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あすなろおじさん

Author:あすなろおじさん

「近・現代史」に興味があり、日々「美しい国・日本」を夢見ているちょっと(?)歳をとったちょっと太めの“あすなろおじさん”です。※※※※※※※※※
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レクイエムが・・・


つれづれなるままに | 【2017-05-20(Sat) 04:05:44】
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久し振りに、
泣いた・・・。


生者必滅会者定離・・・。

つれづれなるままに | 【2017-05-14(Sun) 12:50:38】
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浅田真央選手
浅田真央さん、

私は還暦を過ぎたおじさん(おじいちゃん?)だけれども、

正直、

あなたの頑張りには何度も助けられた。

たとえ一時とはいえ、

浅田真央選手と同じ時代を生きた(生かされた)ことに感謝している。

お疲れ様、

ご苦労様でした。

そして、

ありがとう。



“韓流研究室”さんより

★彼ひとりの夜にとっての浅田真央
 竹田圭吾blog. 2014/02/21


2016年1月10日、膵臓癌のため51歳で亡くなった
ジャーナリスト・竹田圭吾氏の闘病中に遺したエッセイ。

其々が、自分の人生に重ねて共感する。
理屈ではなく、自分に投影する。
そんな稀有なアスリート・浅田真央選手。

一緒に笑って、一緒に泣く・・・
演技が終わるまで祈り続けた選手だった。
順位なんかではなく
「真央ちゃんが
 満足できる演技ができますように!」

20170412asadaC9EOCG4VwAA2RA4.jpg





つれづれなるままに | 【2017-04-12(Wed) 07:13:18】
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すまん寝


つれづれなるままに | 【2017-04-06(Thu) 05:52:36】
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高尾山IC
首都圏中央連絡自動車道(圏央道)の高尾山ICの上空写真だそうな。

201702282014-05-08_1606.jpg

月に一、二回利用する。

写真の左上から甲州街道(国道20号線)を下ってきて、

左折してインターに入り中央高速(右中央上部)へ。

途中、石川PAで腹ごしらえをして自宅へ戻る。

石川ラーメン(八王子ラーメン)が旨い。

その先、首都高速代々木PAの生姜焼き定食もお勧めだ。

高尾山ICの安全速度は50km(法定40km?)以下。

写真中央上部のカーブがきつい。

尚、

代々木PAから本線(上り)に合流する時は、

加速距離が無いので基本、一旦停止!

時たま、走行車線をぶっ飛ばしてくるバカ者がいる!

個人的には、

代々木PAを通過する時は右側(追い越し)車線を走るように心掛けている。

たまに、左側(走行)車線へ飛び出してくるバカ者もいるので!

因みに、

首都高を走り慣れていない方は、

“首都中速(一般)道路”だと思って走りましょう!

けして“高速道路”ではありませんよ!

短すぎる代々木PAの合流 (首都高) 車載動画

つれづれなるままに | 【2017-02-28(Tue) 13:14:16】
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故郷の、
最寄駅・・・。



つれづれなるままに | 【2017-02-28(Tue) 13:13:54】
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アサヒる新聞
「プロパガンダ 新聞」というよりも、


“赤旗”と同類の、

ただの“機関紙”です。

つれづれなるままに | 【2017-02-22(Wed) 09:04:47】
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親と子


つれづれなるままに | 【2017-01-25(Wed) 07:27:10】
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富嶽百景
ふと、

“太宰治の富嶽百景”が読みたくなった。

頁をめくる愉しみはないけれども、

便利な世の中になったものだ。


「富士には、月見草がよく似合ふ」



「…三七七八米の富士の山と、立派に相対峙あひたいぢし、みぢんもゆるがず、なんと言ふのか、金剛力草とでも言ひたいくらゐ、けなげにすつくと立つてゐたあの月見草は、よかつた。富士には、月見草がよく似合ふ。…」

因みに、

今は“三七七六米”だ。

つれづれなるままに | 【2016-06-29(Wed) 20:34:59】
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日本の色
“孫向文”さんに教えてもらった。


ありがとう。

因みに、

今のところ、

富士北麓散歩は、

“浅葱色(あさぎいろ)”の作務衣がユニフォーム。

つれづれなるままに | 【2016-05-04(Wed) 04:07:27】
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古都京都?
見紛う景色、

“新倉山浅間公園(山梨県富士吉田市)”


“21 Places Every Photographer Should Visit Before They Die”

つれづれなるままに | 【2016-04-14(Thu) 06:10:23】
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パパは強し


つれづれなるままに | 【2016-03-23(Wed) 05:50:21】
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ひなちゃんの日常
“ひなちゃん”には申し訳ないが、

個人的に、


七年前の辛い思い出が甦って来る・・・。

素晴らしいマンガなのに残念だ。


つれづれなるままに | 【2016-03-23(Wed) 03:58:35】
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三月十日
亡き母の感慨。



2005年3月10日

東京大空襲から60年。
考えたくない、聞きたくない、話したくない。




昭和四年一月二十六日生まれ。

当時は、

山水女学校のうら若き女学生。

場所は浅草の松葉町(現:松が谷)。

深夜の出来事だ。

母は三人弟妹の長女である。

妹は学童疎開で東京には居らず、

祖母と大伯母と弟と母の四人で深夜の浅草の街を“上野の山”目指して逃げ惑った。

たしか、

山伏小学校の校舎に逃げ込み、

“シャッター”が閉じられ、

難を逃れられたと言っていた。

夜が明け、

母が見た地獄絵・・・。

一度だけ、

たった一度だけ話してくれた。

空襲が止み、

避難していた海禅寺に戻る道すがら、

“黒い丸太のようなもの”に足をすくわれ転びそうになったと・・・。

自らは寺に留まり、

母たちには逃げるように勧め、

結果、多くの近隣住民を救ってくれた小山靖節和尚はこの時亡くなられた(“国連”が投下した焼夷弾によって殺された!)。


合掌。

つれづれなるままに | 【2016-03-10(Thu) 04:49:45】
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二位
山梨県南都留郡鳴沢村字富士山・・・。



さぁ~て、

久しぶりの離荘。

明後日には戻ってくる予定。

つれづれなるままに | 【2016-02-26(Fri) 09:03:26】
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雨氷(うひょう)と樹氷(じゅひょう)
富士北麓、

標高1000m+ちょっと。

“降水確率0%”でも雪は降る。

それはさておき、

“雨氷”はきれいだが、

倒木被害が甚大だ。

“雨氷”“樹氷(霧氷)”

違いを初めて知った(体験した)。




つれづれなるままに | 【2016-02-26(Fri) 09:00:52】
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1年更新の人生
百田尚樹氏とは同世代だ。


はてさて、

どちらが長くこの世に留まるか・・・。

つれづれなるままに | 【2016-02-23(Tue) 04:26:36】
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準備
必要だ。


「付録の人生」・・・、

好い言葉だ。

つれづれなるままに | 【2016-02-22(Mon) 17:35:33】
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雪…、
我が愛車(96年型ホンダ車、走行距離20万キロ+α)、

昨年の12月上旬、“スタッドレス・タイヤ”に履き替えている。

しかし、

雪が降らない。

どうしちゃったのだろう…。

2013年12月18日21時25分 下書き保存のつぶやき


山梨県南都留郡鳴沢村字富士山…。

鳴沢村カレンダー平成25年度1月


我が愛車(96年型ホンダ車、走行距離16万キロ)、

先週、“スタッドレス・タイヤ”に履き替えている。

辛うじて、助かった。

とはいうものの…、

ここは海抜1000+?メートル。

これでは車が走れない。

というか、

山から下りられない。

おそらく“キャタピラ車”でない限り。

せめて、“四輪駆動車”…。

いやはや、

明日は明日の風(雪)が吹く(降る)…。

ケセラセラ(+_+)。



つれづれなるままに | 【2016-01-07(Thu) 16:59:30】
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タヌキにアライグマにハクビシン
「2013年12月06日12 時33 分10 秒」 の、

“下書き保存記事”。



が、出没している。

ただいま山の中。

海抜約1100m。

富士山の裾野。

星空がきれいだ。

ネットがやっと開通した。

中古パソコンに“ウィンドウズ7”。

もう一台の“ウィンドウズ8”の新型パソコンは、

使いづらくて仕方がない。

それはさておき、

タヌキはともかくとして、

アライグマとハクビシンが出没している原因は、

“ラスカル”であるらしい。

詳しくは知らないけれども、

確かアニメキャラクター?

ラスカルのせいでアライグマとハクビシンが人間社会に連れてこられ、

飽きられ捨てられて…

結果、出没。

そして、

捕獲されて処分。

タヌキだけは日本の在来種であるので野に放たれるそうである。

対して、

“外来種”は、処分。

う~ん、

恐ろしいことを考えてしまった…。




つれづれなるままに | 【2016-01-07(Thu) 08:09:08】
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色覚テスト
目のテスト

19点。

犬よりましで、猫と同水準。


追記:

二回目、

26点。

タカと同水準。

つれづれなるままに | 【2016-01-05(Tue) 15:49:26】
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魚缶
今年は、

ワインに合うものから普段のおかずまで 缶詰バーも登場 【魚缶の実力】食卓の「主役」に進化した! http://www.sankei.com/life/news/151225/lif1512250022-n1.html

Posted by 産経ニュース on 2015年12月31日


「魚缶」に凝ってみようか…。

つれづれなるままに | 【2016-01-03(Sun) 06:05:51】
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長生きの秘訣

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つれづれなるままに | 【2015-12-24(Thu) 06:12:37】
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輜重隊の一員として
2007年8月4日の18時42分39秒に保存したつぶやき。

今から八年以上前、

時の流れは早過ぎる。

諸行無常。

唯一の真実だ。

それはさておき、

思いは今も変わらない。



この数年の間、幸運にも私自身「ネット社会」に接する機会を与えられ、その中で「真実を見極めようとする若い世代の台頭」に驚かされている。

ここに来てようやっと、「戦後の呪縛(敗戦後遺症)」から脱却しつつある状況を垣間見ることが出来、個人的には精神の安らぎを覚えている。

私たちの世代とは明らかに一線を画する世代である。

ネット(Web)を日常的に活用しながら情報を取捨選択し、自ら「既存の大手マスコミの報道」に騙されることなく「事実」を見つけ出し「真実」を掴み取りとろうと惜しみなく努力を続ける世代、そして人々。

その主役は今の10~30代の世代ではないかと思われる。

歴史を振り返れば全てが証明されている。

日本を変革してきたのは全て「若い世代(若者)」だ。

そして日本を危機に導いたのは殆どが「大人」といわれる世代だった。

明治維新を紐解くまでも無く、このことは歴史的に見て事実である。

今この秋(とき)、戦後60有余年の「暗黒の歴史観」から目覚めた若者たちは「新しき武器(インターネット)」を手にして果敢にも「バーチャルな世界」で孤独な戦いを闘っている。

後援部隊の一兵卒にもなれないかもしれないが、力の限り私も応援したい。

少なくとも輜重隊の一員として。

是非「真実」を見極め「美しい国・日本」を一日でも早く実現したいものだ。

そのことが先人達に報いる為の一つの方策だと私は考えている。




つれづれなるままに | 【2015-12-23(Wed) 12:55:52】
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富士登山
来年、

齢六十にして富士登山を計画している。

ということで、

カイカイ反応通信さんより

2014年11月10日00:00
韓国人「登山を始めることにした日本人と韓国人の行動の違い」

20151213tozan.png


登山を始めることにした日本人と韓国人が、それぞれ最初にとる行動。

日本=裏山に行くのもヒマラヤ級の情報を収集する
韓国=裏山に行くにもヒマラヤ級の装備を購入する


只今読書中…。

つれづれなるままに | 【2015-12-17(Thu) 06:08:33】
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「うちのセツコ」さん。
ご冥福をお祈りいたします。


昭和も遠くなりにけり。

つれづれなるままに | 【2015-10-17(Sat) 10:47:41】
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初冠雪
“富士山北麓日記”さんより

20151011img_1.jpg



つれづれなるままに | 【2015-10-12(Mon) 06:40:02】
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あは(笑)


つれづれなるままに | 【2015-09-27(Sun) 21:05:31】
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それでも母は、

『明日仕事やろ、はよ寝えや』




2015.8.5 15:00更新

【衝撃事件の核心】
母の遺体、キャリーケースに詰め捨てた…「介護ができない」と噂されたくなかった娘の〝見栄〟断罪
(1/4ページ) .


 「『(親の)具合が悪くなるとすぐ施設に入れる』と思われたくなかった」-。同居する寝たきりの母親(79)を自宅で死なせ、遺体をキャリーケースに詰めて大津市の琵琶湖に捨てたとして、保護責任者遺棄致死と死体遺棄の罪に問われた次女で薬剤師の松生(まついき)多恵子被告(50)=三重県伊賀市=の裁判員裁判。弁護側は被告が深く反省している点などを挙げ情状酌量を求めたが、大津地裁は7月24日、懲役6年(求刑懲役8年)の実刑判決を言い渡した。公判で明らかになったのは、働きながら一人で母の介護をしていた松生被告が過剰に世間の目を気にし、他人にサポートを求めないまま次第に孤立を深めていく姿だった。(桑波田仰太)


琵琶湖に浮くキャリーケース内から高齢女性の遺体

 事件は2月3日、琵琶湖の南端に近い大津市晴嵐の盛越川河口で、青いキャリーケースが浮いているのを見回り作業をしていた男性が見つけたのが発端だった。大津署が調べたところ、中に死後2~3週間が経過したとみられる高齢女性の遺体が、膝を抱えるようにして入っていた。

 目立った外傷はなく、紙おむつが着けられていたことなどから、同署は、女性の死後に何者かがケースに入れて遺棄したとみて捜査。キャリーケースの投棄場所付近での不審車両の目撃情報などから、松生被告が浮上し、14日に死体遺棄の疑いで逮捕した。遺体は松生被告が自宅で介護していた母親と判明した。

(2/4ページ) .


「ごめん、さようなら」

 公判では検察側冒頭陳述などで事件に至る詳しい経緯が明らかになった。松生被告は三重県内の病院で薬剤師として勤務し、両親と3人で暮らしていた。約5年前に母親の足腰が弱り、当初は父親と一緒に介護していた。

 しかし父親は平成23年に脳梗塞で倒れ、最初は被告が勤める病院入院し、その後介護施設に入所。母親は25年夏ごろ、完全に寝たきり状態となった。一人で介護していた松生被告はその頃から、おむつの交換や体勢を変えて床ずれを防ぐことを怠るようになり、食事を与える回数も少なくなった。

 母親は低栄養による循環不全で、今年1月22日ごろ自宅で死亡。亡くなったとき、爪は伸び放題で下半身は糞尿まみれ、背中には手の平大の床ずれができて皮がめくれていたという。


 松生被告は2月1日、母親の遺体をキャリーケースに詰めて自分の軽乗用車に乗せ、大津市まで車を走らせて琵琶湖岸にある桟橋からキャリーケースごと湖に投げ捨てた。「ごめん、さようなら」と言いながら。


「今さら、医者にも頼れない」

 起訴事実を認めた松生被告は「なぜ病院や介護サービスを利用しなかったか」と問われ、「近所の人や職場の人から、自宅で介護できるのに親を施設に預けていると思われたくない。家では何もできないと思われるのが嫌だった。自分は世間の目を気にしてしまう性格です」と答えた。

(3/4ページ) .

 こうした被告の心情は検察も冒頭陳述で指摘している。「被告は『自分を周囲の人によくみせたい』という見栄やプライドを持っていて、自分の勤務先の病院に父親ばかりか母親の面倒もみてもらうわけにはいかないと考えた。また、病院から優遇されていると周囲の人に思われたくないと考え、母を病院や施設に預けることなく、自宅で介護することにした」

 当時、松生被告には約2千万円の貯蓄があり介護サービスに頼る余裕はあったが、こうした心情に加え、母親自身からも「他人の世話になりたくない」と言われていたという。

 昨年12月14日には、母親の両足にひどい床ずれが見つかった。松生被告は応急処置のためガーゼを購入したが、結局そのガーゼを使って手当をすることはなかった。「治す自信がなく諦めてしまった。今さら医者の世話にもなれない」

 翌15日にはキャリーケースを購入。衰弱していたとはいえ、母親はまだ生きていたが、「(死んだら遺体を)隠してしまいたいという思いが強くなった」。松生被告は涙を流しながら述懐した。


母の生前に用意していたキャリーケース

 「相談できる身内はいなかったのか」。そんな質問も出た。独身の松生被告には姉が1人いたが、母親の介護が必要になった頃、姉と両親は疎遠になっていた。

 被告側の証人として出廷した姉は、母親が病院嫌いだったことなどを証言。妹については「おとなしく真面目すぎる性格。幼少時はいじめられたこともあった」と話した。

(4/4ページ) .

 また弁護人は「いじめを受けた経験から、他人に頼れない弱さがあった」と主張。被告にとって介護サービスの選択はハードルが高かったとも指摘し、執行猶予付きの判決を求めた。

 だが、下されたのは実刑判決だった。川上宏裁判長は「医師の治療や介護サービスを受けさせるのに困難な事情はないのに、母親が死亡するまで適切な措置を取らず手をこまぬいていた」と指摘、「死亡前から遺体を隠すためのキャリーケースを準備するなど、犯行の悪質さを軽視できない」と述べた。


死の前夜「はよ寝えや」と声かけてくれた母

 松生被告は母親が亡くなる前夜の様子についても、声を詰まらせながら振り返った。「自分も弱ってしんどいのに、母は『明日仕事やろ、はよ寝えや』と声をかけてくれた

 しかし、実際にとった行動はその優しさを踏みにじるものだった。「自分勝手なことをして、育ててくれた母に本当に申し訳なく思っています」。松生被告は何度もそう述べた。

 事件は高齢化時代の介護に関し、周囲のサポートのあり方を考えさせもした。「最悪の事態になる前に、行政など誰か気付くことはできなかったのか。高齢化が進む中、今後こうしたケースは増える」。裁判員を務めた男性は閉廷後の記者会見でこう指摘した。


もしかして、

「実刑判決」は、

娘さんと残された家族のため…。

つれづれなるままに | 【2015-08-05(Wed) 16:53:01】
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ISS(国際宇宙ステーション)


ということなので、

P9TpCaRn.jpg
Scott Kelly



つれづれなるままに | 【2015-07-27(Mon) 20:51:04】
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