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あすなろおじさん

Author:あすなろおじさん

「近・現代史」に興味があり、日々「美しい国・日本」を夢見ているちょっと(?)歳をとったちょっと太めの“あすなろおじさん”です。※※※※※※※※※
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ポトス
母が育てていた“ポトス”

自宅から“1株(2~3枚)”もらってきて、水耕栽培で育苗した。

先日、根が大分のびてきたのでポットへ植え替えてみた。

すると…

20090629potosu01

20090629potosu04

新たなる命の芽生え。

何か感動した。

もう一つの水耕栽培中のポトスの苗(葉?)。

20090629potosu02

そして、こちらも…

20090629potosu03

目指すは“ポトス・タワー”。

20090629potosu05-2

ちと気が早いか。

尚、グリーンの葉に白い斑が入っているものは「ゴールデン・ポトス(オウゴンカヅラ)」で、葉全体がライム色で斑がないものは「ポトス・ライム」、そして白い葉に班が入っているような色合いのものは「ポトス・マーブルクイーン」と呼ぶらしい。

ゴールデン・ポトス(黄金かずら)
20090629potosu06

ポトス・ライム
20090629potosu07

マーブル・クイーン
20090629potosu08

生前、母は“ポトス・ライム”も育てていた筈だが、何時の間にか母と一緒に何処かへ雲隠れしてしまった。

取り敢えずの目標。

20090629potosu09
〔写真;“ブルーミングスケープ”さんより無断借用〕

せめて、この位のボリュームを2~3鉢。

そして、一鉢は母の墓前に供えたい。

つれづれなるままに | 【2009-06-29(Mon) 13:19:23】
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大空襲被災者代表
〔※下書きシリーズ〕

疑うわけではないけれども、「3月10日の東京大空襲」は“深夜”のできごとである。

したがって、常識的に考えれば「…目の前に戦闘機が降りてきて10発くらい撃ちこまれた…」という状況は考え難い。

とはいえ、確かに日本全国津々浦々の主要都市へ“大空襲”は決行されたのであるから、「大空襲被災者代表」を「3月10日の東京大空襲被災者代表」と考えてしまうこと自体が間違っているのであろう。

まして、“大空襲”は東京においても“4月13日”と“4月15日”、そして“5月25日”にも行われている。

さらに、“小・中(?)空襲”は3月10日以前にも何度かあったようだ。

現に生前、私の母が「爆弾が隣家へ落ち、その爆風の所為で仏壇の下敷きになってしまい、命からがら助け出された」との体験談を伯母が語っていたと、私に話してくれている。

伯母は確かその時40歳前後の壮年期。だから、「大空襲被災者代表(74)」の方よりは少なくとも“大人”であった。「大空襲被災者代表(74)」の方は逆算すれば当時は10歳前後の“子供”である。

これまた常識的に考えて、今の世の中「“子供”の体験談」を誰が信じよう。

勿論、“参考”にはなるけれども、“戦争”は「子供」が始めたのでなければ行ったものでもない。あくまでも「大人たち」がやったことである。

したがって、現実的に考えれば、“子供たちが語る戦争体験談”には往々にして無理がある

私にはそのように思えて仕方がない。

だから、時の経過と共に“戦争話”が“子供話”に聞こえてきてしまう。

ありもしないことを「あった」といい。あったことを「なかった」という。

これが“子供話”の特徴である。

“戦争体験者”が戦争を語らず語れず、そして、いわば“戦争擬似体験者”なり“戦争未体験者”が戦争を多く語っている。

これでは“戦争の実態(真実)”が見えてこない。

困ったものである。

“東京大空襲64年で慰霊法要 石原知事が追悼の辞”msn産経ニュース
2009.3.10 11:28

20090310msnsannkeitpukyoudaikuusyuu01〔写真; 東京大空襲から64年を迎え行われた春季慰霊大法要=10日午前、東京都墨田区の東京都慰霊堂〕

 約10万人が死亡した東京大空襲から64年の10日、この日を「平和の日」と定めている都は、新宿区の都庁で「都平和の日記念式典」を開催した。

 式典には石原慎太郎知事をはじめ、大空襲の被災者や遺族ら約500人が参列。石原知事は「度重なる空襲で多くの都民が犠牲となった。世界の恒久平和を実現するため、世界の諸都市と手を携え、世界の人々との相互理解を深めていくことが、現代に生きる私たちの使命」とあいさつ。大空襲被災者代表の高橋保子さん(74)は「突然の空襲で、母屋の弟を連れ出して防空壕(ごう)へ行こうとしたら、目の前に戦闘機が降りてきて10発くらい撃ちこまれた。あの悲惨な状況を今でも忘れられない」と空襲体験を話した。

 一方、墨田区の都慰霊堂では同日、戦災と関東大震災の犠牲者を悼む春季慰霊大法要(都慰霊協会主催)が執り行われ、遺族らが参列した。石原慎太郎知事の追悼の辞に続き、三笠宮寛仁さま、遺族代表らが順に焼香して犠牲者の冥福(めいふく)を祈った。



凡人の独り言 | 【2009-06-13(Sat) 12:09:24】
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枢軸国
〔※下書きシリーズ〕

この〔※下書きシリーズ〕の前に、〔過去の「つぶやき未投稿」シリーズ〕というものがあった。

以下はそのシリーズの“生き残りの下書き”。

やれやれ…

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【過去の「つぶやき未投稿」シリーズ31】

 “枢軸国”とは言わずとも知れた先の大戦(第二次世界大戦)で“連合国”と戦った国である。

 日本(大日本帝国)とドイツとイタリアについては悪名高き“三国同盟”のお陰で日本でも知っている人は数多いが、“枢軸国”はこの三国だけではなかった。改めて調べて見て驚いた。この国が“枢軸国”、即ち我々の“見方”であったのかと。何れにしろ先の大戦を“ファシズムと民主主義の戦い”等とは単純に考えることは出来ない。

 尚、参考までに1945年9月2日に戦艦ミズーリー上で署名された“降伏文章”には連合国軍最高司令官 ダグラス・マッカーサーを入れて「10」の署名がある。 

マッカーサーの署名を除けば後は全て国家、そしてその代表者の署名である。はたして何人の日本人がこの「9カ国」全てを答えられるのであろうか。

◎連合国軍最高司令官 - ダグラス・マッカーサー
①アメリカ合衆国 - チェスター・ニミッツ
②中華民国 - 徐永昌
③連合王国(イギリス) - ブルース・フレーザ
④ソヴィエト社会主義共和国連邦 - クズマ・エヌ・ディレヴィヤンコ
⑤オーストラリア連邦 - ティー・ユー・ブレーミー
⑥カナダ - エル・コスグレーブ
⑦フランス国 - ジァック・ル・クレルク
⑧オランダ国 - シェルフ・ヘルフリッヒ
⑨ニュージーランド - エス・エム・イシット


以下は“一時的”ではあれ、枢軸国であった国々”

1.大日本帝国・2.ドイツ国・3.イタリア王国・4.ハンガリー王国・5.ルーマニア王国・6.独立スロバキア国・7.ブルガリア王国・8.クロアチア独立国・9.タイ王国・10.フィンランド共和国・11.満洲帝国・12.蒙古聯合自治政府・13.中華民国南京国民政府・14.ビルマ国・15.フィリピン第二共和国・16.自由インド仮政府・17.ベトナム帝国・18.カンボジア王国・19.ラオス王国・20.ギリシャ国・21.ピンドス公国・22.マケドニア公国・23.イタリア社会共和国・24.セルビア救国政府・25.フランス国・26.ロシア諸民族解放委員会


“戦後”は除き、連合国であった(になった)国々

〔主要5ヶ国〕
アメリカ合衆国(フィリピン)
イギリス(インド)
中華民国
ソヴィエト社会主義共和国連邦(白ロシア、ウクライナ)
フランス(レバノン)
〔※カッコ内は第二次世界大戦時には、植民地もしくはソ連邦内の国/主要5ヶ国またはその「継承国」とされた国(中華民国→中華人民共和国、ソビエト連邦→ロシア連邦)は、そのまま国際連合の常任理事国となっている〕


[ ヨーロッパ〕
オランダ 、ベルギー 、ルクセンブルグ、チェコスロバキア、ユーゴスラビア、ギリシャ 、デンマーク 、ノルウェー、ポーランド

[ 英連邦〕
オーストラリア、ニュージーランド、エジプト、南アフリカ連邦、カナダ、ドミニカ国

[南北アメリカ〕
メキシコ、キューバ、グアテマラ 、ハイチ、ホンジュラス、サルバドル、ニカラグア、コスタリカ 、パナマ 、コロンビア、ベネズエラ 、エクアドル 、ペルー、ボリビア、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイ、アルゼンチン、チリ

[その他〕
イラン、イラク、シリア 、トルコ、サウジアラビア、エチオピア、リベリア

“Wiki”より
20090613renngoukoku01
※第二次世界大戦の勢力図。濃い緑色が真珠湾攻撃以前からの連合国参加国。薄い緑色は真珠湾攻撃以後の連合国参加国。


大東亜戦争 | 【2009-06-13(Sat) 10:59:49】
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上坂冬子さんへの思い
ブログタイトル「“つれづれなるままに…”(2009-06-01(Mon) 13:16:59)」で上坂冬子さんへの思い”について若干つぶやいた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

…他にも“上坂冬子さん”の著作をあらためて読み直したいし、“全ての著作・著述”を読んでみたい。

遅ればせながら、“上坂冬子”さんのご冥福をお祈りする。

享年78歳。母よりも2歳若くして逝ってしまわれた。

とはいえ、上坂冬子(本名;丹羽ヨシコさんは昭和5年6月10日生まれ。母は昭和4年1月26日生まれであるから、“約1年4ヶ月と少し”母の方が年上なだけである。

丹羽ヨシコ(上坂冬子)さんは4月14日午後9時50分、母は4月1日午前11時00分。

母に遅れること“13日と10時間50分後の旅立ち”であった。

勿論、私は一愛読者であり上坂冬子(丹羽ヨシコ)さんとは一面識も無いが、一度に“二人の母”を失ってしまったような気がしてしかたがない。

母と丹羽ヨシコ(上坂冬子)さんは生き方は全く違うし、その性格も正反対かも知れないけれども、私には“心根”は同じように思えていた。

だから、きっと気が合うはずである。

確かに“上坂冬子(丹羽ヨシコ)”さんは“この世”では有名人で母は無名人であったかもしれないが、“あの世”では皆平等であろう。

丹羽ヨシコ(上坂冬子)さん、母のこと宜しくお願いします。母はきっと好い話し相手になれると思います。

“上坂冬子(丹羽ヨシコ)”さんの大ファンである息子の私が保証します。

同じ時代を生き抜いた女性として人間として、様々な思いを語り合ってください。おそらく母も喜んでくれると思います。…

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ある日の母の雑記帳に「だんだん年上の人がいなくなっていく。寂しい…」、との思いが綴られていた。

私もようやっとその時の“母の思い”が少しは分かる年頃になってきた。

「生者必滅会者定離(しょうじゃひつめつえしゃじょうり)」。

この言葉は「平家物語」がその原典かと思っていたが、もともとは釈尊の入滅直前の経典である「大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)」で語られている言葉であるそうだ。

「平家物語」(平安時代末期の源氏と平氏の争いを描いた物語)では第10巻の“維盛入水”のくだりで語られている。

“平家物語(流布本 元和九年本)”より
「…しやうじやひつめつ、ゑしやぢやうりは、うきよのならひにてさふらふなり。すゑのつゆもとのしづくのためしあれば、たとひちそくのふどうありといふとも、おくれさきだつおんわかれ、つひになくてしもやさふらふべき…」

“平家物語全文現代語訳”より
「…生者必滅、会者定離、といった、生を受けたものはいつかは必ず死に、この世で会った人とは必ずいつかは別れなければならないということはこの世の慣わしなのです。…」

“大般涅槃経”の原典については正直、詳しいことはよく分からない。

“Wikipedia”によれば、“大般涅槃経”とは「釈迦の入滅(=大般涅槃)を叙述し、その意義を説く経典類の総称である」らしい。

その“大般涅槃経”の「寿命品(じゅみょうぼん)」という節・項目(?)に「一切諸世間、生者皆帰死、寿命雖無量、要必当有尽(いっさいしょせけん、しょうじゃかいきし、じゅみょうすいむりょう、ようひつうじん)/いかなる世にあっても、生あるものはかならず死滅する。寿命は本来は無量であるが、現象世界ではかならず尽きることがある」との記述があり、これが“平家物語”で語られている「生者必滅、会者定離」の基になっているとのことである。

「生者必滅 会者定離」は「諸行無常」に相通じている。

“平家物語巻第一/祇園精舍”

 祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響あり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰のことはりをあらはす。おごれる人も久しからず。唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。…」

結果、

「色即是空 空即是色」

ということなのであろう。

勿論これは巷間知悉されている仏典の「般若心経」に記されている言葉。

英米語の表現では、

「The first breath is the beginning of death.」

と、なるらしい。

何れにしろ、ある本に書かれていた。

「生まれる前の世界へ戻って行った(逝った)だけのこと」、と。

確かにそのように考えれば寂しくはあるけれども少しは悲しみも癒される。

“上坂冬子さんへの思い”の続きを読む>>
つれづれなるままに | 【2009-06-12(Fri) 09:16:41】
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上坂冬子さんの著作
上坂冬子さんの著作を“Amazon.co.jp”で検索したら“257件”もあった。

“オンライン書店ビーケーワン”では“157件”、“セブン&ワイ”で“128件”、そして“紀伊国屋書店BookWeb”では“113件”の登録がある(2009年6月11日現在)。

ということで、“中庸”を重んじようとも考えたのだが、取り敢えずは「“紀伊国屋書店BookWeb”“113件”」を基にして確認をすることにした。

で、“紀伊国屋書店BookWeb”の“113件”では、「在庫がございます。」が“24件”、「在庫が僅少です」が“1件”、そして「在庫がありません」が“4件”あり、合計で“29件”が今直ぐに手配が取れる可能性がある冊数のようである。

ただし、その内で、既に“読了”しているか間違いなく“積読本”の仲間が、あるいは“仲間と思われる著作”が“18冊”ほどあるので、結果“11冊”プラス“1冊(最新刊)”の「12冊」が現時点で入手できる可能性が高い上坂冬子さんの著作であるようだ。

ということなので、早速手配してみよう。

その他にも、是非読みたい著作が何冊かあるのだけれども、他のサイトや“古本”を探して、それでダメなら図書館に通うことにしよう。

上坂冬子さんの私が是非とも読んでみたいと思い続けていた著作は、

「叢書・同時代に生きる 巣鴨・戦犯絞首刑 ― ある戦犯の獄中手記 ミネルヴァ書房 (1981/12 出版)」「特赦 ― 東京ロ-ズの虚像と実像 文藝春秋 (1978/06 出版) 」「遺された妻 ― 横浜裁判BC級戦犯秘録  中央公論新社1983/04」「奄美の原爆乙女 中央公論社 (1987/07/20 出版) 」「ハル・ライシャワー 講談社 (1994/12/06 出版)」「中公文庫 東京ローズ―戦時謀略放送の花 中央公論社 (1995/08/18 出版)」

である。


“紀伊国屋書店BookWeb”より

〔1〕-1. 上坂冬子の老いの一喝
上坂冬子 / 産經新聞出版 (日本工業新聞社)
2009/05
¥1,365 (税込)
在庫がございます。通常2-3日以内に発送致します。

〔2〕-2. ◎対論・異色昭和史 PHP新書
鶴見俊輔/上坂冬子 / PHP研究所
2009/05
¥798 (税込)
在庫がございます。通常1-3日以内に発送致します。

〔3〕-3. 老い楽対談
上坂冬子/曽野綾子 / 海竜社
2009/02
¥1,500 (税込)
在庫がございます。通常1-3日以内に発送致します。

〔4〕-4. 政治経済より人間力 ― 松下政経塾は何をするところか
上坂冬子 / PHP研究所
2008/10
¥1,470 (税込)
在庫がございます。通常1-3日以内に発送致します。

〔5〕-5. 女の生活力 ― ひとりで暮らすひとりで生きる
上坂冬子 / PHP研究所
2008/05
¥997 (税込)
在庫がございます。通常1-3日以内に発送致します。

〔6〕-6. ときめき老後術 ― ひとり暮らしの骨董ざんまい
上坂冬子 / 海竜社
2007/12
¥1,600 (税込)
在庫がございます。通常1-3日以内に発送致します。

〔7〕-7. ◎これでいいのか日本戦後60年の失敗
上坂冬子 / 大和書房
2007/08
¥1,260 (税込)
在庫がございます。通常1-3日以内に発送致します。

〔8〕-8. ◎これでは愛国心が持てない 文春新書
上坂冬子 / 文藝春秋
2007/01
¥777 (税込)
在庫がございます。通常1-3日以内に発送致します。

〔9〕-9. ◎硫黄島いまだ玉砕せず Wac bunko
上坂冬子 / ワック
2006/12
¥979 (税込)
在庫がございます。通常1-3日以内に発送致します。

〔10〕-11. 私の人生私の昭和史 集英社文庫
上坂冬子 / 集英社
2006/07
¥519 (税込)
在庫がございます。通常1-3日以内に発送致します。

〔11〕-13. 教育の忘れもの ― 東京の学生寮・和敬塾
上坂冬子 / 集英社
2006/03
¥1,680 (税込)
在庫がございます。通常1-3日以内に発送致します。

〔12〕-14. ◎戦争を知らない人のための靖国問題 文春新書
上坂冬子 / 文藝春秋
2006/03
¥756 (税込)
在庫がございます。通常1-3日以内に発送致します。

〔13〕-15. △ 「北方領土」上陸記 文春文庫
上坂冬子 / 文藝春秋
2005/11
¥599 (税込)
在庫がございます。通常1-3日以内に発送致します。

〔14〕-19. ◎冬子の兵法愛子の忍法 文春文庫
上坂冬子/佐藤愛子 / 文藝春秋
2004/09
¥539 (税込)
在庫がございます。通常1-3日以内に発送致します。

〔15〕-22. ◎上坂冬子の上機嫌不機嫌 集英社文庫
上坂冬子 / 集英社
2003/12
¥519 (税込)
在庫がございます。通常1-3日以内に発送致します。

〔16〕-23. ◎「北方領土」上陸記
上坂冬子 / 文藝春秋
2003/10
¥1,500 (税込)
在庫がございます。通常1-3日以内に発送致します。

〔17〕-26. 年をとる楽しみ ― まぁるく生きるかトンガッて生きるか
吉沢久子/上坂冬子 / 清流出版
2002/06
¥1,470 (税込)
在庫がございます。通常1-3日以内に発送致します。

〔18〕-28. △我は苦難の道を行く 〈下〉 ― 汪兆銘の真実 文春文庫
上坂冬子 / 文藝春秋
2002/03
¥619 (税込)
在庫がございます。通常1-3日以内に発送致します。

〔19〕-29. △我は苦難の道を行く 〈上〉 ― 汪兆銘の真実 文春文庫
上坂冬子 / 文藝春秋
2002/03
¥619 (税込)
在庫がございます。通常1-3日以内に発送致します。

〔20〕-31. ○虎口の総統李登輝とその妻 文春文庫
上坂冬子 / 文藝春秋
2001/10
¥599 (税込)
在庫がございます。通常1-3日以内に発送致します。

〔21〕-36. 抗老期 ― 体力・気力・記憶力と闘う 講談社+α新書
上坂冬子 / 講談社
2000/03
¥899 (税込)
在庫がございます。通常1-3日以内に発送致します。

〔22〕-50. ◎三つの祖国 ― 満州に嫁いだ日系アメリカ人
上坂冬子 / 中央公論新社
1996/02
¥1,528 (税込)
在庫がございます。通常1-3日以内に発送致します。

〔23〕-80. ○男装の麗人・川島芳子伝 文春文庫
上坂冬子 / 文藝春秋
1988/05
¥610 (税込)
在庫がございます。通常1-3日以内に発送致します。

〔24〕-82. ◎ 慶州ナザレ園 ― 忘れられた日本人妻たち 中公文庫
上坂冬子 / 中央公論新社
1991/10
¥599 (税込)
在庫がございます。通常1-3日以内に発送致します。

〔25〕-20. 私の人生私の昭和史
上坂冬子 / 集英社
2004/07
¥1,680 (税込)
在庫がございます。通常2-3日以内に発送致します。
ただし、在庫が僅少です。品切れの場合お取り寄せとなります。

〔26〕-10. 人間のけじめ
上坂冬子 / 海竜社
2006/08
¥1,470 (税込)
在庫がありません。お取り寄せになります。
(品切絶版等により入手できない場合もあります。予めご了承願います。)

〔27〕-25. ◎ あえて押します横車 集英社文庫
上坂冬子 / 集英社
2003/02
¥499 (税込)
在庫がありません。お取り寄せになります。
(品切絶版等により入手できない場合もあります。予めご了承願います。)

〔28〕-33. ◎ 女たちが経験したこと ― 昭和女性史三部作
上坂冬子 / 中央公論新社
2000/12
¥3,780 (税込)
在庫がありません。お取り寄せになります。
(品切絶版等により入手できない場合もあります。予めご了承願います。)

〔29〕-35. △ あえて押します横車
上坂冬子 / 集英社
2000/06
¥1,575 (税込)
在庫がありません。お取り寄せになります。
(品切絶版等により入手できない場合もあります。予めご了承願います。)

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つれづれなるままに | 【2009-06-11(Thu) 13:04:08】
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上坂冬子さん
“上坂冬子”さんの新刊本の案内が“Amazon.co.jp”からメールで送られてきた。

内容紹介
2009年4月14日に死去した作家・上坂冬子氏の遺作。
’08年秋にがん再発が見つかり、手遅れと言える状態から、「緩和ケア」医療を選択することで残された時間を有意義に生きた記録。
それは同時に、自らの病状を受け入れて、「いかに自分らしく死ぬか」を徹底して追求した時間でもあった。
また上坂氏は、望む治療が受けられない「がん難民」が多発する医療制度に疑問を抱き、自らの闘病を詳細に明かすとともに、病室で医師らにインタビューして原稿にまとめた。
かつてない赤裸々な筆致で末期がん患者の本音と真実が語られた「最後の傑作」である。



死ぬという大仕事死ぬという大仕事
(2009/06/16)
上坂 冬子

商品詳細を見る


因みに“セブン&ワイ”でも検索してみたが見つからなかった。

ということで、忘れてしまっては何なので“Amazon.co.jp”で“予約注文”することにした。

ついでに他の上坂冬子氏の著作を注文しようとしたのだが、今回は止めておく。

何を持っていて、何を持っていないか、要するに何を読んでいないかがはっきりと分からない。

おそらく10冊近くは持っている(読んでいる)はずなのだが、一度整理してからにしよう。

何せ、年を経るごとに“買った(特に積読本は)”ことを忘れてしまい、時には読んだことさえも忘れて二冊目を買ってしまうことがたまにある(年に一、二度ぐらい)ので。

つれづれなるままに | 【2009-06-11(Thu) 00:23:51】
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共同謀議
〔※下書きシリーズ〕

 タイトルが“共同謀議”だからといってもそれは日本がかの“東京裁判(極東国際軍事裁判 The International Military Tribunal for the Far East)”で訴追された“共同謀議”のことではない。

 もし仮に“共同謀議”が罪刑法定主義に反して明らかなる“事後法”でありながらも“罪”だとするならば、“連合国側の行為”こそがその“罪”たる“共同謀議”に等しい。

 巷間知れ渡っているカサブランカ会談カイロ会談テヘラン会談ヤルタ会談ポツダム会談の“歴史的会談”を“共同謀議”といわずに何という。

 “共同謀議”については“ニュルンベルク裁判”における国際軍事裁判所条例第6条“a項-平和に対する罪 ”に於いて以下のように記されている。

「すなわち、侵略戦争あるいは国際条約、協定、誓約に違反する戦争の計画、準備、開始、あるいは遂行、またこれらの各行為のいずれかの達成を目的とする共通の計画あるいは共同謀議への関与。」

 また、“東京裁判”においては極東国際軍事裁判所条例第5条 (イ)平和ニ対スル罪 に於いて以下のような記述がある。

「即チ,宣戦ヲ布告セル又ハ布告セザル侵略戦争,若ハ国際法,条約,協定又ハ誓約ニ違反セル戦争ノ計画,準備,開始,又ハ遂行,若ハ右諸行為ノ何レカヲ達成スル為メノ共通ノ計画又ハ共同謀議ヘノ参加。」

 少なくとも、「ソ連参戦は連合国側の“共同謀議”によって決定」された。

 しかし、“共同謀議”で裁かれたのは連合国側ではなく日本であった。

 このことを知らない日本人が多いような気がする。日本は“共同謀議”そして“平和に対する罪”という罪刑法定主義に反する“事後法”に基づいて「“戦勝国”が取り仕切る“軍事裁判”」で処断されたのだということを。

 一ついえることは、もし“共同謀議”がされていたら日本は負けることはなかったのではないかということだ。

 私の知る限り当時の日本では“共同謀議”などは“高嶺の花”であり、いくら“大本営”が設置されていたとはいえ“陸軍”と“海軍”そして“政府”はてんでんばらばらの状態で到底戦争に勝てる筈はない、という認識である。

 日本の“A項戦犯(“A級”ではない)”の方々は“共同謀議”で裁かれたが、是非とも連合国側を見習って、せめて“身内の間”だけでも“共同謀議”を綿密にしていただきたかった。

 そうすれば、少しは終戦(敗戦)も早まったことであろう。

 残念である。

大東亜戦争 | 【2009-06-10(Wed) 09:46:13】
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帝政ロシア
〔※下書きシリーズ〕

 はてさて、ロシアは未だに“北方四島”を実効支配している。1945年8月29日、日本はソビエト(現ロシア)と戦闘状態にあった。ソビエト軍の明らかなる侵略行為に対して敗戦国日本は“自衛戦争”を戦っていた。

 いわずとも知れた“現ロシア共和国”は“旧ソビエト連邦”の継承国である。

 “ヤルタ”の亡霊は今も生き続けている。 

 ロシアは北方四島への侵略も“アメリカの所為”だと以前は言っていた。時のアメリカ大統領との約束だと。

 本来、“共同謀議”とはこのようなことを言う。

 “旧ソビエト連邦”は“帝政ロシア”の継承国である。

 “覇権主義(侵略国家)”の傲慢なDNAが今も脈々と受け継がれている。

“グルジア議会、対ロ断交決議採択 プーチン首相「米国に責任」” NIKKEI NET

 【モスクワ=古川英治】グルジア議会は28日、ロシアとの外交関係を断絶するよう政府に求める決議を採択した。ロシアが停戦合意に反してグルジア各地の占領を続け、南オセチア自治州とアブハジア自治共和国の独立を承認したことへの対抗措置。グルジア政府は駐ロシア大使館から大半の外交官を召還している。

 一方、ロシアのプーチン首相は同日、米CNNとのインタビューでグルジア紛争は米国に責任があると主張。米国がグルジアの軍備増強を支援したと非難したうえで、米国の19社からの鶏肉の輸入を禁止すると表明した。衛生上の問題を理由にしているが、事実上の報復措置と受け止められている。

 さらに首相は「米大統領選候補の1人に有利に働くよう米国の誰かが紛争を仕かけた疑いがある」と指摘。選挙戦当初から対ロ批判を強めている共和党のマケイン上院議員を示唆したものみられる。イラン核開発問題を巡る欧米との協力を停止する可能性や欧州とのエネルギー協力の重要性も強調した。 (10:28)



凡人の独り言 | 【2009-06-10(Wed) 01:17:48】
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円高?
今は対円で“1ドル98円”前後(2009年6月9日現在)。
したがって、状況は変化してはいるけれども、“パックス・アメリカーナ”は未だ健在である。

〔※下書きシリーズ〕

 以前、「円高」は円が人気があり“円(日本)が買われている”から「円高」になるとつぶやいた。
 確かに基本はそうであるのだけれど、今回の「円高」はその基本が原因だと考えると大間違いになってしまう。むしろ真の原因(理由)は他のところにありそうだ。

 結論から先に言わせてもらえば、“人気がある”のではなくて、むしろ“人気がない”ので結果、円が“買い戻されている”と考えた方がより適切な表現となろう。
 ならば人気があるのはどこかといえば、反語的な意味合いが多く含まれると思われ勝ちだが、それは今般の世界規模の金融恐慌をもたらした張本人でもある「米ドル」である。

 1ドル80円台は日本から見れば確かに「円高」ではある。私が子供時代は「1(米/USA)ドル=360円」と覚えこまされていた。実に75%以上の下落率である。否、75%以上も“円の価値”が上がっている。
 当時は1ドル支払えば360円分の商品が買えたアメリカ人も、今では100円前後の商品しか買うことが出来ない。もしかしたら、日本では死語になってしまってはいるけれども当時の“舶来品”的印象が今のアメリカでは日本製品(made in japan)に対する位置づけになっているのかもしれない。

 しかし、目を世界へと転じてみれば、“価値が上がっている”のは何も日本円だけではない。
 1ポンド=2ドルぐらいの価値があったイギリス通貨は、今では1ポンド=1.4ドルぐらいまで“対米ドル”では“価値が下がっている”。即ち、「対円」は別にしても「米ドル」はポンドも含め他の国の主要通貨に対して軒並み“価値は上がっている”

 要は為替市場を見る限り“人気がある”のではなく損失を覚悟で「米ドル」が世界市場から“買い戻されている”というところが今の嘘偽りの無い“実態”なのではあるまいか。簡単に言えば“アメリカ主導型経済の仕切り直し”が行われている。 

 何れまた日本円も米ドルも価値を下げる時が必ずやってくる。良い悪いは別にして、日本円と米ドルが価値を下げれば他の国の通貨の価値は相対的に上がって来ざるを得ない。だから、一喜一憂していてもしかたがない。為替にしろ株式にしろ上がれば下がり、下がれば上がるのが利潤を追求する資本主義経済システムの特色である。後はその“程度(度合)”“期間”が問題なだけである。

 だから、「円高」だけを見ていても世の中の“実態”は分からない。世界的視野に立てば「米ドル高」こそが今の世の中の“真相”である。

 結果、それだけ多くの米ドルが世界の金融市場を席巻していたし、今もしているということだ。

 “パックス・アメリカーナ”は衰えたとはいえ未だ健在だ。世界の“米ドル基軸通貨体制”は今も変化していない。このことだけは忘れないで頭に叩き込んでおきたい。
 
 少なくとも、“井の中の蛙”にならず視点を変えて見ることが必要であろう。

 一体全体、「米ドル」に変わって何処の国の通貨が「世界の基軸通貨」に取って代われるというのか。少なくとも私の目の黒い内は「米ドル」以外には考えられない。

 だから世界的な「米ドル高」にブレーキがかかりさえすれば、何れ「円高」も終焉する。“価値が上がり続ける”こともなければ“価値が下がり続ける”ことも現実的にはあり得ないことである。だから何れ変化の兆しが必ず訪れる。

 その為には、先ずは“米国経済の復興”が大前提となろう。“米国経済の復興”なくして“日本経済の復活”も“世界経済の活性化”も考えることは出来ない。

 ともかく、アメリカの“オバマ政権”に期待することにしよう。

 とはいえ、二度と核兵器は使用しないでもらいたいが。何度もつぶやくけれども、日本に原爆を投下したのは“アメリカ民主党政権”である。

 何れにしろ、米国は今の日本にとっては一番のお客様である。そして、ある人に言わせれば「お客様は神様」でもあるので、好き嫌いは別にして、アメリカは日本の“八百万の神”のお一人でもある。

 したがって、色々な意味合いにおいて、「米ドル高(米ドルの還流・米ドルの買い戻し)」にブレーキをかけることが現在の金融危機(経済危機)を脱する要であると個人的には考えている。

 要は、『“国内的”な「円高」』よりも『“世界的”な「米ドル高」』のことを心配しよう、ということである。とはいえ、どちらとも“表裏一体”のものではあるけれども。

 これも“戦後レジーム”の一つの実態である。

凡人の独り言 | 【2009-06-10(Wed) 01:17:19】
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空自機派遣見送り
〔※下書きシリーズ〕

返す返すも残念であった。

日本の空では、

“災害支援”でもないのに、

“米軍機”が今も我がもの顔で飛んでいる。

因みに、

東京大空襲をはじめ主要都市への無差別爆撃は“米軍機”により行われた。

勿論、広島の“エノラ・ゲイ (Enola Gay) ”も長崎の“ボックスカー (Bockscar)”も当時最新鋭の“米国”の戦略爆撃機であった。

母は生前、その“B29”を「きらきら輝いていてきれいだった」と話してくれた。

母は当時16~17歳の多感な女学生。

おそらく“美しさの裏に隠されている醜さ”をいやというほど見せつけられたことであろう。

何れにしろ“恩讐の彼方”に、英語で言えば“Over the Rainbow”か。

“中華な方々”にはまだまだ理解が出来ないらしい。

“彼方”と“Over”の先に「未来」があることを。

20080530.sankei.01


凡人の独り言 | 【2009-06-09(Tue) 01:34:00】
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笑い話
〔※下書きシリーズ〕

思わず笑ってしまった。
こんなレベルである、大方の民主党の議員さんのレベルは。

菅「ハマコーは議員にカネ配ってた」 ハマコー「あれは小沢からのカネ」


凡人の独り言 | 【2009-06-09(Tue) 01:32:59】
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タスポ
〔※下書きシリーズ〕

タスポのおかげ様で、一体何人の天下り役人が飯を食んでいるのであろうか。

そんなことしか考えられなくなってしまっているあすなろおじさんである。

因みに私は愛煙家。

一日に“50~60本分”は我が日本国に貢いでいる。

2008年4月22日 産経新聞(Net View)より
20080422.sankei.07

凡人の独り言 | 【2009-06-09(Tue) 01:32:04】
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「追軍慰安婦」の黒幕
〔※下書きシリーズ〕

  これが、いわゆる「従軍(追軍)慰安婦」の現代版実証例。

 「韓国人Yul Na 」のような“女衒”の多くは当時は確かに“日本人”。しかし、その大半は「朝鮮地方出身者」。即ち今の「半島人(韓国・北朝鮮人)」。

“全米に跨る売春組織運営・・バ韓人逮捕!”
20090224tokuawokiru01


従軍慰安婦 | 【2009-06-09(Tue) 01:29:13】
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甘すぎる日本の対応
〔※下書きシリーズ〕

一年ほど前の記事ではあるけれども、未だに拉致問題は解決していない。

解決策は分かっている筈なのに、主に“戦後の戦勝国の思惑”と“赤みがかった思想”の所為で“宦官”と化してしまった多くの日本人にとっては猫の首に鈴をつけることよりも難しいらしい。

“甘すぎる日本の対応 制裁効果台無しの危険性 日朝協議” msn産経ニュース
2008.6.13 22:34

20080613.msnsankei.04〔写真; 記者の質問に答える福田首相=13日夜、首相官邸〕

 政府が13日、日朝公式協議について「一定の前進だ」(町村信孝官房長官)と評価し、条件付きで北朝鮮籍船の入港を認めるなど対北朝鮮制裁措置の一部解除を表明したのは、福田政権がはっきりと「対話路線」に傾き始めたことを表している。これは、現時点では「小さな一歩を踏み出した」(高村正彦外相)だけでも、北朝鮮を追いつめてきた制裁措置の効果を、この先なし崩し的に台無しにしてしまう危険性もはらんでいる。(阿比留瑠比)

 「北朝鮮の船に積むものは人道支援物資に限定するし、厳しくチェックする」

 外務省幹部はこう説明するが、何が人道支援物資であるかの明確な定義がない以上、抜け道は残りそうだ。現に、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)は、本国と日本社会をつなぐ“動脈”である貨客船「万景峰92」について、「すでに数日前から、今回のことを見越して新潟港への入港手続き準備に入っている」(公安筋)という熱心さだ。

 今年9月9日は建国60年の節目に当たるため、「北は何としてもそれまでに物流ルートを確保したかった」(政府関係者)とされる。万景峰92は長年にわたり、金正日総書記が側近や軍部に配るカネやモノを運んできた経緯もある。

 万景峰92をめぐっては昨年8月、北朝鮮で水害被害が出た際に、朝鮮総連が日本政府に「自分たちが集めたカンパを本国に送りたい」として、人道支援のために万景峰92の入港許可を要請してきたことがある。

 このときは、外務省などは入港を認める方向で検討していたが、安倍晋三首相(当時)がストップをかけた。「制裁に一つ穴を開けるとそこからなし崩しになる。どうしても人道支援が必要ならば、国連機関などを通じて実施すべきだ」との考えからだ。こうした踏ん張りが、「北朝鮮には随分効いていた」(拉致被害者家族会関係者)とみられるが、その安倍路線を明確に転換した形だ。

 そもそも、今回の日朝協議で成果とされる拉致被害者の再調査にしても、よど号犯引き渡しへの協力にしても、具体的なことはまだ詰められていない。町村氏は「(横田めぐみさんのニセ遺骨を渡すような)同じような再調査を彼らがするとは思っていない」と述べるが、それが希望的観測ではないという保証はない。

 よど号犯引き渡しに関しては、日本側はもともとそれほど重視してこなかったし、これまでは「拉致問題の進展とは別の話」という姿勢をとってきた問題だ。

 「進展なんてほとんどない」(閣僚経験者)実態にもかかわらず、制裁一部解除に踏み切った理由について、福田康夫首相は記者団に「交渉しなければ解決しないでしょう」と述べた。とにかくテーブルに着くために必要なのだというわけだ。もともと首相は「対話派」であり、政権浮揚のためにも、北朝鮮との交渉を急ぐ必要はあったが、制裁措置という交渉カードに穴を開けてしまった。

 「拉致被害者全員の帰国を目指している」

 福田首相はこうも強調した。だが、そこへ至る道筋は国民に示されず、視界不良のままとなっている。


“田母神氏と拉致問題”

「自衛隊を動かしてでも、ぶん殴るぞという姿勢を(北朝鮮に)見せなければ拉致問題は解決しない」

「(ぶん殴るとは)自衛隊を使って攻撃してでもやるぞという姿勢を出さないと、北朝鮮は動かない」

「よその国の軍と同様に自衛隊が動けていたら、工作船を沈めることができ、拉致被害者は相当少なかったと思う」



凡人の独り言 | 【2009-06-08(Mon) 07:45:37】
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NHKスペシャル
の、「シリーズ JAPANデビュー“第3回 通商国家の挫折”」を昨夜(6月7日)、途中から見た。

悪評高き「第1回 アジアの“一等国”」は残念ながら見てはいないが“史実・事実を恣意的に歪曲・捏造した余りにもひどい内容”だったとのことなので、いくら“NHKスペシャル”とはいえ「シリーズ JAPANデビュー」には興味を持てないでいた。

しかし、少なくとも今回の放送分に限っては見ているうちに不思議に思った。

「最近の“NHK”にしては珍しく(?)“まとも”の番組作りをしている」と。

ということで、是非とも“再放送”を観てみたい。

番組ホームページによれば“再放送”は「2009年6月10日(水)午前0時45分~1時58分(9日深夜)総合」とのこと。

見逃さないようにしよう。

それにしても、見てはいないのではっきりとしたことはいえないが、同じ“シリーズ”でも明らかに今回の“第三回放送分”と“第一回放送分”では“プロヂューサー”は“別人”なのであろう。

もし同一人物だとするば、相当に精神を病んでいる(分裂病・人格障害)か視聴率至上主義を信奉する“腹黒い狡猾なビジネスマン(or ウーマン)”としか考えられないが、どちらにしろ“平和教の信者”であることは間違いなかろう。

凡人の独り言 | 【2009-06-08(Mon) 07:41:56】
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禅と信心
これは“書き下ろし”。

何とか“下書きシリーズ”の“おかげ様”で“下書きホルダー”の中身も少し減ってきた。

あと“50件”ほど。

それはともかく、

母は晩年、よくテレビを見ながら嘆いていた。

「“嫌なニュース”ばかり…」、と。

「テレビは“嫌なニュース”を流さないと飯が食えないから、それで“嫌なニュース”ばかりを流しているんだよ」と、話してあげたかったのだが、話せなかった。

それからしばらくして、母は逝ってしまった。

もっともっと母とは話をしたかった。そして母の苦しみ、悩み、怒り、そして感謝の気持ちを聴いて上げたかったし、話してももらいたかった。

昨日(6月6日)、生まれて始めての座禅会に参加した。

なんと思われようが私は「母の導き」だと思っている。

禅と信心。

これからの私自身のよすがにしていきたい。

“信心(しんじん)”とは“信仰(しんこう)”のことではない。

読んで字の如く“信じる心”のことである。

自らを信じること。

これが「母の教え」だと私は理解した。

そのための“禅(座禅)”である。

母の“おかげ様”で私は禅宗の禅徒(臨済宗妙心寺派)になれた。

この好機を逃すことはあるまい。

日本の伝統と文化を、そして“日本の心”を禅を通して学んでいきたい。

これが、今の私の正直な気持ちである。

私はけっして“仏教徒”ではない。そして将来においても“仏教徒”になれるかどうかは自信は無いし考えてもいない。

しかし、私は“日本教”の信者(信徒)になりたい。

“日本の心”を学びたい。

今のところそのための手段である、座禅は。

私の通う座禅会は母の菩提寺で行われる。

座禅会に通う一番の目的は、母に会いに行くためである。

正直、座禅は二の次である。

動機が不純だといわれても、しかたがない。

一番の目的は母に会うためであり、二番目は海禅寺さんにお礼をするためである。

先の東京大空襲の夜、母は時の住職さんに命を助けられている。

その、お礼である。

仏教徒(信仰している)か仏教徒で無いかは今の私には関係が無い。

まして菩提寺が禅宗かそうでないか、妙心寺派であるかどうかも大した問題ではない。

要は、“人”として“日本人”として、そして“母の息子”としてそうせずにはいられないだけのことである。

とはいえ、座禅を組むからにはそれなりの目標を立てることにした。

先ずは、左右両足「半跏趺坐(はんかふざ)」で座禅が組めるようになること。

今は左足を右足のふとももに乗せて座禅を組むことしか出来ていない。

そして次は「結跏趺坐(けっかふざ)」。

私はスポーツを数多くやってきた。その経験からすれば「結跏趺坐(けっかふざ)」は人によりお勧めはできない。むしろ、身体には悪そうな気がする。

しかし、いくら脚が「太くて短い」というハンディーがあるにしろ、努力を続ければ出来そうな気がしている。

とはいえ、一朝一夕には何事も上手くはいかない。一年二年と年月を積み重ねることによって無理なく「結跏趺坐(けっかふざ)」で座禅が組めるようなると今は信じることにしている。

仮に「結跏趺坐(けっかふざ)」は無理でも、最低限、「半跏趺坐(はんかふざ)」を左右両足で出来るようになりたいものだ。

今は、朝方30分ほどストレッチをして、夜に「半跏趺坐(はんかふざ)」で座禅を組んでいる。

時間は“一炷(いっしゅ)”。お線香一本が燃える時間(約30~40分)である。

つれづれなるままに | 【2009-06-07(Sun) 00:26:11】
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初めての座禅会
3時間ほど前に、生まれて初めての座禅会から戻ってきた。

正直、色々と思うところはあるけれども、月一回の予定を四回に変更することにした。

毎週土曜日の午後6時から8時までである。

“臨済宗”ということもあるのかもしれないが、何やら形式ばったところがやたら多かった。

私は形式とか格式が本来は嫌いである。

だからこそ、その形式と格式を一日でも早く理解したい。

その上で先のことは考えることにしようと思う。

何れにしろ、私にとっての一番の目的は母の墓参り。ついでに座禅、ということなので今のところは嫌いな形式や格式には目を瞑ることにする。

兎にも角にも、母の七七日が行われた本堂の畳の上で座禅を組むことが出来た。今はそれだけで満足である。

確かに人は一目では分からないものだ。

しかし、ご住職さんは別にしても、何かかっこつけて座禅をしている人が何人かいるような気がしてならなかった。

勿論、私も含めてではあるけれども、人間的に未熟そうに見える者が何人かいた。そういう者に限って形式や格式にこだわるようだ。

ある老師が言っていた。「座禅を組んだからといって立派な人間になれるわけではない」と。

たった一回の座禅会の体験なのに、そんな言葉を思い出してしまった。

ともかく、“普段着”や“スポーツウエアー”や“作務衣”は良いにしても、一介の衆生であるにもかかわらず”半着袴”まで座禅に何故必要なのであろうか。

私には“かっこつけている“としか思えなかった。

”半着袴”スタイルは比較的若い人に多いように見受けられた。

もしかしたら彼らにとっては座禅も“ファッション”なのであろうか。

何故か悲しくなってしまう。

ともかく人は人、己は己。

“形式”なり“格式”も“伝統・文化”と捉えればそれなりに受け入れることも可能である。

先ずは伝統と文化を受け入れてみよう。

それにしても、正直少しがっかりした。

つれづれなるままに | 【2009-06-06(Sat) 23:23:59】
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大東亜戦争
〔※下書きシリーズ〕

 日本の麻生太郎首相は“asahi.com”によれば、「いわゆる大東亜戦争」と語ってはいるが「大東亜戦争」と断定した物言いはしていない。にもかかわらず中央日報は「大東亜戦争と表現」したと言い、それを「失言」ときめつけ、「議論広がっている」などと身勝手な憶測に基づく「歪曲・捏造報道」を行っている。
 しかもことあろうに、そのことを日本の朝日新聞が報じているなどと「嘘」をつく。

 「大東亜戦争」は歴史的事実であって、且つ、けっして「侵略戦争」などではない。

 この“真実”を暴かれることによって損失を蒙ることになる方々が今の日本には一杯いる。そして、組織も集団も国々も沢山ある。

 具体的にはノーベル賞受賞作家の大江健三郎氏もその代表的なお一人であり、日教組や朝日新聞社、そして中共・韓国・北朝鮮やアメリカ・ロシア等などである。

“麻生首相、今度は「大東亜戦争」失言で議論広がる” 中央日報
2008.10.02 08:51:02

麻生太郎首相が日本による侵略戦争の第2次世界大戦を「大東亜戦争」と表現し、議論が広がっていると朝日新聞が1日、報じた。

麻生首相は先月30日午後、首相官邸で記者団から日本の過去の戦争観を問われた。麻生首相が先月29日の国会演説で「私の前に58人(の首相)がいた」と述べたことをめぐり、ある記者が「58人の元首相の中には日清、日露戦争をした首相や(太平洋戦争A級戦犯の)東条英機も含まれるのか」と尋ねた。

すると麻生首相は「日清、日露戦争と、いわゆる大東亜戦争、つまり第2次世界大戦とは少し種類が違うと思っている」と答えた。続いて「明治憲法以来約120年、日本の歴史として誇れる歴史もあれば、誇れない歴史もある」と語った。

「大東亜戦争」は日本の帝国主義による侵略戦争の当時、日本政府が使っていた用語だ。第2次世界大戦が終わった後、日本を占領した連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は公文書で同表現の使用を禁止し、現在も日本の侵略戦争を正当化、美化する用語と認識されている。日本の右翼団体や関連人物らは依然として太平洋戦争を大東亜戦争と表現し、日本による侵略戦争の正当性を主張する。

麻生氏の発言で議論が広がると、河村建夫官房長官は「首相は子どものころから外祖父の吉田茂元首相の薫陶を受けている。当時の大人たちが第2次世界大戦を大東亜戦争と表現していたために、影響を受けているのだと思う」と語り、収拾に出た。

しかし意識的でも無意識的でも、首相がかつての侵略を美化する用語を公式の席上で使ったのは非常に不適切なもので歴史観が問われる、という声があがっている。実際、麻生首相は以前にも「創氏改名は朝鮮人が望んで行われたもの」などといった妄言で波紋を広げたことがあり、自民党総裁選の真っ最中だった先月には「天皇も(日本帝国主義の侵略を美化する宗教機関である)靖国神社を参拝できるようにすべきだ」と述べ、議論を呼んだこともある。

麻生首相、「大東亜戦争」と表現 戦争観問われ asahi.comより
2008年10月1日2時21分

 麻生首相は30日、首相官邸で記者団から過去の戦争観を問われ、「日清、日露(戦争)と、いわゆる大東亜戦争、第2次世界大戦とは少し種類が違うと思う」と語った。首相は「明治憲法以来約120年。時代を振り返って、日本の歴史として誇れる歴史もあれば、誇れない歴史もある」との考えを示した。

 「大東亜戦争」は当時の政府が決めた正式呼称だが、戦後、GHQ(連合国軍総司令部)が公文書での使用を禁止。教科書では「太平洋戦争」「第2次世界大戦」の呼び名が一般的になっている。

 河村官房長官は30日の記者会見で「首相は吉田茂元総理の薫陶を子どものころから受けており、教育勅語をそらんじることができる我々同じ世代の唯一の国会議員だ。第2次世界大戦を当時の大人たちが大東亜戦争と表現していた。そういうことかなと思う」と語った。



凡人の独り言 | 【2009-06-06(Sat) 11:46:21】
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林 博史(はやしひろふみ)氏
〔※下書きシリーズ〕

はっきり言って、この方は頭がイカレている。

林 博史(はやしひろふみ)関東学院大学経済学部教授。

なにをかいわんや、あにはからんや、いわずもがな、よしんば…

ともかく、己自身を知って欲しい。

そこから“人間性の解放”は訪れる。

あなたは全く“人間性が解放”されていない。

極端に閉鎖的で偏執的な偽善者的性格の持ち主である。

典型的な“平和教の信者”たり得る。

確かに現代の“ヒューマニズム”の考え方はそのことを否定はしないかもしれないが、“人間絶対主義”の“ヒューマニズム”の思想は“人間性の解放”の近代的潮流の中から産み出されてきたものである。それなのに“自由・平等・平和・人権(権利)”ばかり唱えていたのでは正に本末転倒であろう。“人間性の解放”は“自らを知る(己を知る)”ことから始まる。

 私も“バカ”の一人ではあるけれども、あなたも十分に“バカ”である。いくら“高学歴”で“学者”といえどもバカはバカである。早くそのことを学んでいただきたいものだ。

 あえて言えば“人間絶対主義(ヒューマニズム)の傲慢さ”が真実を見え難くさせている。“ヒューマニズムの観念”はそのような“錯誤”を私たちにもたらしてしまう。“複合的コンプレックスの持ち主”“錯誤”を犯したとき“反日感情”が生まれてくる。自らが“自由で絶対的な存在”だと考えている“錯誤”した“傲慢”な人たちが、多くの“反日日本人の姿”であると私は考える。

だから、“林博史”氏は“複合的コンプレックス”に打ち虐げられた典型的な“反日日本人”のお一人なのであろう。

私と同じ「鉄腕アトム世代」とは思いたくない。


追記(2009年6月6日);
何時つぶやいたのかは忘れてしまったが、このつぶやきはある意味、支離滅裂である。
しかし、これもあすなろおじさんの一面ではある。
したがって、削除するのももったいないので…

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凡人の独り言 | 【2009-06-06(Sat) 11:34:36】
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笹川紀勝氏
〔※下書きシリーズ〕

 笹川紀勝(ささがわのりかつ)明治大学法学部教授(68)は明治大学にとっても“恥”であるし、日本にとっても“恥ずかしい大学教授”である。
 いくら“憲法学者”とはいえ、もう少し“現実”を見据えてからものは言ってほしい。

 もし“損害賠償請求”を起こされたら是非とも笹川紀勝教授が自らのポケットマネーで支払っていただきたい。日本国民の血税を“自らの“無知”と“偏見”と“身勝手な欲”のために勝手に使わないでいただきたい。

 それにしても“大学教授”と名のつく御仁には時たま頭のいかれた方がいる。

 間違いなく「笹川紀勝(ささがわのりかつ)明治大学法学部教授(68)」もそのお一人であろう。

 いわゆる「専門バカ」というところか。

“明治大・笹川教授インタビュー「日韓併合は無効」”朝鮮日報
記事入力 : 2009/01/11 09:03:54

 「身体的な威嚇を加えた無効な条約で、損害賠償請求は今でも可能」

 1910年の日韓併合の不当性を力説した日韓の学者による共同研究の成果が、最近日本で出版された。800ページある『韓国併合と現在』(明石書店)だ。李泰鎮(イ・テジン)ソウル大国史学科教授や故・白忠鉉(ペク・チュンヒョン)元ソウル大教授(1939-2007)が2001年から進めてきた日韓併合の歴史的・国際法的再検討の結実で、韓国版は来年初めに出版される予定。これまで日韓の学者は9度にわたり会議を開き、この問題を議論した。

 最近韓国を訪れた笹川紀勝・明治大学法学部教授(68)にインタビューを行った。著名な憲法学者である笹川教授は、李泰鎮教授とともに本書の共同編者となり、日韓併合が国際法的に不法なものだったことを論証する4編の論文を載せた。笹川教授は、荒井信一・茨城大学名誉教授とともに、日韓併合の不当性を主張している日本の学者の一人だ

―日韓併合が無効だと見る理由は何か?

 「国際法上、条約が有効であるためには、“合意の自由”がなければならない。これは、条約の当事者に“選択の自由”がなければならない、という意味で、脅迫や身体的強制があればそれは成立しない。ところで1905年の乙巳条約(第2次日韓協約)の際、伊藤博文は韓国の大臣たちを漱玉軒(現在の重明殿)の一室に軟禁し、身体上の威嚇を加えた。また、日本軍は宮殿を包囲し、威嚇した。皇帝と大臣たちが自由意志により条約を承認したのではないから、国際法上無効で、それを基盤とした日韓併合もまた不法だ

今になってそれが無効だと主張することに、何の意味があるのか?

 「100年余り前のことだとしても、それが無効であれば損害賠償請求をすることができ、歴史の真実を人々に知らせることになる

―類似した事例が、よそにもあったか?

 「1793年にポーランド議会がロシア・プロイセンに対する領土分割を承認した際、ロシアは軍隊を動員し議会を包囲、高圧的に承認を要求した。スイスの法律学者ベーナーはポーランドと韓国のケースを比較し、双方とも不法だと結論付けた。1773年の第1次ポーランド分割の際にも同様の状況が起こったが、当時の条約は既に国際連盟によって無効だと認定されている」

20090111cyousennipou01

笹川紀勝教授は「現在の日本を良い国にするためには、自ら誤りを認め、改めなければならない」と語った。/写真=チョン・ギピョン記者

兪碩在(ユ・ソクジェ)記者

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
<記事、写真、画像の無断転載を禁じます。 Copyright (c) 2008 The Chosun Ilbo & Chosunonline.com>

※朝鮮日報さん、上掲の記事を転載させていただきました。

アジアの特定三国 | 【2009-06-06(Sat) 10:54:24】
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美女の多い国
〔※下書きシリーズ〕

日本にもこのくらいのこと(ユーモア?)が言える政治家が一人ぐらいいてもよさそうなものだが、“首相(総理大臣)”となると話は別であろう。少なくとも、お人よしの日本人の一人としては疑問に思う。

それにしても、魑魅魍魎が跋扈するこの世(世界)から眺めると如何なものか。正直私には「イタリアには美女がいっぱいだからレイプはなくならない」との伊シルビオ・ベルルスコーニ首相(72)の発言は理解し難い。

“「美女が多いからレイプなくならない」伊首相がまた暴言”msn産経ニュース
2009.1.29 10:53

20090129itariasyusyou〔写真; シルビオ・ベルルスコーニ伊首相(AP)〕

 失言癖で話題のイタリア、シルビオ・ベルルスコーニ首相(72)が、今度は自国で多発している強姦事件(年間約34万件、日本では年間約2100件)について「イタリアには美女がいっぱいだからレイプはなくならない」と発言。批判の集中砲火を浴びていることが28日、分かった。

 イタリアでは強姦事件が多発しており、内務省が街頭警備の警察官を3万人に増員することを検討中。首相はこれについても、「どんなに兵士を増やしても強姦を防止するのは不可能」「強姦防止は国家警察でもミッション・インポシブル(不可能な任務)」などと発言した。

 これに対し左派陣営は「薄汚い飲み屋のカウンターで言う冗談」などと“抗議”したが、首相は「イタリア女性をほめたに過ぎない」と強弁。「ユーモアと軽妙のセンスを失ってはならない」と開き直っている。


ちなみに、強姦(レイプ)事件が人口比で一番多いのは“大韓民国”ではなかろうか。少なくともイタリアではないと私は理解している。

“大韓民国”にはけっして“美女”は多くはない。むしろ少ない方である。だから“美容整形”があれほど流行っている。“ノム”何とかという元大統領も整形して平然と公務をこなしていた。そんなお国柄なのである。

“自らを偽ることを生業とする”このような心根はとても日本人には理解が出来ないが、“整形美女”も美女は美女。そのように考えればベルルスコーニ首相の発言もまんざら嘘ではないのかもしれない。

何れにしても、大韓民国は“10代による性犯罪の人口10万人当たりの発生件数”については堂々とアメリカを抜き世界第一である、と以前に“朝鮮日報”が報じていた。よもや、アメリカよりも“性犯罪の発生件数”が多い国はあるまい。

もし、国別ではなく“国籍別”で集計が取れれば、年齢に関係なく“朝鮮民族”が間違いなく世界第一位の座を獲得するはずである。

これは“偏見”ではなくて“事実”であろう。

もし、“誤解”があるのならば“事実”を基に反論していただきたい。

ただし、“事実”の“歪曲・捏造”はお断りする。

兎にも角にも、日本では未だに“本名”ではなく“通名”で報道されることが多いので事の真相が闇に隠されてしまってはいるが、“通名報道”を止めさえすればその実態の一つの側面が間違いなく証明されることになるであろう。

是非とも、将来において「強制的に“通名(日本名)”を名乗らされた!」と当人たちやその子孫の方々から文句をいわれ金をせびられる前に、日本のマスメディアの方々は率先して“本名”での報道を心がけて行うようにしていただきたい。

勿論、“良いこと”も“悪いこと”もである。

“良い”ことは“本名”で報道して“悪い”ことは“通名”で報道するなどはもってのほかである。

日本の一部(?)のマスメディア人には是非ともこのような“日本人としての良識”を一日でも早く取り戻すか身につけていただきたいものである。

何れにしろ、ほとんど全ての日本人は“本名”しか持ってはいないのだから論外ではあるけれども。

凡人の独り言 | 【2009-06-06(Sat) 10:44:51】
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国籍法改正に思う
以下の画像は“ぼやきくっくり”さんから無断で拝借した。
 
20090604boyakikukkuri1

ということで、“詳細”も。

“国籍法改正”については以下のサイト等に詳しく説明されている。

“国籍法改正案まとめWIKI”
“法務省民事局”

改正国籍法のパンフレット(pdf)
20090606kokusekihoukaisei1

それにしても、「父母が結婚していなくても届出によって日本の国籍を取得できるようになりました」には驚かされる。

これでまた一つ大切な“日本の心”が失われた。

「自由・平等・平和・人権」のお題目で頭のいかれてしまっている“敗戦利得者”どもは何をしでかすか分からない。

もし、本心から、“世界(地球)市民”を目指しているのならば、勝手に日本の国外でやってもらいたい。

“家族”、そして“家族意識”は「日本の伝統文化」の基本であり、そして「日本の心」の要でもある。

それを“いかれた頭”で蔑ろにされたのではご先祖様に申し訳ない。

そんな当たり前のことも分からないボンクラどもが今の日本には沢山いる。

これも“戦後民主主義教育”の成せる業か。

広島の原爆死没者慰霊碑の石室前面には、未だに以下の言葉が刻まれている。

「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」

一体全体“誰”が過ちを犯したのか?

いい加減“主語”をはっきりさせろ!

本当に“情けない国”になってしまった。

最近私は「自由・平等・平和・人権」等の言葉を聞くと、「わがまま・甘ったれ」と“同義語”のように思われてしかたがない。

凡人の独り言 | 【2009-06-06(Sat) 10:16:24】
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マイニチった
おや?できた!。

投稿が…(“参った…”)。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「マイニチった」。

「アサヒる」は知ってはいたが「マイニチった」は今の私には新鮮に聴こえる。

そもそも毎日新聞の英文サイト上に掲載されていた「“Wai Wai”コラム」がことの発端ではあろうが、私の知る限り「マイニチった」の語源はかの「百人斬り」まで遡る。

同様に「アサヒる」の語源は「南京大虐殺」。

「何だ、朝日か」
「ああ、朝日だろ、君」


これは石原慎太郎都知事の定例記者会見での“おなじみのフレーズ”であるそうだ。

「人の悪口ばっかり言っているような朝日新聞のような大人が増えると日本はダメになります」
朝日新聞がなくなったほう方が世のためになる。すぐさま廃業した方がいい」


こちらは、橋本徹大阪府知事が自衛隊の記念行事での祝辞の中で述べられたお言葉であるらしい。

是非、石原慎太郎都知事には、

「人の悪口ばっかり言っているような毎日新聞のような大人が増えると日本はダメになる」
毎日新聞がなくなったほう方が世のためになる。すぐさま廃業した方がいい」


と、そして橋本徹大阪府知事には、

「何だ、毎日ですか」
「ああ、毎日でしょう、あなたは」


と、語っていただきたい。

若干、性格の違いによるもの言いの違いはありそうだが、主意は同じであろう。

両新聞社ともに先の大戦では私利私欲のために“鬼畜米英”を率先して喧伝し、我々日本国民をあらぬ方向へと扇動して地獄絵図を描ききった張本人である。

しかし、戦後は何等反省することもなく、自らの罪を覆い隠してくれる“東京裁判史観”にしがみつき、未だに“自らの責任(だけ)”には頬かむりをしたまま平然としている。

因みに、それぞれの語尾変化は、

「アサヒる」「アサヒった」と「マイニチった」「マイニチる」になるのであろうか。

ともかく“エログロ”絡みは「マイニチった」を使った方がよさそうではあるけれども、“大同小異”であることだけは間違いは無い。

“反日マスコミの真実 2009”をペラペラと捲っていたらつぶやきたくなってしまった。

反日マスコミの真実 2009-メディアの情報支配へ反乱が始まった! (OAK MOOK 264 撃論ムック)反日マスコミの真実 2009-メディアの情報支配へ反乱が始まった! (OAK MOOK 264 撃論ムック)
(2008/12/18)
西村 幸祐

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さて、じっくりと読ませていただくことにするか。

凡人の独り言 | 【2009-06-05(Fri) 12:30:17】
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参った…
最近やたら問題が多い。

“管理画面”が表示できなくなったり、“ブログの閲覧”できなくなったりと。

今も“過去の記事(下書き)”の投稿ができなくなってしまっている。

“FC2”側の問題であろうか。

何れにしろ困ったものだ。

引越しを真剣に考えなければいけないか。

その時は…

“iza”と、心の奥では決めている。

ブログ奮闘記 | 【2009-06-05(Fri) 12:28:51】
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愚かで稚拙な「社説」
〔※下書きシリーズ〕

久しぶりに“朝鮮日報”と“中央日報”を訪れてみた。
相変わらずの捏造・偽造体質。そして、何と言っても自己撞着。
愛国心というには余りにも惨め過ぎる。
史実を歪曲、捏造して身勝手な論理を繰り返す。とても文明人とは思えない。
このような体質が全ての朝鮮人に共通しているとは思いたくは無いが、現実を見る限り多くの朝鮮人の基本的性格のようである。
何故にこれ程までに朝鮮民族は知的理解力が低く身勝手な解釈に終始するのか。

前にもつぶやいたことはあるけれども、個人的には“諺文(ハングル)”が主要因の一つではないかと考えている。
日本人にたとえてみれば、“ひらがな(あるいは“カタカナ”)”だけでものごとを考えて論理を構築しているようなものである。
だから、思考エリアが極端に狭く浅くなり、身内だけにしか分からない感情的な側面だけが強調され客観的・論理的な思考を行うことが出来ない。結果、考え方が浅薄で、且つ短絡的で”ファビョる”ことになってしまう。
勿論、“諺文(ハングル)”のような“表音文字”でも“それなりの歴史”があればその欠点を補ってはくれるが、そもそも“諺文(ハングル)”には“それなりの歴史”が無い。歴史を遡ってみても“諺文(ハングル)”が一般の人々(朝鮮民族)に広く使われるようになったのは“日本の朝鮮総督府の施政”がその起源である。
しかし、朝鮮総督府は「漢字混じり文の“諺文(ハングル)”」を奨励したが、戦後の半島国家においては“偏狭ナショナリズム(ウリ・ナラ・マンセー)”が影響してか、こぞって“漢字”を排斥してしまった。

いずれにしろ、以下の一連の竹島をめぐる朝鮮系メディアの報道についても同様な現象が伺える。
読解力や理解力が無いのか、それとも「自分にとって関心のあるキーワードしか読めなかった」のかは分からないが、とにかく支離滅裂である。
 
『「独島(トクト、日本名:竹島)は日本の領土ではない」と明記した日本の法令が最近発見された』

などと、平気で事実を歪曲・捏造し、嘘を垂れ流す。

とにかく、呆れる。

私には“あきれる”以外に言葉が見つけられない。

一言。

“沖縄”も“小笠原諸島”も戦後、日本に返還されている。

未だに事実を歪曲捏造して嘘をつき、だだをこねているのは“韓国(竹島)”と“中国(東シナ海)”と“ロシア(北方四島)”の方である。
 

記事入力 : 2009/01/05 11:35:56
“【社説】独島の領有否定した日本の法令”
独島

 独島(日本名竹島)が自国領だと絶えず主張してきた日本が独島を韓国領と事実上認める法令を2件も公布していた事実が明らかになった。韓国海洋水産開発院の独島・海洋領土研究センターが発見した日本の1951年の「総理府令24号」と「大蔵省令4号」は独島を鬱陵島や済州島とともに「日本の付属島しょから除外する」と明記している。

 日本は1952年のサンフランシスコ講和条約で放棄した領土に独島が明示的に含まれてはいないとして、独島に対する領有権を主張してきた。しかし、第2次大戦後に日本を占領した連合国軍総司令部(GHQ)は1946年1月に日本政府にあてた訓令(SCAPIN=スキャッピン)1003号で、日本船舶が独島から12カイリ以内に進入することを禁止した。日本はこの訓令を連合国による一方的な措置だと主張してきたが、実際は自らも「独島は日本領ではない」という法令を作っていたことになる。その上、二つの法令は1960年代に改定された後も領土関連の文言が変えられずに現在も残っている。憲法や法律に領土規定がない日本では二つの法令が現在も有効だと見るべきだ。

 独島をめぐる韓日間の論争にくさびを打ち込む今回の発見は、ある弁護士とある研究者の執念と使命感の結実だ。10年前から日本軍の従軍慰安婦を経験したおばあさんのための活動を行ってきた崔鳳泰(チェ・ボンテ)弁護士は日本政府を相手に韓日会談関連の情報公開請求訴訟を起こして勝訴した。崔弁護士は裁判の判決に基づき、昨年7月に日本の外務省から受け取った文書6万ページを分析していて、独島に関する相当部分が塗りつぶされているのを発見した。崔弁護士の知らせを受けた独島海洋領土研究センターは、塗りつぶされた部分の上にある関連法令を手掛かりに二つの法令を探し出した。

 韓日会談関連文書で独島に関する部分が塗りつぶされていたのは、日本政府が二つの政令の意味と重要性を既に知っていたため、それを隠ぺいしようとしたとみるべきだ。日本政府は自分の手で制定した二つの法令に対する立場を明らかにするとともに、数十年間にわたり国際社会を相手に虚構の宣伝とロビー活動を行い、独島に対するうその領有権を主張してきたことを反省し、主張を残らず取り下げるべきだ。

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
<記事、写真、画像の無断転載を禁じます。 Copyright (c) 2008 The Chosun Ilbo & Chosunonline.com>

※朝鮮日報さん、上掲の記事を転載させていただきました。

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竹島 | 【2009-06-05(Fri) 12:09:45】
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先達の皆様への「言葉の勲章」
〔※下書きシリーズ〕

知っている人は知っている、知らない人は、勿論知らない。

知りたくない人は見てみぬ振り。

知ってはいるけれども、自らの主義主張に合わないと考えている人たちは、黙殺しているか、難癖をつけて否定している。

そんな性質を持たせられてしまった以下の言葉の一つ一つが、私には心に響く。

H・G・ウェルズ(イギリス、歴史学者)
 この大戦は植民地主義に終止符を打ち、白人と有色人種との平等をもたらし、世界連邦の礎石をおいた。

アーノルド・J・トインビー(イギリス、歴史学者)
 第二次大戦において、日本人は日本のためというよりも、むしろ戦争によって利益を得た国々のために、偉大なる歴史を残したと言わねばならない。その国々とは、日本の掲げた短命な理想であった大東亜共栄圏に含まれていた国々である。日本人が歴史上に残した業績の意義は、西洋人以外の人類の面前において、アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、過去二百年の間に考えられていたような、不敗の半神でないことを明らかに示した点にある。(1965年10月28日、英紙「オブザーバー」)

ククリッド・プラモード(タイ国の元首相)
 日本のおかげでアジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。今日東南アジアの諸国民が、米英と対等に話が出来るのは、一体誰のおかげであるのか。それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためである。十二月八日は、我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して重大決意をされた日である。我々はこの日を忘れてはならない。(現地新聞「サイヤム・ラット紙」、題名「12月8日」、1955年(S30年)6月)

バ・モウ (ビルマ元首相 独立宣言より)
 約五十年前ビルマは三回にわたる対英戦争の結果その独立を失えり、英国側はアジアに対する掠奪的野望を以て此等の戦争を遂行せり。英国はさらにその伝統的陰謀賄賂及び想像し得るあらゆる詐欺及び術策の武器をしようせり。・・・ビルマ人は徐々に搾取され時の進むに従い総ての国民的実質、莫大なる物資的資源、機会、文化、言語、さらに遂にはその生活様式までも失い・・・愛国者は挺身的精神をもって鎮圧、入獄、流謫、拷問及びしばしば死そのものを甘受して突進して来れり、これらの英雄はビルマの生存のため苦難を受け遂には斃れたり。・・ビルマ人はアジアを結合せしめアジアを救う指導者を待望しつつありしが遂にこれを大日本帝国に発見せり。・・・ビルマ人はこのビルマに対する最大の貢献に対する日本への感謝を永久に記録せんことを希望するものなり・・・」(一問に百答 日下公人 PHP研究所)
 
ダグラス・マッカーサー(アメリカ、日本占領連合軍最高司令官・元帥)
 日本の潜在労働者は、量においても質においても、私がこれまで知っている中の最も立派なものの一つである。しかし、彼らは労働力はあっても生産の基礎素材を持たない。日本には蚕のほかに取りたてていうべきものは何もないのだ。日本人は、もし原材料供給が断たれたら(経済封鎖されたら)一千万から一千二百万が失業するのではないかと恐れていた。それ故に、日本が第二次世界大戦に赴いた目的は、そのほとんどが、安全保障のためであった。(1951年5月3日米上院の軍事外交合同委員会の聴聞会における発言)

ロスロップ・スタッタード(アメリカ、歴史学者)
 すでに四百年の間、連続的勝利によって、白人は本能的に自己の膨張は無限に継続するものと信ずるに至った。1904年の日露戦争以前には、自己の膨張が停止するというような思想は白人千人中の一人にも考えがおよばなかった。(中略)1900年は、四百年間みなぎりきった白人潮勢の頂点であった。白人はその時、威名と実力の頂上に達したのである。その後わずか四年にして日本は猛然起って露国に抗し、旅順港に巨砲弾を浴びせて世界を驚かした。その刹那に白人の退潮が始まった。(長瀬鳳輔訳『有色人種の勃興』政教社、147,151頁)

ジョージ・S・カナヘレ(アメリカ、ハワイ日本経済協議会事務局長・政治学博士)
 日本占領軍がインドネシア民族主義のために行った種々の仕事の中で、最も重要なものの一つは、正規軍及び准軍事組織を創設して、それに訓練を与えた事である。(中略)  インドネシア人が軍事訓練を受けたことの意義は極めて重要なものであった。これが後のインドネシア革命軍の大部分の将校と何千の兵士となり、復帰してきたオランダ勢力と独立戦争を戦う際の基盤となった。日本によって与えられたこのような機会がなかったならば、戦後のインドネシア民族革命の経過は違ったものになっていたであろう。

ラグ・クリシュナン(インド、大統領)
 インドは当時、イギリスの不沈戦艦を沈めるなどということは想像もできなかった。それを我々と同じ東洋人である日本が見事に撃沈もした。驚きもしたが、この快挙によって東洋人でもやれるという気持ちが起きた。(昭和44年「日本経済新聞」)

アリフィン・ベイ(インドネシア、ナショナル大学日本研究センター所長・政治学博士)
 日本に占領された国々にとって、第二次世界大戦とは、ある面では日本の軍事的南進という形をとり、他面では近代化した日本の精神的、技術的面との出会いであった。日本が戦争に負けて日本の軍隊が引き上げた後、アジアに残っていたのは外ならぬ日本の精神的、技術的遺産であった。この遺産が第二次大戦後に新しく起こった東南アジアの民族独立運動にとって、どれだけ多くの貢献をしたかを認めなければならない。日本が敗戦国になったとはいえ、その精神的遺産は、アジア諸国に高く評価されているのである。その一つに、東南アジアの教育に与えた影響があげられる。(中略) (日本は)目標達成のためにどれほど必死にやらなければならないかということを我々に教えたのであった。この必死の訓練が、後のインドネシア独立戦争の時に役立ったのである。(「魂を失った日本」未央社、57~65ページ)

朴 鉄柱(韓国 平成2年1月逝去・68歳 、韓日文化研究所 昭和42年10月)
 大東亜戦争で日本は敗れたというが、敗けたのはむしろイギリスをはじめとする植民地を持った欧米諸国であった。彼らはこの戦争によって植民地をすべて失ったではないか。戦争に勝ったか敗けたかは、戦争目的を達成したかどうかによって決まる、というのはクラウゼヴィッツの戦争論である。日本は戦闘に敗れて戦争目的を達成した。日本こそ勝ったのであり、日本の戦争こそ、”聖なる戦争”であった。ある人は敗戦によって日本の国土が破壊されたというが、こんなものはすぐに回復できたではないか。二百数十万の戦死者はたしかに帰ってこないが、しかし彼らは英霊として靖国神社や護国神社に永遠に生きて、国民尊崇の対象となるのである。
 
ニミッツ元帥(アメリカ 太平洋艦隊司令長官)
 この島を訪れるもろもろの国の旅人達よ。故郷に帰ったら伝えてくれよ。この島を守るために、日本軍人は全員玉砕して果てた。その壮絶極まる勇気と祖国を想う心根を!

スリム中将(イギリス第十四軍司令官)
 たたかれ、弱められ、疲れても自身を脱出させる目的でなく本来の攻撃の目的を以て、かかる猛烈な攻撃を行った日本の第三十三師団の如きは、史上にその例を殆ど見ないであろう。(「敗北から勝利へ」)
 かくの如き望みのない目的を追求する軍事上の分別を何と考えようとも、この企図を行った日本軍人の最高の勇気と大胆不敵さは疑う余地がない。私は彼等に比肩し得べき如何なる陸軍も知らない。(同書)

蒋介石
 ラモウ・騰越を死守しある日本軍人精神は、東洋民族の誇りたるを学び、範として我が国軍の名誉を失墜せざらんことを望む

ベルナール・ミロー(フランス ジャーナリスト)
 これら日本の英雄達は、この世界に純粋性の偉大さというものについて教訓を与えてくれた。彼らは1000年の遠い過去から今日に、人間の偉大さというすでに忘れ去られてしまったことの使命を、とり出して見せつけてくれたのである。(『神風』)

参考;“世界から見た大東亜戦争” 、他



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大東亜戦争 | 【2009-06-05(Fri) 00:17:04】
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座禅開始
やれば出来るものだ。

「一炷(いっしゅ)」

漢字に変換、というか書き込みが出来た。

“IMEパッド”のおかげ様である。

20090604ime

それでは、「一炷(いっしゅ)」 の間、座禅を組むことにしよう。

参照;“座禅終了”

つれづれなるままに | 【2009-06-04(Thu) 21:42:33】
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在日コリアンさん
〔※下書きシリーズ〕

 “博士の独り言”さんで教えていただいた“ねぇ知ってたぁ?”さん。

 読んでいて思わず頭にきた。

 勿論、頭にきたのは“ねぇ知ってたぁ?”さんではな“在日コリアン”さんのコメント内容。

「我々虐げられてきた在日同胞の権利拡大の始まり。」


 どこが「虐げられてきた」のか具体的に説明していただきたいものだ。察するに、ほとんどは自らの“我がまま”が原因ではないのか。“自己中心的”なただの“我がまま”が「日本社会」で認められないからといって「虐げられてきた」と言われても、個人的には直ぐに返す言葉が見つかられない。

「まず短期的には在日同胞のお年寄りへの年金支給実現が急務です。」


 なに?

「多くの日本人同様に税金をしっかり払ってきたわけだし、これまでの差別の歴史を考えてみたら我々にも年金をもらう資格はあるし日本政府にもその責任があります。」


 アホか!
 「年金」は「税金」から支払われるのではない。“年金保険(社会保険)”から支払われるのである。
 何れ年金行政も一本化されるであろうが、現時点では「厚生年金(厚生年金基金)」と「国民年金(国民基礎年金)」から支払われているのである。
 要は、「年金」は「社会のルール」に従い「社会保険料(健康保険・年金)」を毎年きちっと支払い続けてきた「日本人」に与えられた「権利」である。
 年金の積み立てもせずに年金をよこせとは…。
 何れにしろ、「日本の年金制度」は「日本人のための社会保障制度」の一つである。

「日本人ではないというだけで年金ももらえない。同じ年の日本人がちゃんともらっているのに。」


 だから、それでは「預金」もしていないのに金融機関の窓口に行って「金をくれ!」といっているようなものだ。即ち、「強盗」と何等変わりが無い。

 もし、いくばくかでも「年金(老後の保障)」がほしければ「祖国」に頼み込めば良いであろう。何も「嫌いな日本政府」に頼み込むことはあるまいに。

 何れにしろ、この“呆れた惨状(痴情)”が多くの「在日コリアン」さんの実態であろう。

 嘘だと思うならば朝鮮系のメディアの報道を1週間~1ヶ月ばかり読み続けてみれば良い。「在日コリアン」さんも含め「半島人(韓国・北朝鮮)」の本性が垣間見られることであろう。

 因みに主に「朝鮮系のメディア」とは、“朝鮮日報”や“中央日報 ”そして“民潭”や“朝鮮総連” 等々のことではあるけれども、“朝日新聞”や“毎日新聞”や“日教組”や“部落解放同盟”等々も参考にはなる。

凡人の独り言 | 【2009-06-04(Thu) 18:22:56】
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ミスター日教組
〔※下書きシリーズ〕

「歴史的に見て、朝鮮が日本に被害を与えたことは一度もない。むしろ。日本が朝鮮を国ごと拉致して苦しめてきた。(中略)これからも皆様とともに国内での運動を通じて国交正常化実現のため頑張っていきたい」

と、「朝鮮総連第20回全体大会」で「槙枝日教組元委員長」は「来賓あいさつ」を行っていたそうだ。

そして、1991年には北朝鮮から「親善勲章第1級」を、中国からも93年に「友誼賞」を授与されているらしい。

「この国には泥棒がいない。泥棒とは、富の片寄ったところに発生する。この国には、泥棒の必要がないのである。泥棒も殺人犯もいないから、警察官もいない」

と、語った張本人でもあるそうだ。

尚、“日教組”の支持政党は“民主党”である。

参照; “ミスター日教組、槙枝元文氏と北朝鮮の関係について” “国を憂い、われとわが身を甘やかすの記”さんより)


追記;

“全日本教職員組合”なるものもあった。

われわれの世代は誤魔化せない。

“日本教職員組合”にしろ“全日本教職員組合”にしろ、これは“教職(聖職)員”の組合などではない。

頭の中が赤く染まったわがままで甘ったれたいわゆる「過激派」の組織・集団である。

凡人の独り言 | 【2009-06-04(Thu) 18:05:23】
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あばかれた「神話」の正体
今、読み進めている本。

あばかれた「神話」の正体あばかれた「神話」の正体
(2009/04/24)
鴨野 守

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『…沖縄戦をして、「捨石」作戦だと呼ぶ一部学者がいるが、それは一方的な見方というものだろう。それが証拠に、戦艦「大和」出撃目的も、鹿児島・知覧基地から飛び立った数多くの特攻隊の出撃も沖縄戦の応援のためであった。…(28頁)』

何の著作であったかは忘れてしまったが、当時の沖縄戦を共に戦い、戦後生き残った女性の話を読んだことがある。

そこには沖縄特攻作戦で散って逝った多くの若者たちに対しての感謝の気持ちが綴られていた。

大まかな内容は以下のようであったと記憶している。

『米軍の艦砲射撃が激しく、一歩も(非難)壕からでることは出来なかった。しかし、一瞬艦砲射撃が止むときがあった。特攻機が飛来した時である。米軍の狙いは全て特攻機に転じられた。
その間隙を縫って、私たちは川面に降りていき水を汲み壕に持ち帰った。そのおかげで私たちは生き残った。特攻隊員の皆様、本当にありがとうございました。』

このような戦争体験者の“実体験”が戦後語られることは余りなかった。

全ては“反軍思想”で彩られ、事実・真実が覆い隠されてきたような思いを感じている。

その一端が「沖縄の集団自決問題」でもある。

まだ読了はしていないけれども、この著作は私たち日本人が“真実”を知り、戦後の呪縛から開放されるためには曽野綾子さんの以下の著作同様に大切な一冊になるような気がしている。

沖縄戦・渡嘉敷島「集団自決」の真実―日本軍の住民自決命令はなかった! (ワックBUNKO)沖縄戦・渡嘉敷島「集団自決」の真実―日本軍の住民自決命令はなかった! (ワックBUNKO)
(2006/05)
曽野 綾子

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大東亜戦争 | 【2009-06-04(Thu) 12:47:05】
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