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あすなろおじさん

Author:あすなろおじさん

「近・現代史」に興味があり、日々「美しい国・日本」を夢見ているちょっと(?)歳をとったちょっと太めの“あすなろおじさん”です。※※※※※※※※※
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美人にも辛口の評論家
〔※下書きシリーズ〕

 “美人にも辛口の評論家”さんの論考を読んで思うこと。

【断層】呉智英 それ、いつの時代の話?msn産経ニュース
2009.3.18 07:57

 何年か前になるが、人気女流作家桐野夏生の『グロテスク』を読んで、評判倒れのつまらない小説だと思った。話が長いだけで内容は凡庸、その上日本語がしばしば間違っている。これを読んだのは、辛口の文芸評論家福田和也が絶賛していたからだが、どうも福田は美人には大甘のようだ。もう桐野なんか読まんぞと思っていたが、たまたま「週刊新潮」三月五日号を手に取ると桐野が『ナニカアル』を連載中だ。ざっと読んだが、これが前にもましてひどい。

 『ナニカアル』の主人公は小説家林芙美子。時代は昭和十七年、戦時中だ。林はこう独言を言う。「誰かが起き出して来たら、トイレに行く、と言うしかなかった」。少し後で、一夜の恋人酒井も「トイレに行って、帰って来た振りをして」と、これははっきり声に出して言う。

 昭和十七年に「トイレ」なんて言葉があったか。便所、御不浄、手洗い、だろう。英語は敵性語だぜ。「トイレ」が広まったのは昭和四十年頃からだ。

 めちゃくちゃだな。あきれながら、ふと挿絵(牧野伊三夫)を見て、またびっくり。昭和十七年当時の東アジアの地図だ。ご丁寧に旭日旗が添えてある。日本占領下のシンガポールは当然「昭南」となっている。その上方に目をやると「中国」だって。支那を「中国」と言えと外務省局長通達で「理屈抜きに」強制されるようになったのは昭和二十一年のことだ。むろん背後には米占領軍の力がある。戦前「中国」と言えば、日本人全員が広島や岡山のことだと思った。小説もひどいし挿絵もひどい。国語辞典や文学事典も出している「文芸の新潮社」大丈夫か。(美人にも辛口の評論家)


 そんなこといったら、一番の問題は“太平洋戦争”だ。戦時中、日本人の誰一人として“太平洋戦争”などといってはいない。皆が“大東亜戦争”といっていた。

 問題は“歴史”としても未だに“太平洋戦争”と教えていることだ。

 政治的な問題を取り除いて真摯に歴史を学ぶ気があるならば、先の大戦は間違いなく“大東亜戦争”と教えるべきだ。

 “大東亜戦争”の呼称を使ってこそ、初めて「歴史の実態(真実)」が見えてくる。

 少なくとも先の大戦には「太平洋戦争物語」と「大東亜戦争物語」がある。

 言い換えれば「連合国(勝者)の歴史観」と「大日本帝国(敗者)の歴史観」である。

 因みに“連合国(United Nations)”とは現在の“国連(United Nations)”のこと。

 日本語の表現だと分かりづらいが、だから未だに“敵国条項”が存在する。

 確かに、識者は“敵国条項”は有名無実だとは言うけれども、だったら削除すれば良いものを今も削除されずに残っている。

 こんなもんである“国連(United Nations)”とは。過度の期待はしない方が賢明である。

 そもそも“拒否権を持つ常任理事国”には「侵略国家」が含まれているのだからどうしようもない。

 中共とロシアは紛れも無い現在進行形の「侵略国家」である。「中共はチベット」を「ロシアは北方四島」を未だに侵略し続けている。

 それに、“アメリカ”も“イギリス”も“フランス”も、けっして「侵略国家ではない」とはいわせない。

 そのような“国連(United Nations)”を奉り国連至上主義などとのたまわっている何処かの国の政治家や有識者たちが正直、私には信じられない。

 “マインド・コントロール”されているのは何も“オーム真理教の信者”ばかりではない。

 いわゆる“戦後民主主義教育”によって多くの日本人が“マインド・コントロール”されてしまっている。

 彼ら、彼女らの常用語は「自由・平等・平和・人権」であり、やたら「権利」を振り回す。そのくせ「義務と責任」が理解できず、はたから見ると“わがまま”ばかりいっている。

 これも“ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム”の成果なのであろうが、何と従順な国民なのであろうか、わが国の日本国民は。

 何れにしろ、日本、日本人から見れば先の大戦は間違いなく「大東亜戦争」である。けっして「太平洋戦争」などではない。

凡人の独り言 | 【2009-05-31(Sun) 23:17:19】
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国連分担金
〔※下書きシリーズ〕

“国連至上主義”を標榜する我が国の“国連分担金”。

日本国民であるのならばその内訳ぐらいは確りと認識しておきたいものである。

なぜならば、“国連分担金”の源資は私たち“日本国民の血税”であるのだから。

【外務省】 「2007-09年国連通常予算分担率・分担金」
国連分担金1
国連分担金2

因みに、国連の“常任理事国”には“拒否権”がある。

“常任理事国”とは、言わずとも知れた以下の5カ国のこと。

  アメリカ合衆国
  グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国
  フランス共和国
※中華人民共和国(当初は中華民国)
※ロシア連邦(旧ソビエト社会主義共和国連邦)

日本は先の大戦で“連合国”と戦った。

その“連合国”の当時の“主要国”が今の“常任理事国”である。

そして、“連合国”は英米語では“United Nations”と呼ばれていた。

現在の“国際連合(国連)”の正式名称も“United Nations”という。

だから、“世界の常識”と“日本人の常識”が噛み合わない(参考例:〔英米語に翻訳(直訳)できない日本語〕「“連合国”は原爆を使用したが、“国連”は原爆を使用したことは一度も無い」)。

また、“拒否権”とは、簡単に言ってしまえば、皆で決めたことを「嫌だ!」と“わがまま”を言うことが出来る権利のことで、国連ではその“わがまま”が通用する。

拒否権の行使
“国連安全保障理事会の拒否権”pdfより)

少なくとも、“ならず者国家”だけは“常任理事国”からは外れて欲しい。

勿論、ここでいうところの“ならず者国家”とは、

「中華人民共和国」と「ロシア連邦」の二カ国のことである。

凡人の独り言 | 【2009-05-31(Sun) 22:22:14】
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お人好し国家
〔※下書きシリーズ〕

「ロシア退役原潜解体協力事業」は日本国民の血税で賄われている。

“ロシア退役原潜解体協力事業「希望の星」”(外(害?)務省)
解体作業
解体作業中のヴィクターIII級原子力潜水艦


「原潜事故が警告するロシア軍拡」(“櫻井よしこ”さんのブログより)


8年で「軍事費6倍」

増え続けるロシアの最新鋭原潜は米海軍への脅威であり、当然ながら日米安保条約を結んでいる日本にとっての脅威でもある。というより、日本独自の力で日本防衛を果たすことが難しい現状では、ロシアの軍事力の脅威は、日本にとってこそ、深刻である。だが、周知のように、プーチン氏は「強いロシア」の復活を標榜する。軍事費を、2000年以来、この8年間で実に6倍に増やしたように、プーチン氏のロシアは大国の基盤としての強大な軍事力の構築に邁進してきた。日本の隣国、ロシアと中国は、いずれも異常な軍拡を続けているのであり、このことにこそ留意しなければならない。

前述のアクラ級原潜は、旧ソ連時代に計画されたが、ソ連の崩壊とロシア経済の破綻のなかで、建造計画が放棄されていた。それを、復活させたのがプーチン氏だ。氏の強いロシアの復活計画で、最新型のアクラ級は、「ネルパ」以外にも、もう1隻が建造されつつある。倍々ゲームの勢いで軍事費を増やし続けるロシアに、では、日本はどんな政策で接してきただろうか。

1999年5月の小渕・クリントン会談で「ロシア原潜解体に関する協力」に日米は合意した。両国が老朽化したロシアの原潜を安全な方法で解体・処理して軍縮を進め、環境汚染を防ぐという美しい目的の合意である。具体的にはウラジオストク近郊の造船所など関連施設でロシアと協力し合いながら、原潜を解体していく取り決めだった。

2000年2月には、河野洋平外相が、右の目的のための1億2,000万ドルをはじめ、都合2億ドル(約200億円)の資金援助をロシアに与えた。だが、ロシア側は全く協力しようとしない。軍事機密漏洩の心配があるとの理由で、必要な情報の提供を拒否し続けて、事業は当初予定の域には全く達せず、遅々として進んでいない。


やれやれ…。

日本は敗戦から何も学んではいない。

「最高戦争指導会議、近衛特使ソ連派遣を決定」から「ソ連、対日参戦」。そして「スターリン、ソ連軍による北海道北部占領を提案」から「千島列島と北方四島への侵略」


凡人の独り言 | 【2009-05-31(Sun) 00:34:42】
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下書き
今しがた“下書き”をチェックしていた。

驚くことに全部で「81」件の“下書き”があった。

その中で約1割は没投稿。

残りの9割は手を加えれば“つぶやき”が出来そうである。

確かに大方の“下書き”が時機を逸してしまってはいるけれども、今後は〔※下書きシリーズ〕でつぶやき予定。

それはそれで何かおもしろそうである。

第一に、母が亡くなる前のつぶやきである。

これなら母も文句のいいようがない(と、思いたい)。

つれづれなるままに | 【2009-05-31(Sun) 00:34:01】
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福田章二さんと私的悩み
“事実”は知らない方が、そして、“真実”には気が付かずに、理解できないままで居る方がよい時もある。

それが“取り返しのつくこと”であればまだ良いが、“取り返しのつかない場合”は尚更である。

なぜならば、“事実”なり“真実”は多くの悲しみと苦しみを引き連れてやってくることもあるので。

今は、そんな思いをつくづくと感じている。

若い頃に読んだ福田章二著の「喪失」を思い出す。

「喪失」の主題が、けっして“若さ”だけの特権(特質)では無いことを年齢を重ねるにつれて、しみじみと実感できるようになってきた。

いわば、人としてこの世に生まれてきたことへの“性(さが)”なのであろう。

ところで、果敢にも“若さ”と死闘を演じていたペンネーム“庄司薫”氏はいったいどうされているのだろうか。

よもや“狼”にかみ殺されてはおるまいに。

確か私よりも一回り以上も年上の方であったので、ご健在ならば今は七十歳前後のご老体。

奥様はピアニストの“中村紘子”さん。何と“オフィシャルサイト”を立ち上げられていた。

旦那さんは…

「便りの無いのが元気な証拠」。

ということで、出来れば福田章二の本名で、「(その後の)喪失」なり「喪失 パート2」を書いていただきたいものである。

もし、私の思惑通りの作品に仕上がれば、少なくとも女優の木村多江さんは大いに救われることであろう。

先日、“千の風になって”のDVDを観る機会に恵まれた。

残念ながら全てには目を通してはいないけれども、木村多江さんのような方もいらっしゃるのだと、思いを新たにさせていただいた。

私の個人的体験からは、現実には木村多江さんとはいわば逆の方々がこの世には多くいらっしゃるように思えて仕方がない。

悲しみを払拭し、自らの心の安寧を求めるが故に、「私は(も)悪かったが、私よりもあなたの方が悪い」と、自らを比較対象の位置に無意識の内に連れ込んで自らの罪を贖うことが出来るものとまともに錯覚してしまっている方々である。

誤解されると困るが、大方のそのような人々はけっして悪人ではない。

むしろ、自らの罪も認めることの出来ないほどの“心弱き善人”である。

だからこそ困ってしまう。

気付かせるのが良いのか、気付かせない方が良いのか。

勿論、気付かせようと努力しても気付くことが出来ない者もいる。

その場合は諦めるしかあるまい。

それが“やさしさ”だと私は勝手に思い込むことにした。

現厚生労働大臣の舛添 要一氏はその著書“母に襁褓をあてるとき”の中で赤裸々に自らの思いを語っている。

しかし、舛添氏も、血を分けた肉親が“心弱き人”であったならば、けっして赤裸々に語ることは出来なかったと思いたい。

心底勝手ではあるけれども、福田章二氏に期待しよう。何せ「喪失」を執筆されるような“才能(文才)”のあるお方なのであるから。

そうすれば、女優の木村多江さんばかりではなく、私自身も含めより多くの人たちが心の癒しを得ることが出来るかもしれない。

因みに、amazon.co.jpで“庄司薫氏の著作”を検索してみた。

驚いた。

ほとんど全ての著作が文庫本化されている。

ということは、

“若さとの闘い”は今も続いているということなのであろう。

しかし、よく考えてみれば、さもありなん。

“若さ”は限りなく再生産されてくるのであるから。

あくまでも、人生の道標として一連の“庄司薫作品”は五十路を越えたおじさんからの十代二十代の若い方々への“おすすめの著作”である。

以上、いたって私的なつぶやきになってしまった。

意識して、ぼやかした表現をしていることもあり、分けの分かりにくいつぶやきになってしまっているので、一人を除いてよもや読んでくれる方はいらっやらないものと思ってはいるけれども、もし“運悪くここまで読んでしまった方”がおられたとすれば、心よりお詫びする。

深くは考えないでいただきたい。そして追究もしないでいただきたい。

何せ、現在進行形のあすなろおじさんの正直な悩みなのであるから。

いずれにしろ、“福田章二”氏、並びに“庄司薫”氏はご健在であるらしい。

今後のご活躍を期待したい。

つれづれなるままに | 【2009-05-31(Sun) 00:18:40】
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朝日とNHK
やれやれ、1年近く前の新聞記事(msn産経ニュース)。

これも“下書きホルダー”で眠っていた。

何と月日が経つのが早いことか。

何れにしろ「朝日(朝日新聞社)とNHK(日本放送協会)」は未だに頬かむりしたままである。

これが「朝日とNHK」の“基本的性格”である。

おそらく、それぞれの社内には未だに「選民思想」と「東京裁判史観」が渦巻いているのであろう。

なぜならば、お二方とも代表的な「敗戦利得者」の方々でもあるので。

「敗戦利得者」とは、端的に言わせてもらえば、「戦争で儲けて敗戦で得をした(している)人たち」のことである。

だからこそ、「東京裁判史観」に縋りつく。

自らの“既得権益”を守るためと、自らの“戦争責任”を隠蔽し続ける為に。

とはいえ、両社とも時には“良(好)い記事”も書くし“良(好)い番組”も作るのだけれど。

だから、けっして能力が無いわけではあるまい。

少し心根が左側に曲がっているだけのことであろう(正直、“少し”であるかどうかは自信がない)。

“【主張】慰安婦番組訴訟 NHKと朝日は再検証を” msn産経ニュース
2008.6.13 03:26

 慰安婦問題を扱ったNHK番組の取材に協力した女性団体が「政治的圧力で番組が改変された」として、NHKなどに損害賠償を求めた訴訟で、最高裁はNHKなどに賠償を命じた2審東京高裁の判決を破棄し、女性団体の請求を全面的に退けた。

 この訴訟では、取材を受けた側の番組内容への期待権が法的に保護されるべきか否かが争われた。最高裁は、取材対象者に格段の負担を生ずる場合などを除き、「原則として法的保護の対象とはならない」との初判断を示した。番組編集の自律性と表現の自由を尊重した妥当な判断である。

 もし、2審判決のように、期待権が広範囲に認められれば、報道機関が取材対象者のいいなりになり、編集・表現の自由が大幅に制約されかねないからだ。

 2審判決は、NHKが番組内容変更を女性団体に説明する義務を怠ったとしたが、最高裁は、事前の約束などがない限り、「内容が変更されたことを原告に説明すべき法的義務はない」とした。これも、当然の判断である。

 2審判決は「国会議員らの発言を(NHKが)忖度(そんたく)し、当たり障りのないように番組を改変した」と認定したが、最高裁はこの問題に言及しなかった。争点の判断に必要なかったためとみられる。

 この問題では、訴訟とは別に、朝日新聞とNHKの報道のあり方が問われた。

 問題の番組は平成13年1月30日にNHK教育テレビで放送され、昭和天皇を「強姦(ごうかん)と性奴隷制」の責任で弁護人なしに裁いた民間法廷を取り上げた内容だった。

 朝日は4年後の平成17年1月12日付朝刊で、放送前に自民党の中川昭一氏(当時、経済産業相)と安倍晋三氏(同、幹事長代理)がNHK幹部を呼び、「偏った内容だ」と指摘し、番組内容が変更された、と報じた。

 これに対し、中川、安倍両氏は「呼び出したのではなく、NHK幹部の方から会いにきた」「(中川氏が)会ったのは放送後」と記事の核心部分を否定した。

 朝日は記事の真実性を立証できず、「取材不足」を認めたが、訂正・謝罪をしていない。

 NHKも、番組の内容が公共放送の教育番組として適切だったか否かの検証を行っていない。

 朝日とNHKは最高裁判決を機に、もう一度、自らの記事・番組を謙虚に振り返るべきだ。



凡人の独り言 | 【2009-05-30(Sat) 21:14:04】
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朝鮮人気質
おまけ…

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

やれやれ。

つぶやく気もしない。

記事の転載だけ。

これが“朝鮮(挑戦?)人気質”である。

平気で事実を偽造・捏造して「マッチポンプ報道」を繰り返す。

「嘘をつく」ことと「ファビョる性癖」は朝鮮人の基本的人格である。

やれやれ、日本人に生まれて本当によかった。

とはいえ、日本にも「アサヒる」方々は大勢いらっしゃるが…。

“フィギュア:WBCに続き韓日対決、ヨナ意気込みを語る” 朝鮮日報
記事入力 : 2009/03/25 11:12:28キム・ヨナ | 浅田真央

 野球での韓日対決は終わったが、フィギュアスケートでの韓日対決は終わっていない。ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)のために、むしろその熱気は高まっている。

 もはや韓国ファンの視線は、キム・ヨナと浅田真央の対決に注がれている。「韓日対決第2ラウンド」の主役たちだ。

 キム・ヨナは24日(以下韓国時間)、米ロサンゼルス・ステープルズ・センターで公式練習を終えた後、宿舎に戻り、WBC決勝戦を韓国が2-3でリードされていた9回裏からテレビ観戦した。

 キム・ヨナは「すごく残念だった。決勝まで勝ち上がったのは大変なこと。これまでご苦労さま。今度はわたしが頑張らなければという思いがする」と、同い年のライバル浅田との韓日対決に対する意気込みを示した。

 同日ロサンゼルス入りした浅田は公式練習終了後、「野球ファンなので直接試合を観戦したいけれどそうもいかない。日本代表を応援する」と笑顔で話した。

 続けてキム・ヨナに対して妙な神経戦を仕掛けた。浅田は「みんな、6分間の練習では自分の演技にだけに集中する。意図的な進路妨害はあり得ない」と、騒動となっていた「練習妨害説」を強く否定した。

 両者はジュニア時代からしのぎを削ってきた宿命のライバルだ。シニアでの対戦は3勝3敗の五分。

 昨年のグランプリ(GP)ファイナルでは、浅田がキム・ヨナ(3位)を制して優勝した。一方、先月行われた4大陸選手権ではキム・ヨナが優勝し、雪辱を果たした。

 今大会は5度も死闘を演じ、最後に優勝をさらわれた「WBCの借り」がある。また「練習妨害説」という問題も絡んでいる。

 キム・ヨナと浅田が対決するフィギュアスケートの世界選手権女子シングルは28日夜に同地で行われる。


ロサンゼルス=チョ・ヒョンサム記者

スポーツ朝鮮/朝鮮日報日本語版
<記事、写真、画像の無断転載を禁じます。 Copyright (c) 2008 The Chosun Ilbo & Chosunonline.com>

※朝鮮日報さん。上掲の記事を転載させていただきました。

凡人の独り言 | 【2009-05-30(Sat) 09:41:59】
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朝鮮(挑戦?)人的性格
少し調子に乗り、本日も「凡人の独り言」を。

時機を逸してしまってはいるけれども、この手の「下書き」が一杯ある。

削除するのももったいないので、今回も母に見つからないように、そっと投稿する。

尚、「韓国人工作員」については“引用元”を忘れてしまった。

ご勘弁を。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

金妍児(キム・ヨナ)選手の「練習妨害発言」は、まさに朝鮮人的性格を如実に現している。

おそらくマッチポンプ報道だったのであろう。

さもなければ、日本人の常識から考えればことの真意は別にしても「私の不本意な発言によりおさがわせして申し訳ありませんでした」と一言謝罪の言葉があってしかるべきだ。

ところが、一切韓国のマスコミからも金妍児(キム・ヨナ)選手からも謝罪の言葉はなかったようである。

しかも、試合前の記者会見で韓国側は当該の質問を意図的に制しておきながら「日本人とは一言も言ってはいない」と金妍児(キム・ヨナ)選手は話していたらしい。

ということは、本人も「日本人が練習の邪魔をした」と自らの発言が発端となり韓国マスコミがファビっていたのはご存知の様子。

だとすれば、日本人の常識からすれば、

「私の発言で多くの皆様に多大なご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」

なのに、

「試合に専念したい」、とは。

自分でしゃべったことが原因で騒ぎになっているのに、これではまるで他人事。

何れにしろ、スポーツの世界においても、先のWBCの「韓国国旗」の件にしろ今回の「練習妨害発言」にしろ、一連の朝鮮人の言動・行動は日本人であるならば決して真似したくないものだ。

あくまでも“反面教師”として受け取ることにしたい。

浅田選手は「人がジャンプしようとしているときはよけている。それはみんな、ちゃんと分かっている」といっているがそのような当たり前のことが分かっていないのが韓国の選手であり国民だということであろう。

サッカーのワールドカップといい野球のWBCといい朝鮮人のすることは日本人の常識からはかけ離れている。それもこれも事大主義に則った属国精神の成せる業なのであろうが。

兎にも角にも、朝鮮人には近づかないことが賢明だ。

いくら隣国だからとはいえ、もう少し「文明人(文明国)」になってからお付き合いしても決して遅くはあるまい。








日本人は直ぐに忘れる。

ロシア検察庁は、06年12月にロシアで開かれたフィギュアスケ ートグランプリファイナルで浅田真央ら日本人選手に、体調を狂わせる目的で不正に薬物を飲ませた「傷害罪」の容疑で、韓国人工作員を逮捕したと発表した。

61 :氷上の名無しさん:2008/12/14(日) 02:20:20 ID:iL5JwLO70

■韓国工作員を逮捕~フィギュア選手薬物傷害事件■

ロシア検察庁は、06年12月にロシアで開かれたフィギュアスケートグランプリファイナルで浅田真央ら日本人選手に、体調を狂わせる目的で不正に薬物を飲ませた「傷害罪」の容疑で、韓国人工作員を逮捕したと発表した。

07年3月30日に記者会見を開いた同検察庁のボリス・ラブソフ報道官によると、逮捕されたのは韓国籍の男性、ソン・ウォンホ(宋元浩)容疑者(61歳)。
当初、駐露韓国大使館では、同容疑者を大使館付きの外交官であると主張し、外交官特権を盾に身柄の釈放を要求した。が、同検察庁は「外交官の身分を示す類に不備がある」ことを理由に外交官特権を認めず、逮捕に踏み切った。
現在、同容疑者はサンクトペテルブルグ市検察庁に拘留されているが、容疑を否認し、事件の詳細については黙秘しているという(前掲CNNj『World Sports』)。
 

●謎の体調不良●

06年12月のフィギュアGPFはそのシーズン(06年秋からのグランプリシリーズ6大会)の世界の成績上位各6組つずしか出場できない、世界最高レベルの大会だが、当時日本勢は絶好調で、男子シングルに2人、女子シングルに3人もの選手を出場させていた。

このうち、男子は高橋大輔が、女子は安藤美姫、浅田真央が、現地時間12月15日に行われたショートプログラム(SP)の演技を終えた時点でそれぞれ2位、2位、1位の好成績を上げて優勝を狙える位置に着けていたので、3人とも翌16日のフリーの演技が注目されていた。とくに日本では「男も女も金メダル」という期待が高まっていた。

が、現地時間16日、フリー当日の午後になって突如、この3人は体調を崩した。
3人とも高熱、寒気、腹痛など風邪のような深刻な症状に見舞われ、3人の演技は精彩欠いたものとなり、結局、男子は高橋が2位、女子も真央が2位、安藤が5位になり、日本勢の優勝はなかった。
代わって女子で優勝をさらったのは、SPで3位に留まっていた韓国のキム・ヨナ(金妍児) だった(小誌06年12月19日「韓国スポーツ汚染~『国辱』直後のフィギュアGPファイナル」)。



凡人の独り言 | 【2009-05-30(Sat) 09:39:41】
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座蒲(ざふ)
“母の仏壇(?)”まわりも、大分にぎやかになってきた。
“折鶴?(母の手作り)”やら“クマ(オルゴール)”やら“人形(写真)”やら、色々な仲間が増えてきた。
20090529jimusyo01

事務所の近くのお花屋さんにお願いして、季節の花を選んでもらった。
残念ながら、花の名前が私にはほとんど分からない。
しかし、そこにちょっとだけ手を加えて、以前に比べれば格段の見栄えの違い。
やはりがさつな男はあまり手を出さない方がよさそうだ。
20090529jimusyo02

それはさておき、座禅の必需品の“座蒲(ざふ)”。
これはよい。
下の写真の“黒く丸いもの”が“座蒲(ざふ)”である。
20090529jimusyo03

“座蒲(ざふ)”を使用すると座禅が組みやすくなる。
とはいえ、それでも私は「半跏趺坐(はんかふざ)」
しかも、“30分の壁”を未だに超えられないでいる。

また、“円形状の座蒲”は厳密にいえば「曹洞宗」。
本来、「臨済宗」では“長方形状の座蒲”を使用するらしい。
母方の宗旨は「臨済宗妙心寺派」。

けれども、細かいことは気にしない。

先ずは「目標1時間」。

頑張ろう!

つれづれなるままに | 【2009-05-30(Sat) 00:39:01】
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テッセン パート4
調べれば調べるほど分からなくなってくる。

いやはや参った。

“テッセン”なのか“かざぐるま”なのか、はたまた“クレマチス”なのか。

因みに欧米語表記は[ Clematis ]で、[ Clematis florida( C, florida) ]が“テッセン(鉄線)”、そして[ Clematis patens( C, patens) ]が“カザグルマ(風車)”であるらしい。

“テッセン(鉄線)”も“かざぐるま(風車)”も確かに“属名”として“Clematis(クレマチス)”が冠されている。

このように、一般には“クレマチス(Clematis)”と“総称”で呼ばれていることは理解できたが、やはり気になる「母の育てた“テッセン”」が。

はたして“品種”は、“お名前”は…???

とりあえず、個人的に「Clematis reiko( C, reiko)」と名付けることにする。

tessenn
“祖父への想い”

以上、

どつぼにはまってしまっているあすなろおじさんである。


参考サイト;
“クレマチス園 山の上ナーセリ”さん
“クレマチス図鑑”さん
“クレマチス専門店 春日井園芸センター”さん
“湘南クレマチス園”さん
“花言葉事典”さん
etc.

参考書籍;
クレマチスクレマチス
(2005/08)
日本クレマチス協会

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クレマチス (NHK趣味の園芸・よくわかる栽培12か月)クレマチス (NHK趣味の園芸・よくわかる栽培12か月)
(2001/03)
杉本 公造早川 広

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クレマチス (ガーデニング大好き!)クレマチス (ガーデニング大好き!)
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金子 明人

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etc.

つれづれなるままに | 【2009-05-29(Fri) 21:25:04】
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サムライ
もう一つ。

やはりこれも“下書き”もの。

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“【WBC】「日本はひどい。みんな足が速いんだ」 ジーター感嘆” msn産経ニュース
2009.3.25 10:35
20090325msnsankei01
〔写真;日本に敗れ、準決勝敗退が決まった米国。ジーターも呆然…(ロイター)〕

WBCの準決勝で日本に敗れた米国の主将ジーター(ヤンキース)が24日、チームのキャンプに合流。連覇を果たした日本を「優勝は何も驚くことじゃない」とたたえた。

 ジーターは、日本選手を「基礎がしっかりしていて、三振しないし、状況に応じた打撃をする。投手も良かった」と評価。自身が4-6の八回に川崎のゴロを処理した際、俊足を警戒して一塁へ悪送球したこともあり「日本はひどい。みんな足が速いんだ」と感嘆した。

 日米の野球の違いについては「日本の野球から取り入れるべきところはあるか、とよく聞かれるが、米国の選手はバットを振る前に走りだすくらいじゃないといけないね」と冗談交じりに語った。(共同)


「日本はひどい」といわれても、これでは文句の言いようがない。

むしろ、尊敬に値する発言だ。

韓国人には到底理解は出来ないことであろう。

これだから日本人はアメリカ人を憎めない。

「日本の野球から取り入れるべきところはあるか、とよく聞かれるが、米国の選手はバットを振る前に走りだすくらいじゃないといけないね」

言外の言。

日本人であるのならば、

「日本の野球から取り入れるべきところは無い!」

との、強い自信(プライド)が読み取れるはずだ。

少なくとも“ジーター選手”は“サムライ”である。

“誠”の心を理解できない韓国人には分かるまい。

凡人の独り言 | 【2009-05-29(Fri) 12:17:30】
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日本(人)の心
母に見つからないように、静かにそおっと…。

久々の「凡人の独り言」。

とはいえ、このぐらいの“つぶやき”ならば母も許してくれるであろう。

以下は、“下書きホルダ”ーでほぼ“2ヶ月間”眠っていた「凡人の独り言」。

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どこから引用させていただいたのか忘れてしまった。

私も野球をやっていた。

日本の野球選手は、小さい頃から「グラウンドに」お辞儀をしてから練習し練習後は、自ら整備をし、最後は「ありがとうございました」とやはりグラウンドにも挨拶をしてグラウンドを後にする。コレが「日本の野球精神」です。


だから、マウンドに旗を立てるような行為は日本の選手には絶対に出来ないし、しない。

WBC韓国代表
日本に勝ち、マウンドに国旗を立てる韓国代表チーム(AP)

勿論、“勝って驕り高ぶる”ことも、そして“負けて言い訳をする”ことも、本来の日本人であるのならば、けっして潔しとせず、勝者と敗者を共に讃え称賛する。

それが「日本(人)の心」である。

凡人の独り言 | 【2009-05-29(Fri) 12:13:01】
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・・・
味気は無いが、結局元に戻してしまった。

矢張り…

このテンプレートは色々といじくっていて愛着もあるし、

とにかく、落ち着く。

“衣替え”は何れまた。

つれづれなるままに | 【2009-05-28(Thu) 21:32:50】
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衣替え
たまには少し気分転換。

おっと、「座右の銘」が…

ブログの衣替え5月


もう一つおまけに衣替え。

やはり「座右の銘」が…

衣替え5-2


これなら田母神さんも文句は言うまい。

ブログの衣替え5-3


結構、“チャ系”も嫌いではない。

ブログの衣替え5-4


追記;

夏に向かって、これも悪くはない。

おや?左右が逆。“くまック時計”が左側に。

設定し直すのも面倒だ。

ブログの衣替え5-5


追記2;

これも結構、気に入ってはいる。

ブログの衣替え5-6

つれづれなるままに | 【2009-05-28(Thu) 21:24:23】
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テッセン パート3?
「テッセン(鉄線)」とは中国原産の“つる性の“きんぽうげ科”の植物であり、それとは別に古来より、日本には日本原産の「かざぐるま(風車)」という植物があった。

その「テッセン(鉄線)」と「かざぐるま(風車)」を大航海時代以降にヨーロッパ人が自国へ持ち帰り、様々に交配を繰り返して品種改良を行い、現在では「クレマチス(clematis)」という名称で世界中で“300種類以上の品種”があるとされている。

そして、その「クレマチス(clematis)」が日本へ逆輸入され、さらに品種改良を繰り返し現在に至っている、ということであるらしい。

尚、品種改良は現在も進行中。

したがって…

今となっては、これが「テッセン(鉄線)」でこれが「かざぐるま(風車)」であると見分けるのは難しいらしい。

少なくとも、現状では「テッセンは“6萼(がく)片花”で“8萼片花”はカザグルマ」とは単純にいえなくなってしまっているようだ。

とはいっても、確かにある程度の“素性”は素人なりにもその外見から見分けることは出来そうだが、「人(ひと)」と同じように、「“畑”(世の“お母さん”、ごめんなさい)」が違えば姿かたちは違ってくるし、「育つ環境」によってはその容姿容貌は勿論のこと、その性格までもが多様に変化してしまう。

さらに、「“種”(世のお父さん、ごめんなさい)」が違えば千変万化するのは“自然の理”。

したがって、“ディフェクトスタンダード”の“点”からすれば、「母の育てていたテッセン」が「クレマチス(clematis)」であることは間違いないが、見方を変えて、“点”から眺めれば、それは間違いなく「テッセン(鉄線)」である。

なぜならば、母は「テッセン」として育てていたし、「息子の目の保養に」と「“テッセン”の写真」をパソコンへ送ってきてくれたのだから。

いやはや、何を言っているのやら。

何れにしろ、現時点での結論は、この母の撮った写真は紛うことなく「テッセン(鉄線)」である。

tessenn

また、「テッセン(鉄線)」は“多年草”とのこと。

ならば、今は母と一緒に何処かに雲隠れしてしまっているが、何れ自宅の庭に顔を出してくれることを期待しよう。

時期は4月下旬から5月上旬にかけて…。

その時を気長に待つことにしよう。

それまでは、「母の撮った写真」で「目の保養」、そして「心の保養」をさせていただくことにする。

つれづれなるままに | 【2009-05-28(Thu) 15:26:39】
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“テッセン”、それとも“かざぐるま”?
“テッセン(鉄線)”について調べていたら、以下のようなブログに出あった。

“Himagineの日記”さん

kazaguruma?
 散歩の途中、毎年古市町で見るこの花をテッセンとばかり思っていましたが、中国原産のキンポウゲ科のテッセンは6弁花であると図鑑にありました。この花はよく見ると8弁です。8弁の花はカザグルマといって、もともと日本原産だそうです。テッセンは江戸時代初期に渡来したもので、蔓が針金のように細くて固いのでこの名があります。6弁のテッセン8弁のカザグルマも、花びらのように見えるのは萼片が平開したものということです。いずれも学名はclematisで、ふつう園芸店で売っているクレマチスは、テッセンとカザグルマを交配してヨーロッパで作られたということです。クレマチスは世界の温帯地域に約300種もあり、複雑に交雑育成された園芸種が多数あるというので、テッセンとカザグルマの原種を見たいという思いは叶わないでしょうね。

 写真は8弁なので、カザグルマ系の交配種なのでしょうか。


ということで、さらに調べてみると、

“クレマチス”

kurema


・別名
6枚ものは「鉄線」(てっせん)、8枚ものは「風車」(かざぐるま)。「クレマチス」はこの2つの総称。
「鉄線」は、つるが細くて丈夫で針金のようであることから。中国原産。
「風車」は花の形から。日本原産。
(でも、7枚のものをときどき見かけます。これって、どっち?)

5月19日、6月19日の誕生花 (クレマチス)
・花言葉は「精神的な美しさ、旅人の喜び」(クレマチス)


う~ん…

“5月19日”は母の七七日(四十九日)の法要日。母が極楽浄土へのスタートラインについた日だ。

何れにしろ、母が育てていた「テッセン(鉄線)」は、写真で見る限り間違いなく「8枚もの」。

ということは、正式には“中国原産”の「テッセン(鉄線)」ではなくて“日本原産”の「風車(かざぐるま)」?

tessenn
“祖父への想い”

つれづれなるままに | 【2009-05-27(Wed) 09:07:06】
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腕枕
有名な“腕枕”ならぬ「草枕」の一節。

…智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
 住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。
 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。…


ということで、私はいわゆる“芸術”というものが好きである。

理由は…

「人でなしの国」では暮らしたくないので。

それはともかく、

ネットで「草枕」を検索していたら、何と“青空文庫”のサイトに「草枕の全文」が掲載されていた。

しかし…

ディスプレイでは読みたくは無い。目が疲れるし、ありがたみも感じられない。

やはりここはページを1ページづつ捲りながら読みたいものだ。

とはいっても、私が持っているのは文庫本。

しかも、当初買ったやつは字が小さ過ぎて今の私には読めやしない。

十代の若い頃が懐かしい。

仕方なく、7~8年ほど前に新しく文庫本を購入した。最近の文庫本は文字が大きい(※“7~8年ほど前”が“最近”といえるかどうかは別にして)。

早速、読み始めてみることにするか。

本当は、“草枕”で読みたいところだが諸般の事情が許してはくれない。

仕方がないので“腕枕”で読むことにしよう。

“好い文字”は心を癒してもくれるし、潤してもくれる。

ありがたいことだ。

やはり「つれずれなるままに」になってしまった。

「凡人の独り言」はまだまだ先に。

母の「百か日」の後にしよう。

おそらく母も、それを望んでいる。

しかし…、

母が亡くなる前に書いていた“下書き”がたまっている…

つれづれなるままに | 【2009-05-27(Wed) 00:37:44】
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花柄模様の絵ろうそく
店長さん。そしてスタッフの方々、そして職人さん。

ありがとうございました。

絵ろうそく テッセン
e-namu庵心堂(いーなむ あんしんどう)

つれづれなるままに | 【2009-05-26(Tue) 21:14:51】
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テッセン
先日、母が育てていた“テッセン(鉄線)”のことが知りたくて、事務所の近くの花屋さんに聞いてみた。そして、出来れば「取り寄せ」をとお願いした。

tessenn


数日後、ご丁寧にメールで連絡をいただいた。

…現物を見ないと、葉の形、色、花びらの形が特定できませんので
なんとも言えないのですが、たぶん「穂高」という品種ではないかと思います。
他に似た品種もたくさんあるので、ご参考までにと思います。
この時期のテッセンのお取寄せは難しいと思います。…


ということなので、早速私も調べてみた。
そもそも“テッセン”に「品種がたくさんある」こと自体知らなかった私であるので、「穂高」といわれてもさっぱり分からない。

しかし…、

幸運にも出逢えた“クレマチス園 山の上ナーセリ”さんのホームページ。

ざっと見ただけでも「54品種」あった。

1.あずみ
2.あや
3.アフロディーテ
4.アメシスト
5.ウィルグッドウィン
6.エクストラ
7.江戸紫
8.キリテカナワ
9.ケンドンソン
10.さのの紫
11.紫光
12.シャコンヌ
13.スタジオーネ
14.セレナータ
15.たてしな
16.ダニエルデロンダ
17.デュランディ
18.ビビアンペンネル
19.ブルーベル
20.ヘンダーソニー 
21.穂高
22.紫姫
23.天塩
24.白王冠
25.ペルルダジュール
26.ベルオブウォーキング
27.ベノサバイオレシア
28.ルイーズロー
29.ロマンティカ
30.柿生
31.舞姫
32.這沢
33.パープレアプレナエレガンス
34.麻生
35.マラヤガーネット
36.テンテル
37.マダムジュリアコレボン
38.エリザベス
39.カイゼル
40.カレン
41.花島
42.ニオベ
43.グレイブタイビューティー
44.源氏車
45.ドーン
46.ジョセフィーヌ
47.ダッチェスオブアルバニー
48.ドクターラッペル
49.ピンクレディ
50.ヴェスタプラッテ
51.星のフラメンコ
52.マダムエドワードアンドレ
53.モンタナフレッダ
54.ルーテ


この中で、個人的に「母の育てていたテッセン」に似ていると思われるのが、

「1.あずみ」
tessenn azumi

「12.シャコンヌ」
tessenn syakonnnu

「13.スタジオーネ」
tessenn sutajio-ne

「16.たてしな」
tessenn tatesina

「21.穂高」
tessenn hodaka


やはり「穂高」であろうか。

それにしても、確かに写真を見ただけでは判りづらい。

何れにしろ、私には「母が育てたテッセン」が「一番きれい」に見える。

HP管理人の「やま八郎」さん、そして“クレマチス園 山の上ナーセリ”の「園主さん」、ごめんなさい。

素晴らしいホームページ、そして沢山の美しいテッセンの写真、ありがとうございました。

つれづれなるままに | 【2009-05-26(Tue) 19:57:21】
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私の修行
サブカテゴリー;「つれづれなるままに」から「凡人の独り言」へ


やれやれ。

矢張り私は修行が足りない。


私の修行

苦しいこともあるだろう
云い度いこともあるだろう
不満なこともあるだろう
腹の立つこともあるだろう
泣きたいこともあるだろう

これらをじつと
こらえて行くのが

五十路を越えた“大人”の修行である



これは「母の教え(“母の修行”)」である。

今の世の中、何と修行の足らない大人たちが多いことか。

これでは私もその仲間入りになってしまう。

少なくとも“母について”は修行を積んでいこう。

しかし、

“特定アジア諸国”や“反日日本人”、そして“敗戦利得者”や“偽善者”どもは別である。

その“偽善者”の代表格は朝日新聞社と公明党。

それぞれは“嘘をつくこと”を生業とした組織であり、政党である。

母は嘘をつくことを一番嫌っていた。

これからは「母の修行」を見習って生きていきたい。

しかし、くれぐれも誤解無きように。

日本国、そして日本人を毀損し続ける“特定アジア諸国”や“反日日本人”、そして“敗戦利得者”や“偽善者”どもは別格である。

以上、

母の“百か日”を前にちょっと元気になりつつある“あすなろおじさん”の現状である。

母の声が聴こえてくる。

「元気になるな!」、と言っている。

はてさて、困った・・・。

つれづれなるままに | 【2009-05-26(Tue) 12:36:24】
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抗鬱薬
※以下は2009年3月7日付で保存されていた下書き投稿。

新聞記事に驚いた。
私の母は今年80歳を迎えた。
その母が精神的変調を訴えだしたのは昨年の7月頃。
約2ヶ月前の5月上旬、母は転倒により左上腕部を骨折した。
その後、ベットからも一人では起き上がれなくなり、医師の診断によれば「第三腰椎圧迫骨折」とのこと。
しばらくして、母は心療内科の治療を本人の希望により受けることに。
しかし、投薬治療が進めば進むほど母の様態は悪化の傾向を辿る。
母はまるで人格が変わったようになってしまった。

2009年3月7日 産経新聞(Net View)
20090307sankei01

“msn産経ニュース 抗鬱薬服用で攻撃的反応 厚労省が副作用調査へ”

「パキシル錠」と「デプロメール錠」はこの時の母の処方薬である。

以下は追記。私が記していた母の容態のごく一部。

9.個人的感慨



Ⅱ 薬の副作用・相互作用と早期発見・早期治療について

 また、現行の母が服用している多くの薬剤の処方歴(処方開始、処方期間等)を鑑みると、それぞれの薬剤の添付書等に記載されている「副作用」の可能性も否定できない事実として浮かび上がってくる。
 ことに、9月上旬から10月下旬に現れていた母の異常な行動および症状は、当該期間に心療内科より処方され服用していたそれぞれの薬剤(ドグマチール細粒10%/デプロメール錠50/ロヒプノール錠1/マイスリー錠5㎎/パキシル錠10㎎/コンスタン錠0.4㎎/トリプタノール錠25/アモバン錠7.5)の「添付書等に記載されている副作用の症状」と数多く合致している。
 今さらながらに母自身が現状において「自ら処方薬の管理ができない状態」であることを勘案すれば、家族として薬剤の効能なり副作用に熟知する必要性を痛感している。…

…たとえば一例として、母が以前(10月10日~10月20日)服用していた「アモバン錠7.5」はその添付書面に「高齢者の投与においては運動失調が起こりやすく、副作用が発言しやすいので、少量(1回3.75㎎/半錠)から投与を開始すること」とはっきりと明示されているにもかかわらず、79歳の高齢の母は「1回7.5㎎(1錠)」を処方されていた。
 また、10月7日~10月20日まで服用し続けていた「パキシル錠10㎎」に関しても、その使用上の注意事項として「7. 投与中止(特に突然の中止)又は減量により、めまい、知覚障害(錯感覚、電気ショック様感覚、耳鳴等)、睡眠障害(悪夢を含む)、不安、焦燥、興奮、嘔気、振戦、錯乱、発汗、頭痛、下痢等があらわれることがある。症状の多くは投与中止後数日以内にあらわれ、軽症から中等症であり、2週間程で軽快するが、患者によっては重症であったり、また、回復までに2、3ヶ月以上かかる場合もある…」との説明書きがある。
 仮に、一部の症状の発現が「アモバン錠7.5」については処方に基づく「服用継続」が原因であり、「パキシル錠10㎎」に関しては「服用中止(心療内科の担当医からは継続服用の指導を受けてはいたが、家族の反対により10月22日時点で服用を中止)」がその理由の一つであったとしても、家族が「薬に対する知識」を持っておればその時点で母に現れた様々な症状が「薬の副作用の可能性が高い」ことが推察され、迅速且つ的確に医師に相談できたのではなかろうか。そうであれば、あの時の母の苦しみを少しは緩和できたのではないかと悔やまれて仕方がない。…


これ以来、私は医師から処方された薬剤の添付書面を熟読するようにした(“医療用医薬品の添付文書情報”)

結果、医師は100%信用できないことを知った。

専門はともかくも、専門外になると全くの無知に等しい。

これが、私が経験した医療現場の現実である。

未だに忘れられない、ある医師との会話。

母は「リウマチ(膠原病)」を患っていた。

「リウマトレックス」は「抗リウマチ薬」の薬剤名である。

ある医師は言った。

「リウマトレックス? これは“ただの痛み止め”でしょ?」

あ然とした。

「リウマトレックス(pdf)」は“ただの痛み止め”なんかではない。

「劇薬」である!

そして、母はこの「劇薬」のおかげで「リウマチの痛み」からは解放されていた。

母が処方されていた薬は多い時で20種類を越えていた。

「薬の副作用」はともかくとして、「薬の相互作用」に関してもほとんどの医師は無知に等しい。

「薬の副作用」についてさえも熟知していない(できていない)医者がいる。

これも、私が経験した医療現場の実態であった。

いいたいことは山ほどある。

四月二十日…

母の熱が下がらない。

三月二十八日(土曜日)、姉がJ大付属病院へ連絡。
担当医が休みのため週明け早々に来院されたしとのこと。

三月三十日(月曜日)、姉と弟、そして私の三人で嫌がる母を無理やりJ大付属病院の「内科(消化器科)」へ連れて行く。

母は昨年の秋ごろから自らの力では起き上がれず、立ち上がれず、歩けずの状態が続いている。

母に付き添って診察室に入った弟によれば、「消化器科担当」の女医先生は母を診るなりはっきりと、「うち(消化器科)ではない」との診断を下し、同じ内科の「呼吸器科」へ回されたとのこと。

検査の結果、点滴治療と抗生物質を投与。



『死亡診断書

(ア)直接原因; 大量下血による出血死

発病(発症)又は受傷から死亡までの期間; 短時間 不詳

(イ)(ア)の原因; 上部直腸及びS状結腸からの出血』


バカヤロウ!

直腸とS字結腸は消化器科の担当ではないのか!

やぶ医者め!

悔しい、悔しい、悔しい、悔しい、悔しい、悔しい、悔しい、悔しい、悔しい…

つれづれなるままに | 【2009-05-26(Tue) 00:04:58】
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百か日
母の「百か日(百日忌)」は七月九日。

別名、「卒哭忌(そっこうき)」ともいうそうだ。

百日忌(ひゃかにち)

卒哭忌(そっこうき)という。文字通り「泣きやむ」意味で、「お膳下(さ)げ」ともいう。葬儀のときから供えていた白木の霊具膳を下げて廃するところから、俗にそういうのであろう。(“竹中玄鼎著 臨済宗信行教典”より)


ということは、

七七日までは「喪中」であるけれども、法要を済ませれば「忌中明け」。

でも、あと二十三日間は泣き続けてもよさそうだ。

どうやら仏様も許してくれるらしい。

だとすれば、「百か日(百日忌・卒哭忌)」までは「母づくし」。

とはいえ、声を上げてワンワン泣いていたのでは大人気ない。

それでは母も悲しむであろう。

そっと心の中で慟哭する。

母も、きっと許してくれるはず。

つれづれなるままに | 【2009-05-25(Mon) 20:53:16】
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座禅スペース
急ごしらえの事務所の片隅の“座禅スペース”。

「臨済禅 黄檗禅 公式サイト」を参考にしながら座禅を試みてみた。

結果、10分間座禅を組んだだけで立てなくなってしまった。

今も足がしびれている。

事務所の座禅スペース

しかも、私が組んだのは「結跏趺坐(けっかふざ)」ではなく「半跏趺坐(はんかふざ)」。

「足は普通のアグラの状態から、先ず、右の足を左のももの付け根にのせ、次に、左の足を右のももの上にのせます。この形を結跏趺坐といいます。」
座禅1


今の私には、とても人間業とは思えない。

「結跏趺坐が無理な人は、ひとまず片足だけをももにのせる半跏趺坐で坐って下さい。どちらの足でも、坐りやすい方を選んで下さい。」
座禅2


「半跏趺坐(はんかふざ)」でさへ至難の技である。

自慢ではないが、私は足が太くて短い。

何か体型的ハンディがありそうだが、何とか「半跏趺坐(はんかふざ)」で頑張ってみよう。

今日は10分、明日は20分…。

せめて座禅会の当日までには最低でも1時間ぐらいは座禅が出来るようになっていたい。

さもなければ他の方々に迷惑を掛けてしまいそうだ。

傍らで母が見ている。

頑張らなければ。

丁度「自宅で座る」の動画が19分58秒。

もう一度、動画を見ながらチャレンジしてみよう。


追記;

お、終わった・・・。

何とか10分間は出来たようだ。

本日は10分×2回で、合計20分。

明日は“連続20分”に挑戦してみるつもりだ。

つれづれなるままに | 【2009-05-24(Sun) 19:50:38】
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尊敬
ここのところ「母づくし」の投稿が多くなってしまっている。

これも母への供養と考えればそれはそれで仕方がない。

何せ修行の足らない息子である。

母も許してくれることであろう。

それはさておき、

どうやら、私の深層心理では未だに母の死を受け止められていないようだ。

朝、覚醒して驚愕する。

母は死んだ。

この世にはもう居ない。

分かってはいるのだけれど、情けない。

現実が夢の中では隠されてしまう。


以下は母の看病・介護を通じて学んだこと。

確かに看病・介護する方は大変であろう。

そこには、自らも気が狂わんばかりの苛酷な現実が確かにある。

しかし、一番大変なのは「介護される本人」であること。

是非、そのことを忘れずに肝に銘じていただきたい。

たとえ、本人が口に出して言えなくとも、介護される側は自らの不甲斐なさを誰よりも疎んでいる。

このことは「母の頑張り」が私に教えてくれた。

だからこそ母は、最期の時まで頑張って頑張って頑張り続けていた。

相手のことを慮り、自らを犠牲にして、己を鞭打つように。

私はそんな母を尊敬している。

つれづれなるままに | 【2009-05-24(Sun) 10:38:55】
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夢のまた夢
「生と死」というタイトルのカテゴリーを設けていた。

「生と死」。

今のところ、私の浅薄な知識からは、「色即是空 空即是色」の言葉しか見つからない。

とはいえ、この言葉が、「生と死の本質」を端的に、そして安易に説明してくれているように私には思える。

「度一切苦厄」

全ては「空」であると悟った時、一切の苦悩災厄から人は逃れることが出来る。

否、逃れるではなく“解放される”が相応しかろう。

それぞれの言葉は有名な仏典(経典)である「般若心経」の一節であるが、似たようなもの言いはいたるところで目にもするし耳にも聴く。

たとえば、

「…人間五十年、化(下)天の内をくらぶれば 夢幻の如くなり。一度生をうけ、滅せぬもののあるべきか。…」(幸若舞『敦盛』

という、有名な「敦盛」の一節も、遠縁かもしれないけれども、私には似たもの同志の仲間のように思われる。

少なくとも、「生と死」は“一体”である。

けっして切り放すことはできないものである。

この“自明の理”に気付くまで、結構な年月を必要とした。

今は身に滲みて観じている。

人生とは、夢のまた夢。

何れ、誰もが夢から目ざめる時がやってくる。

それまでは精一杯、夢を見続けようではないか。
(と、今は自分自身に言い聞かせている)

どうせ見るなら好い夢を。

悪夢は出来れば見たくは無い。

尚、本日は酒を一滴も飲んでいない。

あすなろおじさんは素面(しらふ)である。

生と死 | 【2009-05-24(Sun) 00:21:43】
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日本教(おかげ様)
唐突ではあるけれども、

私は「日本教」の信者を目指す。

八百万の神

神仏混交

本地垂迹

これが「日本教の真髄」である。

しかし、ここでいうところの本地垂迹の「本地」とはけっして「仏」のことではない。勿論、「神」のことでもない。

それは、何かは分からないが「偉大な力(サムシング・グレイト)」としかいいようがない。

だから、ご本尊は何でもよい。

釈迦牟尼でもイエス・キリストでもモハメッドでも、あるいは路傍の石でも何でもかまわない。

全ては「偉大な力(サムシング・グレイト)」の化身である。

このことを“アニミズム”などと知ったかぶりをして揶揄する輩には日本教の信者になる資格は無い。

多くの日本人はこの世に生を受けたら先ず、神様にお参りする。そして、結婚式ではイエス・キリスト様に額ずいて、お葬式は仏様にお願いする。

よく日本人は諸外国から「宗教心の無い国民」と難詰されるそうだ。

何言ってやんだい、すっとこどっこい!

日本には神様もいれば仏様もいる。

しかも、八百万の神や”おかげ様”がそこらじゅうにいらっしゃる。

宗教心、そして信心に満ち溢れているのが本来の日本人の姿である。

ただ、余りにも当たり前すぎて多くの日本人は忘れているか気がつかないだけである。

唯一絶対神(イエス・キリスト)の名の下に、日本は原爆を落とされた。

八百万の神や“おかげ様”はけっしてそのような残虐で非道な行為を正当化しない。

敢えて言わせてもらえば、

「八百万の神様(おかげ様)」と「唯一絶対神」では格が違う。


日本人に生まれてきてよかった!


うん?

このフレーズ、どこかで聞いたことがあるような…

織田裕二さんを真似たのでは決して無い。

誤解無きように。

少し酒を飲みすぎた。

反省。


追記(余談);

尚、一番の化身は己自身であるそうだ。

そこのところを“臨済宗妙心寺派”は教え諭してくれるらしい。

だから、“たった二時間”の座禅も期待がもてる。

やれやれ、出来れば“たった二分”とか、せめて“たった二十分”といっていただきたかった。

修行の足りないいっかいの衆生の身には正直、“二時間”は長すぎる。

はたしてどこまでついていけるやら。

心配である。

とはいえ、母の菩提寺での座禅会。

隣で母が見守ってくれている。

母に恥をかかすわけにはいかない。

頑張ろう!

6月6日午後6時。

私の生まれてはじめての座禅体験の開始予定時刻である。

つれづれなるままに | 【2009-05-23(Sat) 00:18:06】
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「しょうがないわねぇ」
少しづつではあるけれども、つぶやく回数が増えてきた。
今はほとんどが母関連。
だから、カテゴリーは「つれづれなるままに」ばかりになってしまう。
早く「凡人の独り言」でもつぶやきが出来るようになりたいものだが、何せ「修行が足りない息子」なのだから仕方がない。
母も「しょうがないわね」と、何時ものように諦めてくれていることであろう。

それにしても、「月間アーカイブの投稿件数」をあらためて眺めてみると、月ごとの投稿件数がそのまま母の容態を表してしまっている。
昨年の5月に母は左上腕骨を骨折した。
10月、私は泊り込みで母の看病を行っていた。
そして、4月。

4月1日がエープリールフールなどと誰が決めたのか。
嘘をつくのもいい加減にして欲しい。
母の死は、現実であった。

それにしても、母の頑張りには恐れ入った。

とても今の私には真似は出来そうもない。

ただ、今は出来なくとも、これからは母を見習って生きていきたい。

母は人生の素晴らしいお手本を見せてくれた。

正に、私にとっては神様、仏様、キリスト様、そしてマリア様であった。

少し気がつくのが遅すぎた。

否、大いに遅すぎた。

しかし、母は分かってくれていたと思いたい。

「しょうがないわねぇ」

何時もの母の口癖が聴こえてくる。

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つれづれなるままに | 【2009-05-22(Fri) 08:36:28】
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母の導き…(?)
しばしの間の私の愛読書。

“臨済宗信行教典”
rinnzaisyuu



“真言宗信行教典”
sinngonnsyuu


臨済宗は母方の、真言宗は父方のそれぞれの菩提寺の宗派である。

とはいえ、臨済宗の場合は法律的には「臨済宗」という統一した宗教法人は無いらしく、あるのは「臨済宗妙心寺派」というように「十四の何々寺派」に分かれているのが実情であるらしい。

母方の臨済宗はこの「臨済宗妙心寺派」に属する。

何れにしろ「禅宗」であることにはかわりは無いが、何やらややこしい。

兎にも角にも、これも何かのお導き。

今、“臨済宗信行教典”から読み進めている。

正直、母の七七日までの法要を終えても“仏教”そのものに関して分からないことだらけである。

ただし、個人的にはそこの「分からないところ」に大いなる興味を感じてしまっているのだが。

何せ、母の新しい住まいでもあるのだから、そのしきたりだけでも最低限は理解しておきたい。

先ずは実体験。

ということで、臨済宗は「禅宗」であるので、つい住職さんに「座禅会」に出席することを約束してしまった。

何せ私も母のおかげ様で一応は「禅宗の檀徒」になったのであるから、続くか続かないかは別にしても、先ずは「座禅」が組めなければ話になるまい。

それ以前に、約束した以上は守らなければならない。

それが人としての、そして日本文化の常識であり礼儀というものである。

日本の文化は彼の国の文化とは質が違う。

しかし…


私; 「ご住職、座禅はどのくらいの時間組むのですか?」

ご住職; 「“たった二時間”です。」

私; 「・・・」

ご住職; 「ほとんどの方が一度参加された後は来られなくなります。」

私; 「・・・」


正直、早まった。

何れ「座禅体験」をつぶやく予定。

それにしても、今、“モーツァルト:レクイエム”を聴きながら“臨済宗信行教典”を読み進めている。

モーツァルト:レクイエムモーツァルト:レクイエム
(2007/11/07)
アーノンクール(ニコラウス)シェーファー(クリスティーネ)

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結構、調和しているような気もする。

檀信徒の生活信条と信心のことば
“臨済宗信行教典”より

生活信条
一日一度は静かにすわって、身(からだ)と呼吸と心を調えましょう。
人間の尊さにめざめ、自分の生活も他人の生活も大切にしましょう。
生かされている自分を感謝し、報恩の行を積みましょう。

信心のことば
わが身をこのまま空(くう)なりと観(かん)じて、静かにすわりましょう。
衆生(しゅじょう)は本来仏なりと信じて、拝んでいきましょう。
社会を心の花園と念じて、なごやかに生きましょう。



つれづれなるままに | 【2009-05-22(Fri) 00:03:24】
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母の修行
何故このような簡単なことが、

分からなかったのであろうか。

母に深謝し、謝罪する。

私の修行

苦しいこともあるだろう
云い度いこともあるだろう
不満なこともあるだろう
腹の立つこともあるだろう
泣きたいこともあるだろう

これらをじつと
こらえて行くのが

長女で妻で母であるおばあちゃんの修行である


まさに母である。

母の生き様そのものである。

「男の修行」などではけっしてなかった。

「母の修行」であった。

ただただ、山本五十六の言葉に母は自らの思いを重ねていただけである。


幻覚に口走りたるたらちねの超え来りたる苦労を知りぬ(「歌」


合掌

つれづれなるままに | 【2009-05-21(Thu) 18:44:01】
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富士山
約一年ぶりに見る富士の山。

5月18日(月曜日)、昼頃の富士山である。

fujisann
fujisann2

母は何十回とこの景色を見たことであろう。

この後、“河口湖ミューズ館ー与 勇輝 館ー”“UKAI河口湖 オルゴールの森”へ行ってきた。

親戚回りの手土産が足りない。

また出掛けることにしよう。

今回は心優しいスタッフの方々にも「母の心」の手土産を。

はてさて何にしようか…。

下の写真は約一年前の富士山。

母はこの写真を自ら印刷して部屋に飾ってくれていた。

母が左上腕骨を骨折した次の日の朝に撮影した写真である。

20080517fujisann

時は留まることを知らず流れ行く。

二度と後戻りすることは出来ない。

今、長谷川きよしさんの「コムダビチュード~いつも通り~」をリピート再生で聴いていた。

「コムダビチュード~いつも通り~」

心に虚しく響く。

この曲は「マイ・ウエイ」の原曲であるそうだ。

母の七七日も終わり、少し落ち着いてみると、何もかも何時も通り、何も変わってはいない。ただ、何時もの日常が流れ去っていくだけ。

不思議である。

40年。まだこれがベストではない。長谷川きよしライヴ・レコーディング。40年。まだこれがベストではない。長谷川きよしライヴ・レコーディング。
(2008/10/01)
長谷川きよし

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つれづれなるままに | 【2009-05-21(Thu) 18:12:23】
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