ外現ニ日本國又ハ露西亞國ノ軍隊ニ於テ占領シ又ハ其ノ監理ノ下ニ在ル滿洲全部ヲ擧ケテ全然清國專屬ノ行政ニ還附スルコト

露西亞帝國政府ハ清國ノ主權ヲ侵害シ又ハ機會均等主義ト相容レサル何等ノ領土上利益又ハ優先的若ハ專屬的讓與ヲ滿洲ニ於テ有セサルコトヲ聲明ス

第四條 日本國及露西亞國ハ清國カ滿洲ノ商工業ヲ發達セシメムカ爲列國ニ共通スル一般ノ措置ヲ執ルニ方リ之ヲ阻礙セサルコトヲ互ニ約ス

第五條 露西亞帝國政府ハ清國政府ノ承諾ヲ以テ旅順口、大蓮並其ノ附近ノ領土及領水ノ租借權及該租借權ニ關聯シ又ハ其ノ一部ヲ組成スル一切ノ權利、特權及讓與ヲ日本帝國政府ニ移轉讓渡ス露西亞帝國政府ハ又前記租借權カ其ノ效力ヲ及ホス地域ニ於ケル一切ノ公共營造物及財産ヲ日本帝國政府ニ移轉讓渡ス

兩締約國ハ前記規定ニ係ル清國政府ノ承諾ヲ得ヘキコトヲ互ニ約ス

日本帝國政府ニ於テハ前記地域ニ於ケル露西亞國臣民ノ財産權カ完全ニ尊重セラルヘキコトヲ約ス

第六條 露西亞帝國政府ハ長春(寛城子)旅順口間ノ鐵道及其ノ一切ノ支線並同地方ニ於テ之ニ附屬スル一切ノ權利、特權及財産及同地方ニ於テ該鐵道ニ屬シ又ハ其ノ利益ノ爲メニ經營セラルル一切ノ炭坑ヲ補償ヲ受クルコトナク且清國政府ノ承諾ヲ以テ日本帝國政府ニ移轉讓渡スヘキコトヲ約ス

兩締約國ハ前記規定ニ係ル清國政府ノ承諾ヲ得ヘキコトヲ互ニ約ス

第七條 日本國及露西亞國ハ滿洲ニ於ケル各自ノ鐵道ヲ全ク商工業ノ目的ニ限リ經營シ決シテ軍略ノ目的ヲ以テ之ヲ經營セサルコトヲ約ス

該制限ハ遼東半島租借權力{ママ}其ノ效力ヲ及ホス地域ニ於ケル鐵道ニ適用セサルモノト知ルヘシ

第八條 日本帝國政府及露西亞帝國政府ハ交通及運輸ヲ増進シ且之ヲ便易ナラシムルノ目的ヲ以テ滿洲ニ於ケル其ノ接續鐵道業務ヲ規定センカ爲成ルヘク速ニ別約ヲ締結スヘシ

第九條 露西亞帝國政府ハ薩哈嗹島南部及其ノ附近ニ於ケル一切ノ島嶼並該地方ニ於ケル一切ノ公共營造物及財産ヲ完全ナル主權ト共ニ永遠日本帝國政府ニ讓與ス其ノ讓與地域ノ北方境界ハ北緯五十度ト定ム該地域ノ正確ナル境界線ハ本條約ニ附屬スル追加約款第二ノ規定ニ從ヒ之ヲ決定スヘシ

日本國及露西亞國ハ薩哈嗹島又ハ其ノ附近ノ島嶼ニ於ケル各自ノ領地内ニ堡壘其ノ他之ニ類スル軍事上工作物ヲ築造セサルコトニ互ニ同意ス又兩國ハ各宗谷海峡及韃靼海峡ノ自由航海ヲ防礙スルコトアルヘキ何等ノ軍事上借置ヲ執ラサルコトヲ約ス

第十條 日本國ニ讓與セラレタル地域ノ住民タル露西亞國臣民ニ付テハ其ノ不動産ヲ賣却シテ本國ニ退去スルノ自由ヲ留保ス但シ該露西亞國臣民ニ於テ讓與地域ニ在留セムト欲スルトキハ日本國ノ法律及管轄權ニ服從スルコトヲ條件トシテ完全ニ其ノ職業ニ從事シ且財産權ヲ行使スルニ於テ支持保護セラルヘシ日本國ハ政事上又ハ行政上ノ權能ヲ失ヒタル住民ニ對シ前記地域ニ於ケル居住權ヲ撤回シ又ハ之ヲ該地域ヨリ放逐スヘキ充分ノ自由ヲ有ス但シ日本國ハ前記住民ノ財産權カ完全ニ尊重セラルヘキコトヲ約ス

第十一條 露西亞國ハ日本海・「オコーツク」海及「ベーリング」海ニ瀕スル露西亞國領地ノ沿岸ニ於ケル漁業權ヲ日本國臣民ニ許與セムカ爲日本國ト協定ヲナスヘキコトヲ約ス

前項ノ約束ハ前記方面ニ於テ既ニ露西亞國又ハ外國ノ臣民ニ屬スル所ノ權利ニ影響ヲ及ササルコトニ雙方同意ス

第十二條 日露通商航海條約ハ戰爭ノ爲廢止セラレタルヲ以テ日本帝國政府及露西亞帝國政府ハ現下ノ戰爭以前ニ效力ヲ有シタル條約ヲ基礎トシテ新ニ通商航海條約ヲ締結スルニ至ルマテノ間兩國通商關係ノ基礎トシテ相互ニ最惠國ノ地位ニ於ケル待遇ヲ與フルノ方法ヲ採用スヘキコトヲ約ス而シテ輸入税及輸出税、税關手續、通過税及噸税並一方ノ代辨者、臣民及船舶ニ對スル他ノ一方ノ領土ニ於ケル入國ノ許可及待遇ハ何レモ前記ノ方法ニ依ル

第十三條 本條約實施ノ後成ルヘク速ニ一切ノ俘虜ハ互ニ之ヲ還付スヘシ日本帝國政府及露西亞帝國政府ハ各俘虜ヲ引受クヘキ一名ノ特別委員ヲ任命スヘシ一方ノ政府ノ收容ニ係ル一切ノ俘虜ハ他ノ一方ノ政府ノ特別委員又ハ正當ニ其ノ委任ヲ受ケタル代表者ニ引渡シ同委員又ハ其ノ代表者ニ於テ之ヲ受領スヘク而シテ其ノ引渡及受領ハ引渡國ヨリ豫メ受領國ノ特別委員ニ通知スヘキ便宜ノ人員及引渡國ニ於ケル便宜ノ出入地ニ於テ之ヲ行フヘシ

日本國政府及露西亞國政府ハ俘虜引渡完了ノ後成ルヘク速ニ俘虜ノ捕獲又ハ投降ノ日ヨリ死亡又ハ引渡ノ時ニ至ルマテ之カ保護給養ノ爲ニ各負擔シタル直接費用ノ計算書ヲ互ニ提出スヘシ同計算書交換ノ後露西亞國ハ成ルヘク速ニ日本國カ前記ノ用途ニ支出シタル實際ノ金額ト露西亞國カ同樣ニ支出シタル實際ノ金額トノ差額ヲ日本國ニ拂戻スヘキコトヲ約ス

第十四條 本條約ハ日本國皇帝陛下及全露西亞國皇帝陛下ニ於テ批准セラルヘシ該批准ハ成ルヘク速ニ且如何ナル場合ニ於テモ本條約調印ノ日ヨリ五十日以内ニ東京駐剳佛蘭西國公使及聖彼得堡駐剳亞米利加合衆國大使ヲ經テ日本帝國政府及露西亞帝國政府ニ各之ヲ通告スヘシ而シテ其ノ終ノ通告ノ日ヨリ本條約ハ全部ヲ通シテ完全ノ效力ヲ生スヘシ正式ノ批准交換ハ成ルヘク速ニ華盛頓ニ於テ之ヲ行フヘシ

第十五條 本條約ハ英吉利文及佛蘭西文ヲ以テ各二通ヲ作リ之ニ調印スヘシ其ノ各本文ハ全然符合スト雖モ其ノ解釋ニ差異アル場合ニハ佛蘭西文ニ據ルヘシ

右證據トシテ兩國全權委員ハ茲ニ本講和條約ニ記名調印スルモノナリ

明治三十八年九月五日即一千九百五年八月二十三日(九月五日)「ポーツマス」(「ニュー、ハムプシャ」州)ニ於テ之ヲ作ル

小村壽太郎(記名) 印
高平小五郎(記名) 印
セルジ、ウヰツテ(記名) 印 {原文のヰは小字}
ローゼン(記名) 印

追加約款

明治三十八年(一九〇五年)九月五日「ポーツマス」ニ於テ記名
明治三十八年(一九〇五年)十月十六日公布

本日附日本國及露西亞國間講和條約第三條及第九條ノ規定ニ從ヒ下名ノ全權委員ハ左ノ追加條款ヲ締結セリ

第一 第三條ニ付

日本帝國政府及露西亞帝國政府ハ同時ニ且講和條約ノ實施後直ニ滿洲ノ地域ヨリ各其ノ軍隊ノ撤退ヲ開始スヘキコトヲ互ニ約ス而シテ講和條約實施ノ日ヨリ十八箇月ノ期間内ニ兩國ノ軍隊ハ遼東半島租借地以外ノ滿洲ヨリ全然撤退スヘシ

前面陣地ヲ占領スル兩國軍隊ハ最先ニ撤退スヘシ

兩締約國ハ滿洲ニ於ケル各自ノ鐵道線路ヲ保護セムカ爲守備兵ヲ置クノ權利ヲ留保ス該守備兵ノ數ハ一「キロメート」ル毎ニ十五名ヲ超過スルコトヲ得ス而シテ日本國及露西亜國軍司令官ハ前記最大數以内ニ於テ實際ノ必要ニ顧ミ之ヲ使用セラルヘキ守備兵ノ數ヲ雙方ノ合意ヲ以テ成ルヘク小數ニ限定スヘシ

滿洲ニ於ケル日本國及露西亞國軍司令官ハ前記ノ原則ニ從ヒ撤兵ノ細目ヲ協定シ成ルヘク速ニ且如何ナル場合ニ於テモ十八箇月ヲ超エサル期間内ニ撤兵ヲ實行セムカ爲雙方ノ合意ヲ以テ必要ナル措置ヲ執ルヘシ

第二 第九條ニ付

兩締約國ニ於テ各任命スヘキ同數ノ人員ヨリ成ル境界劃定委員ハ本條約實施後成ルヘク速ニ薩哈嗹島ニ於ケル日本國及露西亞國領地間ノ正確ナル境界ヲ永久ノ方法ヲ以テ實地ニ就キ劃定スヘシ該委員ハ地形ノ許ス限リ北緯五十度ヲ以テ境界線トナスコトヲ要ス若シ何レカノ地點ニ於テ同緯度ヨリ偏倚スルノ必要ヲ認ムルトキハ他ノ地點ニ於ケル對當ノ偏倚ニ依リテ之ヲ填補スヘシ該委員ハ讓與中ニ包含セラルル附近島嶼ノ表及明細書ヲ調製スルノ任ニ當リ且讓與地域ノ境界ヲ示ス地圖ヲ調製シ之ニ署名スヘシ該委員ノ事業ハ兩締約國ノ承認ヲ經ルコトヲ要ス

前記追加約款ハ其ノ附屬スル講和條約ノ批准ト共ニ批准セラレタルモノト看做サルヘシ

明治三十八年九月五日即一九〇五年八月二十三日(九月五日)「ポーツマス」ニ於テ

小村壽太郎(記名)
高平小五郎(記名)
セルジ、ウヰツテ(記名)
ローゼン(記名)



日露講和条約(ポーツマス条約)を調べていて改めて考えさせられた。歴史は“連続性”の中に存在することを。

歴史を“分断”して眺めていたのではけして“真実”は見えてこない。真実を見つめようとするならば“政治力”は排除しなければならない。しかし、また“政治力”も含めての歴史の理解も必要だ。なぜならば“政治”と“歴史”は切り放すことができないからである。“政治(まつりごと)”とは“人々の生活(生き様)”そのものである。その結果が歴史であるともいえる。

個人にも歴史があり、地域にも国にも歴史はある。そして時代の歴史、万物の歴史もある。その数は数え上げたら切りがない。

何れにしろ“歴史とは物語”であると私は考える。それぞれの立場(政治的、イデオロギー的、環境的、時間的側面、等々)によって歴史の見方は異なり“物語”として語られる。それはそれで致し方ない。人、そして国、時代が違えば歴史の捉え方が異なって当然である。要はその違いを認め合える(容認できる)寛容さが必要だ。

日本には日本の歴史がある。日本人には日本人の歴史がある。現代には現代の歴史があり、過去には過去の歴史があった。そして未来には未来の歴史が創り上げられていくことであろう。

おそれることなく“事実”を見据え、反省するべき点があれば素直に反省し、誇れる事柄には恥じ入ることなく胸をはり、日本の日本人としての現代の“真実の歴史物語”を読み解き眺めて見たい。そして歴史を生きる一人として全ての存在の幸せの為に歴史を糧にしていきたい。

現代の世界を見渡して見ると既に奴隷制度は消滅し、帝国主義は没落して、共産主義は崩壊の一途を辿っており、個人主義も衰退期を向かえている。我が国日本においても戦後レジュームの本丸であった借りものの“自由・平等・平和”をスローガンとした“戦後民主主義”も壁にぶち当たり呻吟している。

このような現状に於いて私たちは今、新たな時代(歴史・世界)へと旅たつときに直面しているのではないだろうか。

先人達の努力を無駄にしないためにも、前(未来)を見据え頭を垂れず“事実”を直視し“真実”を握り締め胸をはり“矜持”を持って歴史・時代(今この時)を生きて行きたい。

何れにしろ“日露戦争”は“大東亜戦争”は勿論のこと現代にもつながる様々な事柄を教えてくれる歴史上の一つの“宝庫”のようだ。改めて調べて見ることにしよう。
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