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あすなろおじさん

Author:あすなろおじさん

「近・現代史」に興味があり、日々「美しい国・日本」を夢見ているちょっと(?)歳をとったちょっと太めの“あすなろおじさん”です。※※※※※※※※※
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顔かたちは似ていても、

かの国々とは全く違う日本人。

<ソチ五輪>なぜ、日の丸飛行隊は復活したのか?
2014.2.18 20:35

フィンランド人コーチの教え

 ノルディックスキー男子ジャンプ団体で3位になり、1998年長野五輪の金メダル以来となるメダルを獲得した日の丸飛行隊。16年間の雌伏から復活を果たすことができた要因はどこにあるのか。そのキーワードのひとつが「フィンランド」だった。

 「僕たち日本人には、フィンランドという国が密接に関わっている。適切な表現か分からないが、このメダルの半分はフィンランドに分けても良いのではないのかと、僕は思っている」 

 竹内択はそう言った。団体銅メダル獲得後に、難病の「チャーグ・ストラウス症候群」(アレルギー性肉芽腫性血管炎)という、全身の細い血管に炎症が生じる疾患に罹っていることを告白。病魔と戦いながらメダルを手にした喜びから一夜明け、ソチ市内で行われた記者会見で、日本チームが、底上げに成功した理由を聞かれると、迷わず「フィンランド」の存在を挙げた。

 長野五輪以降、日本ジャンプ界は、ヘッドコーチが何人も替わった。その中で、2005年7月から2010年バンクーバー五輪までヘッドコーチを務めたのがフィンランド人のカリ・ユリアンティラだった。ワールドカップ通算46勝を挙げたマッチ・ニッカネンらを指導した名コーチは、日本に「パワージャンプ」を導入。この時期に培われた「パワー」への意識が日本チームのベースとなり、今回の復活劇に結びついたというのだ

 ユリアンティラ・コーチが就任した頃の日の丸ジャンプ陣は、低迷を極めていた。長野五輪後にルールが大幅に変更。スキー板やジャンプスーツの規定が日本人に不利なルールへとどんどん変わっていった。しかし、ユリアンティラ・コーチの目には、問題の矛先がルールに対する批判ばかりに向かっている、と映った。それでは、再建に向けての問題解決はうまくいかない。そこで取り入れたのが、欧州勢が積極的に取り入れていた筋肉トレーニング。頭でっかちになっていた日本ジャンプ界をリセットし、フィジカルの部分で一から再スタートしようという発想だった。


日本人に生まれたたことを、

神に仏に感謝!

世の中全て、

おかげさま!


日本そして日本人 | 【2014-02-19(Wed) 21:02:18】
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礼は尽くす
拍手、安倍政権。

今年も「台湾」指名献花、3・11追悼式で政府 中国反発必至も「礼は尽くす」
2014.1.22 09:26 [台湾]

 政府が、3月11日に開く東日本大震災3周年追悼式に、昨年に引き続き、国や団体の名前を読み上げる指名献花の対象に台湾の代表を加えることが分かった。政府筋が明らかにした。

 昨年は中国側が追悼式を欠席。中国外務省は公式サイトに「台湾の関係者を外交使節や国際機構と同等に扱った」として、「日本の行いに強烈な不満と抗議を表す」とする報道官談話を掲載していた

 今回も中国側の反発が予想されるが、政府筋は「台湾は震災直後に日本へ多額の義援金を送ってくれた。礼は尽くさなければならない」としている

 台湾は、民主党政権下で行われた一昨年の追悼式で指名献花の対象から外されていた。


けして“金銭”だけのことではない。

これが、

日本・日本人の心意気(心根)。

日本そして日本人 | 【2014-01-22(Wed) 10:22:53】
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桜井よしこ さん
どういうわけか、カテゴリーを“日本そして日本人”にしてしまった。

そしてタイトルは“桜井よしこ さん”である。

先日放送された“NHKスペシャル”での発言を“桜井よしこ”さんの分だけ文字に起こしてみた。

討論番組でもあるので、お一人だけの発言を取り上げるのは、確かに問題は大いにあるけれども、それはそれでためにはなる。正直、文字に起こすのは大変だ。お一人だけでもくたくたである。

番組タイトルは「対立を克服できるか~領土で揺れる日中・日韓~」

ネットで検索したら“Daily motion”さんで動画が早くもアップされていた。何れは“著作権”何がしかで削除されてしまうだろうから、早めに視聴させていただいた。内容は二部構成で、中国が一部で韓国が二部。先ずは第2部の動画から。

第2部 徹底討論 なぜ擦れ違う日本と韓国 59:55

N.S. 「対立を克服できるか~領土で揺れる日中・日韓~」


番組の司会はNHKアナウンサーの三宅 民夫さん。今では“NHKの顔”である。

以下は、番組のテロップより。

田中 均さん 日本総研国際戦略研究所 理事長 元外務審議官 中国・韓国との交渉にあたった

桜井 よしこさん ジャーナリスト 中国・韓国との関係や日本の外交姿勢について発言

木村 幹さん 神戸大学大学院教授 韓国の近代史をナショナリズムの観点から研究

チン・チャンス(陳昌洙)さん 韓国を代表するシンクタンク セジュン(世宗)研究所の日本研究センター長 日韓の政治に詳しい

チョン・ジェジョン(鄭在貞)さん 韓国政府の研究機関 東北アジア歴史財団の前理事長 日韓の近代史が専門

チャン・ジェグク(張済国)さん トンソ(東西)大学総長 国際政治が専門 プサンを拠点に日韓の若者の交流を推進


第1部 徹底討論 尖閣をめぐる対立 どうする日中関係
と第2部の冒頭 49:05

N.S. 「対立を克服できるか~領土で揺れる日中・日韓~」


同じく、番組の紹介テロップより。

田中 均さん 日本総研国際戦略研究所 理事長 元外務審議官 中国・韓国との交渉にあたった

桜井 よしこさん ジャーナリスト 中国・韓国との関係や日本の外交姿勢について発言

高原 明生さん 東京大学大学院 教授 現代中国政治・日中関係などを研究

加藤 青延さん NHK解説員 元中国総局長 長年中国の現場で取材を続ける

“桜井よしこ さん”の続きを読む>>
日本そして日本人 | 【2012-09-26(Wed) 00:08:48】
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凛として愛
知らなかった、では済ませられないことかもしれない。なぜなら、私も日本人の一人であるのだから。

確かに、聞いたことはあった。“凛として愛”というものが何か問題になっていると。しかし、その時は、一瞬で私の意識の中から消えてしまった。

今回初めて“凛として愛”の動画を拝見させていただいた。

すばらしい動画(映画)である。

「凛として愛」について

明治開国から大東亜戦争まで日本が戦って来た歴史を約70分でまとめてあります。
明治27年の朝鮮半島をめぐる清国との戦い
ロシア、フランス、ドイツの三国干渉
朝鮮半島、満州をめぐり大国ロシアとの戦い
満州事変、支那事変、ABCD包囲網。

なぜ日本は戦わなければいけなかったのか。
資料に基づいて制作された映画、真実の歴史を知る事ができます。


制作の経緯

靖国神社創立百三十年記念事業の一環として本館改修と新館増築にともない遊就館で真実のドキュメンタリー映画を上映することになり其の映画制作を依頼されたのが泉水隆一監督でした。
監督が渾身の力を込め二年の歳月をかけて出来上がったのが「凛として愛」でした。
映画完成前から他国からの批判を気にした保守陣営の圧力などがありました。
上映はされたものの、この歴史の真実を伝える「凛として愛」をたったの二日で上映中止にしてしまったのです。
監督の無念さは計り知れません。


凛として愛(1/7)

9:43

泉水隆一監督について

泉水隆一氏はアニメ『新造人間キャシャーン』や『うる星やつら』などの脚本スタッフとして制作に関わってきました。
「凛として愛」の監督・脚本・ナレーションを泉水隆一氏ご本人が行っています。

泉水監督は平成22年7月16日に逝去されました。
8年前の此の日、僅かに二日半で上映中止され絶望の淵にあった日でした。
泉水氏の告別式は式場の関係で26日に行われましたが、この日こそ、泉水監督が反日思想がはびこり、総理大臣も靖国神社に背を向ける日本の現状を憂いて、靖国神社に、渾身の思いを込めて書かれた、映画制作への珠玉の趣意書を出された日でした。

泉水監督は、国家のために尊い命を捧げられた数多の英霊に報いるには、「凜として愛」が日本全国に広まり、一人でも多くの日本人が先人がたに対して感謝と哀悼の思いを持つことだと生前、切々と話されていました。
故泉水隆一監督の崇高な思いを心に刻み、私たちは「凛として愛」が一人でも多くの国民の目にふれることを願って止みません。


凛として愛(2/7) 8:55
凛として愛(3/7) 9:51
凛として愛(4/7) 9:38
凛として愛(5/7) 9:38
凛として愛(6/7) 9:54
凛として愛(7/7) 9:47


単純計算で、再生(上映)時間は全部で67分26秒。

カテゴリーは最初は“大東亜戦争”だったのだが、“日本そして日本人(日本の心)”に変えて投稿することにした。

“凛として愛”の続きを読む>>
日本そして日本人 | 【2012-09-19(Wed) 17:57:32】
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日本の心
恥ずかしながら、齢半世紀を軽く越えたおじさんは“なでしこ”から色々なことを教えられている。

男子も頑張っているのは分かる。しかし、男子の試合を見るたびに正直、悲しくなるのが実状である。

それに対して“なでしこ”の試合を見ていると、それがたとえ“負け試合”であったとしても教えられることが多い。

何でこんな若い女の子たちが…。

日本人の一人として誇らしげな気持ちにさせられる。

“フェアープレー”“もくもくと”“謙虚さと思いやり”“けしてあきらめない心”等など言葉で表現することはたやすいことかもしれない。

だが、そこには言葉では言い現せない私たち日本人が忘れかけてしまっている大切な“日本の心”が彼女たちのプレーを通して写し出されている、ような気がする。

私は“宮間選手”ばかりではなくほとんどの“なでしこの選手”からその大切な“日本の心”を学ばさせてもらっている。

「これが日本の文化だ」全米が絶賛した、なでしこの写真
2012.9.6 08:18 (1/2ページ)[なでしこ]

miyama[写真;アビリー選手を慰める宮間選手(ロイター)]

 日本中を寝不足にしたロンドンオリンピックが終わった。日本選手はがんばって史上最多の38個のメダルを獲得、日本を包むけだるい閉塞(へいそく)感から、しばしわれわれを解放してくれた。

 なぜか日本ではあまり大きく紹介されなかったが、オリンピック期間中にアメリカで報道され大きな反響を呼んだ日本選手の写真があった。写真を掲載したのは米NBCニュースのウェブサイトで、日本人選手というのはなでしこの宮間あや選手だった。フランスとの準決勝を2-1で制した直後、宮間選手は芝生に座り込み呆然(ぼうぜん)としているフランスのカミル・アビリー選手に歩み寄り、彼女の肩を両手でそっと押さえ慰めている。そんなふうに見える写真だった。

 NBCニュースのナタリア・ヒメネス記者は「試合後に双方が握手やハグで互いに健闘をたたえることはあっても、相手側の選手を慰めるシーンはめったにみることはできない」と報じた。もう一枚の写真には、2人がともに芝生に座り込み、疲労困憊(こんぱい)したアビリー選手が宮間選手の身体に手をかけながら何か語りかけているシーンが写っていた。(フジサンケイビジネスアイ)

 ヒメネス記者は「数分前まで死闘を演じた後、勝者は敗者をいたわり、敗者もまたそれを受け入れている。精根をかけて戦った後、このオリンピアン(宮間選手)は真のスポーツマンシップを見せてくれた」と結んだ。

2012.9.6 08:18 (2/2ページ)[なでしこ]

 読者からの反応は圧倒的だった。「スポーツをする人すべての見本だ」「宮間の能力、精神、行動、すべてが本物のオリンピアンだ」「これが日本の文化だ。日本人は敗者に対しても礼節と尊敬を忘れない」「日本の女子サッカーチームには真のオリンピック精神と気品がある」

 さらにコメントは脱線気味に続く。「宮間はワールドカップの決勝後もアメリカのゴールキーパー、ホープ・ソロを慰めていた。ソロだったら試合後に相手を慰めるなんてしない」「君はソロを知っているのか? なんで彼女ならやらないなんていうんだ」。ピッチの外は騒々しかった。が、ほとんどの読者が、宮間選手の謙虚さと思いやりに感動したとのコメントを寄せた。「JOCは彼女たちの帰国便をファーストクラスにアップグレードすべきだ」のコメントもあったが、これには筆者も同感だ。

 近代五輪は過度に商業化され、莫大(ばくだい)なお金が動くイベントになった。薬物の使用や政治問題の持ち込みなど、トラブルも絶えない。が、宮間選手の行為は世界中の人々に「スポーツを通じて友情、連帯、フェアプレーの精神を培い相互理解することにより世界平和を目指す」というオリンピック精神を思い起こさせてくれたに違いない

 これらの写真が世界に与えたであろう日本と日本人に対する好ましいイメージは、首相の訪問外交や何百億円のODA(政府開発援助)のバラマキでもかなわない。
(実業家 平松庚三)


nadesiko_china_arigato


それにしても、この記事の執筆者がプロの記者ではなく実業家とは…。恐れ入った。あっ!、"あの方"であった。

倍賞千恵子/夏の思い出 /浜辺の歌


日本そして日本人 | 【2012-09-06(Thu) 15:01:28】
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金美齢さんの主張
 “金美齢(きん・びれい)”さんはその生活の大半を日本で過ごされてはいるが、れっきとした“台湾の方”である。即ち“台湾人”であり、今は“日本人”ではない。しかし、“11歳までは日本人”であった方だ。
 現代の日本人以上に日本人らしさを育んでこられた方であると思う。

「利己的で倫理観が希薄になった日本人」

「日本人が日本の美しさを再確認し、
日本を支えないと、日本の再生はない」

 金美齢さんの言葉が心に痛い。

2008年4月19日 産経新聞(Net View)より20080419.sankei.08

(関連投稿; 金美齢さん日本人の覚悟中国人の本質二人の同志、etc.)

日本そして日本人 | 【2008-04-19(Sat) 16:23:35】
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仏教徒のまっとうな決断
 “政治家”と“官僚”以外は結構、“まっとうな決断”をされている方が居られる。日本人もまだまだ捨てたものではない。

長野聖火リレースタート地点変更 辞退の善光寺「仏教者の弾圧を憂慮」msn産経ニュース
2008.4.18 13:32

20080418.msnsankei.01〔写真; 聖火リレー出発地辞退を長野市の実行委員会に伝える善光寺関係者=18日午前、同市役所〕

 長野市で行われる北京五輪の聖火リレーで、善光寺がスタート地点の辞退を申し入れた問題で、同市聖火リレー実行委員会は18日、申し入れを受け、スタート地点を同寺の境内から変更する方針を決めた。リレー計画の変更を迫られる事態となった実行委は、ルートの再検討を始めた。境内ではなく、参道をスタート地点にすることなども検討されているという。

 同日、善光寺から正式に辞退の申し入れを受けた実行委の篠原邦彦事務局長は「大変衝撃を受けている。善光寺の総意として決定を尊重する。コースを変更せざるを得ない」と述べた。善光寺の若麻績信昭(わかおみしんしょう)寺務総長は、理由について「文化財や信者の安全の問題と、チベット問題を考慮した」と説明した。

 関係者によると、善光寺内部では、チベット暴動で僧侶が弾圧されていることを理由に、同じ仏教者として境内を提供することに反対する意見や、抗議を懸念する声が出ていた。

 こうした事情などから、17日に幹部らが会議を開いて対応を協議した結果、スタート地点返上の方針を確認。18日になって、市実行委側に意向を伝えた。

 これまでの計画では、善光寺の本堂と三門の間のスペースに特設会場を設け、26日午前8時から点火式などの出発行事を実施。その後、長野五輪の競技会場などをめぐる18.5キロのルートを予定していた。

 聖火リレーをスタートする最初のランナーには、北京五輪野球日本代表監督の星野仙一さんら著名人が予想されている。

■「チベットで無差別な殺人」

 「チベットで無差別な殺人が行われた。チベットの仏教者が立ち上がり、それに対する弾圧が行われ、憂慮していた」。北京五輪の聖火リレー出発地辞退を長野市に伝えた善光寺の若麻績信昭寺務総長は18日、市役所で会見し、チベット暴動をめぐる仏教者への弾圧が大きな理由であることを明らかにした。

 会見には法衣姿の僧侶4人が並んだ。善光寺には、聖火リレーについて1日100件を超える電話があり、境内を出発式に使用することに抗議する内容の電話も多かったという。

 一方、ルートの変更を余儀なくされた市実行委員会の篠原邦彦事務局長は「すぐに上司に報告する」と青ざめていた。


 もう一人の“気概ある日本人”

“【すごいぞ日本】ファイルI 円と球(1)たった1人の五輪ボイコット”msn産経ニュース
2008.3.31 08:04

20080418.msnsankei.02〔写真; 小さな町工場で五輪メダルを独占してきた砲丸(手前)を作る辻谷政久さん〕

 …
「北京はやめました」

 04年8月、サッカーのアジアカップが中国・重慶で開かれた際、現地サポーターが見せた日本に対するむき出しの憎悪。それが辻谷さんには気がかりだった。悩みに悩んだ末、4大会連続メダル独占の偉業を断念し、砲丸の卸先の運動具メーカーに北京五輪用は作らないと伝えた。去年の11月のことだ。

 「砲丸は私の分身です。とても中国には出せない。大事に使ってくれる選手には申し訳ないが、職人としての意地があります」
 …
(関連投稿; “まっとうな日本人”



日本そして日本人 | 【2008-04-18(Fri) 18:29:26】
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文化的退廃
 何か“日本・日本人”のいく末が慮れる。

「日本外交・経済等の“利益”で中国に毅然たる態度を示せないのは、戦後の平和国家日本の文化意識が、表面的で、如何に他国の宗教及び文化への認識が軽いものであったかの証明ではないのか。」

 という“文芸評論家の富岡幸一郎”氏の文章を読んで「戦後の平和国家日本の文化意識が、表面的で、」の言葉に強く胸を締め付けられるような思いを感じてしまった。“大仰な”といわれても致し方ないけれども、全ての問題の源が「戦後の平和国家日本の文化意識」に掌握されているような気がする。そして、それが「表面的」であるということに。
 何れにしろ、“大仰なこと”については何れ深く考察することにして、今般は改めて“チベット問題”“対岸の火事”ではないことを再認識したい。日本人の一人ひとりが“チベット問題”を考えることによって日本も再生できるのではあるまいか。そのような可能性を現実のチベット問題に対して抱き始めている。

2008年4月12日 産経新聞(Net View)より20080412.sankei.03


日本そして日本人 | 【2008-04-12(Sat) 15:13:41】
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日本の美徳
婉曲表現は日本の美徳

2007.12.27.sankei.16 2007年12月27日付産経新聞(Net View)の記事。

『日本人はさまざまな物事について、①自然の成行きの結果ととらえ②自然の成行きなら仕方がないと思うー傾向がある』

『日本語で可能を表す「~できる」は「出来る」、つまり自然に出てくるというのが語源で、個人の努力の結果、可能になるという西欧の考え方とは異なる。』

『自然の細やかな変化に対応しようとすることが心理に影響しているのでは』

『「茶が入りました」は「何と美しい言葉か」』

『 ただ、外国など国際舞台では、はっきりものを言わないと「相手にやられてしまうので、『~です』『~します』とはっきり言うように変えていった方がいいと思う」と大野さん。』
2007.12.27.sankei.17
 確かにそのようなところがある。私たち日本人には“婉曲な表現”を多用し、重宝しているところが。西欧人にいわせれば“はっきりものを言わない”と“非難”の対象とされてしまう。しかし“美徳”として考えることも必要であろう。西洋的が全て優れているとは限らない。日本的なものの中に“美徳”は数多くある。“婉曲表現”は他人を“思いやる心”の現れである。“自然を敬う”気持ちの表現でもある。“はっきりものを言う”ことだけが正しいことだとは決して言えない。
 そもそも西欧(欧米)的な表現は自己主張が強い。自己主張が強ければ軋轢が生まれてしまう。とはいえ、自己主張を抑え、“婉曲表現”を多用していたのでは“誤解”が生じる。誤解もまた軋轢の原因になる。したがってどちらが優れているとはいえないけれども、我を抑えた奥ゆかしい“婉曲表現”には“美しさ”がある。その美しさには軋轢を緩和させる力がある。だから、自己主張よりも相手を“思いやり”、そして“自然を敬う心”を大切にする“日本的心根”の方が素晴らしい。
2007.12.27.sankei.18 井上健史さんの投稿記事には目を見張った。「他人を刺激しないファジーな言い方は」確かに日本語の特質かもしれない。改めて指摘されると合点がいく。「断定的な表現は気分は良いが、人と衝突する恐れがある。」ことも言われてみれば確かにそうだ。四方を海に囲まれた日本固有の閉鎖的な自然環境で生き抜いてきた“日本人の智恵”であろう。だとすれば、文明の進歩によりもたらされた“地球環境の閉鎖性”の中で生きていく為にはこの“日本の智恵”が役にたつ。「他人を刺激しないファジーな言い方」は決して悪いことではない。“煮え切らない表現”だとか“負け犬根性”等と恥じ入ることはない。「断定を避ける」ことはく“他人への思いやり”の一つの表れである。「疑問形式にして断定を避ける表現」も、むしろ世知辛い現代社会においては尊重されるべき事柄であろう。何も若者だけではなく「断定的な表現は気分は良いが、人と衝突する恐れがある。」ので「他人を刺激しないファジーな言い方」を心がけることが全ての世代に通じた「時代に即した表現」といえよう。
 このような“日本的な美意識”を世界へ発信していくことがこれからの“日本・日本人の使命”となるのではなかろうか。
 「茶が入りました」「特上ランチになります」とは何と美しい日本語であろう。是非ともその“日本的精神(日本の心)”を世界へと広めていきたいものである。

〔補足; とはいえ、矢張りTPOは大切だ。日本の政治家・官僚の方々にはもう少し“断定的”にものごとは話していただきたい。殊に海外向けの発言では下手な“婉曲表現”は禁物である。現状、“日本の美徳”は世界ではまだまだ学習されていない。むしろ、逆手に取られて反撃される。隣国の“中華的な国々”を見れば明らかである。あるいは“理解できる能力が無い”と見るべきか。何れにしろそのような相手には“断定的”にものごとは話すしか手立てはない。そこのところを確りとわきまえていただきたい。いくらなんでも“非常に前向き”では余りにも“婉曲表現”過ぎる。“婉曲”を通り越して“迂回(回避)”してしまっているとしか思えない。〕

日本そして日本人 | 【2008-03-28(Fri) 00:18:25】
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目から鱗が落ちた話
 “TAMAGAWABOAT氏のブログ”“目から鱗が落ちた話”が投稿されていた。日付は2007年7月30日。今から半年ほど前の記事である。
 内容は“NHK教育テレビで放映された「私のこだわり人物伝」”の番組について。

近頃の日本は、何事にも「白」でなければ、「黒」である。
その中間の色合いが全く 消えてしまった。
その色合いこそ「融通」と言うものである。・・・池波正太郎。

「白」か「黒」か?はっきりと分けて考えるのも、
それはそれで意味のあることではあるが、
二者択一で全てを分けてしまうのも、また問題である。
白と黒の間にある灰色の部分。その灰色の部分にこそ、
実は無限大の可能性がある
YESでもなければNOでもない領域。
そこに「わきまえ」を心得た「おとな」の人間によって、
「融通する」という動詞が使われる。
その「融通」というものこそ、
日本人が昔から大切にしてきた文化なのだ・・・山本一力。


 そして、最後に「番組を観た後、なにか貴重なお酒でもご馳走になったような気分だった。」と、感想を述べられている。
 私も同感である。“日本そして日本人”のカテゴリーで“多摩川ボート”氏の紹介方々投稿することにする。氏の言葉は“ある種の人たち”にとっては“辛辣”であろう(注; “ある種の人たち”=敗戦利得者・戦後民主主義者・中華思想の持ち主・反日団体の方々・太平洋戦争史観に凝り固まっている人々、etc.)。
 以下は“TAMAGAWABOAT語録”の一部。

“THE TRUTH OF NANJING MASSACRE”
日本の歴史教科書での「原爆投下」についての記述は、あまりに奇妙だと思う。「8月6日、広島に人類最初の原爆が投下された」 よく見慣れた文なのだが、変だよね。あたかも原爆が自分の意思で空から落下してきたかのような記述。つまり、本当の主語がない。「アメリカが広島に原爆を投下した」と主語をきちんと明確にして書けばいいのに。ある終戦特集の(終戦という言い方も変だが)討論番組に被爆者の方が出演されておられた。その方が「日本が軍国主義だったから、A級戦犯が戦争を止めなかったから、お終いには原爆が自分のたちの頭の上に落とされたのだ」と発言された。軍国主義が原爆を落としたんじゃない。A級戦犯が原爆を落としたんじゃない。アメリカが落としたんです。


 “TED LEONSIS SCATTERS THE PROTOCOLS OF THE ELDERS OF ZION”
中国が主張する南京大虐殺は「日本帝国主義」とは言いつつも、明らかに「日本人の残虐性」が強調されていることを見逃してはならない。彼らの憎しみが1937年当時の日本兵だけでなく、現代に暮らす俺たちへの憎しみへと繋がっているのだ。そして、中国はそれを世界に情宣していることを忘れてはならない。


 “THE PEACEFUL NEW YEAR 1938 IN NANJING”
子供は正直です。子供の楽しそうな表情がプロパガンダのための演出であったとは思えません。そして日本の兵隊さんは子供が大好きでした。そんな優しい兵隊さんに、確かな証拠もなく、残酷な虐殺・強姦・略奪の限りを尽くしたと主張してはばからない中国。そんな無礼な中国は絶対に許せません。


 “NANKING” is Documentary or Propaganda?
この映画中に元日本兵による南京大虐殺があったかのように証言する場面が登場すると思われる。「何人かの日本兵が実際に虐殺の場面を目撃したのだ・・・」と。まあ目撃は目撃として「ああ、そうですか」と言っておこう。ただし、その何人かを除く圧倒的大多数の日本兵は、それを目撃していないことも事実であるのだ。これら圧倒的大多数の日本兵は実際に虐殺を見ていないのだから、「虐殺があった」とも「いや、虐殺は無かった」とも言えず、ただ「え!? 知らなかった」と驚くのが普通であろう。目撃をしていないのだから否定も肯定もできないのである。それじゃ、常識的に考えて、この数人の日本兵によって何人が虐殺できると言うのであろうか?百人か? 千人か? 1万人か? その当時の日本軍はすでに原爆でも保有していたのか! その数人で累々とした死体の山を処理をしたとでも言うのであろうか?


 “TESTIMONY IS NOT EVIDENCE”
証言は証拠ではない。証言は常にその信憑性が問われ裏づけが必要となる。
102人の元日本兵による南京での虐殺での証言は存在するが、これら102人の身元が不明なのである。身元不明の人間の証言を誰が信用するであろうか。証言は証拠ではない。たとえば、俺が「昨日、UFOを見た」と言えば、多くの人々は相手にもしないだろうが、俺の言葉を真剣に受け止める人は「それじゃ、証拠を見せろ」と言うだろう。証言には裏づけとなる証拠が必要となる。


 “南京大虐殺を世界に宣伝する日本大使館”
「昨日、日本大使館で「日本と中国との関係」というテーマで講演があったので行ってみた。今年の夏の8月15日、小泉首相は中国側の再三にわたる強い要請を無視して、A級戦犯が祀られている靖国神社に参拝した。中国はこれに強く抗議を行った。中国にとってA級戦犯は、中国侵略の首謀者であり、かつ、その中には南京大虐殺に引き起こした張本人も含まれている。中国人民としては決し許さざるべき行為であった。南京大虐殺とは、1937年、日本が中国を侵略し南京を陥落させたのち、南京市民30万人を虐殺した事件であり、7万人の婦女子を強姦、暴行、放火、掠奪を繰り返した世界史上、最も野蛮で残酷な事件のひとつとして世界に知られている。しかしながら、日本は中国に対して謝罪すら行っていない。それで・・・中国の小泉首相の靖国参拝への強い抗議があったのだ」


 “ABE DENIED EX-COMFORT WOMEN’S TESTIMONIES”
証言と証拠は違う。証言は常にその信憑性が問われる。証言には裏づけが必要とされる。その証言がたびたびコロコロと変わり、一貫性がない。また、その証言そのものが当時の状況と合致していないのであれば、その証言はまったく信憑性がないことになる。つまり、その証言は嘘になるのだ。
日本軍が彼女らに売春を強制したとする証拠はない。彼女らが自らの意思で望んで慰安婦という仕事に応募した証拠がいくらでもある。私が思うには、元慰安婦たちは「激しい怒り」の感情を日本政府にぶつけているが、その証言が嘘であるならば、彼女らの行為は、日本という国、そして日本人そのものを侮辱している行為であり、むしろ日本人自身が彼女らに対して嫌悪と怒りの感情を抱くのが当然だと思う。


 “「南京の真実を言えば相手は理解する」という勝手な思い込み。”アメリカ様がハンマーを持って、アジアのモグラ叩きをやっているんですよ。ハンマーが「中国!韓国!・・・中国!・・・・日本!日本!・・・・北朝鮮!」と次々に叩いていく、中国が叩かれると日本が拍手をし、韓国が叩かれると日本が拍手。そして日本が叩かれると中国と韓国が拍手する。つまり、アメリカがこの東アジア4ヵ国の対立関係をうまくコントロールしながら、それを利用して、東アジアの各国それぞれで1番のパートナーとしての位置を占めようとしている。日本の民族主義の勃興に対して警戒しているのは韓国や中国だけではなく、実はアメリカなんです。日本の民族主義をサジ加減でコントロールしながら、日韓・日中・日朝がいがみ合うところで、一番オイシイ想いをしているのはアメリカなんです。これって、これまでアングロサクソンがやってきた、それぞれの民族にアメとムチを交互に繰り返しながら、民族対立をうまく利用した植民地支配政策の延長そのものじゃないですか!


 等など。
 ということで、時たまお邪魔することにしている。目に付いた鱗を落とすために。ブログのタイトルは“as subjectively as possible”で、サブタイトルは“Don't be a slave to convention!”。それぞれ“疑うことを忘れるな”とか“慣習(常識)の奴隷になってはいけない!”とでも訳せばよいのか。少し意味深なタイトルではあるけれども、その“正直な言動”には心惹かれてしまう。何れにしろ、動画“THE FAKE OF NANKING-1”は秀作。多くの人たちに観てもらいたいものだ。世の中の“現実(convention?)”の一側面が垣間見られる。

日本そして日本人 | 【2008-02-17(Sun) 17:27:30】
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建国の精神
2008年2月8日 産経新聞(Net View)より

2008.02.07.syuukannsinntyou.01 八木氏は“建国”とは『「古事記」「日本書紀」の伝えるところによれば、神武天皇が橿原宮で即位されたことをもってわが国の建国とする』と、その由来を語り、『7世紀の終わり辺りに「日本の国のかたち」がようやく固まった』と、最近の研究成果を説明されている。
 そして、「日本の国のかたち」即ち「建国の精神」について以下のように述べられている。
 先ず第一に『天皇統治は個人や一族の利益のために行われるものではなく優れて公共性を帯びたものであることを明らかにした「しらす」という統治理念。』を上げ、次に『世界を家族的情愛でもって統治しようという神武天皇の「八紘一宇」の理想。』、そして『豪族の私的支配を戒め、天皇を中心に国がまとまることを示した聖徳太子の十七条憲法。』『豪族のみならず皇族の土地まで没収した大化の改新から始まる「公地公民」。』等を例として取り上げ、そこから共通する概念として「公共の精神」を導き出されている。
2008.02.08.sankei.05 では、「公共の精神」とは具体的にどのようなものかというと、一言でいえば“他人を思いやり、自己犠牲をもいとわない精神”ということがいえるであろう。八木氏は建国の時代に固まった「国のかたち」が「他人を思いやり、自己犠牲をもいとわないわが国の国民性」を創り上げたという。
 この「公共の精神」“明治維新”を成し遂げ、様々な日本の歴史の中に垣間見られると言及し、賛否両論はあろうけれども以下の文章は確かに一面の真実を語っていると私は思う。

「沖縄のみならず大東亜戦争の末期に各地で起こった集団自決という悲劇もその精神の一つの表れであだろう。例えば映画『氷雪の門』が描いた樺太・真岡の電話交換手の女性9人がソ連軍の侵攻に際して集団自決した事件も、彼女たちが内地に引き揚げろとの軍の命令を拒否してまで職務を最後までまっとうしようという強い責任感の持ち主であったがゆえの悲劇だった。特攻隊の若者たちの気持ちも同じところにあっただろう。」

 “集団自決”“特攻”、はたまた“玉砕”“悲惨な敗戦”等の故に「公共の精神」は戦後日本において忌避すべきものと勘違いされてきた。そして、その“錯誤”は一部の“平和(反戦)主義者”の人たちによって利用され悪用されて多くの社会的混乱の温床となってしまっている。しかし、それでも「戦後においても他を思いやり、自己犠牲をいとわない日本人の姿はあちこちに見いだせる。」と、八木氏は語っている。そして『私たちが普段、意識せずに行っている思考や行動、ここに私たちの国の建国以来の「国のかたちが」投影されている』とも述べられている。
 要は「公共の精神」「死生観」とは別物である。ましてや「公共の精神」“悲劇・惨劇”を結び付けてはいけない。「公共の精神」「建国の精神」ではあるけれども、「死生観」は時代と共に変化し、“悲劇・惨劇”は何時の時代においても不意に私たちに襲い掛かってくる。「死生観=自己犠牲=悲劇・惨劇=公共の精神」では決してない。
 戦後の日本はこの「公共の精神=建国の精神」「死生観=自己犠牲=悲劇・惨劇」を混同してきたところに大きな間違いがある。そしてまた、「公共の精神」「自己犠牲」を伴うものと思い込み、「自己犠牲」よりも「自己の解放=自由」を喧伝し奨励して、「公共」「国家」を融合させながら、なかば意図的に「公共の精神」を破壊してきたとしか私には思えない。
 これからの日本、そして私たち日本人の一人ひとりが、このような“錯誤”を払拭して『「公共の精神」を重んずるという「建国の精神」』を取り戻すことが必要であろう。

【「建国の精神」とは「公共の精神」のことであり、具体的には「他人を思いやり、自己犠牲をもいとわないわが国の国民性」のことをいう。】

 是非、「建国の精神」を思い返し、「高貴な日本」を取り戻したいものである。

日本そして日本人 | 【2008-02-11(Mon) 00:48:33】
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日本そして日本人
このカテゴリーは、いわば“自分探しの旅コーナー”になるかもしれない。“旅”といってもそれは勿論“心の旅”である。

この歳になって“自分探し”とは正直ちと恥ずかしい気もする。

恥ずかしいと思っても自分探しは自分探しなのだからしようがない。

結局、まだまだ“未熟者”ということで勘弁していただきたい。「あすなろ お・じ・さ・ん」といっても「あ・す・な・ろ おじさん」なのである、まだまだ私は。

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日本そして日本人 | 【2007-08-07(Tue) 19:25:22】
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