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あすなろおじさん

Author:あすなろおじさん

「近・現代史」に興味があり、日々「美しい国・日本」を夢見ているちょっと(?)歳をとったちょっと太めの“あすなろおじさん”です。※※※※※※※※※
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夢のまた夢
「生と死」というタイトルのカテゴリーを設けていた。

「生と死」。

今のところ、私の浅薄な知識からは、「色即是空 空即是色」の言葉しか見つからない。

とはいえ、この言葉が、「生と死の本質」を端的に、そして安易に説明してくれているように私には思える。

「度一切苦厄」

全ては「空」であると悟った時、一切の苦悩災厄から人は逃れることが出来る。

否、逃れるではなく“解放される”が相応しかろう。

それぞれの言葉は有名な仏典(経典)である「般若心経」の一節であるが、似たようなもの言いはいたるところで目にもするし耳にも聴く。

たとえば、

「…人間五十年、化(下)天の内をくらぶれば 夢幻の如くなり。一度生をうけ、滅せぬもののあるべきか。…」(幸若舞『敦盛』

という、有名な「敦盛」の一節も、遠縁かもしれないけれども、私には似たもの同志の仲間のように思われる。

少なくとも、「生と死」は“一体”である。

けっして切り放すことはできないものである。

この“自明の理”に気付くまで、結構な年月を必要とした。

今は身に滲みて観じている。

人生とは、夢のまた夢。

何れ、誰もが夢から目ざめる時がやってくる。

それまでは精一杯、夢を見続けようではないか。
(と、今は自分自身に言い聞かせている)

どうせ見るなら好い夢を。

悪夢は出来れば見たくは無い。

尚、本日は酒を一滴も飲んでいない。

あすなろおじさんは素面(しらふ)である。

生と死 | 【2009-05-24(Sun) 00:21:43】
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お疲れさま…。
 生きたくても生きられない人。死にたくても死にきれない人。世の中には色々な人たちが共存して生活している。
 私は決して死を賛美することはしないし、自殺を肯定することもしたくはない。しかし矛盾する言い方ではあるけれども、自殺したくて自殺する者など誰一人としていないと思う。ただ、生きることがつらいので自殺してしまう。そのような方が大半なのではあるまいか。何せ私は自殺したことがないのでえらそうなことは言えないけれども、それほど“生きる”ということは大変で、難しい、人間としての営み(仕事)なのである。
 本来ならばその仕事を全うしていただきたかった。しかし、写真で見る限り、川田亜子さんの目の輝きは余りにも美しすぎる。これでは魑魅魍魎の跋扈する世の中で生きていくにはさぞ難しかろう。おそらく、アイデンティティーが破壊されてしまったのではなかろうか。相当な完全主義者、そしてプライドの強い方だったのかもしれない。何か川田亜子さんの肖像写真からはそのような印象を受けてしまう。

“元TBS・川田亜子アナが自殺 車に練炭と遺書” msn産経ニュース
2008.5.26 11:10

20080526.msnsankei.01〔写真; 川田亜子アナウンサー=2007年5月〕

 26日午前6時15分ごろ、東京都港区海岸の路上に止まった乗用車の中で、元TBSアナウンサーでフリーアナウンサーの川田亜子さん(29)が死亡しているのが見つかった。車内から家族あての遺書と練炭が見つかっており、警視庁三田署は自殺を図ったとみて、詳しい死因などを調べる。

 調べでは、車は所属する芸能事務所のものとみられ、運転席側の窓に目張りがされ、後部座席に練炭2個が置かれていた。川田さんが運転席から助手席にかけて横たわっているのを男性会社員が見つけ、110番通報した。遺書は家族への感謝の言葉をつづった内容だったという。

 所属事務所によると、24日の午前中にテレビ朝日系の情報番組「サタデースクランブル」に生出演するなど仕事をこなしており、普段と変わった様子はなかったという。発見時はパーカー、スカート、サンダルの普段着姿だった。

 現場は、川田さんの自宅から数百メートルの運送会社などが立ち並ぶ一角。

 川田さんは、白百合女子大卒業後、平成14年にTBSにアナウンサーとして入社。入社半年後に早朝の報道情報番組のメーンキャスターに起用され、人気アナウンサーとなった。

 19年3月にはTBSを退社。同年4月からフリーとなって、「サタデースクランブル」で司会のほか、TBS系「がっちりマンデー!!」でリポーターを務めていた。


 ふと、若い頃に読んだ庄司薫氏の“狼なんかこわくない”を思い出した。純粋さと誠実さを求めるがゆえに傷つき倒れる。今も変わらぬ青春の一つのテーマなのではなかろうか。
 川田亜子さんには是非とも“生きている”のではなく、“生かされている”ということを学んでもらいたかった。勿論、頭(理念)で理解するだけではなく“心からの学び”をである。そしてその上で、鎧(プライド)を脱ぎ捨てて、レット・イット・ビー、ケ・セラ・セラの精神を身にまとい人生を(走るのではなく)歩んでいただきたかった。そうすればいくら凶暴な狼に襲われたとしても、致命傷には至らずに済んだのではなかろうか。
 私は川田亜子さんとは一面識もない赤の他人ではある。けれども、ニュースを見ていて何故か強く惹きつけられてしまった。心からご冥福をお祈りする。そして“お疲れさま”と声をかけ慰労してあげたくなってしまった。結果、彼女は敗れてしまったかもしれないけれど、勇敢な戦士であったのではなかろうか。ただし、余りにも純粋で誠実であり過ぎた。
 彼女の足跡を、僅かながらではあるけれども、ネットを通じて垣間見させていただくと、私もその人間的魅力の虜にされてしまった。おこがましいことではあるけれども、その苦悩(無常感・観)も僅かながら分かるような気もする。おそらく彼女に共感する(できる)方はこの世に多くいらっしゃることであろう。だからこそ、彼女の死によってもたらされる悲しみは数多いことと思う。しかし、そのような悲しみを共有できる方々には決して間違った選択はしてもらいたくはない。川田亜子さんのことを大切に思う心が少しでもあるのならば、彼女が生きたくても生きられなかった多くの時間を、彼女に代わって生きぬくことが大切な使命となる筈だ。そのことが彼女の死に対しての真の意味での供養ともなろう。いわば、同じような苦悩を抱える者たちにとってはまさに彼女は殉教者なのである。“純粋さと誠実さ”に対しての殉教。私は彼女の死をそのように捉えることにする。
 ブログのサブタイトルに「徒然草」の一節を借用させていただいてる私としては、5月21日付の彼女の以下の言の葉が忘れられない。再度「徒然草」を読み解き調べてみた。結果、彼女は「徒然草」と「玉勝間(たまがつま)」の言の葉をある意味複雑につなぎ合わせて引用されていることに気が付いた。
 兼好法師(吉田兼好)は決して『とかいへるは、いかにぞや』 とは記していない。『とかいへるは、いかにぞや』 という言葉は「しき嶋のやまとごゝろを人とはゞ朝日にゝほふ山ざくら花」の歌で有名な“本居 宣長(もとおり のりなが)”が「玉勝間四の巻 わすれ草“兼好法師が詞のあげつらひ”(第二百三十一段)」で語っている言葉である。ここに彼女の苦悶の深さを読み取るべきか、あるいは痛烈なる世の中に対しての憤りを見出すべきかはとても私には判断できないけれども、その心根の優しさだけは十分に伝わってくる。
 

ブログ“Ako's Style”より
2008年05月21日
眠れぬ夜に

今宵の満月が見えていますか?

徒然草に、
『花は盛りに、つきはくまなきをのみ見るものかはとかいへるは、いかにぞや。』
兼好法師が徒然草で、「花は盛りの時のみ、月は曇りなく輝ている時のみを見るものであろうか。そうではない。」と。。。 今宵はかけていく満月を堪能しますか。。。。


吉田 兼好(弘安6年(1283年) - 観応元年/正平5年4月8日(1350年5月14日?)
「徒然草」百三十七段

『花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは。』

本居 宣長(1730年6月21日(享保15年5月7日) - 1801年11月5日(享和元年9月29日))
「玉勝間」二百三十一段
四の巻 わすれ草 兼好法師が詞のあげつらひ

『けんかうほうしがつれづれ草に、花はさかりに、月はくまなきをのみ見る物かはとかいへるは、いかにぞや、』

 尚、彼女が引用された“徒然草の第百三十七段”は『花はさかりに、月はくまなきをのみ見るものかは。』の言葉ではじまり、以下の文節で終わっている。むしろ彼女はこちらの方を語りたかったのではあるまいか。
 引用は「角川文庫ソフィア 今泉忠義訳注 改訂徒然草 改訂六十六版」を定本にさせていただいた。

〔原文〕
『…彼の桟敷の前をここら行きかふ人の、見知れるがあまたあるにて、知りぬ、世の人数(ひとかず)もさのみは多からぬにこそ。この人みな失せなむのち我が身死ぬべきに定まりたりとも、ほどなく待ちつけぬべし。大きなる器(うつわもの)に水を入れて、ほそき穴をあけたらむに、しただること少なしといふとも、怠るまなくもり行かば、やがてつきぬべし。都の中におほき人、死なざる日はあるべからず。一日に一人二人のみならむや。鳥部野、舟岡、さらぬ野山にも、送る数多かる日はあれど、送らぬ日はなし。されば棺をひさぐもの、作りてうちおくほどなし。若きにもよらず、つよきにもよらず、思ひかけぬは死期(しご)なり。けふまでのがれ来にけるは、ありがたき不思議なり。しばしも世をのどかには思ひなむや。ままこだてといふものを双六の石にて作りて、立てならべたるほどは、取られむこと、いづれの石とも知らねども、数へあてて一つを取りぬれば、その外はのがれぬと見れど、またまた数ふれば、彼是まぬき行くほどに、いづれものがれざるに似たり。兵(つわもの)の軍(いくさ)に出づるは、死に近きことを知りて、家をも忘れ、身をも忘る。世をそむける草の庵には、閑かに水石(すゐせき)をもてあそびて、これを余所(よそ)に聞くと思へるはいとはかなし。しづかなる山の奥、無常のかたき、きほひ来らざらむや。その死にのぞめること、いくさの陣に進めるに同じ。』

〔現代語訳〕
『…あの桟敷の前を大勢往来する人々の中には、自分の見知った人がずいぶんいるので、実は、こんなことを悟った。世間の人数といったところで、それほど多くもないのだろう。この人々がみんな死んでしまった後で、自分が死ぬときまっているとしても、それは間もないことで、死期は持つまでもなく早速にやって来るに相違ない。大きな容器に水を入れて、小さな穴をあけておいたとしたら、水の滴り方は少ないといっても、休む間もなく漏れてゆくなら、早速なくなりそうなものだ。都の中には多くの人がいるが、一人だって死なない日のあるなずはない。一日に一人二人ぐらいにとどまろうか。だから鳥部野(とりべの)・船岡の葬場、あるいはその外の野山にも、野辺の送りの数の多い日はあっても、送らない日はない。だから、棺を売る者は、作ってそこに置く暇もなく売れてしまう。若いとか強いとかの区別もなく、思いがけないのは、実に死の到来の時期だ。とうとう今日まで遁れて生き延びてきてしまったのは、考えれば珍しいほどの不可思議じゃ。暫くでも世間をのどかなものと思ってよかろうか。継子立(ままこだ)てというものを双六の石で作っても、その石を立て並べたときには、取られる石がどれだろうかもわからないが、まず数え当ててその一つを取ってしまうと、その他は、一応取られないで遁れたなと見えるが、またまた数え当てては、この石あの石と間引いていくうちに、結局どの石も遁れることができなくて、みんな取られてしまう、人間の死も実にこれとよく似ている。兵士が戦陣に出るときには、死に直面していることをよくよく知っての上で、家をも忘れ身をも忘れる。ところが、俗世を遁れた世捨て人の住まいでは、閑かに庭いじりなどに遊び耽って、人の死をよそごとに考えて、聞いてもいないふうをしているのは浅はかなことだ。静かな山の奥、そこにも無常という敵、すなわち死が勢いよくやって来ないこともあろうか。死に直面していることは、戦陣に進んでいる兵士と同じことだ。
 
 矢張り、川田亜子さんは勇敢な戦士であったのであろう。だからこそ、無常という世の中の宿敵と一人孤独な戦いを行うことができたのではあるまいか。少なくとも「徒然草の第百三十七段」をブログで取り上げた“5月21日”の時点では確りと自らの死を意識していたように思われる。
 それにしても何故、彼女を助けて上げられなかったのか。親族、友人、知人の方々よ。少し酷な言い方ではあるけれども、あなたたちには彼女の自死に対しての責任がある。

“お疲れさま…。”の続きを読む>>
生と死 | 【2008-05-30(Fri) 00:10:02】
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プロジェリア(早期老化症)
 週末に二冊の本を読んだ。“生と死”について色々と考えさせてくれる著作である。また、それだけではなく私自身、若い頃より未だに疑問を持ち続けている“人間とは?”あるいは“生きるとは?”という“人間存在の根源的命題”に対して多くの示唆を与えてくれる著作でもある。
 このような、いわば“哲学的”ともいわれる命題については、歳を重ねるにつれ時折“青臭い”と非難の対象にもされる。しかし、いくら“青臭い”といわれようが出来れば明快なる解答を手にしたいものだ。生きていることの理由なり目的が“生きる為に生きている”だけではあまりにも寂しい。
 “生あるものは必ず滅びる”。人間とて例外ではない。即ち、考え方によっては“生きている目的とは死ぬことである”とも言えないことはない。人は“死ぬ為”にこの世に生まれてきた。だとすれば生まれてこない方が合理的であろう。だから、深く考えることはない。人は決して“死ぬ為に生まれてきた”のではない。それだけは“真実”であろう。自然(神)がそのような合理的ではない営みを創り出す筈はない。
 私ももう少し若い頃には“生きる為に生きている”ということを“悟りの境地”として考えていた時期がある。しかし、そのことは私たち一人ひとりが“今ここに生きている”ことの“ほんの一つの目的”であるだけに過ぎない。“生きている”、あるいは“生かされている”ことの“目的なり理由”は他にもたくさんある。そのことを知り、その目的なり理由を拾い集めていくことが“生きる”ということであり“人生”そのものだとある時期からは考えるようになってきた。
 “人生とは旅のようなものである”とは誰が最初に言った言葉かは知らないけれども、今のところ私は生きていることの目的なり理由を訊ねられたら“旅をすること”と答えるようにしている。
 “プロジェリア(早期老化症)”という希な病気に苛まれているアシュリーちゃんの母親であるロリー・へギ氏はその著書“みじかい命を抱きしめて”の中で自らの娘のことを“天使”であると語っている。

「短い人生を一生懸命生きることの大切さを教えたい。そして自らの死や生きる目的を考えてほしい。そうお望みになった神様が送り込んでくれた天使―それがアシュリーなのだ、と。」

 “人の10倍もの速さで歳をとっていくプロジェリアの子供たち”からは多くの大切な事柄を教えてもらえそうな気がする。“世界でわずか30~40人のプロジェリアの子供たち”。私にもアシュリーちゃんは“天使”のように思えてきた。
(関連投稿; “アシュリーちゃん”

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生と死 | 【2008-03-03(Mon) 23:22:21】
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