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あすなろおじさん

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「近・現代史」に興味があり、日々「美しい国・日本」を夢見ているちょっと(?)歳をとったちょっと太めの“あすなろおじさん”です。※※※※※※※※※
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左翼の論法
 本日(24日)の“博士の独り言”に興味を惹く引用記事(藤岡信勝氏)が掲載されていた。「論理のすり替え」とは何か、どのように行われているのか、を説明する為の好材料と思われる。

先ずは「左翼の行動原理」 

左翼は熱心に電話をかけ、集会・デモをやり、マスコミに働きかけ、政治家を動かし、官僚に圧力をかけます。…


次に「論理のすり替えの実相」

従来集団自決に軍命令があったと教科書に書かれてきたのは、『鉄の暴風』とそれを引き写した多数の出版物が、梅澤・赤松両隊長の「命令」を記述してきたからだ。それが、林氏の研究でも隊長命令がなかったとすれば、従来の教科書記述が修正されなければならないのは当然なのだ。だから、要するにこのあとは、「隊長命令説」を引っ込めて、いろいろな理屈をつけて、日本軍が集団自決を「強制」したと言いつくろうのである。林氏の発言を拾ってみよう。
 〈当日の部隊長命令の有無は、実はそれほど大事な問題ではありません〉〈いざとなったら死ぬことを日本軍によって住民が強制・誘導されていたことが「集団自決」問題の本質なのです〉〈本質的な問題は、軍命の有無ではなくて、軍による強制・誘導だったのです〉


そして「レトリックの実相」

 …沖縄タイムスはこれを2006年10月3日付けの一面トップで「米公文書に『軍命』」という見出しを付けて大々的に報道した。…

 しかし、右の沖縄タイムスの紙面に掲載されている英文を見ると、林氏の翻訳は不正確であり、意図的でもあることがわかる。関連する原文は次の通りである。Civilians, when interrogated, repeated that Japanese soldiers, on 21 March, had told the civilian population of Geruma to hide in the hills and commit suicide when the Americans landed.ここで林氏が「命令する」と解釈した単語は tell であって、order, command, direct, instruct のいずれでもないことに注意しなければならない。…〈即ち、敢えて「tell 人 to ~」の用法を使用している原文は、軍による自決命令の存在を否定することを示すものというべきなのである〉林氏は、むしろ「軍命令」でないことが明かな単語が使われていることをわざと無視して、あたかも「軍命令」があったかのように翻訳してみせたのだ。まともな学者のやることではない。


以上のように、「命令」から「強制・誘導」「論理のすり替え」を行い、「tell」「命令」と訳す「レトリック(=意図的な誤訳)」を「平然」と行う。 「11万人」という「虚報」さえも喧伝する。

その「目的」

日本軍を悪逆非道な存在として描くという目的のために…


 即ち、左翼にとっては事実・真実などはどうでもよい。自らの主張に合わせる為に事実・真実を歪曲し捏造する。そしてその為に「論理のすり替え」を行い「レトリック」を利用する。
 これらは明らかに日本人の価値観にはそぐわない。それは「卑怯」であり 「潔く」無い。だから私は左翼(共産主義者・マルキスト)が嫌いである。

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沖縄集団自決 | 【2007-11-24(Sat) 18:52:32】
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「最後通牒」の記事
2007.11.24.snkei.01 「今さら」、という気がしないでもない。しかし、未だに「だまし討ち」と米国側から罵られ非難され続けている以上、はっきりとした“真偽”を知りたいとは思う。
 何れにしろ、今の私は、“アメリカの歴史”“共産主義の歴史”を見つめれば分るように「日本が時代の策謀に嵌った」と考えるようになっている。そのように考えるようになった経緯について今ここで一言では言い表せないが、戦後の「日本悪玉史観」に囚われることなく、真摯に歴史を紐解けば、自ずと導かれる結論であると考える。
 現在の日本を形作っている歴史観は「日本悪玉史観」のみならず「マルクス的唯物史観」や「白人優越史観」、即ちその身近な元凶は「東京裁判史観」に辿りつくことになるのかもしれないが、戦後の日本では余りにも歴史を歪めて見つめ過ぎてきているように思える。以前にも“つぶやいた”ことがあるが、それはひとえに「敗戦利得者達」の策略(陰謀)である。
2007.11.24.snkei.02 今ここで歴史を見つめ直すことは決して無駄にはならないであろう。否、寧ろ、必要でさえある。自国の歴史を卑下し、自ら貶めている限りにおいて日本は“まともな独立国”になることはない。何時まで経っても“戦勝国の被保護国”であり続けることになる。それでよしとするならば話は別だが、それでは多くの先達に対して顔向けが出来ない。
 親の汚名を濯ぐのは子の務めであろう。何時までも汚名の下に自らの安住を謳歌していたのでは日本人としてのDNAが許さない。「和を以って尊しとなす」が日本文明の礎であるならば、「誠の心」も日本人としての歴史が培った大切な行動原理である。このことを確りと理解したうえで歴史を見つめ直すことが大切である。「日本の心、日本人の心」の理解なくして歴史を結論づけることは現代人の傲慢以外の何ものでもない。そこからは“真実”は決して見えてこない。怖れることなく“事実”を見つめ“真実”を掴み取ることこそ、より良き未来を築き上げる為には必要である。
 ここで“怖れることなく”とわざわざ言葉にしたのは、結論から言わせてもらえば、「戦争の真の原因は私たち一人一人の心の中にある」、と考えているからである。
 このことの説明は容易ではない。要は、その真の責任は、“軍部”でも“官僚”でも“政治家”でも“マスコミ”でも“日本”でも“中国”でも“ロシア”でも“ドイツ”でも“イギリス”でも“アメリカ”でもない。“人間文明”が具え持つ“業(ごう)”であり“性(さが)”である。したがって“人間”そのものが変わらない限り、“人間性”が変化しない限り、“人間が人間でなくならない限り”、忌むべき戦争が“人間社会”から消え去ることは無い。

 やれやれ、“つぶやく”ことがだんだん(どんどん)厄介になってきた。また別の機会に“つぶやく”ことにしよう。

 結論、“最後通牒”は“取るに足りない問題”でもある。
 真に争い(戦争)の無い平和な世の中を望むのならば視点を大きく広げなければならない。矮小化した(された)事実からは“真実”は見えてこない。“真実”が見えてこなければ“同じ間違い”を繰り返すだけだ。現に今も“間違い(争い・戦争)”は世界のあちらこちらで繰り返され続けている。
 先ずは“一国平和主義の幻想”から覚醒することが必要であろう。我が国、日本としては。
 
 等などと、兎にも角にも色々なことを考えさせてくれる“最後通牒の記事”であった。

※平成19年11月24日付産経新聞(Net View)より

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大東亜戦争 | 【2007-11-24(Sat) 16:40:36】
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2007年10月10日設置
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