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あすなろおじさん

Author:あすなろおじさん

「近・現代史」に興味があり、日々「美しい国・日本」を夢見ているちょっと(?)歳をとったちょっと太めの“あすなろおじさん”です。※※※※※※※※※
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“官僚的”対応
久しぶりに“ざわざわニュース”。しかし、ある意味日本は何も変わっていない。悲惨な敗戦を経験しているにも拘らず、未だに国民は“官僚”を頼り、“官僚”は国民を蔑ろにして自らの“既得権益の擁護”に勤めている。戦前から相も変わらない“官僚体質”である。日本を戦争へ導いた一つの大きな原因はこの“官僚体質”であり、悲惨な敗戦を齎したのも同じ“官僚体質”が原因である。ここに“諸悪の根源”が内在する。“東京裁判史観”なり“戦後民主主義教育”はこの“諸悪の根源”“隠蔽”し、“すり替え”により“責任を転換”をする為の道具として利用されてしまっている。悲しき哉、これが“現実(事実・真実)”である。

とはいえ、誤解してはならない。この“諸悪の根源”としての“官僚体質”は何も“国家官僚”だけの“特権”では決してない。我々一般人の内にも、マスコミ人、知識人、政治家の心の中にも内在する至って“人間的な基本的情動(欲望)”の一つにしか過ぎない。このことの理解なくして真の平和な世の中は訪れることはない、と私は考えている。



凡人の独り言 | 【2007-11-10(Sat) 23:58:22】
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富士山
夕日に染まる富士山(時刻は、確か夕方5時半ごろ)。

2007.10.28.fujiyuuyake


つれづれの風景 | 【2007-11-10(Sat) 18:35:22】
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わぁわぁわぁわぁわぁ~ぁ!
何だこりゃ!?

今日始めて“博士の独り言”を訪れた。驚きすぎて“つぶやく”ことも出来なくなった。“河野洋平”である。“宮沢喜一”である。“村山富一”と“社民党(旧社会党)”である。そして“外務省”!、何やっているんだ!

確り仕事しろ~ぉ!!

“東京新聞(TOKYO Web)”より

慰安婦で対日非難決議 オランダ下院、全会一致

2007年11月10日 08時01分

 【ブリュッセル9日共同】第2次大戦中の従軍慰安婦問題でオランダ下院本会議は9日までに、日本政府の対応を非難し、元慰安婦の女性らへの謝罪、賠償などを求める決議案を全会一致で採択した。

 同問題では米下院本会議が7月、日本政府に公式謝罪を求める決議を可決しており、日本への不信感や怒りが米国だけでなく欧州にも募っていることを示した形だ。

 8日夜に採択された決議は、日本政府に(1)従軍慰安婦問題の全責任を認め、謝罪すること(2)元慰安婦女性に損害賠償を行うこと-などを求めた。

 また13日の本会議で、バルケネンデ首相らに今後の具体的な対日外交手段などに関する答弁を求めることも決めた。

 発議者のファンバーレン議員は「安倍晋三前首相ら日本の政治家が問題を矮小化する動きを見せたことは容認できない」と述べた。



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凡人の独り言 | 【2007-11-10(Sat) 17:37:48】
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沖縄集団自決訴訟の詳報(5)完

“msn産経ニュース”より

大江氏「責任をとるとはどういうことなのか」
(1/3ページ)2007.11.9 20:49

《5分の休憩をはさんで午後2時55分、審理再開。原告側代理人が質問を始めた》

sankei2007.11.10.01ooekenzaburou 原告側代理人(以下「原」)「集団自決の中止を命令できる立場にあったとすれば、赤松さんはどの場面で中止命令を出せたと考えているのか」

 大江氏「『米軍が上陸してくる際に、軍隊のそばに島民を集めるように命令した』といくつもの書籍が示している。それは、もっとも危険な場所に島民を集めることだ。島民が自由に逃げて捕虜になる、という選択肢を与えられたはずだ」

 原「島民はどこに逃げられたというのか」

 大江氏「実際に助かった人がいるではないか」

 原「それは無目的に逃げた結果、助かっただけではないか」

 大江氏「逃げた場所は、そんなに珍しい場所ではない」

 原「集団自決を止めるべきだったのはいつの時点か」

 大江氏「『そばに来るな。どこかに逃げろ』と言えばよかった」

 原「集団自決は予見できるものなのか」

 大江氏「手榴(しゅりゅう)弾を手渡したときに(予見)できたはずだ。当日も20発渡している」

 原「赤松さんは集団自決について『まったく知らなかった』と述べているが」

 大江氏「事実ではないと思う」

 原「その根拠は」

 大江氏「現場にいた人の証言として、『軍のすぐ近くで手榴弾により自殺したり、棒で殴り殺したりしたが、死にきれなかったため軍隊のところに来た』というのがある。こんなことがあって、どうして集団自決が起こっていたと気づかなかったのか」

 原「(沖縄タイムス社社長だった上地一史の)『沖縄戦史』を引用しているが、軍の命令は事実だと考えているのか」

 大江氏「事実と考えている」



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沖縄集団自決 | 【2007-11-10(Sat) 16:50:02】
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沖縄集団自決訴訟の詳報(4)

“msn産経ニュース”より

大江氏「隊長が命令と書いていない。日本軍の命令だ」
(1/3ページ)2007.11.9 20:11

《午後1時50分ごろ、大江健三郎氏が証言台に。被告側代理人の質問に答える形で、持論を展開した》

 被告側代理人(以下「被」)「著書の『沖縄ノート』には3つの柱、テーマがあると聞いたが」

 大江氏「はい。第1のテーマは本土の日本人と沖縄の人の関係について書いた。日本の近代化に伴う本土の日本人と沖縄の人の関係、本土でナショナリズムが強まるにつれて沖縄にも富国強兵の思想が強まったことなど。第2に、戦後の沖縄の苦境について。憲法が認められず、大きな基地を抱えている。そうした沖縄の人たちについて、本土の日本人が自分たちの生活の中で意識してこなかったので反省したいということです。第3は、戦後何年もたって沖縄の渡嘉敷島を守備隊長が訪れた際の現地と本土の人の反応に、第1と第2の柱で示したひずみがはっきり表れていると書き、これからの日本人が世界とアジアに対して普遍的な人間であるにはどうすればいいかを考えた」

 被「日本と沖縄の在り方、その在り方を変えることができないかがテーマか」

 大江氏「はい」

 被「『沖縄ノート』には『大きな裂け目』という表現が出てくるが、どういう意味か」

 大江氏「沖縄の人が沖縄を考えたときと、本土の人が沖縄を含む日本の歴史を考えたときにできる食い違いのことを、『大きな裂け目』と呼んだ。渡嘉敷島に行った守備隊長の態度と沖縄の反応との食い違いに、まさに象徴的に表れている」

 被「『沖縄ノート』では、隊長が集団自決を命じたと書いているか」

 大江氏「書いていない。『日本人の軍隊が』と記して、命令の内容を書いているので『~という命令』とした」

 被「日本軍の命令ということか」

 大江氏「はい」

 被「執筆にあたり参照した資料では、赤松さんが命令を出したと書いていたか」

 大江氏「はい。沖縄タイムス社の沖縄戦記『鉄の暴風』にも書いていた」



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沖縄集団自決 | 【2007-11-10(Sat) 16:19:31】
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沖縄集団自決訴訟の詳報(3)

“msn産経ニュース”より

赤松さん「タブーのような状態」
(1/3ページ)2007.11.9 19:00

《午後1時半に審理を再開。当事者席に大江健三郎氏が座ると、傍聴席の画家らがいっせいに法廷スケッチの似顔絵を書き始めた。まず、渡嘉敷島の守備隊長だった故赤松嘉次さんの弟の秀一さん(74)への本人尋問が行われた》

 原告側代理人(以下「原」)「あなたは赤松隊長の弟さんですね」

 赤松さん「そうです。兄とは年が13歳も離れているので、常時、顔を合わせるようになったのは戦後になってから。尊敬の対象だった。父が年をとっていたので、家業に精を出してくれた」

 原「沖縄タイムス社の『鉄の暴風』は読んだか」

 赤松さん「読んだ。大学の近くの書店で手に入れた」

 原「戦争の話には興味があったのか」

 赤松さん「戦争は中学1年のときに終わったが、陸軍に進むものと思っていたくらいだから、よく読んだ」

 原「『鉄の暴風』にはお兄さんが自決命令を出したと書かれているが」

 赤松さん「信じられないことだった。兄がするはずもないし、したとは思いたくもない。しかし、329人が集団自決したと細かく数字も書いてある。なにか誤解されるようなことをしたのではないかと悩み続けた。家族で話題にしたことはなかった。タブーのような状態だった」

 原「お兄さんに確認したことは」

 赤松さん「親代わりのような存在なので、するはずもない。私が新居を買った祝いに来てくれたとき、本棚で見つけて持って帰った」

 原「ほかにも戦争に関する本はあったのか」

 赤松さん「2、3冊はあったと思う」

 原「『鉄の暴風』を読んでどうだったか」

 赤松さん「そりゃショックだ。329人を殺した大悪人と書かれていた。もう忘れていたが、最近になって、ショックで下宿に転がり込んできたと大学の友人に聞かされた」



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沖縄集団自決 | 【2007-11-10(Sat) 15:57:56】
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沖縄集団自決訴訟の詳報(2)

“msn産経ニュース”より

「(軍令)出していない。兵も配置してない」
(1/4ページ)2007.11.9 17:12

 《休憩後、審理を再開。被告側代理人による質問が始まる》

 被告側代理人(以下「被」)「戦陣訓として『生きて虜囚の辱めを受けず』という言葉があるが、こういう教えが座間味の島民に浸透していたのは知っていたか」

 梅沢さん「島の長が島民に教育していたと思う」

 被「島民に浸透していただろうということは、分かっていたか」

 梅沢さん「それくらいは浸透していたと思う」

 被「鬼畜である米英に捕まると女は強姦、男は八つ裂きにされるので玉砕すべきだ、ということも浸透していたと知っていたか」

 梅沢さん「そういうことは、新聞雑誌が言っていたことだ」

 被「物資の運搬などに対する島民への指示は誰がしたのか」

 梅沢さん「基地隊長がやっていた。炊事の手伝いとか、食料の世話とか」

 被「元々の指示は梅沢さんから出されたのか」

 梅沢さん「私から基地隊長にお願いした」

 被「軍の装備について。軍にとって手榴(しゅりゅう)弾は重要な武器か」

 梅沢さん「はい」

 被「女子青年団長が軍曹から『万一のときは日本女性として立派な死に方を』と言われて手榴弾を渡されたことは知っているか」

 梅沢さん「はい。団長から聞いた」

 被「(座間味村史を示し)『民間人だし足手まといになる』『万一の時は自決を』と言われて手榴弾を渡された、と書いている女性のことは知っているか」

 梅沢さん「知らない人だ」

 被「こんなことがあった、というのは知っているか」

 梅沢さん「こんなことはありえない」



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沖縄集団自決 | 【2007-11-10(Sat) 15:43:20】
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沖縄集団自決訴訟の詳報(1)

“msn産経ニュース”より

梅沢さん「とんでもないこと言うな」と拒絶
(1/4ページ)2007.11.9 15:12

 沖縄の集団自決訴訟で、9日、大阪地裁で行われた本人尋問の主なやりとりは次の通り。

 《午前10時半過ぎに開廷。冒頭、座間味島の守備隊長だった梅沢裕さん(90)と、渡嘉敷島の守備隊長だった故赤松嘉次さんの弟の秀一さん(74)の原告2人が並んで宣誓。午前中は梅沢さんに対する本人尋問が行われた》

 原告側代理人(以下「原」)「経歴を確認します。陸軍士官学校卒業後、従軍したのか」

 梅沢さん「はい」

 原「所属していた海上挺身(ていしん)隊第1戦隊の任務は、敵船を撃沈することか」

 梅沢さん「はい」

 原「当時はどんな装備だったか」

 梅沢さん「短機関銃と拳銃(けんじゅう)、軍刀。それから手榴(しゅりゅう)弾もあった」

 原「この装備で陸上戦は戦えるのか」

 梅沢さん「戦えない」

 原「陸上戦は予定していたのか」

 梅沢さん「いいえ」

 原「なぜ予定していなかったのか」

 梅沢さん「こんな小さな島には飛行場もできない。敵が上がってくることはないと思っていた」

 原「どこに上陸してくると思っていたのか」

 梅沢さん「沖縄本島だと思っていた」

 原「昭和20年の3月23日から空爆が始まり、手榴弾を住民に配ることを許可したのか」

 梅沢さん「していない」

 原「(米軍上陸前日の)3月25日夜、第1戦隊の本部に来た村の幹部は誰だったか」

 梅沢さん「村の助役収入役小学校の校長議員、それに女子青年団長の5人だった」

 原「5人はどんな話をしにきたのか」

 梅沢さん「『米軍が上陸してきたら、米兵の残虐性をたいへん心配している。老幼婦女子は死んでくれ、戦える者は軍に協力してくれ、といわれている』と言っていた」

 原「誰から言われているという話だったのか」

 梅沢さん「行政から。それで、一気に殺してくれ、そうでなければ手榴弾をくれ、という話だった」



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沖縄集団自決 | 【2007-11-10(Sat) 15:18:40】
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沖縄集団自決
「沖縄集団自決問題」戦後体制下(“東京裁判史観”に基づく“戦後民主主義”)の今も続く「言論の暴力」の一貫だと考えている。今般の“沖縄集団自決訴訟(民事裁判)”を通して“msn産経ニュース”を参考にしながら少し考えてみたい。

“msn産経ニュース”より

大江健三郎氏が9日出廷 沖縄集団自決訴訟
(1/2ページ)2007.11.8 20:44

先の大戦末期の沖縄戦で、旧日本軍が住民に集団自決を命じたとする本の記述は誤りとして、当時の守備隊長らが、ノーベル賞作家の大江健三郎氏と岩波書店に損害賠償などを求めた訴訟で、大江氏の本人尋問が9日、大阪地裁である。「隊長命令はなかった」「援護法適用のためだった」…。軍命令説を覆す有力証言もあり、現在は命令があったのか否かは断定できない状況だ。自らの著書に絡み出廷する大江氏が、記述内容の「真実性」をめぐって何を語るのかが注目される。

 原告は座間味島の元守備隊長、梅沢裕・元少佐(90)と渡嘉敷島の元守備隊長、故赤松嘉次・元大尉の弟、秀一さん(74)。岩波書店が発行した大江氏の『沖縄ノート』と故家永三郎氏の『太平洋戦争』の誤った記述で名誉が傷つけられたとして平成17年8月、提訴した。

 軍命令説は昭和25年に発行された沖縄戦記『鉄の暴風』(沖縄タイムス社)で最初に記載され、その後、地元の県史や村史など多くの戦記が記述した。大江氏は45年発行(現在51刷)の『沖縄ノート』で、個人名は伏せながらも、地元戦記の記述のみを根拠に軍命令を取り上げた。特に赤松元大尉について「沖縄住民に集団自決を強制したと記憶される男」「ペテン」「戦争犯罪者」などと表現している。


 軍命令に疑問を抱いたのが作家の曽野綾子さん。渡嘉敷島で村長以下の住民らのほか、赤松元大尉や部下から取材し、昭和48年発行の著書『ある神話の背景』で、自決命令があったという明確な証言・証拠はなかった-と定説を覆した。

 座間味島についても、住民の集団自決直前に梅沢元少佐と会い、生き残った女性(故人)が57年、「隊長は自決命令を出していない」と告白。後に娘の宮城晴美さんが母の証言をまとめた『母の遺したもの』(平成12年、高文研)を発行した。

 また、戦後、戦傷病者戦没者遺族等援護法に基づく年金などの業務に携わった男性2人が「集団自決の犠牲者遺族らに援護法を適用するため、やむを得ず隊長命令にした」と証言している。

 「軍命令の虚構性は明らか」とする原告側に対し、被告側は沖縄などに残る文献を根拠に「軍命令はあった」と主張。「住民は『軍官民共生共死の一体化』方針で軍に総動員され、捕虜になることを許されずに玉砕を強いられた」と軍の関与を指摘する。

 『沖縄ノート』についても「元守備隊長2人が命令を出したと記述しておらず、2人を特定していない」と強調し、「集団自決の責任者個人への非難でなく、日本人や戦後民主主義を問い直した論評だ」として名誉棄損の成立を否定している。

 9日の口頭弁論では原告2人と大江氏が証言する。原告側代理人の徳永信一弁護士は「大江氏は隊長命令があったとの前提で執筆した。その前提が真実か否かが争点。『隊長には集団自決の責任があった』と抽象的な責任論にすり替えさせず、正面から問いたい」と話している。



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沖縄集団自決 | 【2007-11-10(Sat) 14:49:44】
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独立行政法人
昨日のニュースではあるが、このようなニュースを見るたびに腹が煮えくり返ってくる。“独立行政法人(pdf)”にも色々ある。確かに必要な法人も数多くあることであろう。しかし、何か胡散臭い

“NIKKEI NET(11月9日)”より

独立行政法人の欠損5兆円強、税金で穴埋め

 政府の事業を分離・独立して運営する独立行政法人(独法)で、15法人の繰越欠損金を処理するために、5兆円強に上る政府出資金が使われていたことが分かった。会計検査院が9日提出した2006年度の決算検査報告書で明らかにした。政府出資金は国の毎年の一般会計からも支出する税金。欠損金処理後も再び赤字が積み上がっているケースもあり、検査院は経営改善の努力を強く求めている。

 検査院は独立行政法人のうち国の出資が2分の1以上で、設立時に作った中期経営目標の期間が今年度末で終わる25法人を対象に調査した。

 報告書によると、03年10月から04年3月にかけて15の法人が独法に移行する際、巨額の繰越欠損金を抱えていた。欠損金を解消するため、いずれも政府からの出資金の蓄えで会計上、相殺。相殺額は計5兆4679億円に上ると指摘している。 (19:47)


私は“国の借金(負債)”の大半はこのような“独立行政法人”、即ち“官僚の無駄遣い”にあると考えている。勿論、こればかりではない。国からの支援(私たちの血税)を受け活動している“社団法人”や“財団法人”も何か怪しいものが数多い。既に解散(2007年3月31日)してはいるものの時の首相、村山富市氏の鳴り物入りで設立された“女性のためのアジア平和国民基金”等はその際たるものの一つだ。以下の文言は“フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』”の記述ではあり個人的に検証はしていないが、信憑性は高いものと考えている(金額等は微妙に異なるものの数冊の著作に同様な記述が記載されていたことを記憶している)。

「…最終的な募金額は7億円、日本政府が広告・宣伝・運営には70億円を支出した。(『天皇制・「慰安婦」・フェミニズム』鈴木裕子による)」


いうまでもなく、「日本政府が支出した70億円」「我々国民の血税」である。要は「7億円」の支払いをする為に「70億円の」経費を支払ったということである。我々“一般人の常識”からすればとても考えられないことであり、“官僚の常識”は矢張り何処か違っている。出来れば私も一度ぐらいは“このような活動”で“収入”を得てみたいものだ。しかし、個人的な“良識”がそれを許してくれない。一体“官僚の良識”とは如何なものなのであろうか。そして“一部政党(社民党、公明党等)”、及び“一部(?)政治家(村山富一、河野洋平等々)”、そして一部(??)の“市民団体(平和団体、人権団体等)”の“良識”も。

凡人の独り言 | 【2007-11-10(Sat) 12:52:13】
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