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あすなろおじさん

Author:あすなろおじさん

「近・現代史」に興味があり、日々「美しい国・日本」を夢見ているちょっと(?)歳をとったちょっと太めの“あすなろおじさん”です。※※※※※※※※※
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真珠湾攻撃総隊長
 またまた読み始めてしまった。悪い癖である。結局、今読みかけの本は約十冊ほど。この中から数冊が積読本に…ならないようにブログに『只今「読書中」の本』のサイドカラムを設定した。これで現在“読みかけ”の本の確認ができる。今までは“この調子”で読み始める本が増えていき、終いにはどの本を読みかけているのかわからなくなり気が付けば積読本に。
 このようなことがないように心がけようと『只今「読書中」の本』のカラムを設定した。これならばブログを開けば“読みかけ本”がひと目で確認できる。意識して積読本にすることもできる。したがって、少なくとも知らず知らずの内に積読本に紛れ込む事だけは防ぐことができるはずだ。そうすれば間違って同じ本を買ってしまうこともなくなるかもしれない。

真珠湾攻撃総隊長の回想 淵田美津雄自叙伝真珠湾攻撃総隊長の回想 淵田美津雄自叙伝
(2007/11/30)
淵田 美津雄中田 整一

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 そもそも、何故読みかけの本があるのに新たに読み始めてしまったのか。勿論、淵田美津雄氏に興味があったからこそこの本を手にして購入したのだけれど、何れ暇な時に読み始めようと“積読本”仲間にしておいた。それが、昨夜たまたま手にとり頁をペラペラと捲りながら眺めていると、真珠湾(港)の英雄である淵田氏が「ミズーリ号の降伏調印式に立ち会った」ことと「戦後、キリスト教に回心した」ということが気にかかり読みすすめてしまい「1934年にロンドンで行われた軍縮予備交渉の席上で 「日本海軍が航空母艦の全廃を主張していた」という文章を目にしてしまったからである。淵田氏によればその主張・提案とは「日本海軍の言うところは、軍備は他国を侵しにゆくものではなく、自国を守るだけのものだから、不脅威不侵略の原則に基づいて、攻撃用の兵器は全廃し、防御用の兵器だけにとどめようと前提して、航空母艦というものは攻撃用だからこれを全廃し、なんなら戦艦も廃止してよいとの提案であった。」ということである。
 淵田氏自信はこの海軍の提案に大反対だったらしくその怒りを綴っておられるが、何れにしろ“予備交渉は不調に終わり、翌年のロンドン本会議も決裂し、建艦競争へと突入して、大東亜戦争へと突き進んでいった”ということが、その後の歴史の流れであろう。だとすれば、当然のことながら、この“ロンドン軍縮会議の決裂”がその後の歴史に与えた影響を考えれば大きな意味を持ってくる。そしてこのことは今では“歴史の常識”として考えられていることではないであろうか。少なくとも“軍拡の歴史”が後の大東亜戦争の原因(遠因)の一つであると。
 だからこそそのような重要な軍縮会議の席上で、たとえ予備交渉とはいえ「日本海軍が航空母艦の全廃を主張していた」という事柄には驚いてしまう。もしかしたら周知の事実なのかもしれないが、私の記憶の中にはなかった事柄である。何故か1919年に開催されたパリ講和会議の国際連盟規約委員会で日本が提案し“否決”された「人種差別の撤廃条項」を思い出してしまった。
 はたして「航空母艦の全廃」にしろ「人種差別の撤廃」にしろ日本の提案は悉く“欧米列強の反対”に合い当時は否決されてしまったが、それらの「日本の提案」は間違っていたのであろうか。
 何れにしろ、真贋の程は正直分からないが、全くの“嘘”とは思えない。少なくとも“そのような考えが当時の海軍内部にはあった”ということだけは事実であろう。何か私には「日本(日本人)らしい」提案のように思えてしようがない。おそらく“敗戦利得者”の方々には信じたくない“事実”かもしれないが。何せ“戦前の日本は全て悪”としか考えられない“おめでたい人たち”であるから。
 兎に角これから読みすすめるのが楽しみである。何せ、実際に戦闘に参加されていた方であり、しかもミズーリ号の降伏調印式に立ち会った経験の持ち主であるので、終戦の日によちよち歩きの赤ん坊か洟垂れ小僧が成長して、戦後、あたかも自分こそが戦争体験者といわんばかりの口ぶりで語る戦争物語よりははるかに信用ができる。往々にして“日本悪玉史観”を語る人たちはそのような年代層が多いような気もする。政治家でいえば河野洋平氏(1937年生まれ)や加藤紘一氏(1939年生まれ)もこの世代であろう。そしてその仲間が“戦後民主主義の権化”である、いわゆる“団塊の世代”だ。
 この“団塊の世代”が日本の中枢からいなくならない限り日本は“まともな国”にはなれないと半ば諦めてはいるが、実際には“諦めきれていない”のが現実であり、その憂さ晴らしがこの“つぶやきブログ”でもある。

大東亜戦争 | 【2007-12-18(Tue) 22:59:14】
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ライフル銃暴発
 人それぞれの人生には忘れてしまいたいことや、思い出したくもないことが一つや二つは必ずあるものだ。もし、仮に一つもないというような方が居られればそれはそれで大変幸せな人生を送っておられるということであろうが、人の一生のうちでは必ずと言っていいほど悲しい体験に遭遇することは避けることのできない現実であると思う。もしそのような現実から逃れたいと思うのならば“人間的な生活”を止める以外に方策はないであろう。
 しかし、発狂するか白痴になるか、はたまた仙人になるかは人それぞれであるにしても、“人間的な生活を止める”とは言っても“自ら命を絶つ”ことだけは論外である。この世に生を授かったことを何にもまして大切にしなければいけない。自らの命は自らの力で手にしたものではない。多くの人たちの力によって命は育まれ支えられている。だから“自ら命を絶つという行為(自殺)”はその人間の傲慢さの披瀝であり人間として一番の忌むべき行為であり卑怯な生き方でもある。生を全うしてこそこの世に生を受けた意味がありその目的が達成されるものと私は考えるようにしている。とはいってもその目的が何であるかは簡単には説明できない。ただ、唯一言えることは、その目的(理由)があるとすれば“生きる”こと自体がその理由であり、“天命を全うして生き抜く”ことがその目的であると個人的には考えている。
 しかし、そのような人生の意味や目的とは別に、否応なしにこの世から命を奪われてしまう悲劇としか言いようのない現実がこの世には存在する。事件なり事故、災害等によって尊い命が奪われてしまう。誰一人として望んでいないことだとしても突然に悲劇はやってくる。運命としか言いようのない現実が目の前に現れる。たとえ己の身の上ではなくとも悲劇は否応なしに人の上に襲い掛かってくる。いくら後悔しても取り返しが付かない。時間が戻せるものならば自らの命と引き換えにしても時間を巻き戻したい。しかしそのようなことは現実には不可能である。
 世の中には様々な悲劇が存在する。佐世保での銃乱射事件も大きな悲劇の一つではあろうが、同じ銃に関わるニュースではあるけれども以下の事件(事故)は私にとって思い出したくないニュースであり、できれば忘れてしまいたい悲劇の一つである。是非このような悲劇が繰り返されないことを願うばかりだ。少なくとも悲劇の中には我々人間の努力によって回避できる悲劇も数多くあると思う。せめてそのような悲劇だけでも二度と起こらないようにしたいものだ。そのためには何をしなければならないか。私たちの智恵が試される。
 ご両親、ご家族の想いは筆舌には語り難く私の想像の域を遥かに超えてしまっている。はたして心の傷の癒される時がくるのかどうか、他人事ながら思い浮かべただけで心苦しい。とてもこの事件・事故の詳細を書き記すことはできない。情けないことではあるが一刻でも早く忘れてしまいたい。ご家族にとっては将に生きることが地獄の苦しみ以外の何ものでもないであろう。しかし、是非、強く生き抜いていただきたい。ご家族で一丸となって生き抜いてもらいたい。悲劇になんか負けないで欲しい。それがせめてもの供養になると私は信じている。お父さん頑張れ!お母さん頑張れ!お兄ちゃん頑張れ!と是非皆で応援してあげようではないか。心の中で、頑張れ!頑張れ!と。

“msn産経ニュース”; 「ライフル銃暴発」父の目の前で起きた“地獄”

凡人の独り言 | 【2007-12-18(Tue) 00:37:15】
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井沢元彦さん
 井沢元彦氏は私の数少ない師匠のお一人である。数少ないといっても渡部昇一氏や櫻井よしこ氏等々その数は二桁ぐらいはいる。今後はそのような“師匠の方々”の著作を多く読んでいきたいと思っている。
 今までは不特定多数の著者の本を読んできた。しかし今後はある程度絞った形で本を読み進めていこうと思う。特に“似非学者・知識人”の本はなるべく読まないようにしようと思う。頭がおかしくなってしまう。
 それでは“似非学者・似非知識人”とはどういう方々かというと、たとえば昨日つぶやいた“元日本人”の保阪教授や大江健三郎氏のような知識人の方々である。“独善的な固定観念”に囚われて、決して真実を見つめようとしない“思想・理念”にとりつかれた自分勝手な先生方である。具体的には未だに“A級戦犯”という言葉を使い日本、そして日本人を非難していたり、“核廃絶”を唱えながら中国やロシアの核保有については口を噤み、“南京大虐殺”“従軍慰安婦”などの捏造された史実を声高に叫びながら、現在進行形のチベットや東トルキスタン、はたまたダルフールの中国が明らかに関与している“虐殺”や、今現在の現実社会の中で生起している数多くの“中国人や韓国人”の“人身売買や売春行為”については目をつぶって何も声をあげようとしない“お偉い先生方”である。そしてそのような先生方に限って人一倍“自由・平等・人権・平和”をがなり立てている。
 そのような“偽善者の身勝手な先生方”にはとてもついてはいけない。勝手に吼えていていただきたい。少なくとも私はそのような“偽善者の嘘つき先生方”が執筆されている著作を購入することはしたくない。無駄金である。お金はもっと有効に使いたい。したがって私が信頼を寄せる著者の本を購入することによって少しでもその方々を応援したいと思う。今まで購入した数十冊(数百冊?)の“いかれた方々”の著作は仕方がないので本棚に並べてはおくが、改めて今後購入することはしないつもりだ。図に乗らせては大変である。
 ただ、そのような“似非知識人”の方々のお陰で世の中でどんなに“お偉い先生”といわれている方でもその論理の根底には少なからず“固定観念”があることを知った。そしてその固定観念の多くが“戦後民主主義教育下”で育まれ身につけられたものであり、よって“高学歴・高資格取得者”の方や“社会的成功者”と見なされる方々に多く見られる傾向であることも理解できるようになった。いわば“怪我の功名”である。
 参考までに“高学歴・高資格取得者”とは日本の最高学府といわれる東京大学等の卒業者であり、弁護士に代表される法曹界の人間であり、医者であり、官僚である。“社会的成功者”とは筑紫哲也氏に代表されるような言論人であり“敗戦利得者”としての代表的な組織である“大手マスメディア”そのものである。その他にもこの両者には少なからず何人かの政治家も含まれる。
 何れにしろ井沢元彦氏は私の師匠であるので、今後とも氏の著作は読み続けていこうと考えている。

中国地球人類の難題中国地球人類の難題
(2007/12)
井沢 元彦

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凡人の独り言 | 【2007-12-18(Tue) 00:14:38】
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