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あすなろおじさん

Author:あすなろおじさん

「近・現代史」に興味があり、日々「美しい国・日本」を夢見ているちょっと(?)歳をとったちょっと太めの“あすなろおじさん”です。※※※※※※※※※
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嘘で造られた国
中国人は嘘つきである

2007年12月22日 産経新聞(Net View)より

2007.12.22.sankei.05 このような当たり前のことが分かっていない。良い悪いは別にして「中国人は嘘つき」なのである。それが支那の文化であり文明でもある。したがって小中華主義を奉ずる「韓国・北朝鮮の朝鮮民族も基本は嘘つき」である。
 東アジアの中では日本人だけが“嘘”を嫌う。中華文明では嘘は“処世術”の一つとして“日常的な行動パターン”である。未だにこの事実を知ろうとしない、あるいは知らない日本人なり欧米諸国の人々がいる。
 何も嘘をつくことがいけないといっているのではない。それが文化であり文明であり、そして国民性である以上、駄目だといっても仕方が無い。文化・文明は尊重しなければいけない。それが世界平和の基本である。問題は“嘘”そのものにあるのではなく、「“嘘”を放置しておくこと」にこそある。“嘘”をつくことが悪いことだと神様やお釈迦様やイエス・キリスト様は教えてくれたとしても、スターリンや毛沢東やノム・ヒョンは教えてくれない。寧ろ大いに嘘をつけ、突き通せと奨励してさえいる。
 “嘘”を嫌う日本人としては承服いたしかねるところではあるが、世界平和のためには納得する以外に道は無い。世の中には“嘘で食っている人たち”がいることを理解してあげなければならない。ただし、“嘘”を放置していてはいけない。“嘘”は世の中を混乱に陥れる。
 “嘘をつく”ことが文化・文明である以上、そしてそれが国の政策・方針になってしまっている以上、他国が力ずくで変えさせることは今の世の中では限りなく不可能である。後は“嘘つき国家、文化・文明”の自立的な覚醒を待たなければならない。その覚醒を待つ為にも“嘘”は“嘘”でありつづけてもらわなければならない。“嘘”を放置しておくと“事実”なり“真実”に変貌してしまう。それが“嘘”の恐いところである。であるからして、“嘘つきの相手”からいくら誹謗中傷されようが“嘘は嘘”とはっきりと主張し続けなければならない。それが世界平和の為である。
 それさえも放棄して静観をするような人たちははっきり言って“卑怯者”であり“下衆野郎”である。まして、そのような下衆野郎が政治家なり官僚に君臨していたとするならばそのような国は滅びるしかあるまい。国を滅ぼさない為にはそのような“下衆野郎の政治家なり官僚、そして知識人、マスコミ人”に覚醒してもらわなければならない。先ずはこちらの“覚醒”の方が先決である。

「嘘つき!」

と声を挙げる勇気を持とう!


南京大虐殺 | 【2007-12-22(Sat) 17:15:55】
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自称
2007年12月22日 産経新聞(Net View)より

2007.12.22.sankei.03 この“自称”が怖い。何せ外見では分かりにくい国民であるので。韓国、北朝鮮、そして中国人は。
 “自称”日本の暴力団、“自称”日本の右翼構成員、“自称”日本の凶悪犯罪者。さらに“特別永住資格”のお陰で「“他称”日本人」の暴力団員も右翼構成員も凶悪犯罪者も多くいるようである。何か悪いことをしたときは“自称”も“他称”も日本人を名乗り、世の中で名声を勝ち得た時にのみ“自称”だけが“韓国人・北朝鮮人”になる特殊な国民もいるが、世界の人々は殆どがこの“自称”に騙される。殊に韓国人の場合は海外に行くと「“自称”日本人」を高らかに叫ぶものが多くいるそうである。
2007.12.22.sankei.04 そういえば、かの「大韓航空機爆破事件の“金賢姫(キム・ヒョンヒ)”」も“蜂谷真由美”という“自称日本人”の一人であった。
 悲しいことではあるが、少なくとも日本における凶悪犯罪の多くがこのような“自称日本人”か“似非日本人(外国人)”によって引き起こされている。しかし、どういうわけかそのような実態を日本のマスコミは報道しない。大いに問題である。“Wiki外国人犯罪” ; “平成18年犯罪白書”

凡人の独り言 | 【2007-12-22(Sat) 16:23:39】
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アポロ17号
あっ!と驚く、35年前

2007年12月22日 産経新聞(Net View)より

2007.12.22.sankei.02 考えることは皆同じである。
「アポロが残してきた旗や機体の一部が映っていないか」
 しかし、残念なことに「解像度が足りず、痕跡は見つけられない」らしい。はたして本当だろうか?少し疑ってみたくなる。それは兎も角中国の「月探査衛星“嫦娥(じょうが)1号”」はどうなてしまったのだろうか。あれ以来これと言った報道が無い。もともと“嫦娥1号”の打ち上げ自体が“中国共産党の第17回党大会”に合わせて行われていることからして“探査”よりも“国威発揚”の方が主目的だとは思うけれどもこのままでは余りにも見栄っ張りの“中共”が可愛そうだ。何なら親中派の加藤紘一氏や河野洋平氏が音頭を取って、国民にはないしょで“かぐや”の映像やデーターを少し分けてあげてはどうであろうか。あるいは“かぐや”そのものも得意の“ODA”で供与してあげたら。さぞかし“中共”は喜ぶことであろう。
 何れにしろ“アポロ17号”が35年前とは恐れ入る。月日の経つのは早い。私はライブで月面着陸を観ている。勿論、テレビでではあるが。あの時のことを考えれば35年後には少なくとも月には人が住むようになり、“修学旅行”さへも“月”か“宇宙ステーション”には行けるものと考えていた。
 人類初の“宇宙ステーション”はやっと完成に近づいているようであるが“修学旅行”には未だ先が長そうである。

凡人の独り言 | 【2007-12-22(Sat) 15:21:36】
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悪霊の“河野談話”
 今週号(12月27日号)の週刊新潮によれば“欧州議会の慰安婦決議”の仕掛け人は“アムネスティ・インターナショナル”らしい。

「米下院での非難決議は、中国系の反日団体が動いて、マイク・ホンダ議員が本会議に持ち込みましたが、今回、欧州議会に働きかけたのは人権団体のアムネスティ・インターナショナルです」


 アムネスティ・インターナショナルの日本事務局が言うには「我々は、慰安婦問題で日本政府に謝罪と補償を求めていますが、充分とはいえません。そこで、欧州議会のような国際機関や各国政府の議会に非難決議を採択するよう働きかけているというわけです」ということであるらしいが、日本の外務省は「政府としては、これまでも現地在外公館等を通じ、各国関係者に対し、我が国の立場につき説明してきています。今後とも我が国の立場につき各国関係者に対して理解を求めていく考えです」と答えているらしい。
 少しはその辺の事情が分かっているものならこのような政府・外務省の対応が数々の非難決議の温床になっていることが分かるであろう。なぜならば我が国の立場は“河野談話”であるのであるから。
 全く持ってして情けない限りである。これが我が国を代表する国家官僚の姿である。とはいっても、官僚に文句を言ったところで仕方があるまい。要は政治の問題である。
 先ずは“河野談話の破棄”が先決だ。あのような史実に基づかないいいかげんな“政治的談話”そのものが問題である。
 河野談話を詳しく読めば分かるように非常に曖昧な日本社会にだけ通用するような官僚的な文章である。“軍の直接的な関与”を認めていながらその内容については具体的な言及を避け、間接的に日本軍の慰安婦制度そのものというよりも世界に敷衍する公娼制度そのものに遺憾の念を捧げている。日本人ならばその心根も分からないではないが、世界には日本人以外の人間が沢山いる。
 おそらく河野洋平氏を含む“河野談話”に賛同なり共感を寄せる政治家・官僚は、“戦後レジーム”の申し子であり、鼻持ちならぬエリート(特権)意識の持ち主なのであろう。国際政治の世界ではどのような形にせよ“謝罪”をすることは自ら“罪”を認めることになり、罪を認めればそれは当然のこととして“賠償”の対象になる。このような“世界常識”さえも分からない政治家・官僚・知識人が余りにも日本社会には多すぎる。
 その点、アメリカの政治家は立派である。事の良し悪しは別にしても未だに日本への原爆投下については公に謝罪したことは一度もない。これが外交であり国際政治である。
 おそらく“河野談話”に恭順の意思を示されるような日本のお偉方といわれる方々は学生時代に“マル経(マルクス経済学)”を勉強し、“戦後民主主義教育下の優等生”として“日本悪玉史観”を原点としてしかものごとを考えられなくなってしまった“隠れ共産主義者”の方々なのであろう。あるいは“唯物史観論者”と言い換えても良いかもしれないが、一言で言えば“学業(だけ)秀才の変人”である。そして今の日本社会はこのような“学業秀才の変人=隠れ共産主義者=敗戦利得者”によって“国家意識の無い不思議な国”へと変貌させられてしまっている。
 まさにこの記事の執筆者が言うように「そのうち冗談ではなく、国連でも非難決議が採択されてしまう」かもしれない。何せ国連とは“United Nations(ユナイテッド・゙ネイションズ)”であり、日本に原爆を投下したのもいわゆる“ユナイテッド・゙ネイションズ”である。少なくとも日本を占領したのは間違いなく“ユナイテッド・゙ネイションズ”である。
 同じ“United Nations”『「連合国」と「国連」』等と使い分けて考えているようでは決してまともな国にはなれまい。日本は“ユナイテッド・゙ネイションズ”にとっては今も変わらず“敵国”なのであり。そして“ユナイテッド・゙ネイションズ”の拒否権を持つ常任理事国は全て“核保有国”なのである。
 このような現実を確りと踏まえた上で、たとえ法的拘束力が無い“談話”だとしても破棄してもらいたいものだ。
 河野洋平氏は米国、カナダ、オランダ、そして欧州議会と自らの発した談話により日本、そして多くの日本人が非難されていることに対して自らの重大なる責任を感じてさぞかし贖罪感に苛まれていることであろう。自らの政治的無能さを心から嘆いておられることであろう。しかし、寡聞にして私は知らない。そのような反省の言葉を当の河野氏が発せられたことを。
 本当に不思議な国である。これでは国民に塗炭の苦しみを与えた戦中の官僚・政治家と何等変わりはあるまい。

河野洋平氏よ
自ら進んで腹を切れ!(辞職しろ!)

そこから全ては始まる。

“悪霊の“河野談話””の続きを読む>>
従軍慰安婦 | 【2007-12-22(Sat) 14:16:29】
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惰眠の民
起きろ!そして目覚めよ!ということであるらしい。

平成19年12月21日 産経新聞(Net View)より

2007.12.21.sankei.01  「内発性」「外発性」
 新保氏によれば“よく知られた言葉”であるらしいが、正直、私はよく知らなかった。夏目漱石の言葉だとは露ほども知らなかった。お恥ずかしい限りである。しかし、何となくどこかで聞いた言葉ではある。『西洋の開化は「内発的」であるのに対して、黒船到来以来の日本の開化は西洋の圧迫によって強いられた「外発的」なものである。結果、皮相上滑りの開化であり、「波だを呑んで上滑りに滑っていかなければならない」と言った。』らしい。勿論、夏目漱石氏がである。流石言うことが凄い。私が敬愛してやまない小説家・夏目漱石氏だけのことはある。
2007.12.21.sankei.02 しかし、何もそこまでも、という気持ちがないでもない。天下の夏目漱石氏と新保氏を差し置いて何ではあるが、少し言い過ぎではないであろうか。確かに内発的な行動に乏しいのが日本人の特性かもしれないが、内発的も外発的もよくよく考えてみれば分かるように、あくまでも両者には補完関係が存在しており、一方的に内発的とか外発的ということはありえないことではないであろうか。外発的な行動も結果、内発的に行われるのであって、同様に内発的な行為も別の角度から眺めれば外発的な面も多く含まれているものだと思う。先ず第一に西欧の開化が全て内発的に行われたかというと、決してそのようなことはないであろうし、また、日本の開化といっても何を持って開化としするのか、その辺の吟味もさらに重ねることが必要であろう。
 要は内発的とか外発的とか言う余り一般的に使われていない言葉を使うよりも、“主体的”とか“自立的”とかいう言葉を使った方が分かりやすい。だとすれば何も夏目漱石が言ったばかりではなく、古(いにしえ)の先人たちが繰り返し述べていたことに過ぎないのではないだろうか。漱石氏は芸術家である。余りおだてても漱石氏自信が可愛そうである。何せ“非人情”という雲上の世界の人であるからして夏目漱石氏は。
 それは兎も角、『特に敗戦から7年間の長きにわたった「占領下」とは、決定的に「外発的」な時代であった。その間に生じた習性は、今日までますます根深く蔓延し、「内発性」は加速度的に希薄になっている。』とか『政治・外交の面でも、「戦後レジームからの脱却」の意思とは、わずかにのこっていた「内発性」の発現であったが、それも潰えて米国、あるいは国連といった「外」のものに依存する習性の中に、再び眠りこもうとしている。』という新保氏の見識や『…しかれども半鐘の声で急に飛び起きたるなり。その覚めたるは本当の覚めたるにあらず。』等といった漱石氏の言葉については共感するところも数多い。そして新保氏はこれらの観点から『…「戦後レジーム」とはそのような惰眠のことである。』と言い切る。
 紙面の関係もあるのであろうが、私にはこのような新保氏の考え方は少し短絡的過ぎるのではないかと思えてしまう。その理由は何れ“つぶやく”ことにして、その“結論”には大いに共鳴する。

「戦後レジーム」の眠りから目覚めよ
 
『今日ほど「亡びるね」という声が真に迫って聞こえてくる時代はない。今や、「日本は真に目が醒めねば」ならない秋(とき)である。』

凡人の独り言 | 【2007-12-22(Sat) 00:48:11】
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