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あすなろおじさん

Author:あすなろおじさん

「近・現代史」に興味があり、日々「美しい国・日本」を夢見ているちょっと(?)歳をとったちょっと太めの“あすなろおじさん”です。※※※※※※※※※
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スティーブ・フラハティ
2007.11.25.yosiaki 良い本だ。“良書”だと思う。多くの人に読んでもらいたいとも思う。
 私がこの本を手にしたのは“偶然”である。ネットで他の本を検索していて、そのタイトル「ヨシアキは戦争で生まれ戦争で死んだ」に心惹かれ、思わず購入してしまった。読んでみて感動を覚えた。久しぶりに涙した。
 「没後38年を経て紡がれる数奇な運命と絆の物語」とその“帯の背”に内容を簡潔に紹介した文面があるが、返す返す残念なのがその“帯の表”にある“推薦文”である。
 個人的な好き嫌いはあるにしても、“その余りにも稚拙な文面”に呆れかえってしまった。これでは売れる本も売れなくなってしまうのではないかと心配になってしまう。はたして出版元の担当者は何を考えているのであろうか。この推薦人、そして推薦文では“販売促進”どころか“販売抑制”になってしまうと思うのだが、そのように思うのは私だけであろうか。

ヨシアキは戦争で生まれ戦争で死んだ ヨシアキは戦争で生まれ戦争で死んだ
面高 直子 (2007/08/01)
講談社

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 確かに本を読んで受ける印象(感想)は人それぞれであるとは思う。そしてその感想(印象)にとやかくは言いたくないが、このような推薦文ではせっかくの名著も台無しである。品位が貶められてしまう。少なくとも私の場合は書店でこの著書を目にしていたら“その推薦文”を読んで、棚に戻し、購入することはなかったであろう。本当に本との出会いは不思議である。兎にも角にもネットでの出会いでよかった。お陰で感動を得ることが出来たのだから。
 また、本の“帯の表”に『「誇り高き日本人」の感動秘話』と、日の丸を模したデザインと併用され記されているが、これでは余りにも“ヨシアキ氏”をバカにしている。内容を読めば分るように、もし“ヨシアキ氏”のことを少しでも想う気持ちがあるのならば『「誇り高きアメリカ人」の感動秘話』とするべきだ。天下の“講談社”の感性を疑ってしまう。
 この著作の解説は「数奇な運命と絆の物語」だけで十分だ。それだけで後はタイトルの「ヨシアキは戦争で生まれ戦争で死んだ」「スティーブ・フラハティ氏の写真」が全てを物語ってくれていると思う。

 著者の面高直子さん(面高昌義氏)、そしてスティーブ・フラハティ氏に関わりを持った全ての人たちに感謝する。感動をありがとう。

つれづれなるままに | 【2007-11-25(Sun) 17:13:34】
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官僚の詭弁(言い逃れ)2
 平成19年9月19日提出の「東京宣言と日ソ共同宣言の内容に関する質問主意書」
 鈴木宗男議員は頑張っている。矢張り政府答弁は“詭弁(言い逃れ)”としてしか読み取れない。そもそも“官僚”“言い逃れ(詭弁)”天才秀才である。

詭弁(きべん);1.道理に合わないことを強引に正当化しようとする弁論。こじつけ。「―を弄(ろう)する」/2.《sophism》論理学で、外見・形式をもっともらしく見せかけた虚偽の論法。

平成十九年九月十九日提出
質問第三〇号

東京宣言と日ソ共同宣言の内容に関する質問主意書

提出者  鈴木宗男

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東京宣言と日ソ共同宣言の内容に関する質問主意書

一 一九九三年十月、日露関係に関する東京宣言(以下、「東京宣言」という。)が当時の細川護熙内閣総理大臣とエリツィン・ロシア大統領によって署名されたが、「東京宣言」が署名された時に駐ロシア日本国大使、外務省欧亜局長、ロシア課長を務めていた人物の氏名を明らかにされたい。
二 一の三名は、「東京宣言」作成においてどのような役割を果たしたか。
三 「東京宣言」に「日本国総理大臣及びロシア連邦大統領は、両国関係における困難な過去の遺産は克服されなければならないとの認識を共有し、択捉島、国後島、色丹島及び歯舞群島の帰属に関する問題について真剣な交渉を行った。双方は、この問題を歴史的・法的事実に立脚し、両国の間で合意の上作成された諸文書及び法と正義の原則を基礎として解決することにより平和条約を早期に締結するよう交渉を継続し、もって両国間の関係を完全に正常化すべきことに合意する。」との文言があるが、右文言からは、日ロ間での歯舞、色丹、国後、択捉の北方四島の帰属のあり方について、論理的には四対〇、三対一、二対二、一対三、〇対四の五通りの帰属の可能性が読み取れると思料するが、政府も同様の認識を有しているか。
四 一九五六年十月に署名された日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言(以下、「日ソ共同宣言」という。)に「ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし、これらの諸島は、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする。」との文言があるが、少なくとも歯舞、色丹の二島の日本への引き渡しを決めた「日ソ共同宣言」と、歯舞、色丹の日本への引き渡しについて何ら言及されず、右二島を含め、北方四島すべてが帰属の交渉の対象になると決めた「東京宣言」は、北方四島の我が国への返還を図る上で、我が国にとって後退であると受け取れるのではないかと思料するが、政府の見解如何。
五 「日ソ共同宣言」も「東京宣言」も、日ソもしくは日ロ両国の国会において承認を受けているものと承知するが、四で述べたように、「日ソ共同宣言」と「東京宣言」は内容において矛盾するものではないか。政府の見解如何。

 右質問する。


平成十九年十月二日受領
答弁第三〇号

  内閣衆質一六八第三〇号
  平成十九年十月二日

内閣総理大臣 福田康夫

       衆議院議長 河野洋平 殿

衆議院議員鈴木宗男君提出東京宣言と日ソ共同宣言の内容に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。

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衆議院議員鈴木宗男君提出東京宣言と日ソ共同宣言の内容に関する質問に対する答弁書

一及び二について

 お尋ねのロシア連邦駐箚特命全権大使、外務省欧亜局長、同局ロシア課長の氏名は、それぞれ枝村純郎、野村一成、西田恒夫である。これらの者は、それぞれの職務に応じ、千九百九十三年十月十三日付けの日露関係に関する東京宣言(以下「東京宣言」という。)の準備を行った。

三から五までについて

 東京宣言は、北方領土問題が択捉島、国後島、色丹島及び歯舞群島の帰属に関する問題であることを明確に位置付けた上で、この問題を歴史的・法的事実に立脚し、両国の間で合意の上作成された諸文書及び法と正義の原則を基礎として解決するというロシア連邦との間の平和条約の締結に関する交渉(以下「交渉」という。)の指針を明確に示したものである。ここで言う「両国の間で合意の上作成された諸文書」には、両国が批准した日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言(昭和三十一年条約第二十号。以下「日ソ共同宣言」という。)が当然に含まれており、東京宣言と日ソ共同宣言の内容に矛盾はなく、また、東京宣言の採択が御指摘のような交渉の後退を意味するとは考えていない。いずれにせよ、政府としては、我が国固有の領土である北方四島の帰属の問題を解決して、ロシア連邦との間で平和条約を締結する考えであるが、北方領土問題については、我が国とロシア連邦との間で交渉を行っているところであり、北方四島の帰属の問題に関する具体的な解決策について政府としてお答えすることは差し控えたい。



北方領土 | 【2007-11-25(Sun) 14:31:28】
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官僚の詭弁(言い逃れ)
 以下の鈴木宗男議員提出の「一九五六年の日ソ共同宣言などに関する質問主意書」に対する政府答弁書を読んでみると、「詭弁」という言葉が頭に浮かんできてしまう。おそらく、当たり前のことだとは思うが、この答弁は時の内閣総理大臣“小泉純一郎”の名でされてはいるが、「官僚」の作文であることは間違いあるまい。
 このような答弁しか出来ない「国家官僚」に何か寂しさを感じてしまう。何れにしろ「官僚」は、既に「四島返還」は諦めているようだ。否、諦めているというよりも“どちら(0~4島)”に転んでも“責任を回避”できるように懸命に答弁を書いている、ように私には読み取れる。
 本当に鈴木宗男議員、そして国民は「官僚」に真からバカにされているようだ。出来得るならば「官僚の皆々様方」には“一懸命”ではなく“一懸命”に仕事をしてもらいたい。一人の国民の小さな願いである。

質問本文情報

平成十八年二月十四日提出
質問第六九号

一九五六年の日ソ共同宣言などに関する質問主意書

提出者  鈴木宗男

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一九五六年の日ソ共同宣言などに関する質問主意書

一 平和条約締結の要件如何。
二 一九〇四年にモンテネグロ王国が日本に対して宣戦を布告したという事実はあるか。ポーツマス講和会議にモンテネグロ王国の代表は招かれたか。日本とモンテネグロ王国の戦争状態はどのような手続きをとって終了したか。
三 一九五六年の日ソ国交回復が平和条約という形をとらなかった理由如何。
四 一九五六年の日ソ共同宣言は法的拘束力をもつ国際条約か。
五 一九九三年の東京宣言は法的拘束力をもつ国際条約か。
六 一九五六年の日ソ共同宣言第九項後段では、「ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する」との文言があるが、「引き渡し」と「返還」は法的に同じ意味か。同じでないとするならば、法的にどのような違いがあるか。
七 一九五六年の日ソ共同宣言で、ソ連が平和条約締結後の歯舞群島と色丹島の引き渡しについて合意したことをもって、歯舞群島、色丹島に対する日本の潜在主権が確認されたと解釈するのは妥当か。
八 一九五六年の日ソ共同宣言で、日本は歯舞群島と色丹島の二島返還で平和条約締結に合意したとの解釈は妥当か。
九 日本固有の領土である歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島に対する政府の要求は一九五六年の日ソ共同宣言のどの文言において担保されているか。

 右質問する。


答弁本文情報

平成十八年二月二十四日受領
答弁第六九号

  内閣衆質一六四第六九号
  平成十八年二月二十四日

内閣総理大臣 小泉純一郎

       衆議院議長 河野洋平 殿

衆議院議員鈴木宗男君提出一九五六年の日ソ共同宣言などに関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。

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衆議院議員鈴木宗男君提出一九五六年の日ソ共同宣言などに関する質問に対する答弁書

一について

 お尋ねの「平和条約締結の要件」がどのようなことを意味するのか必ずしも明らかではないが、一般にいう「平和条約」は、主として、戦争状態の終結、それに伴う領土問題の解決及び戦争賠償等に係る問題の解決等に関する事項を含むものであると承知している。

二について

 政府としては、千九百四年にモンテネグロ国が我が国に対して宣戦を布告したことを示す根拠があるとは承知していない。モンテネグロ国の全権委員は、御指摘のポーツマスにおいて行われた講和会議に参加していない。

三、四及び七から九までについて

 先の大戦後、我が国はソビエト社会主義共和国連邦(以下「ソ連邦」という。)との間で平和条約の締結に関する交渉を行ったが、我が国固有の領土である択捉島、国後島、色丹島及び歯舞群島の北方四島のうち、択捉島及び国後島の帰属の問題について合意に至らなかったため、法的拘束力を有する国際約束である日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言(昭和三十一年条約第二十号。以下「日ソ共同宣言」という。)を締結することにより、日ソ間の国交を回復することとなった。
 お尋ねの「潜在主権が確認された」がどのようなことを意味するのか必ずしも明らかではないが、いずれにせよ、ソ連邦及びこれを承継したロシア連邦は、現在に至るまで択捉島及び国後島を含む北方四島を法的根拠なくして占拠してきているものである。日ソ共同宣言第九項においては、両国が「平和条約の締結に関する交渉を継続することに同意する」と明記されており、政府としては、我が国固有の領土である北方四島の帰属の問題を解決して、ロシア連邦との間で平和条約を締結する考えである。

五について

 千九百九十三年十月十三日付けの日露関係に関する東京宣言は、法的拘束力を有する国際約束ではない。

六について

 日ソ共同宣言第九項にいう「引き渡す」とは、単なる物理的な占有の移転を意味するものと解している。「返還」については、様々な文脈で用いられるものであり、お尋ねについて一概にお答えすることは困難である。



北方領土 | 【2007-11-25(Sun) 00:12:23】
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