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あすなろおじさん

Author:あすなろおじさん

「近・現代史」に興味があり、日々「美しい国・日本」を夢見ているちょっと(?)歳をとったちょっと太めの“あすなろおじさん”です。※※※※※※※※※
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オカマの日と朝日新聞
 “オカマの日”といわれて最初は訳が分からなかった。友人いわく「3月3日が“女の子の日”。5月5日が“男の子の日”。だから4月4日は“オカマの日”。」だそうである【3/3(女の子)・4/4(※)・5/5(男の子)】。
 とはいってもこの話は友人が考え付いた話ではない。出所は以下のブログである。
 このブログの管理人の方とは面識はない。しかし、友人の話によれば多少は私ともつながりがある。先輩後輩の関係というところであろうか。それにしても何か“ほのぼのとした親子の愛情”が感じられ心が和む。情景が目の前に現れてくる。
 それはさておき感心させられたことがもう一つある。“小さい頃”としか書かれていないので確かなことは言えないけれど、おそらく娘さんが小学生の頃のことではなかろうか。4月4日を“オカマの日”と思いついて最初に娘さんをからかった友達(子供)のことである。正直、私は齢半世紀を越えても4月4日が“オカマの日”だとは気が付かなかった。その“頭の柔軟さ”には脱帽である。
 いくら歳をとったからといっても“頭の柔軟さ”は持ち続けたいものだ。歳を経るごとに“頭の柔軟さ”が失われていくようで日々悲しさを感じていた。腹の筋肉は軟らかくなっている(軟らかくなりすぎて“膨張”してしまっているが)のに“頭の回転”は硬くなってしまっているようだ。既成概念に凝り固まってしまい新しいことを考えることが億劫になってしまっている。柔軟性が失われてしまった結果であろう。人は歳を重ねるごとに頑固になっていくようでもある。だから、最近では“頑固”という意味が大分理解できるようになってきた。要するに、“思考の柔軟性が失われた状態”を“頑固”というのであろう。
 朝日新聞も頑固な新聞社”と考えれば何か愛おしくも思えてくる。“頑固さ”とはもしかしたら“引退の時期”を教えてくれるバロメーターなのかもしれない。

“社長のよもやま話”さんより
2008年04月06日

法人

4月4日は次女の誕生日でした。友達とワイワイとやりながら
祝ってもらったようです。小さい頃は3月3日の女の子の祝日
と5月5日の男の子の祝日の真ん中なので、オカマの日だとよ
くからかわれたそうです。

いつだったか覚えていないのですが、彼女が携帯電話を買うの
に、これも思い出せないのですが、何故か同行しました。申し
込み書を書いていたのですが、手を止めて小さな声で質問をし
てきました。「法人ってオカマのこと?」。

なるほど申込書に名前の後に、「男性」「女性」「法人」と書
いてあります。法人という文字を始めて見たのでしょうか。対
応していた店員さんも笑いを抑えるのに苦労していました。少
し荒っぽい申し込み書でしたが、彼女はそれ以来、法人の意味
を深く認識したのであります。



つれづれなるままに | 【2008-04-14(Mon) 22:08:57】
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杞憂(?)
 何故か心配になる。たとえダライ・ラマ14世の発言が“人道的で平和主義に則った現実的な政治的発言”であったとしても、その発言が故に中国当局から足元をすくわれてしまうのではないかと心配してしまう。
 ダライ・ラマ14世の「暴力が制御できなくなれば、私の持つ選択肢は辞任だけだ」との発言は「暴動が起これば私は辞任する」といっていることに等しく、今般の“灯火リレー”も含め“チベット絡みの騒乱(暴動)”“中国当局の自作自演か”と騒がれている時に、このようは発言を繰り返していたのでは“中国当局”にいいように利用されてしまうのが落ちではなかろうか。
 勿論、そのようなことは十分に理解したうえでの発言ではあろうけれども、“中華の国のしたたかさ”は並大抵のものではない。確かにその“したたかさ”を誰よりもご存知なのも“ダライ・ラマ14世”ではあろうけれども、仏法に基づく“正義の教え”が必ずしも勝つとはいえないところに“世の常(非情)”がある。
 確かに隠忍自重や臥薪嘗胆も大切ではあろうけれども、“チベットの独立”の為には“北京オリンピック”が最後の好機となってしまうのではなかろうか。せめてこの機会に“高度な自治”を獲得して、将来において必ずや“チベットの独立”、即ち“チベット文明の復権”を実現されんことを願うばかりである。日本も他人事などとはいっていられない。
 次は我が身か“日本自治区”“悪夢”が頭の中を駆け巡る。 

“ダライ・ラマ14世「暴力拡大なら辞任」 米・シアトルで会見”msn産経ニュース 
2008.4.14 08:39

20080414.msnsankei.01〔写真;ダライ・ラマ(ロイター)〕
 【ロサンゼルス=松尾理也】米国を訪問中のチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世は13日、滞在先のワシントン州シアトルで会見し、チベット騒乱について「暴力が制御できなくなれば、私の持つ選択肢は辞任だけだ」と語り、今後の状況によっては引退することも辞さない考えを改めて強調した。中国当局によるチベット騒乱鎮圧後、ダライ・ラマが訪問先の米国で会見したのは初めて。

 会見後に配布された声明文では、「われわれの戦いは中国政府の一部の指導者とのものであって、中国の人々と戦っているわけではない」と強調。そのうえで、もし中国政府が取り締まりを中止し、警察や軍を引き上げるならば、チベットの人々に抗議をやめるよう説得する用意があるとした。

 また、中国側はダライ・ラマが独立を画策しているとしていることについて、ダライ・ラマは「私がチベットの独立や分離を求めていないことは全世界が分かっている」と指摘。中国側の主張を改めて否定した。

 北京五輪については従来通り、開催への支持を表明。同時に、人々の「深い心情を表現する」権利の重要性についても強調した。また、騒乱への取り締まりの際の逮捕者の釈放や負傷者の手当て、さらにチベットへの国際調査団の派遣などを求めた。

 一方、欧米を中心に呼びかけが強まっている開会式のボイコットについては、「出席者自身がそれぞれ判断すべきことだ」と述べるにとどまった。



アジアの特定三国 | 【2008-04-14(Mon) 20:39:19】
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朝日への疑念
msn産経ニュース“ダライ・ラマ14世「暴力拡大なら辞任」 米・シアトルで会見”」、「毎日jp“ダライ・ラマ14世:米で会見「暴力拡大なら辞任」”」、「YOMIURI ONLINE“ダライ・ラマ、米で会見「独立も分離も求めていない」”」 、「NIKKEI NET“ダライ・ラマが会見「暴力拡大なら辞任」”」、「東京新聞“ダライ・ラマ、暴力拡大なら辞任 米で会見”、「共同通信“ダライ・ラマ、暴力拡大なら辞任 米で会見”」、「時事通信“騒乱悪化すれば辞任=ダライ・ラマ、改めて表明”」。
 しかし“asahi.com”では見つからない。おかしな新聞社だ。と思っていたら、“2008年04月14日12時46分に”“ダライ・ラマ、「退く」改めて示唆 暴力の沈静化訴え”のタイトルで記事が掲載されていた。他社と比較して“数時間”の報道遅れ。内容は兎も角としても“報道の速報性”にはそうとう難のある新聞社のようである。

追記;

毎日jp 2008年4月14日 8時15分
msn産経ニュース 2008年4月.14日 8時39分
時事通信 2008年4月14日 8時45分
共同通信 2008年4月14日 09時33分
東京新聞 2008年4月14日 09時33分
YOMIURI ONLINE 2008年4月14日11時07分
NIKKEI NET 2008年4月14日 11時48分

そして、朝日は…
“asahi.com” 2008年04月14日12時46分
 
 一位の“毎日jp”と比較して“4時間31分”の遅れ。何か報道したくないのであろうか。それと、記事タイトルからして他社とは少し違っており、どういうわけか「退く」を強調したいらしい。その理由については余り興味はなさそうに見える。
 何れにしろ「退くといったではないか!」というダライ・ラマ14世に対しての非難記事が何時か“朝日”の紙面を飾りそうな気がしてならない。たとえ暴動が“中国当局の自作自演”だとしてもバレさえしなければ“朝日”は糾弾し続けるであろう。そしてまた、たとえバレたとしても得意の詭弁を屈指して知らぬ存ぜぬで逃げ回るのが“朝日”の何時もの行動(報道)パターンである。
 何れにしろ、そんな“悪魔(中華)の付箋”がこの記事には付けられているような気がしてしまう。それほど私は“朝日”に不信感を強く抱いている。


凡人の独り言 | 【2008-04-14(Mon) 12:59:22】
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偽善者の李纓監督
 洗練された偽善者の李纓(リ・イン)監督。日本社会のルールは無視し、平然と嘘をつき、自己弁護を繰り返す。たとえご高齢の老夫婦であっても自らの欲望の為には甘言を弄して、騙し利用する。このような人間は即刻、日本から追い出したい。
 とはいっても正直、まだ映画は観ていない。公開されれば観に行くつもりだ。しかし、余りにも新聞等で見聞きする李纓氏の発言が気にかかる。独善的で高慢なその語り口。おそらくそうとうな自信家なのであろう。一言でいえば“偽善者”。さらに言えば“無知なる偽善者”。私が一番嫌いな輩である。
 以下の言葉は李纓氏自身に投げ返してやりたい。

『李纓:まずは事実を知ることが必要です。その中で、本当に自分には関係ない問題なのか関係あることなのか判断すればいい。目を閉じて知らん顔してても何も始まりません。自分の知らない部分、語られない沈黙の部分をもう一度見つめ直してください。…』

20080414.cinra.01

 確かにもう一つ、以下の言葉は含蓄のある言葉である。ただし“どのようにかなり特別なのかをもう少し詳しく聞いてみたい気がする。少なくとも本人は否定するだろうけれども、李纓氏本人は「日本=悪玉」と心の深層では考えられていることが言葉のはしはしからは感じられる。

『一番肝心なことは、靖国神社では戦争で死んだ人をどういうふうに見ているかということです。…正当化された戦争の象徴と<記憶>を残している場所、それは世界中を見てもここがかなり特別なものだと思います。戦争というものを、どういう方向に記憶していくか。何か一方的な角度からではなく、色んな角度から記憶しないと悪循環になります。そういった意味で、世界全てに繋がっている。』

“偽善者の李纓監督”の続きを読む>>
アジアの特定三国 | 【2008-04-14(Mon) 01:59:46】
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