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あすなろおじさん

Author:あすなろおじさん

「近・現代史」に興味があり、日々「美しい国・日本」を夢見ているちょっと(?)歳をとったちょっと太めの“あすなろおじさん”です。※※※※※※※※※
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安藤博
前傾の“変見自在サダム・フセインは偉かった / 高山 正之”の中に“八木アンテナ”八木秀次氏と“多極真空管”安藤博氏の話が書かれていた。恥ずかしながら知らなかった。安藤博氏は世界で始めて“多極真空管”を発明したらしい。“多極真空管”がどれほどすばらしいものかは分からないが、以下の著者の説明によれば、相当凄いものであったようだ。

譬えれば今の半導体みたいなもので、実際、最初のコンピューター「ENIAC」はこの多極真空管一万八千本を使って作られた。


また、その後のいきさつについても次のように記されている。

 安藤少年の発明はその後のラジオやテレビ、無線通信などを画期的に飛躍させるものだったが、ただその真空管を使うには安藤少年に特許料をいちいち払わねばならなかった。
 パソコンの起動ソフト特許を握ったビル・ゲイツのもとに全メーカーが詣でる構造と同じで、その結果ゲイツは億万長者になれてもコンピューター産業は著しい制約を強いられたのと同じ状況にもなった。
 それをこの時代、松下幸之助は解決した。
 彼は少年を訪ね、特許は日本の産業の発展を阻害しかねない、私が特許を買い取って世間に解放したいのだが、と伝えた。
 安藤も日本人だった。納得して特許を手放し、日本の電子産業の裾野は広がった。日本にSONYやパナソニックが誕生したのは偶然ではなかった。


“八木アンテナ”の逸話については色々な著作で知ってはいたが、改めてその“深刻さ”に驚かされてしまった。矢張り、今も「官僚体質」は何も変わっていない。

 しかし、…「当時の日本は軍部を含めて角界が官僚化していた」。無能だったという意味だ。
 だから電探も「こっちから電波を発射したら敵に居所を教えるようなものだ」とその開発も研究も潰してしまった。
 昭和十六年、教授はアンテナの特許更新を申請したが、特許局と商工省の官僚は「重要な発明特許とは認めがたい」と逆に特許の取り消しを通告してきた。
 同じ年の十二月八日、日本は真珠湾攻撃と同時にマレー半島に上陸、ジットラ要塞線を一日で破って、翌年二月半ばにはシンガポールを陥落させた。
 ここで日本は連合軍のレーダー二基を鹵獲し、その捜査員が綴った仕様書を押収した。いわゆるニューマン文書だ。
 解読は、しかしすぐ行き詰った。文書に頻繁に出てくる「YAGI」の意味が分からない。
 で、捕虜収容所で文章を作ったニューマンを探し出し、意味を尋ねた。
 彼は怪訝そうな顔をして答えた。「YAGIとは貴方の国の学者の名だ。彼が発明した指向性アンテナのおかげでレーダーができたようなものだ」
 この証言から三か月後にミッドウェーの海戦が起きる。米軍は八木アンテナによって日本の連合艦隊をほぼ壊滅に追い込めた。
 日本の敗北は官僚の無能ゆえと言っていい。


このコラムのタイトルは「官僚とは無能のこと」、である。続けて著者はその“主意”を記し、文章を終えている。

 司馬遼太郎は気づかなかったが、日本は日露戦争後もたゆまず坂を上り続けた。ただ馬鹿な官僚がそれを悉く潰しただけだなのだ。
 政府の経済財政諮問会議が、旧ろう「有為な人材」を理由にしてきた「天下り」が実は有為どころか有害だったことが分かった、とその全廃を提案した。
 実現すれば美しい日本への最高のお年玉になる。


以上、“週刊新潮”2007年1月4・11日号に掲載された、「異見自在」変じて「変見自在」の高山氏の“名物コラム”の一部だそうだ。私は“週刊誌”は殆ど読まない。しかし「変見自在」は今後も読み続けてみたい。

つれづれなるままに | 【2007-11-15(Thu) 21:19:03】
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寺子屋モデル
まだまだ日本も捨てたものではない。“草莽の志士”はあちらこちらにいる。

“msn産経ニュース”【やばいぞ日本】第4部 忘れてしまったもの(9)
「勉強忍耐」乃木大将に学ぶ
より

「子供たちは難しい言葉でもすぐに覚えます。ただ『がまんしなさい』と言うより、偉人の言葉で伝えるとよくわかってくれます」


「きょうは、卑怯(ひきょう)者には負けなかった西郷さんの話をしたんだよ。君たちは、卑怯者にはならないでください。分かりましたか」

 「はい!」


これが教育というもんだ。日本には“偉人”が沢山いる。それを「過去の日本は悪かった」として学校(家庭)教育の現場では殆ど教えられることはない。少なくとも戦後生まれの私には教えられた記憶がない。

「伏(ふ)してぞ止(や)まん-ぼく、宮本警部です-」。


現代社会においても“偉人”は数多くいる。“スポーツ選手”や“アイドル”ばかりが“偉人”ではない。子供たちにとってもっと大切な“偉人”はいくらでもいる筈だ。

「いろは七訓」=別表。山口氏が27年前、ナイジェリアに単身赴任中、6歳を筆頭とする3人の娘にあてて作った家訓だ。

 「半年に1回帰国するだけで、育児は妻に任せきり。父親らしいことは、家訓を作っただけ」
 2007.11.15.snkei01
 山口氏はこう苦笑するが、妻はこの家訓を神棚の下に張った。娘たちは毎朝1項目を唱えた。巣立った今でも、「いろは七訓」のことを話題にするという。

 山口氏は、寺子屋活動について「かつて家庭教育で行われていたことをカバーしているつもり」と話す。自身は1948年生まれの「団塊の世代」だが、「小学生のころはどの家にも『少年少女日本史』のような本があり、テレビがない時代の娯楽として読みふけった。挿絵まで覚えているのが同じ世代の共通体験」という。

 当時、学校では既に戦前の価値観を否定する教育が始まっていた。

 「われわれの世代が恵まれていたのは、周りに戦前を生きた人がたくさんいて、戦後教育を補ってくれたこと。現代はそうした補完が、いよいよなくなってしまったのではないか」

 寺子屋モデルが補完しようとしているものは、つい最近まで日本の家庭に息づいていた。そのことに気づいてほしい、と山口氏は訴える。


山口秀範氏は否定されると思うが、山口氏ご自身ももしかしたら“偉人”の一人かもしれない。少なくとも、今の“日本社会”においては。

凡人の独り言 | 【2007-11-15(Thu) 12:51:31】
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サダムフセインは偉かった
この本は面白い。未だ読了はしていないが、昨夜ベットの中で半分ほど読み終えた。その最後の部分の一節。

…ちなみに二十世紀の戦争の九割は中国、ソ連など社会主義、全体主義国家がからみ、民主国家では米、蘭などごく少数。
 たまたまだが、日本は先の戦争でこれらわるい国々すべてを相手に戦った。
 読売は先日、それを「侵略戦争だった」と北京の言うままに書いていた。
 いつまでたっても何も見えない新聞だ。


変見自在サダム・フセインは偉かった 変見自在サダム・フセインは偉かった
高山 正之 (2007/10)
新潮社

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“読売”でこの程度だから“朝日”に対してはさらに辛らつだ。何れまた、機会があれば投稿することにしよう。“ものの見方”は人それぞれだ。何が“真実”かは正直わからない。このわからないことこそ“唯一の真実”であろう。にも拘らず“わかったような顔をしている吾人たち”には是非、この本をお薦めする。きっと世の中が開けて見えてくることであろう。
但し、そのことが“既得権益”の“為”になるかは分からない。否、寧ろ“弊害”になってしまうであろう。したがって“日本悪玉史観”の持ち主の“コチコチ頭”の“こんこんちき”な方々は読まれない方が得策かもしれない。まぁ、そのような方々は読むことも無いであろうし、例え読んだとしても理解することは出来ないであろう。そもそも理解できるような“頭・心・精神”の持ち主であれば“日本悪玉史観”等を信奉する筈がない。いやはや困ったもんだ。

つれづれなるままに | 【2007-11-15(Thu) 12:15:16】
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もと是神州清潔の民
本日(気持ちは昨日)は、もう“つぶやく”のが面倒になった。よって、またまた“記事”の書き写しをすることにする。指の運動、即ち“ボケ防止”である。【11月14日付産経新聞(Net View)より】
2007.11.14.snkei.09
日本の腐敗を食い止めるためには

この頭上に開けた空が、「あらゆる色合いと銘柄のカクテル」でおおわれている日本社会に欠けている。

日本のメーカーの携帯は、余計な機能がありすぎて、かえって世界の中で市場を失っているという。余計なものがない、それも「清潔」の一要素である。
日本は本来「清潔」を重んじる国ではないか。

「本是神州清潔民」(もと是神州清潔の民)

2007.11.14.snkei.10 日本の伝統においては、まず、精神が「清潔」でなくてはならないのである。何をいっているか、何をやっているかという点ではなく、いわんや、保守派か進歩派かなどという次元のことではなく、その前提として「清潔」な精神であるかどうかが決定的なのである。
 今日の日本の教育、年金不正、偽装の問題をはじめとする、日本社会、日本人の精神の根本における腐敗の進行を食い止めるには、日本人が持っている「清潔」の観念を蘇らすことがまず必要であろう。「不潔な」現状に決して屈しない、雄々しい日本人は心の中でいつも唱えているべきである、「もと是神州清潔の民」と。

確かに「正論」であり、その主意は理解するが、“唱える”のは嫌である。是非、“唱える”ことなく済むように“身につけたい”ものである。

凡人の独り言 | 【2007-11-15(Thu) 01:02:58】
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新聞は教科書に手出すな
少し読みにくいので記事を書き写すことにする。残念ながら“MSN産経ニュース”では同記事を見つけられなかった。とりあえず「赤線」部分のみ。
44回目の「日韓編集セミナー会議」が開かれたたそうである。日韓の論説委員は頑張っている。日本側は多勢に無勢であったらしいが。ただ、日本側から、かの「朝(ちょう)日(にち)新聞」“論説委員”は参加したのであろうか。少し気になる。【11月14日付産経新聞(Net View)より】

2007.11.14.snkei.06反日が売りの韓国メディア…」、「…靖国、歴史教科書、竹島の3点セット…」、「靖国参拝や教科書問題を見ても、日本社会と新聞の右傾化、軍国主義化は傾向は明らかだ」、 「日韓の相互理解は幻想である。だから、相互の違いを認識することが重要なのだ…」、「3点セットの登場とて毎度のこと…」、「しかし、違いが認識できれば、次には数少ない共通性を探すことになるだろう。」、「…親日・反民族行為者の財産の国家帰属に関する特別法…」「儒教の国にあっては、親日の血は末代までも許さないということなのだろうか。でも、日本の死生観や宗教観は違う。どんな善人や悪人でも、死ねばその魂は祭られる。…」
2007.11.14.snkei.07 「…靖国参拝に右傾化、軍国主義化は何の関係もない、 「日本の国旗国歌を尊重しようとの動きは、どこの国でもしていることをしようということであって、これが右傾化なのか。では、右傾化、軍国主義化の根拠を挙げてほしい「どこの国でも国旗国歌は公式行事につきものだし、教科書はその国の歴史観によって書かれている。歴史に厳粛な中立を求めることは、多くの正義の中から一つの正義だけを絶対視するに等しいだろう。『中央日報の委員が同僚をいさめて「普遍的な立場からと称して靖国を非難するが韓国の教科書の方がよほど独善的ではないか。…」』、「そろそろ3点セットに対する柔軟性が芽生えてきたというのも事実だろう。」

日本の“論説委員”は頑張っている。しかし、“朝日新聞の論説委員”は、そして“毎日新聞”は…???

凡人の独り言 | 【2007-11-15(Thu) 00:15:46】
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富士山2
朝日を浴びる富士山(2007年11月4日午前9時頃) 2007.11.04.fujisan.asa

何かブログが殺風景なので時たま写真を“再掲”しようと考えた。埋もれさせておくには惜しい。撮影者は“あすなろおじさん”。

つれづれの風景 | 【2007-11-15(Thu) 00:05:23】
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