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あすなろおじさん

Author:あすなろおじさん

「近・現代史」に興味があり、日々「美しい国・日本」を夢見ているちょっと(?)歳をとったちょっと太めの“あすなろおじさん”です。※※※※※※※※※
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四月二十日…
母の熱が下がらない。

三月二十八日(土曜日)、姉がJ大付属病院へ連絡。
担当医が休みのため週明け早々に来院されたしとのこと。

三月三十日(月曜日)、姉と弟、そして私の三人で嫌がる母を無理やりJ大付属病院の「内科(消化器科)」へ連れて行く。

母は昨年の秋ごろから自らの力では起き上がれず、立ち上がれず、歩けずの状態が続いている。

母に付き添って診察室に入った弟によれば、「消化器科担当」の女医先生は母を診るなりはっきりと、「うち(消化器科)ではない」との診断を下し、同じ内科の「呼吸器科」へ回されたとのこと。

検査の結果、点滴治療と抗生物質を投与。

夜7時ごろ帰宅。

三月三十一日(火曜日)、矢張り熱が下がらない。食事も摂れない様子。

姉と弟で話し合い、もう一日様子を見て症状がよくならなければ入院を依頼することに。

四月一日(水曜日)、朝方、弟より携帯に連絡が入る。

所用により弟からの電話、そしてメールには答えられず。

数分後、姉より連絡が入る。

「母が倒れた!」「呼吸をしていない!」「救急車で運ばれた!」

急遽車で自宅へ向かう。

父を乗せ自宅近くの国立K病院へ。

K病院到着は午前11時20分ごろ。

担当の医師によれば、母の死亡確認時刻は11:00分。

出血性ショックによる心肺停止がその原因ではないかとのこと。

病理解剖をすすめられる。


『死亡診断書

(ア)直接原因; 大量下血による出血死

発病(発症)又は受傷から死亡までの期間; 短時間 不詳

(イ)(ア)の原因; 上部直腸及びS状結腸からの出血』


四月五日; 通夜
四月六日; 告別式

戒名 寳鏡院令質妙順大姉

五月十九(十七)日; 七七日(四十九日)の法要。



カレンダーに記された母の通院予定

四月二十日月曜日 母、C医院(リウマチ専門医)及びK医院(整形外科)

四月二十二日3:30分 母、J大付属病院/泌尿器科

四月二十七日2:30分 母、J大付属病院/メンタルクリニック科



寝ている母の背中に左腕を差し入れる。

「首に手を回して」

母が右腕を私の首に巻きつける。

「じゃあ、起きるよ。よ~いしょ。」

母は小刻みに身体を回転させながらベットの縁に腰掛ける。

「クラクラ、クラクラ、クラクラ…、」

と、母に話しかける。

母は眼をぐるぐるさせながらじっと堪えている。

しばらく左腕で傾く母の身体を支えながら様子を伺う。

母は起きがけめまいを感じているようだ。

「どう?大丈夫?」

母の顔を覗き込む。母が頷く。

両手を差し伸べる。

母が私の掌に両手を添える。

母の手を軽く握る。

「一、二、三…」

私の掛け声と共に母はよろめきながらも立ち上がる。

一歩、二歩・・・。

車椅子に座らせる。

病院へは弟と二人で連れて行く。

弟が運転し、母は助手席に。

母はまっすぐに座席に座れない。第三腰椎圧迫骨折(脊柱間狭窄症)の所為か身体が右側に傾いてしまう。

私は後部座席に座りヘッドレストの横から右腕を差し出す。

私の右腕が母の枕(ヘッドレスト)代わりに。

「(とん・とん・トン、とん・とん・トン…)」と、リズミカルに母の頭が私の腕に語りかけてくる。

「何?」

「(とん・とん・トン、とん・とん・トン…)」

「どうかしたの?」

「(とん・とん・トン、とん・とん・トン…)」

なんだか母は楽しそうだ。

母の眼は車窓から見える流れる景色を見つめている。

ある時母は無理をして顔を後ろに向け、過ぎ去っていく景色を眺めている、ように思えた。

「何?」

母に尋ねても答えてくれない。

「何を見ているの?」

何も答えない。

母はしばらくの間ずっと両目を見開き後部座席にいる「私」を見つめていた。

いくら母とはいえ、そんなに見つめられると正直、恥ずかしくなる。

つい私は眼を逸らしてしまった。

気付くと母はまた、車窓からの景色を慈しむかのように見つめていた。

「(とん・とん・トン、とん・とん・トン…)」

病院へ向かう車中でのできごとである。

今日は四月二十日。母の通院予定日。

「(とん・とん・トン、とん・とん・トン…)」

もう二度と母が語りかけてくることはない。

つれづれなるままに | 【2009-04-20(Mon) 00:33:15】
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最愛の人
平成二十一年四月一日午前十一時00分。

母が亡くなった。

享年八十歳。

色即是空 空即是色。

最愛の母の新しい名前(戒名・法名)は

「寳鏡院令質妙順大姉(ほうきょういん・れいしつ・みょうじゅん・たいし)」

母方の菩提寺の浅草海禅寺に眠ることになった。

父も同意。

よって、私たち家族は父方の真言宗から臨済宗に改宗することに。

母は東京大空襲の夜、時の海禅寺の住職さんに命を助けられている。

しかし、逃げずに海禅寺に留まった住職さんは亡くなられた。

母の話によれば、寺を守るため、そして助けを求めにくる人々を見捨てるわけにはいかないという理由で自らは避難されなかったそうだ。

結果、母は助かり、多くの人々の命が救われた。

そして今、私はここにいる。

合掌。

つれづれなるままに | 【2009-04-06(Mon) 19:02:52】
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