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「近・現代史」に興味があり、日々「美しい国・日本」を夢見ているちょっと(?)歳をとったちょっと太めの“あすなろおじさん”です。※※※※※※※※※
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スネーク・アタック(騙まし討ち)?
【過去の「つぶやき未投稿」シリーズ25】

 「スネーク・アタック(騙まし討ち)」の根拠とされている『手交が遅れた「対米覚書」』を一読する限り、そこには「開戦を直接意味する言葉」は見当たらない。 
 この『手交が遅れた「対米覚書」』は、あくまでも「交渉の打ち切り」を宣言した文章であって、「日本側の開戦の意思」は”「宣戦の詔書」により初めて明らかにされている。
 確かに「対米覚書」の原案には当初、宣戦布告を含む文言が盛り込まれていたようだが、最終的にはそのような文言はなくなっている。
 したがって、日本側からの実質的な宣戦布告は、日本時間の12月8日11時40分に渙発された「宣戦の詔書」ということになろう。
 要は、日本政府は真珠湾攻撃開始の30分前にアメリカ政府の要人(ハル国務長官)に対して「対米覚書(宣戦布告書?)」を直接手渡す予定になっていたということが通説として流布されてはいるが、どうやら真相は別のところにありそうだ。

 もし仮に、『手交が遅れた「対米覚書」』を「宣戦布告書」と捉えるのならば、日本側は既に「ハル・ノート」により「アメリカ側からの宣戦布告を受けていた」、ということにもなる。
 また、真珠湾攻撃よりも数時間前(日本時間午前1時30分)には既に陸軍の第18師団/歩兵第23旅団長の佗美浩少将率いる先遣部隊がマレー半島東北端コタバルに敵前上陸している。
 真珠湾での攻撃隊総指揮官の淵田美津雄海軍中佐が各機に対して「全軍突撃」の命令を発したのは日本時間で午前3時23分(現地時間午前7時53分)。
 よって、現実には「真珠湾(海軍/対米)」よりも先に「南方作戦(陸軍/対英)」は開始されている。
 確かに、それまでの日米交渉が「戦争回避のための交渉」であったのだから、「日米交渉の打ち切り通告(対米覚書)」そのものが、少なくとも日本側にとっては「宣戦布告」となり得ることは分からないまでもないが、結果、「日本側には敵対国へ開戦前に宣戦布告を通告する意思はなく、あくまでも戦闘開始後に行う予定(計画)」であったと考えることの方が理に適っている。
 何れにしろ、日本非難の目的のためにアメリカ側が未だに喧伝するところの「スネーク・アタック(騙まし討ち)」は、アメリカ自らが「ヨーロッパ戦線に参戦」するための、そしてまた、自らの戦闘行為を「正当化」するためのただの「政治的なプロパガンダ」なのであろう。
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大東亜戦争 | 【2008-12-09(Tue) 02:43:32】
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