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あすなろおじさん

Author:あすなろおじさん

「近・現代史」に興味があり、日々「美しい国・日本」を夢見ているちょっと(?)歳をとったちょっと太めの“あすなろおじさん”です。※※※※※※※※※
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占守島(しゅむしゅとう)
【過去の「つぶやき未投稿」シリーズ30】

 “つぶやく”つもりで保存しておいた投稿である。本当に時が経つのが早い。年齢を重ねるごとにその速度は益々速くなるようだ。子供の頃のあのゆったりとした時の流れが懐かしい。

 それはさておき、先日読み終えた本に、興味深い事柄が記されていた。
 「占守島」。私は今まで“せんしゅとう”と読んでしまっていた。正式には“しゅむしゅとう”と読むらしい。主題の占守島に関した記述ではないけれども、ソ連軍の“北方四島”に対する侵略の模様が語られている。何れにしろ当初、ソビエト連邦は“北方四島”が日本の領土であることは理解していたらしい。以下の“北方四島への侵略”に関しての経緯は、真贋はともかくとしても忘れずに記憶しておきたいものだ。(参考サイト;“北方領土問題”

8月17日、ソ連軍上陸す―最果ての要衝・占守島攻防記8月17日、ソ連軍上陸す―最果ての要衝・占守島攻防記
(2008/02)
大野 芳

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『 水津満参謀は、八月二十四日二十一時(午後六時)三十分、警備官ジェルジンスキーに乗艦して松輪島以南を回った。…
 <やがて得撫島(うるっぷとう/北方四島の手前)の沖合いにきた。八月二十七日のことである。(中略)
 沖合い仮泊すること二、三時間になったが、一向に上陸する気配がない。いままでの彼らならば島が見えるや否や、甲板上の砲門を島に向けて構え、速やかに上陸の行動に移るのだが、ここではちょっと勝手が違うようだ。
 疑問に思ってソ連のウォルロフ(ウォロノフ)参謀長に質すと「この島にはアメリカ軍がすでに上陸しているかも知れないから、様子を見ているのだ」と答えた。(中略)いまにして思うと、この一言は実は聞き捨てならぬ重大な意味を持っていたのだ>(『北方領土奪還への道』)
 そのうちに、艦内に警報がけたたましく鳴った。そして高角砲や高角機関砲の射撃音が二、三十分つづいた。監禁状態にあった水津が、あとで参謀長に聞いたところ、アメリカの軍用機が飛来したという。
 戦後、水津は知るのだが、アメリカ機来襲騒ぎは、得撫島に飛行基地を作らせるか否かで米ソが激論を闘わせていたころに符合する。
 水津が得撫島のつぎは択捉島かとおもっていると、艦の進路が北東に向けられた。北千島方向である。
 <ウォルロフ参謀長に面会を求めて、その理由をたずねると、彼は「これより以南はアメリカの担任だからソ連は手を出さない」と、はっきり答えた>(同)
 ところが五年後、ソ連抑留から復員した水津は、択捉、国後、歯舞、色丹の北方四島がソ連に占領された事実に愕然とするのである。
 <八月二十七日九時(六時)四十五分、グネチコは第二極東方面軍軍事評議会から、短期間に得撫島を占領せよとの命令を受け取った>(『千島占領』)
 そして八月三十一日夕方までに、得撫島の武器と捕虜が集められた。そしてまたーーー。
 <八月二十八日二一時(午後六時)五〇分、北太平洋艦隊司令官は太平洋艦隊軍事評議会の暗号電報第一二一四六号を受け取った>(同)
 択捉島と国後島の占領命令である。さらに九月一日、色丹島。最後に歯舞諸島を占領して武器・捕虜の「引き取り」を完了するのが、九月五日であった

 <歯舞諸島を占領するためにチェチェリン海軍少佐が率先して取った断固たる行動は北太平洋艦隊司令部によって高く評価され、太平洋艦隊参謀部に報告されてた。(中略)
 こうしてソ連軍による千島列島南部の占領は一九四五年八月二五日から九月五日にかけて完了したのである>(同) 269~270頁』
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北方領土 | 【2009-01-09(Fri) 23:10:36】
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