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あすなろおじさん

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「近・現代史」に興味があり、日々「美しい国・日本」を夢見ているちょっと(?)歳をとったちょっと太めの“あすなろおじさん”です。※※※※※※※※※
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沖縄の嘘
 11万人とはこのような状態。それにしても“主催者”はよくもまあ“このような嘘”を吐けたものだ。しかも“県民”ははたして何人いたのだろうか。“報道機関”“一部”はおそらく共犯者であろう。少なくとも“朝日”は(何時ものように)未だに謝罪していない。そのような“アサヒる”新聞社の報道」を信じろという方に無理がある。

“東京中日スポーツ”より

世界新の11万5300人動員 LAの五輪会場で記念試合
2008年3月31日 紙面から

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ロサンゼルス・メモリアル・コロシアムで行われたドジャース対レッドソックスのオープン戦。大観衆が詰め掛けた=29日(共同)


 【ロサンゼルス29日共同、国際電話】斎藤と岡島が11万人の前で投げた。ロサンゼルス移転50周年を迎えたドジャースは29日(日本時間30日)、五輪会場として建てられた当地のメモリアルコロシアムにレッドソックスを迎えてエキシビション戦を行い、野球の観衆としては世界新記録となる11万5300人が詰め掛けた。試合にはドジャースの斎藤隆(38)、Rソックスの岡島秀樹(32)両投手も登板し、初体験の大観衆の前でともに無失点に抑えた。この日の収益金は、すべて「がん撲滅キャンペーン」に寄付される。

 見渡す限り人、人、人…。試合が進むにつれ、巨大なメモリアルコロシアムは「空席が一つも見えなかった」(ドジャース・トーリ監督)というほどに、想像を絶する数のファンで埋まった。7回終了後に発表された観衆は「11万5300人」。公式に残る記録としては、56年のメルボルン五輪でエキシビション戦として行われた豪州代表×米国選抜の11万4400人を上回る世界新記録となった。

 ドジャースはニューヨークのブルックリンからロサンゼルスに本拠地を移転してから、今年が50年目。メモリアルコロシアムは、62年にドジャースタジアムに移るまでの4年間、本拠として使用した。移転50周年と「がん撲滅キャンペーン」の一環として行った今回は、同競技場での47年ぶりの試合だった。

 そんな歴史に残る試合に、斎藤と岡島もしっかりと名前を刻んだ。1-7とリードされた7回から4番手で登板した守護神の斎藤は、オープン戦の最終登板を2/3イニング1安打1四球2奪三振で無失点に抑え「うれしいな。(寒い中を)頑張って投げたかいがあった」と、顔を紅潮させた。

 四球と二塁打で無死二、三塁のピンチを迎えても後続を2者連続三振に仕留め、スタンドからは地鳴りのような拍手。この時点で投球数が21となったため途中降板し「ドジャースのユニホームを着ている限りは、今年も前に倒れる覚悟を持ってやる」と、31日の開幕戦(対ジャイアンツ)をにらんだ。

 日本開幕戦から米国に戻ったばかりの岡島も、7-2の8回に登板し、1イニングを1奪三振、3者凡退の完ぺき投球。11万人の前でも落ち着き、松坂が先発する4月1日の米本土開幕戦(対アスレチックス)に備えた。

 トーリ監督は4-7の敗戦にも「試合までが昔のように21-20のスコアになったらどうしようかと思ったけどな。お客さんは喜んでくれたと思う」と笑顔。ビッグイベントのホスト役を無事に務め、胸をなで下ろしていた。


“琉球新報”11万人報道

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県民大会に集まった11万人の参加者=2007年9月29日午後4時ごろ、宜野湾海浜公園(本社チャーター機から山城博明)



沖縄集団自決 | 【2008-03-31(Mon) 12:28:47】
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大阪地裁判決の実態
 大阪地裁で行われた「沖縄戦の集団自決を巡る“名誉棄損訴訟”裁判」。以下の原告側弁護人である徳永信一弁護士の発言が全てを語っている。

『…徳永信一弁護士は「軍が関与したという事実をもって、隊長2人が自決を命令したという名誉棄損表現を免責するのは論理の飛躍だ。裁判所は逃げたという思いを禁じ得ない」と述べた。』(“asahi.com”より)

 それにしても“朝日”の論考にはおかしなところが数多い。例えば冒頭の論説。
 「軍の関与」“深く”関与」と何気なく強調し、さらに「集団自決の背景に“軍の存在があった”ことを“明確に認めた”“すり替え”“レトリック”を利用して“論理を飛躍”させている。何時ものことではあるけれども、呆れてものが言えなくなる。“アサヒる”癖は今も健在のようだ。もしかしたら本人も分かっていないのかもしれない。もし分かって書いているとしたら相当な確信犯だ。とても“公正な言論機関”とはいえない。特定の政治的思想・信条を持った“プロパガンダ機関”である。

 ―それから、大江さん。原告は「軍の関与」など問題にしていませんよ。あなたが“嘘をついて金儲けをしているのだから謝れ”といっているだけですよ。それを「軍の関与」があったと裁判所が認めたからといって“私は正しかった”などと、よく臆面もなく記者の前で話せますねぇ。そういう人を日本人の良識では“恥知らず”というのですよ。そもそも“軍の関与”ばかりではなく“村長も助役も防衛隊員、そして村民も関与”していたでしょうし、“アメリカ軍も関与”していたのは自明の理です。ことさら“(日本)軍の関与”を強調させることもないでしょうに。それに“関与”“強制”は別の言葉ですよ。それを“すり替え”て使うのは止めて下さい。文学者ともあろう者が恥を知りなさい恥を。―
 
 と、愚痴の一つも言ってやりたくなる。“アサヒる報道機関”“ノーベル賞作家の大江氏”と大阪地裁の“深見敏正裁判官”に。

 ―それと「…太平洋戦争が始まった41年の春、故郷の愛媛県で国民学校(現在の小学校)に入学。軍国教育で「生きて虜囚の辱めを受けず」という訓示を受けた。…」と記事には書かれていますけれど、大江氏が相当に“私は頭がいい”と自ら自慢したいのか、記者が“読者をバカにしている”のかは分かりませんが、このような“印象操作”をしていると誤解されそうな記事はなるべく書かないようにした方が宜しいかと思いますよ。大江氏は確か1935年生まれ。大戦時は6~10歳の子供。そのような“子供の考えていたこと”を現代では余り信じることはいたしません。おそらく大江氏は相当に“素直なお子様”であったのでしょうから、日本の敗戦後のGHQの軍政下において行われていた“戦後民主主義教育”に毒されてしまうのも致し方ないことかもしれませんね。とはいえ“タテの構造への弱さ”等のような適切な日本人分析もできる方のようでもありますのでもう少し頑張って理性的な判断ができるように是非努力してみてください。このままでは“タテの構造への弱さ”を一番持っているのが大江氏だと勘違いされてしまいますよ。“朝日さん”に倣って言わせてもらえば“タテの構造への弱さ”とは“権威に阿る”ということでもありますし“選民思想の僕”“既得権益の擁護”“保身”も類義語だからであります。大江氏の言動を聞いていると、そしてそのような大江氏に屯する人たちを見ていると、“既得権益の擁護”“保身”に汲々としている人たちとしか私には思えません。是非ともノーベル賞作家でもある大江氏には『皇民教育』などという“矮小化(責任転嫁)された概念”にこだわることなくもっと“本質”を捉える努力をしてもらいたいものですねぇ。―

 と、愚痴の二つ目も言ってやりたくなってしまった。

 軍関与を司法明言 元隊長、悔しい表情 沖縄ノート判決
2008年03月28日13時16分

 集団自決は、旧日本軍が深く関与した――。岩波新書「沖縄ノート」などの記述をめぐる28日の大阪地裁判決は、沖縄・渡嘉敷島の島民らの悲惨な集団自決の背景に軍の存在があったことを明確に認めた。体験を語り継いできた島民らは安堵(あんど)の表情を浮かべ、「歴史の改ざん」を許さなかった判決を評価した。「国民に死を命じるわけがない」と主張してきた元戦隊長らは原告席で、訴えを退けた裁判長を凝視した。

     ◇

 「軍と国の教育を背景に軍の強制があり、悲劇が引き起こされたと考えている。私の書物が主張していることをよく読み取ってもらえた」

 閉廷後の記者会見で、大江健三郎さん(73)は判決をこう評価した。「今回の判決で軍の関与は非常に強いものだったことが明らかになった。教科書に『関与』という言葉しかなくても、教師はその背後にある恐ろしい意味を子どもたちに教えることができる」

 大江さんはこの日、法廷で判決の言い渡しを聴いた。表情を変えずに聴き入り、最後に裁判長に一礼した。

 太平洋戦争が始まった41年の春、故郷の愛媛県で国民学校(現在の小学校)に入学。軍国教育で「生きて虜囚の辱めを受けず」という訓示を受けた。戦後、中学時代に施行された憲法の9条が、その後の人生の「原点」になった。

 「将来の日本人が、沖縄戦での悲劇をもう一度繰り返すことにならないか。1945年の経験がありながら、日本人はタテの構造への弱さを克服していないのではないか」。大江さんはそんな懸念を抱き、日米安保問題で揺れる70年に「沖縄ノート」を出版した。これまでの出版数は32万部を超える。

 戦後文学の旗手として平和と反核に根ざした文学活動を続け、94年にノーベル文学賞を受賞。戦後60年が近づく04年6月、哲学者の鶴見俊輔さんや作家の故・小田実さんらと「九条の会」を結成。平和憲法の大切さを各地で講演し、戦地イラクへの自衛隊派遣も続くなか、市民に輪を広げていった。そんな活動のさなか、訴訟が起きた。

 昨年11月の本人尋問では証言台に座り、自らつづった陳述書を手に、3時間にわたり質問に応じた。集団自決は、当時の沖縄の人々が「皇民化教育」を受け、捕虜になる「辱め」を軍が許さない中で、軍と住民の「タテの構造」において強いられたと主張。著作について「訂正する必要を認めない」と言い切った。

 判決前、大江さんは朝日新聞の取材に「判決にあたって」と題する手書きの回答文を寄せた。「口頭なり文書なりの命令があったかなかったかは、『集団自決』の結果を揺るがせはしない。日本軍の構造の全体が、島民たちにこの大量の死を強制した」と改めて考えを述べ、こう結んだ。

 「日本の近代化をつうじて行われた『皇民教育』のイデオロギー復活に道を切り開かぬように努力する。それが私の作家活動の、終生の目標です」

     ◇

 元座間味島戦隊長の梅沢裕さん(91)は、悔しそうな表情を浮かべ、判決を読み上げる深見敏正裁判長を原告席から見つめ続けた。閉廷後、代理人弁護士に「控訴して闘う」と話した。

 日中戦争が激化する1939年、中国北部の戦地へ。44年、米戦艦を「特攻艇」で攻撃する任務を帯び、沖縄本島西側にある座間味島の部隊を統括する戦隊長を命じられた。当時27歳。終戦5カ月前の45年3月、米の上陸作戦で部下は相次ぎ命を落とした。米軍が攻撃を強めるなか、約130人の住民は集団自決で命を絶ったとされる。

 戦後10余年がたったころ、住民に自決を命じた元隊長と週刊誌で報じられた。「ショックだった。お国のために必死で戦ったのに」。軍の命令とした「沖縄ノート」のほか、教科書も「軍の強制」と指摘するようになった。85年、沖縄ノートにも引用された住民らの証言集「沖縄戦記・鉄の暴風」を出版した沖縄タイムス社に訂正を申し入れたが、断られた。戦友らの勧めもあって戦後60年の夏、元渡嘉敷島戦隊長の故・赤松嘉次さんの弟秀一さん(75)とともに「名誉を回復したい」と提訴した。

 昨年11月の本人尋問で、集団自決は、米軍上陸前に沖縄知事や各町村幹部らが県民集会で決議し、座間味島の助役らを通じて出した「行政側の指令だ」と持論を展開した。証言台に座る大江さんに原告席から厳しい視線を投げかけ、大江さんへの不満を記者会見であらわにした。「国民に死んでくれ、などという兵はいるわけがない」

 今月8日、原告側の判決前集会が大阪市で開かれ、元軍人から大学生まで支援者ら約200人が集まった。梅沢さんは壇上に立ち、マイクを手に訴えた。「沖縄で戦った部隊ほど悲しく寂しい軍隊はない。私や赤松が『悪役』とされたから、(『軍の命令』ということで集団自決の)犠牲者側は遺族年金をもらい、沖縄も復興した。しかし、真実は一つなのです」

 判決後、梅沢さんと赤松秀一さんは会見場に姿を見せず、弁護団が会見。弁護士によると、原告の2人は判決後、「本当ですか」と驚き、落胆した様子だったという。

 徳永信一弁護士は「軍が関与したという事実をもって、隊長2人が自決を命令したという名誉棄損表現を免責するのは論理の飛躍だ。裁判所は逃げたという思いを禁じ得ない」と述べた。



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沖縄集団自決 | 【2008-03-30(Sun) 15:41:28】
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大江健三郎氏の見解
 大江氏のコメントを読んで氏のことが益々嫌いになった。尚、被告の“大江健三郎”氏は1935年1月31日生まれ。“沖縄戦当時は5歳の子供”である。方や原告の一人である“梅沢裕”氏は沖縄戦で座間味島を守備した陸軍海上挺進隊第一戦隊長を務めた“沖縄戦体験者”のお一人である。即ち“当事者”である。
 “当事者”の話が軽んじられ、“戦争を知らない者たち”の話が“真実”だという。本当に悲しい現実だ。
 “政治的な意図”を持っているのは大江氏自身であろう。そのことも分からないとは救いようがない。これが“戦後民主主義者”の実態である。“日本軍が悪い”ことにしなければ飯が食えなくなる。
 せめて“日本軍”“国家官僚”とか“公務員”と言い換えてはもらえないであろうか。そうすれば現代的な意味合いを帯びてくる。たとえば“厚生省官僚”“国交省官僚”も“官僚”であることには“軍官僚”と変わりはない。ここに問題の本質の一端がある。

“msn産経ニュース”より


 大江氏「私が『沖縄ノート』には、2つの島で600人にも及ぶ人たちが軍に強制されて自殺した史的な事実を書いています。私は隊長の名を書かず、個人の名前をあげて悪人としたり罪人としたりしたことは一度もしていません。それはこれを個人の犯罪とは考えていないからです。これは軍と国が天皇の国民をつくるための教育を背景に、軍の強制があったとしているわけで、私の書物が主張していることは、きょうの裁判で良く読み取っていただいたと考えております」

 大江氏「今回、私は2つのことを問題としたい。一つは、私どもは裁判が始まってから、集団自決という言葉を使ったが、沖縄の人が常にいっていたのは『自決ではない』ということ。自決とは例えば、軍人がある責任をとって自ら死ぬこと。沖縄の人が追いつめられて自殺したのは、集団自決とはあたらない。今後使われないことが望ましいと思う。

 もう一つは、裁判の背景に、政治的な大きな動きがあったこと。具体的には、2003(平成15)年に有事法制ができあがった。有事法制について、ある新聞記者は戦争をするマニュアルだといったが、正しいと思う。戦争をできる国にするということだ。2005(平成17)年には私の沖縄ノートの訴訟が提起された。2007(平成19)年には教科書から、いったん軍の関与の意味を含んだ部分が取りさらわれた。

 11万人に及ぶ集会もあった。20代の終わりから沖縄にかかわってきたましたが、一番感動した集会だった。この3つの動き、軍の強制、命令、関与についての一連の動きは、有事法制が一番根本にあると思う。

 有事法制で日本に戦争できる法律が制定された。日本人が犠牲になるということを精神的、倫理的、道徳的に認めるかは、自由主義史観研究会と新しい教科書をつくる会は、精神的な整理をしなくてはならないと考えています。

 『沖縄ノート』に書いたことはこれからも主張する。戦争を忘れず、戦後の民主主義教育を忘れない。有事法制は、精神的、倫理的、道徳的にそれを拒む。この裁判では、経験したことを正確に証言したくれた人が何人もいる。それがこの裁判に反映されており、心から敬意を表したい」

--この判決を聞いた、率直な気持ちは

 大江氏「裁判が始まってから、私の文書が分かりにくいとか、意味が分からないという反響があった。自由主義史観研究会、新しい歴史教科書をつくる会で活躍している人たちの反論もあった。『沖縄ノート』はしっかりと読めば、主張は理解してもらえると思っている。裁判長が正確に読んでくださったということに感銘を受けた」

--民事訴訟の判決には出廷義務はないが、判決にあわせ、大阪地裁まで出向いた理由は

 大江氏「この裁判が始まったとき、最初は法廷には来なかった。まずは陳述書を読みたいと思い、それに長くかかった。それらを読んでこの裁判の思いが固まり、進んでここにきました。当初『沖縄ノート』が裁判にかかるとは思ってなかった。裁判を通じ今まで読まなかった書物を読んだ。私どもに共感を持っているものも、批判しているものも読んだ。

 裁判で、弁護士の主尋問にも答え、反対尋問にも答えた。きょうは、それを聞いた裁判官がどう評価するかに関心をもっていました。判決は非常によく理解できます。『沖縄ノート』をよく理解してくれているとわかる言葉があり、私の説明をよく聞いてくれたと思う」

--原告側の2人に対する感情は

 大江氏「私は、これは慶良間であった大きな犯罪だと考えています。軍が600人に自殺を強要した犯罪です。ただ、書物のなかで個人の名前をあげなかったことに示されるように、私は個人の犯罪でなく軍の犯罪と考えている。原告となっている座間味島の隊長だった方、渡嘉敷島の元隊長の弟さんには、2度お目にかかったが、個人的な感情が動かされることはなかった」



沖縄集団自決 | 【2008-03-29(Sat) 17:43:13】
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トンチンカンな判決
 「沖縄集団自決」の真の原因は“アメリカ軍の艦砲射撃”“無差別機銃掃射”である。これが第一の原因と考えられなければおかしい。何故このような当たり前の“真実”は語られようとしないのだろうか。
 裁判官はよく“相当の理由が認められる”と、バカの一つ覚えのような言葉を吐く。“相当の理由”というならば、既に日本本土では“非戦闘員の殺戮を目的とした無差別爆撃”が実行され多くの一般市民が犠牲となっているのだから、そのような連合国(アメリカ軍)の戦時国際法を無視した“残虐性”“集団自決”“相当の理由”として考えられるのではなかろうか。少なくとも当時“鬼畜米英”と呼称する“相当の理由”があったことは歴史が正直に証明してくれている。

 大阪地裁の深見裁判長の判決要旨の一部。
「…本件各書籍の各発行時において、家永三郎及び被告らが本件各記述が真実であると信じるについても相当の理由があったものと認めるのが相当であり、…」
 
 何れにしろこのような判決が“司法判断”として下されたことが問題だ。司法への信頼を極端に失わせれる判決である。深見敏正裁判長の罪は重い。要は「名誉毀損」を訴えた者に対して軍の関与が認められるから名誉毀損には当たらない」“トンチンカンな判決”を下したのが今回の裁判である。これでは司法の権威が失墜するのも止むを得まい。
 それにしても“大江健三郎氏のコメント”を読んでいると呆れてものが言えなくなる。

沖縄集団自決 | 【2008-03-29(Sat) 16:52:45】
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頑張れ!真実!
 『訴訟の最大の争点は、元隊長2人が住民に集団自決を命じた事実があったのか否か』であるにもかかわらず、当の大江氏は『命令の有無について正面から答えず、軍の関与など次元の異なる評価の問題に歪曲』論理のすり替え)して、司法も「真実と断定できない」と中途半端に原告への“配慮”を示し』(レトリック/ごまかし)ながらも「“事なかれ主義”の“官僚的(独善的)判断”」しか下せなかった。
 牧野氏の言うとおり「上級審の判断に期待」するしかない。果たして“司法の尊厳”は守られるのであろうか。何れにしろ“地裁(裁判官)のレベル”を疑うしかない。

“msn産経ニュース”より

司法の使命を放棄 沖縄集団自決訴訟判決
2008.3.28 11:56

 沖縄戦集団自決をめぐる訴訟で大阪地裁は、旧日本軍が自決に深くかかわったと認定し、大江健三郎氏が隊長命令説を信じた「根拠」として名誉棄損の成立を認めなかった。軍の関与や責任論に議論をすり替えた大江氏らの政治的主張を採用した形で、疑問符がつく判決だ。公正な目で真実を見極めるべき司法の使命を放棄したに等しい。
 
 訴訟の最大の争点は、元隊長2人が住民に集団自決を命じた事実があったのか否か-に尽きた。大江氏は自ら現地調査をせず、研究者の戦史を引用する形で自著『沖縄ノート』に命令説を記述した。

 訴訟で命令の意味を問われると、軍は当時、島民に「軍官民共生共死」の方針を徹底した▽軍-沖縄守備軍-2つの島の守備隊のタテの構造で自決を押しつけた▽装置された時限爆弾としての命令だった-などと独自の解釈を披露した。

 この論法は命令の有無について正面から答えず、軍の関与など次元の異なる評価の問題に歪曲したものだ。しかも著書のどこを読んでもそんな解釈は記されていない。厳密にいえば隊長命令説はすでに崩れているのだ。

 判決は著書に記されたような命令は「真実と断定できない」と中途半端に原告への“配慮”を示した。高齢の元隊長らに残された時間は長くはない。司法は、国民の権利擁護を担う「最後の砦(とりで)」として、汚名を着せられ続けた被害者を救済すべきだ。上級審の判断に期待したい。

(牧野克也)


 原告のお二人と弁護団の方々。
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沖縄集団自決訴訟で入廷する原告の梅沢裕さん(前列中)、赤松秀一さん(前列左)ら =28日午前9時41分、大阪市北区の大阪地裁(撮影・門井聡)

 “敗戦利得者の代表的人物”の一人である被告のノーベル賞作家・大江健三郎氏。“敗戦利得者”にとって一番大切なものは、“日本悪玉史観”に基づく“既得権益”と自らの“保身”だけである。(参考; “大江健三郎語録”
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沖縄集団自決訴訟の判決のため大阪地裁に入る被告の大江健三郎氏=28日午前9時31分、大阪市北区(撮影・門井聡)

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沖縄集団自決 | 【2008-03-28(Fri) 18:42:55】
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裁判官の欺瞞
 『…深見敏正裁判長は「書籍に記載された内容の自決命令を発したことをただちに真実とは断定できない」としながらも、「(命令の)事実については合理的資料や根拠がある」と認定。名誉棄損の成立も認めず、原告側の請求をすべて棄却した。…』

 このような“訳の分からない悪文”を平気で臆面もなく弄するのが裁判官である。「AはBと“断定できない”しかし「AはBであるという“合理的資料や根拠がある”、よって「原告側の請求をすべて棄却」。
 “合理的資料や根拠がある”のならば“断定”しなければいけない。それが“法の番人”としての務めであろう。一般常識として“断定できない”のは“合理的資料や根拠がない”ということである。このような当たり前のことが分からないのであろうか、裁判官ともあろう者が。
 即ち、言いたいことは「疑わしきは罰せず」ということか。しかし、よく考えてもらいたい。要は「名誉毀損」である。「“真実とは断定”できない事柄」によって「名誉を毀損」をされたと訴えているのにもかかわらず、この“深見敏正”とかいう裁判長は「名誉毀損の請求を棄却」してしまっている。そして、その理由が“断定はできない”けれども“合理的資料や根拠がある”“認定”したからだという。『“断定はできない”ものを“認定”する』ということだ。一体何様のつもりでいるのかこの裁判官は。まさか自らのことを“神様”だとは思ってはいまい。
 以下に転載の記事に今般の大阪地裁の深見敏正裁判長による“判決の要旨”が記されている。
 この“要旨”を読む限りにおいては、如何に“法曹界の常識”“一般常識”とかけ離れているかがよく分かる。あくまでも“既得権益”を擁護する為の“詭弁(レトリック)”であり、決して“事実・真実”を問うものではないことがあからさまにその論旨には現れている。“裁判官”ともあろうものがこのような“詭弁”を弄して恥ずかしくはないのであろうか。おそらく相当国民を“なめている”としか考えられない。今さらながらに“法曹界”の人たちの“常識”とその“人間性”を疑ってしまう。このような人間が“裁判官”を勤めているのである。これでは“法の公正”など誰も信じるものは居なくなる。権威に阿り、利権に迎合するのが現実の法曹界の姿であり、自らの“栄達(立身出世)”、そして“保身”に明け暮れているのが私が知る“裁判官”といわれる人間の“実態”である。そこには“優れた人間(真実を追究しようと努力する人間)”としての魅力が微塵も感じられない。あるのは“堕落した人間(保身“既得権益の擁護”に明け暮れる人間)”の姿である。ものごとの“本質”を捉えることができず、“既成観念”に囚われて、ただ闇雲に人を蹴落とし自らの欲望を達成することを目的とした“勤勉”により鍛えられたレトリックを屈指して、無理やりに論理を帰結させている、いわゆる“優等生”の姿しかそこには見えない。そしてその“独善的な論考”の後ろ盾になっているのが“法律”“権威”という人間が作り上げた“未熟な時代物語”“借り衣装”である。おそらく“悪文”を読みすぎて思考回路が麻痺してしまっているのであろう。そのような人間が“法曹界”には屯しているように思えて仕方がない。いわば人間として“未熟な集団”が少なくとも“日本の法曹界”の姿である。いわば“現行の法律の文言”の範疇でしかものごとを語れない“偏執狂的保身集団”ともいえようか。勿論、だからこそ“法治国家”が成り立つともいえようが。
 何れにしろ、このような“不当(偽善)判決”を繰り返している限り、“法の威厳”は失われるばかりである。自らは職務に忠実に働いているつもりではあろうけれども、それが故に“法律への尊厳”は闇の彼方へと消え去ってしまっている。“優秀な官僚としての裁判官”には“テキスト(教科書)”にはない“正常な思考回路”が失われてしまっているのであろう。これが法曹界に限らずあらゆる社会で垣間見られる“学業だけ秀才”と思われるの者たちの宿痾でもある。後は控訴審に期待するしかない。とはいえ、高齢の原告である元座間味島戦隊長で元少佐の梅沢裕さん(91)と元渡嘉敷島戦隊長の故赤松嘉次・元大尉の弟さんの赤松秀一さん(75)のご健康が気にかかる。
 

“msn産経ニュース”より

元守備隊長の請求棄却 沖縄集団自決訴訟
2008.3.28 11:14

 先の大戦末期の沖縄戦で、住民に集団自決を命じたとする誤った記述で名誉を傷つけられたとして、旧日本軍の元戦隊長と遺族が、ノーベル賞作家の大江健三郎氏(73)と岩波書店(東京)を相手取り、大江氏の著書「沖縄ノート」などの出版差し止めや2000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が28日、大阪地裁であった。深見敏正裁判長は「書籍に記載された内容の自決命令を発したことをただちに真実とは断定できない」としながらも、「(命令の)事実については合理的資料や根拠がある」と認定。名誉棄損の成立も認めず、原告側の請求をすべて棄却した。原告側は控訴する方針。

 戦後、定説のように流布された「隊長(軍)命令説」の真実性が最大の争点だった訴訟は日本史の教科書検定にも影響を与えたが、判決は、軍が上意下達の組織だったとして元隊長らの「関与」を認め、大江氏らが命令説を真実と信じた相当の理由があると判断した。判決は、真実性について明確には認めなかったが、大江氏らが命令説を真実と信じた相当の理由があったとして、名誉棄損を否定する「真実相当性」を棄却の根拠とした。

 原告は元座間味島戦隊長で元少佐の梅沢裕さん(91)と元渡嘉敷島戦隊長の故赤松嘉次・元大尉の弟、秀一さん(75)。対象となったのは「沖縄ノート」と、歴史学者の故家永三郎さんの「太平洋戦争」(岩波書店)の2冊。

 深見裁判長は、多くの体験者が手榴(しゆりゆう)弾は自決用に交付されたと語っている▽沖縄に配備された第32軍は防諜を重視し、渡嘉敷島では部隊を離れた防衛隊員の島民を処刑した▽自決のあったすべての場所に日本軍が駐屯し、駐屯しなかった場所では自決がなかった▽軍は両元隊長を頂点とする上意下達の組織だった-などとして軍や元隊長が自決にかかわったと認めた。

 大江氏は昭和45年に発行した「沖縄ノート」で、「住民は部隊の行動をさまたげないために、また食糧を部隊に提供するため、いさぎよく自決せよ」という戦史の文言を引用して両島の隊長命令説を記述。特に赤松元大尉については「集団自決を強制したと記憶される男」「戦争犯罪者」などと記した。

 大江氏は昭和45年に刊行された『沖縄ノート』で、研究者による戦史の文言を引用して両島の隊長命令説を記述。特に赤松元大尉については「集団自決を強制したと記憶される男」「戦争犯罪者」などと記した。

 集団自決隊長命令をめぐっては、作家の曽野綾子さんが渡嘉敷島の現地取材を経て48年に出版した『ある神話の背景』で疑問を投げかけた。さらに、座間味島の生存者の女性が生前、「軍命令による自決なら遺族が年金を受け取れると説得され、偽証した」と吐露したことを、娘が平成12年に出版した本で明らかにするなど、隊長命令説の信憑性は大きく崩れている。した。

                  ◇

 藤岡信勝・拓殖大教授の話 「全くの不当判決だ。大江氏は『沖縄ノート』で根拠なく隊長命令があったと明言し、なかったという住民らの証言に耳を傾けようとしなかった。さらに自決するなと言わなかった元隊長の不作為を《命令》だったと、裁判のための理屈を並べた。この論理が法廷で通用するはずがない。大江氏ほどの文学者が《命令》という日本語をねじ曲げていることにほかならない。最近は座間味島の元隊長が、自決をするなと止め、自決のために忠魂碑前に集まった住民らを解散させたとする証言も出てきた。いまだ命令があったとする主張を続けるのは許し難い。それだけに全く想定できない判決で残念だ」

                    ◇

 沖縄戦の集団自決をめぐる訴訟で、大阪地裁が28日言い渡した判決の要旨は次の通り。


【1】 『沖縄ノート』は、座間味島及び渡嘉敷島の守備隊長をそれぞれ原告梅沢及び赤松大尉であると明示していないが、引用された文献、新聞報道等でその同定は可能であり、本件各書籍の各記載は、原告梅沢及び赤松大尉が残忍な集団自決を命じた者であるとしているから、原告梅沢及び赤松大尉の社会的評価を低下させる。

【2】 『太平洋戦争』は、太平洋戦争を評価、研究する歴史研究書であり、『沖縄ノート』は、日本人とは何かを見つめ、戦後民主主義を問い直した書籍であって、原告梅沢及び赤松大尉に関する本件各記述を掲載した本件各書籍は公共の利害に関する事実に係わり、もっぱら公益を図る目的で出版されたものと認められる。

【3】 原告らは、梅沢命令及び赤松命令説は集団自決について援護法の適用を受けるためのねつ造であると主張するが、複数の誤記があると認められるものの、戦時下の住民の動き、非戦闘員の動きに重点を置いた戦記として資料価値を有する『鉄の暴風』、米軍の『慶良間列島作戦報告書』が援護法の適用が意識される以前から存在しており、ねつ造に関する主張には疑問があり、原告らの主張に沿う照屋昇雄の発言はその経歴等に照らし、また宮村幸延の『証言』と題する書面も同人が戦時中在村していなかったことや作成経緯に照らして採用できず、『母の遺したもの』によってもねつ造を認めることはできない。

【4】 座間味島及び渡嘉敷島ではいずれも集団自決に手榴弾が利用されたが、多くの体験者が日本軍の兵士から米軍に捕まりそうになった際の自決用に手榴弾が交付されたと語っていること、沖縄に配備された第三二軍が防諜に意を用いており、渡嘉敷島では防衛隊員が身重の妻等の安否を気遣い数回部隊を離れたために敵に通謀するおそれがあるとして処刑されたほか、米軍に庇護された2少年、投降勧告に来た伊江島の男女6名が同様に処刑されたこと、米軍の『慶良間列島作戦報告書』の記載も日本軍が住民が捕虜になり日本軍の情報が漏れることを懸念したことを窺わせること、第一、三戦隊の装備からして手榴弾は極めて貴重な武器であり、慶良間列島が沖縄本島などと連絡が遮断され、食糧や武器の補給が困難であったこと、沖縄で集団自決が発生したすべての場所に日本軍が駐屯しており、日本軍が駐屯しなかった渡嘉敷村の前島では集団自決が発生しなかったことなどの事実を踏まえると、集団自決については日本軍が深く関わったものと認められ、それぞれの島では原告梅沢及び赤松大尉を頂点とする上意下達の組織であったことからすると、それぞれの島における集団自決に原告梅沢及び赤松大尉が関与したことは十分に推認できるけれども、自決命令の伝達経路等が判然としないため、本件各書籍に記載されたとおりの自決命令それ自体まで認定することには躊躇を禁じ得ない。

 原告梅沢及び赤松大尉が集団自決に関与したものと推認できることに加え、平成17年度までの教科書検定の対応、集団自決に関する学説の状況、判示した諸文献の存在とそれらに対する信用性についての認定及び判断、家永三郎及び被告大江の取材状況等を踏まえると、原告梅沢及び赤松大尉が本件各書籍記載の内容の自決命令を発したことを直ちに真実であると断定できないとしても、その事実については合理的資料若しくは根拠があると評価できるから、本件各書籍の各発行時において、家永三郎及び被告らが本件各記述が真実であると信じるについても相当の理由があったものと認めるのが相当であり、それは本訴口頭弁論終結時においても変わりはない。

 したがって、被告らによる原告梅沢及び赤松大尉に対する名誉毀損は成立せず、それを前提とする損害賠償はもとより本件各書籍の差し止め請求も理由がない。

【5】 『沖縄ノート』には赤松大尉に対するかなり強い表現が用いられているが、『沖縄ノート』の主題等に照らして、被告大江が赤松大尉に対する個人攻撃をしたなど意見ないし論評の域を逸脱したものとは認められない。



沖縄集団自決 | 【2008-03-28(Fri) 18:02:28】
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報道されない史実
 “報道されない史実”とタイトルを付けては見たものの、“産経新聞(Net View)”だけには報道されている。因みに他の新聞(ネット)で調べてみたけれども、矢張り“産経新聞だけ”の報道であった。呆れ返るのは“毎日jp”。“つぶやく”つもりでコピペはしては見たものの、余りのバカらしさに“つぶやく”のは止めにする(“続き”参照)。“宮城晴美”さんは“女性史家”と紹介はされているけれども、この記事の内容が事実であるとするならば“女性史家”とは“歴史家”のことではなさそうだ。おそらく“活動家”の別称であろう。
 とりあえず、今のところ“産経新聞でしか報道されていない記事(史実)”を以下に抜粋して転載する。

『戦後間もない昭和25年に沖縄タイムス社から出された沖縄戦記「鉄の暴風」(初版は朝日新聞社刊)では、それぞれの島に駐屯していた日本軍の隊長の命令によって集団自決を強いられたとされ、大江健三郎さんの「沖縄ノート」や家永三郎さんの「太平洋戦争」など多くの に引用されてきた。』

『…ただひとり生き残った女子青年団の宮城初枝さんが生前の昭和50年代に、「梅沢少佐の自決命令はなかった。戦後、遺族の方が援護法の適用を受けられるように、事実と違う証言をした」などと娘や梅沢さんに告白している。』

『 村長の解散支持が出された後の3月26日未明、宮平さん一家7人は梅沢少佐の配下にあった整備中隊の壕に行った。そこで、秀幸さんが中隊長の中尉に忠魂碑前で自決できなかったことを話すと、中尉は「死に急ぐことはない。1人でも多く生き残るべきだ」と話し、軍が保管していた玄米、乾パン、乾燥梅干しなどを与えられた。
 宮平さん一家は第1戦隊第2中隊の壕でも、別の中尉から、コンペイトウ、ミカンの缶詰、黒糖アメなどをもらったという。』


『 日本側の記録によれば、その後、いずれの将校も米軍に斬り込み、戦死している。』

2008年2月23日 産経新聞(Net View)より2008.02.23.sankei.02

『 座間味島では今も、宮平さんを含め、日本軍のことを悪く言う住民は少ない。』

『…沖縄県の元援護担当者の照屋昇雄さんが「軍命令は遺族の援護法を適用するための創作だった」と証言し、軍命令説はほぼ否定された。』

『 文部科学省はこうした学問状況を踏まえ、日本軍に集団自決を強制されたとする断定的な教科書記述に検定意見を付けたが、検定意見の撤回を求める沖縄県議会の決議などに押されて、検定後の訂正申請で、軍の強制を意味する記述の復活を認める異例の措置をとった。』

“報道されない史実”の続きを読む>>
沖縄集団自決 | 【2008-02-23(Sat) 18:09:56】
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沖縄の一つの真実
『…これに対し、梅沢少佐は「そんなものは渡せない。われわれの役目はあなた方を守ることだ。なぜ自決させなければならないのか。ただちに、集った住民を解散させて、避難させよ」と命じた。』

 “沖縄での集団自決を日本軍の強制”と声高に喧伝する人たちを良く見てもらいたい。殆どは戦後生まれの“戦争を知らない世代”である。“戦争を知らない人たち”が戦争を語り“戦争体験者”の話を“捏造(嘘)”だと非難する。あるいは“現在の価値観”で、はたまた“特殊な価値観”“日本の過去”を裁いている。いい加減“真実”が語られるべきだ。
 “日本悪玉史観≒左翼史観(マルクス史観)”こそ“諸悪の根源”である。“敗戦利得者”は悔い改めよ。

2008年2月23日 産経新聞(Net View)より2008.02.23.sankei.01


“敗戦利得者”“思考パターン”

        ①“沖縄での集団自決を日本軍の強制”と断定。
        ②“憲法改正”反対。
        ③“国旗掲揚・国歌斉唱”反対。
        ④“靖国神社参拝”反対。
        ⑤“南京大虐殺”の肯定。
        ⑥“従軍慰安婦”の肯定。
        ⑦“人権擁護法案”賛成
        ⑧“在日の地方参政権”賛成
        ⑨“竹島問題”・“尖閣諸島問題”・“北方領土問題”無関心
        ⑩“自由・平等・平和・人権”が合言葉。
        等など。

沖縄集団自決 | 【2008-02-23(Sat) 16:36:35】
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左翼の陰謀 ⑦
左翼の陰謀(情報操作)

2007年12月27日 産経新聞(Net View)より

「…沖縄県民が正しい情報にアクセスできるようにしないといけない。県民の知る権利をもっと守る対策を、国民として考えるべきであろう。」

2007.12.27.sankei.09 “沖縄集団自決問題”については上記の櫻井よしこ氏のコメントに尽きるであろう。
 即ち“マスメディアの陰謀”ということである。“情報操作”が公然と行われている。このような“実態”を私たちは理解しなければならない。
2007.12.27.sankei.13 そしてこのような“情報操作”は何も沖縄だけのことではなく、世界のあらゆるところで行われている。殊に日本に於いては未だに“敗戦利得者”による“情報操作”が臆面もなく行われ“事実・真実を隠蔽”し続けている。
 “東京裁判史観”なり“日本悪玉史観”“敗戦利得者達の情報操作”により捏造された“偽りの歴史観”である。
 多くの日本の方々が“戦後体制の呪縛”から解放されて“真実”を手に握り締めることができますように。新年を迎え祈念する。

あけましておめでとう。


沖縄集団自決 | 【2008-01-01(Tue) 00:12:07】
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左翼の陰謀 ⑥
“琉球新報”も左翼の巣窟?

2007年12月27日 産経新聞(Net View)より

2007.12.27.sankei.14 沖縄の方たちには是非、“産経新聞”を読まれることをおすすめする。“沖縄タイムス”“琉球新報”を読むなということではない。より世界が広がることは間違いない。ただし、“産経新聞”だけでもこれまた困りものだ。“産経新聞”は“産経新聞”なりの“カラー”がある。一つの“事実”からは様々な光が発せられている。それを“報道機関という名のフィルター”を通して私たちは眺めるわけだ。だから、同じフィルターを通していてはものごとの実態がつかめなくなる。中には“赤い色”しか通さないフィルターもあれば“大きく偏向”させる“異常なフィルター”さえ時たま現れる。
 そのような色の違いを見極める為には多くのフィルターを通してものごとを見つめてみることが必要だ。様々な色合いを比較しながら自ら“真実の色”を見つけていく。“事実”はフィルターを通さずには決して報道されない。勿論、自分自身も“フィルター”の一つである。自らのフィルターは自らの力、努力で“改良”していかなければならない。ほっぽらかしておくと必ず濁ってくる。“屈折率”も激しくなるし、それよりも“透過率”が悪くなる。100の光が通過しても半分の光も感受できなくなってしまうかもしれない。それに“色盲”にもなりかねない。日ごろの鍛錬・手入れが肝要である。
2007.12.27.sankei.15 それにしても“沖縄タイムス”は相当な偏光率を有したプリズムらしい。48年5月16日一面トップで「復帰一年の“屈辱の日”実感 県民の不満が増大」と書いたらしい。負けずに“琉球新報”も同日付で「五月十五日を“屈辱の日”に 返還は県民意思を無視」とぶちかましているそうだ。これでは公共の報道機関とはとても言えそうにない。セクト新聞の論調である。今は流石に少しは改心していると思いたいが、例の「11万人」がある。
 何れにしろ『日本復帰にめどがついたら、琉球独立論が噴出した。沖縄の右派も左派も、沖縄は薩摩藩による琉球征伐、廃藩置県、沖縄戦の3つの犠牲になったという「恨み」と「反感」は共通していた…』という記事には驚かされた。そして記事は続けて「…左右双方がその思いを表現する手段として地元紙を使った」と記されている。これでは“筋金入りの左翼新聞”ではないか。おそらく“赤”の色しか通さないプリズムを所有しているのかもしれない。兎も角、「恨み」「反感」では正しく“小中華思想の発想”である。何等かの“共産主義思想”“中華思想”が浸潤しているとしか思えない。これは大変に恐ろしいことである。

※注; 後日、加筆修正予定。

沖縄集団自決 | 【2007-12-31(Mon) 00:29:47】
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左翼の陰謀⑤
“沖縄タイムス”は左翼の巣窟?

2007年12月27日 産経新聞(Net View)より

2007.12.27.sankei.12 沖縄のメディアはおかしい。沖縄県内の新聞発行部数は異常である。“沖縄タイムス”“琉球新報”でほぼ100パーセントに近い。これでは情報が偏り過ぎる。“情報操作”がいとも簡単に行われてしまう。「11万人の虚報」の原因を垣間見ているようだ。
 沖縄の人たちには是非、インターネットを活用してもらいたい。今のところ情報操作がし難い媒体である。様々なニュースソースを比較していただきたい。そうすれば何が虚報かは自ずと理解できるようになるであろう。
 もし、インターネットがなければ“朝日新聞”は未だに発行部数首位の座を保っていたことであろう。“TBSのニュース番組”も高視聴率を確保していたのではないであろうか。“NHK”でさえこれほど信頼を失うこともなかったのではあるまいか。とはいっても私は“NHK”をある程度は信頼している。時たま“とんでもない番組”も作るがそれ以上に“良い番組”が多いような気がする。伊達に高い給料はもらっていない。それなりに優秀な方々が多くいるのであろう。確かに、番組だけに限らず“とんでもない人たち”もちらほらいるようではあるが“TBS”に比べれば立派な放送局であると私は思う。だから“受信料”は確りと支払っている。

沖縄集団自決 | 【2007-12-31(Mon) 00:11:22】
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左翼の陰謀④
悪辣な左翼の陰謀

2007年12月27日 産経新聞(Net View)より

2007.12.27.sankei.10 「集団自決を削除と誤解」等とは簡単には結論付けることはできそうもない。
「この記述をなくそうとしている人たちは、沖縄戦を経験したおじい、おばあがウソをついている言いたいのか」「9月29日の県民大会で、高校3年生の2人が集団自決に関する教科書検定を批判するシーン」「繰り返しテレビ各局が放映」したらしい。しかし『…検定意見がついた背景に、元琉球政府職員の照屋昇雄氏らの新証言があったことを知っていたのはわずか17%。8割の人が「知らない」と答えた。』ということらしい。
 結果、『検定意見は「軍が(自決を)命令したかは明らかとはいえない」と指摘したにすぎない』にも拘らず、「多数の県民は報道を通じ、集団自決そのものが抹消されたと誤解している。…」らしい。そしてその原因は「…地元紙は、検定対象が軍命令の有無であることをストレートに報道してこなかった」ことであるようだ。
2007.12.27.sankei.11 しかし、確かに「沖縄の新聞などの異常な報道ぶりは、誤報でしかない」にしても『「軍命令はなかったという話をすると、「非県民」扱いされる。だから本当のことは言えない』という沖縄の人たちの鬱屈した心情には驚かされる。
 色々なことがあるのであろう。兎に角“集団自決は日本軍の命令”としておけばいらぬ憎しみも生まれてはこない。このことは“日本国”として受け入れるべき事柄なのかもしれない。“沖縄の集団自決”に限らず、大陸も含めた日本の各地で“集団自決”は行われた。それら全てを私たちは“日本軍の命令(強制・教育)”として受け止める必要があるのかもしれない。たとえそのことが史実に反することであったとしても。
 ただ、私としては是非、沖縄の人たちに“事実”を見つめてもらいたい。“事実”を見つめ“真実”を手に握り締めていただきたい。たとえそのことが多大な苦痛を齎すものであったとしても“事実”は“事実”として確りと受け止めていただきたい。もしその為に未だ時の経過が必要だというならばそれはそれで致し方ない。無理に事実を明らかにすることはない。沖縄の人たちが自ら“事実”を拾い上げるまで待とうではないか。
 しかし、意図的なマスメディアの報道はいただけない。殊に“沖縄タイムス”の報道姿勢には大いなる疑問を感じる。沖縄の人たちの心をもてあぞぶのだけは止めてもらいたい。

マスコミは沖縄県民の心を弄ぶな!


沖縄集団自決 | 【2007-12-31(Mon) 00:10:05】
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左翼の陰謀③
左翼マスメディアの陰謀

2007年12月27日 産経新聞(Net View)より

異論認めぬ画一的報道
2007.12.27.sankei.05
黙殺された当事者証言

2007.12.27.sankei.06  何か余りにも酷すぎる。左翼の、敗戦利得者たちの陰謀が。「鉄の暴風ー沖縄戦紀」は知る人ぞ知る「トンデモ本」である。世の中には「トンデモ本」が数多い。この沖縄タイムズ社編の「鉄の暴風ー沖縄戦紀」の他にもアイリス・チャンの「レイプ・オブ・南京」や吉田清治氏の「私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行」等はその代表的な著作になろう。そういえば「レイプ・オブ・南京」は翻訳本の出版が差し止められていが、最近何かの記事で出版が報じられていたような気がする。早速調べてみよう。
 それはさておき、この沖縄タイムズ社編の「鉄の暴風ー沖縄戦紀」がいかにいい加減な本であるかは記事を読めば一目瞭然である。この著作に実名で登場する知念朝睦氏は「沖縄タイムズの記者が私に取材を申し込んだり、話を聞きに来たりしたことは全然無かった。…」と語っている。
2007.12.27.sankei.07『《これ(自決命令)を聞いた副官の知念少尉(沖縄出身)は悲憤のあまり、慟哭し、軍籍にある身を痛嘆した》
 だが、知念氏は実際には「そんな隊長命令はなかった。渡嘉敷島の人からも、戦友からも聞いたことがない」と証言し、軍命令の存在を明確に否定している。』

 即ち、『この証言によれば、沖縄タイムスは現場を知る生き証人である知念氏を一度も取材しないまま知念氏が軍命令を聞いたと決めつけ、その心中まで推し量って本を書いたことになる。』
 また、『沖縄の新聞やテレビは、私のような体験談や意見を全く流さない』と、沖縄戦の生き証人である知念氏は指摘する。
 さらに、『戦後の琉球政府で旧軍人軍属資格審査員として軍人・軍属や遺族の援護業務に携わった“照屋昇雄氏”』は『「遺族たちに戦傷病者戦没者遺族等援護法を適用するために、軍による命令ということにし、自分たちで書類をつくった」ことを証言し、当事者として軍命令説を否定』すると同時に、照屋氏ご自身が一週間にわたり住民の聞き取り調査を行った結果『隊長命令があったと言った人は1人もいない。これは断言する』と語っておられる。
2007.12.27.sankei.08 照屋氏を誹謗中傷し照屋氏の証言を“捏造”と決めつけた“沖縄タイムス”は謝罪も訂正の申し入れも行っていないそうだ。何処かの大手の「アサヒる」ことの得意なマスメディアとよく似ている。そして何処かの国の外交姿勢とも。その国とは、言うまでもなく「共産党一党独裁政権の中華人民共和国」である。
 このような不可解な現象は今般の「沖縄集団自決」に限らず「従軍慰安婦」「南京大虐殺」でも見られる共通した図式だ。“歴史の捏造”“共産主義者(マルキスト)”の常套手段である。目的の為なら手段を選ばない。これが共産主義者の本質でもある。基本的人権を無視し、世の中を混乱に陥れるのが“共産主義者”であり“原理主義者”である。 ロシア革命を見るが良い。ロマノフ王朝の凄惨な終焉を。文化大革命の大量殺戮を忘れてはならない。今も続くチベットへの侵略や法輪功への弾圧を。共産主義者の人命を蔑ろにするエゴイスティックな残虐性を数え上げていたら切りがない。

“共産主義”は“悪魔の囁き”である。
マルキストの謀略に騙されるな! 


沖縄集団自決 | 【2007-12-30(Sun) 19:42:39】
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左翼の陰謀②
左翼と官僚(と政治家?)の共同謀議

2007年12月27日 産経新聞(Net View)より

2007.12.27.sankei.04 屋山太郎氏が「教科書改善の会」の「代表世話人」だとは知らなかった。
 現代史家の秦郁彦氏は「玉虫色の結論」と評価されている。将に「官僚的な結論」とでも言おうか「事なかれ主義を貫いた」ということであろう。そして政治評論家の屋山太郎氏は「最終的な記述内容に特に異論はない。だが、新しい事実や証言が出てきたわけでもなく、訂正申請がなぜ行われたのか理解に苦しむ。訂正申請した教科書会社側も、受理した文科省・検定審側もお互いに“政治的行為”を行った。今後も同様の事態を認めれば、教科書記述はいくらでも変えられることになる。本来はあり得ない措置だ」と皮肉を込めた正論を述べられている。また、藤岡信勝氏は「最悪の結果」と語り「福田首相と渡海文科相の責任は重大だ」とさらに問題を掘り下げた視点から辛辣な意見を述べられておられる。
 それぞれに傾聴に値する貴重なご意見である。期せずしてこのお三方は私の大切なオピニオンリーダーの方々でもある。
 何れにしろ屋山氏の言葉をお借りすれば“政治的行為”ということになろうが“左翼と官僚の共同謀議”であることは確かなようだ。そこに若干政治家も参加しているのかもしれないけれども、たてまえは“政治は不参入(不参加)”であるはずであるので、ここではとやかく言うことは控えよう。
 それはそれとして、何か“沖縄”がおかしい。もしかしたら“左翼の巣窟”になってしまっているのであろうか。心配である。

沖縄集団自決 | 【2007-12-30(Sun) 17:54:03】
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左翼の陰謀①
左翼と官僚の共同謀議

2007年12月27日 産経新聞(Net View)より

2007.12.27.sankei.02 本当に呆れ返ってしまう。左翼(敗戦利得者)も左翼だが文部科学省も文部科学省である。おそらく文部科学省の役人(官僚)も次の検定の時期には配置換えで担当ではないので、得意の“事なかれ主義”に基づいて自らの立場を保全することの目的で出された結論であろう。国家のことよりも自らの立場・生活の方が大切なのである。国民の税金によって生活を営みながら、それを当然の“権利”として受け止め義務を果たそうとしない。自らの生活の安定、“天下り”のことだけを考えて仕事に励んでいる。そのような“背任行為”の結果が“二重検定”の醜態である。国家官僚はここまで堕落してしまっているのか。
 少し記事を読み進めてみる。

『沖縄集団自決をめぐり、教科書会社から出された訂正申請が、検定審議会で承認された。』

 「承認!?」。冗談でしょう…。

『当初の検定意見は、集団自決が日本軍の命令によって強制的に行われたとする誤った記述に対して付されたものだ。』

 なのに…“誤り”を承認?!」

『これでは、検定は何だったのかとの疑問を指摘されてもやむを得まい。』

 もっともだ。

『文部科学省は訂正申請を認めた理由を「住民の側から見て心理的に強制的な状況のもとで、集団自決に追い込まれたと読み取れる」などと説明しているが、国民には分かりにくい。』

 これは「官僚的な意図的悪文」である。即ち「意味不明」、「言い逃れ」、「無責任」。『…集団自決が日本軍の命令によって強制的に行われたとする誤った記述…』

2007.12.27.sankei.03『そもそも、訂正申請は誤字・脱字などに対してのみ認められ、検定意見にかかわる訂正は許されていない。』

 だとすれば、明らかな逸脱行為ではないか!

『審議会には、沖縄戦に詳しい専門家9人の意見書が提出され、日本史小委員会だけでも7回も開かれた。事実上の“二重検定”であり、それ自体、検定制度を逸脱している疑いが強い。』

 この記事が正しければ明らかなる二重検定であり検定制度に対する逸脱行為である。将に“官僚”の思うがままである。この件で文部科学省は幾つ“天下り先”を確保したのであろうか。是非教えてもらいたいものである。

『…まだ米軍来攻が予測されていなかった時期に自決用の手榴弾が配られたという住民の不確かな証言まで、教科書に載ることになった。』

 それは無いであろう。いくらなんでも“教科書”にそのような“不確かな事実”が検証されることなく掲載されることはあり得ない。あってはならない。これでは何処かの政治団体の機関紙と変わりがない。少なくとも“自由主義”を標榜する“民主主義”の世の中では考えられないことである。

『検定に対する不服申し立てを一部でも認めるような誤った対応を、二度と繰り返してはならない。』

 期せずして日本社会の宿痾を見せつけられる思いを感じた。先ずは、今の“官僚主導型社会体質”を打破しない限り同じことが繰り返されるであろう。良い“前例”が出来てしまった。
 そして、日本・日本人の敵が“敗戦利得者”“官僚体質”であることことを改めて知らされた。

日本の国から「悪徳“敗戦利得者”(マルキスト)」と「“官僚(宦官)”体質」を駆逐しよう!

沖縄集団自決 | 【2007-12-30(Sun) 17:19:27】
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敗戦利得者達の暗躍
左翼の陰謀

2007年12月27日 産経新聞(Net View)より

2007.12.27.sankei.01 “敗戦利得者”が未だに暗躍している。
 「日本軍は、日本軍に、日本軍による、日本軍の方針が」と、何が何でも「日本軍の所為」にしたいらしい。このような考え方を「原理主義」という。そしてそのような者を「原理主義者」と呼ぶ。「マルキスト」はいわば「原理主義者」である。「原理主義者」は「資本論」とは言わないまでも「唯物論」を信奉し「東京裁判史観」「経典」として崇め奉る。そして「日本悪玉史観」を喧伝することによって自らの「悪行」を隠蔽し、「戦後体制」を維持することによって「既得権益」を守ろうとしている。このような“愚行”が今も繰り返し行われている。同じ「敗戦利得者」たちの支援を受けながら。
 “史実”を歪め“真実”を隠蔽して捏造することが彼等が生き残る為の唯一の道である。だからこそ彼らは必死に“歴史を捏造”して抵抗する。彼等の目指す“ユートピア”“理念の中の物語”である。そこには“全人格的な人間”はいない。いるのは“偏った不完全な人間”だけである。人は現実世界の中で生きているのであって、決して“理念”の中で生きているのではない。“理念”“現実”の中で育まれるものであって、“現実を蔑ろにした理念”の中からは“私たちが望む現実”は生まれてこない。そのことは歴史が教えてくれている。“理念”と“現実”を取り違えた“本末転倒”の結果、多くの悲劇が私たちの眼前に訪れ、尊い命が失われている。このことが彼等には分からない。“敗戦利得者”は身勝手な“エゴイスト”であり、正真正銘の“偽善者”である。“原理主義者”は人々の間に“軋轢”を齎し、平和な世の中の育成を阻害して多くの惨劇を惹き起こす。

“敗戦利得者”は“原理主義者”でもある。


沖縄集団自決 | 【2007-12-30(Sun) 00:53:41】
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敗戦利得者達の欺瞞
「沖縄集団自決騒動」は
“敗戦利得者”と“マルキスト”等による謀略である。

 「沖縄の集団自決」は何故起こったか。「敗戦利得者」「左翼の人間」が声高に叫ぶ「日本軍の関与」の主張を聞くたびに日本人の一人として忸怩たる思いを強くする。
 なぜならばそこには、“事実”を見て見ぬ振りをしながら“論理のすり替え”を行い“責任を転嫁”して、自らの「既得権益」を擁護し続けている“卑怯者”の“偽善者”の“日本人”が屯している“醜い現実”が垣間見られるからである。将に“戦後民主主義の残滓”ということ以外に言葉が無い。
 敢えてその真の理由を述べるとするならば、それは「アメリカ軍の無差別砲爆撃」により齎された悲劇であり、それ以外の何ものでもない。そして“戦後の価値観”から考えればその“民間人(非戦闘員)の殺戮”を含めての“アメリカ軍による悪逆非道な砲爆撃”が何故されたのかというと、それは「アメリカの極東政策」の一環であり、且つ「アメリカの世界戦略」上の当然の“戦争行為”であったということだ。このことは日本への「無差別爆撃」及び「原爆投下」においても然りである。
 だからこそ“戦争”は二度と起こしてはいけない。このことだけが真実なのである。戦争は“人間の最たる愚行”以外の何ものでもない。
 また、戦争に勝った方が正しくて負けたから正しくないということは決して無い。何時までも“日本軍”なり“アメリカ”を怨んでいたところで“平和な未来世界”を築きあげることはできない。そればかりか何時までも“事実”を見つめようともせず“真実”を蔑ろにして「日本軍の所為で集団自決が起こった」等と喧伝して自らを誤魔化していたのでは何れ同じ間違いを引き起こす結果にもまりかねない。“日本(枢軸国)”も悪い。そして“アメリカ(連合国)”も悪い。
 寧ろ根源的には今般の「沖縄集団自決騒動」に見られるような「敗戦利得者」「マルキスト」「思想・観念」こそが先の大戦を引き起こし、様々な悲劇を齎した温床であると私は考えている。
 即ち、誤解されることを恐れずに言わせてもらえば、「沖縄の集団自決」の原因は「日本軍の関与」というような“矮小化された事実”ではなく「戦争そのもの」であり、当然のこととして「日本軍の関与」もあれば「アメリカ軍の関与」もあり、有り体に言えば「日本軍よりもアメリカ軍」にその多くの責任はある。少なくとも「日本軍の関与」を声高に叫ぶ人たちは何故に「アメリカ軍の関与」については口を閉ざしているのであろうか。往々にして「反日(日本悪玉史観)」を唱える方々にはこのような偏りが多く散見する。
 要は「日本軍」でも「アメリカ軍」でも「戦争そのもの」でも何でもよい。自らに“利する”ものであるならば、“事実”を捏造してでも“自分勝手な歴史物語”を創り上げる。これは“共産主義の常套手段”であり“行動原理”でもある。だからこそ私はそのような人たちを“マルキスト”と呼ぶ。マルキストにとって歴史はあくまでも“政治”であり学問ではない。自らの権益を獲得し、そして既得権益を維持し最大化する為の“道具”にしか過ぎない。
 また、“共産主義”と“中華思想”には共通点が多く見られる。一つに、どちらも歴史を“政治的道具”として利用する。「沖縄集団自決の騒動」は「中華圏の陰謀」とも絡めて考えることが必要であろう。現在の中華圏の雄は“共産主義”を標榜している“中華人民共和国”という“中国共産党一党独裁軍事国家”である。よって「中華圏の策謀」とは将に「マルキストの策謀」のことでもある。
 何れにしろ沖縄の人たちがそのような「敗戦利得者」や「マルキスト」の謀略に騙されないでくれることを願うばかりである。
 個人的には「今回の沖縄集団自決の騒動」を通じて多くの憤りを感じている。悲惨な歴史を背負わされた沖縄の人たちを政治的な騒動に巻き込み漁夫の利を得ようと画策する“敗戦利得者”と“マルキスト”の存在と、そして未だに“先の大戦の真の原因”を理解できないでいる善良な日本人が多くいることに。
 諸悪の源泉は“人間のエゴ・驕り”であり、そして具体的にはその変異(奇形)体である“共産主義(マルキシズム)”が源流となった。そしてその具体的な実態としての組織の名称は、

コミンテルン(国際共産主義組織)

である。このことが“歴史の真実”である。そしてその末裔が現代の「敗戦利得者」「マルキスト」、そして多くの「“官僚”と呼ばれる公(おおやけ)の心を失ったエゴイスト集団」である。

沖縄集団自決 | 【2007-12-26(Wed) 23:41:06】
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藤岡信勝氏の正論

11月22日付産経新聞(Net View)より
“msn産経ニュース”

sankei2007.11.22.03 「率直に申し上げます。このまま推移するなら、福田首相と渡海文科大臣はあの悪名高い「近隣諸国条項」を推進した宮沢官房長官と同じ、拭(ぬぐ)いがたい汚点の刻印を文教行政に刻んだ政治家としてその名前を後世に記憶されることになります。」
 「教科書会社各社は早速、検定意見をつけられた5社7冊のみならず検定意見をつけられなかった1社1冊までもが便乗して、11月上旬までに訂正申請を提出しました。」
この訂正申請が承認されるなら、文科省が一度つけた「沖縄戦の実態について誤解を与える表現である」という検定意見は完全に否定され、検定前よりもさらにあくどい反軍イデオロギーに基づく歴史の虚構が教科書に載ることになります。目の前でこのような歴史の再偽造が行われ子供に提供されるのを見るのは到底耐えられません。
sankei2007.11.22.04「第1に、実数2万人以下の沖縄県民大会が「11万人」と誤報された直後に方針転換したことです。「集会で歴史を書き換えさせる」という前例をつくることは法治国家の基礎を揺るがす最悪の「政治介入」です。
「…しかし、教科用図書検定規則第13条に定められた訂正申請制度の趣旨は、検定終了時点から使用開始にいたる約1年の間に発見された誤記・誤植・脱字などについて教科書会社からの訂正申請を認めるもので、検定意見を否定するような訂正は認められていません。「学習上の支障」というこじつけで検定意見を否定する訂正申請をさせているのです。」「…本来、訂正申請の審査はあくまで検定意見の範囲内で行われるべきもの…」「…検定意見撤回運動を推進してきた特定勢力…」「…日本史小委員会の特別委員またはヒアリングに少なくとも秦郁彦、中村粲、曽野綾子の諸氏など集団自決問題に見識と実績のある学者・研究者・作家をくわえねばなりません。…」


 まさに「正論」である、と思う。世の中(多数のマスコミ等)がおかしいのか、藤岡氏がおかしいのか、はたまた私がおかしいのか…。
 “一部のマスコミ・政治家・市民団体、etc.”がおかしいのは分っているが、「正論」がおかしく思われる世の中は、矢張り“おかしい”のではないであろうか。当たり前のことが忘れ去られようとしている。ある意味、怖い世の中である。“現在の民主主義”の世の中は。

沖縄集団自決 | 【2007-11-26(Mon) 17:59:37】
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進歩的文化人の実相
 二つほど投稿し忘れていた“つぶやき”があった。この“進歩的文化人の実相”と“藤岡信勝氏の正論”である。少し時を逸してはいるが“つぶやき”がもったいないので投稿することにする。

sankei2007.11.21.03  私は“大江健三郎氏”が嫌いである。たとえ“権威あるノーベル賞”の受賞者であろうとも嫌いである。そもそも個人的には大江氏が“ノーベル賞”を受賞した時点で“ノーベル賞”そのものへの信頼を失ってしまった。勿論“ノーベル賞”への信頼の欠如はそれだけの理由ではないが、こと“文学賞”に関していえば大江氏個人よりも“翻訳者”を称賛するべきである。相当に“誤訳や意訳”をしてくれたのであろう。そうでなければ、あのように“講演”や“論考(コメント等)”で偏見に満ちた言質を弄する“文化人”が“ノーベル賞”を受賞できる筈がない。中国や一部の共産(全体)主義国家には受け入れられても、現代の民主主義的価値を標榜する自由主義の国々では受け入れられるわけがない。
 何れにしろ、大江氏の講演や論考をたまたま聴いたり見たり読んだりする限りにおいては、このような考えを持ってしまう。おそらく“偏見”であろう。先ずはそう思うことにする。少なくとも今回の“大江裁判”の経緯(いきさつ)を忘れることが出来ればの話ではあるが。
 ともかく私は大江氏の著作は殆ど読んだことはないので、今度、読んでみようと思う。余り気は進まぬが。
2007.11.21.snkei.04 大江氏とは違いもう一人のノーベル文学賞受賞者である“川端康成氏”は私の大好きな作家の一人である。川端氏の小説の中には失われてしまった“日本の心”が鏤められている。矢張り「美しい日本の私」の心意気を持って書かれた作品と「あいまいな日本の私」が書いた作品では雲泥の差が出てきても当然のことなのかもしれない。とはいっても川端氏の作品は結構読んではいるが大江氏の作品は殆ど読んだことがないのだから、これまた“偏見”といわれてもいたし方がない。しかし、今般の大江裁判での本人の答弁を読んでみると矢張りその根底には「美しくない日本の私」の観点から「美しくない日本人」を垣間見るようで進んでその著作を読んでみようとはどうしても思えなくなってしまう。大江氏は今の私にとって忌むべき「卑怯」「潔く」ない「進歩的文化人」の代表的な一人として感じられてしまう。
2007.11.21.snkei.05 まさに、その答弁は「良心の欠けた不誠実な弁明」であり「美しくない日本の私」である。矢張り「あいまいな日本の私」は必然的に「美しくない日本の私」を形作ってしまうのであろう。
 私は川端氏が言うような「美しい日本の私」でありたいと願う。そして事実は将にその通りであると信ずる。勿論、“私が美しい”というのではなく「日本は美しい」ということだ。せっかく「美しい日本」に生まれたのだから後は「美しい私」になれるよう頑張るだけだ。何も無理やり「美しくない日本の私」になることもないであろうに、結構、“変質者”は多くいる。今の日本には。返す返すも忸怩たる思いで私の心は満杯である。
 実際に裁判を傍聴された秦氏は「もしこうした語り口が法廷戦術の一環だとしても、これほど非常識で不誠実、一片の良心も感じとれない長口舌に接した経験は私にはない。」と述べられている。
 矢張り“進歩的文化人”はただ者ではない。日本人でありながら日本人ではなくなってしまっているようだ。「卑怯」で「潔く」なく「詭弁家」ある。まるで世界に不幸を撒き散らす(散らしている)「マルキスト」や「原理(≒全体)主義者」のようである。

沖縄集団自決 | 【2007-11-26(Mon) 17:58:03】
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左翼の論法
 本日(24日)の“博士の独り言”に興味を惹く引用記事(藤岡信勝氏)が掲載されていた。「論理のすり替え」とは何か、どのように行われているのか、を説明する為の好材料と思われる。

先ずは「左翼の行動原理」 

左翼は熱心に電話をかけ、集会・デモをやり、マスコミに働きかけ、政治家を動かし、官僚に圧力をかけます。…


次に「論理のすり替えの実相」

従来集団自決に軍命令があったと教科書に書かれてきたのは、『鉄の暴風』とそれを引き写した多数の出版物が、梅澤・赤松両隊長の「命令」を記述してきたからだ。それが、林氏の研究でも隊長命令がなかったとすれば、従来の教科書記述が修正されなければならないのは当然なのだ。だから、要するにこのあとは、「隊長命令説」を引っ込めて、いろいろな理屈をつけて、日本軍が集団自決を「強制」したと言いつくろうのである。林氏の発言を拾ってみよう。
 〈当日の部隊長命令の有無は、実はそれほど大事な問題ではありません〉〈いざとなったら死ぬことを日本軍によって住民が強制・誘導されていたことが「集団自決」問題の本質なのです〉〈本質的な問題は、軍命の有無ではなくて、軍による強制・誘導だったのです〉


そして「レトリックの実相」

 …沖縄タイムスはこれを2006年10月3日付けの一面トップで「米公文書に『軍命』」という見出しを付けて大々的に報道した。…

 しかし、右の沖縄タイムスの紙面に掲載されている英文を見ると、林氏の翻訳は不正確であり、意図的でもあることがわかる。関連する原文は次の通りである。Civilians, when interrogated, repeated that Japanese soldiers, on 21 March, had told the civilian population of Geruma to hide in the hills and commit suicide when the Americans landed.ここで林氏が「命令する」と解釈した単語は tell であって、order, command, direct, instruct のいずれでもないことに注意しなければならない。…〈即ち、敢えて「tell 人 to ~」の用法を使用している原文は、軍による自決命令の存在を否定することを示すものというべきなのである〉林氏は、むしろ「軍命令」でないことが明かな単語が使われていることをわざと無視して、あたかも「軍命令」があったかのように翻訳してみせたのだ。まともな学者のやることではない。


以上のように、「命令」から「強制・誘導」「論理のすり替え」を行い、「tell」「命令」と訳す「レトリック(=意図的な誤訳)」を「平然」と行う。 「11万人」という「虚報」さえも喧伝する。

その「目的」

日本軍を悪逆非道な存在として描くという目的のために…


 即ち、左翼にとっては事実・真実などはどうでもよい。自らの主張に合わせる為に事実・真実を歪曲し捏造する。そしてその為に「論理のすり替え」を行い「レトリック」を利用する。
 これらは明らかに日本人の価値観にはそぐわない。それは「卑怯」であり 「潔く」無い。だから私は左翼(共産主義者・マルキスト)が嫌いである。

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沖縄集団自決 | 【2007-11-24(Sat) 18:52:32】
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秦郁彦さんの論考に思う2
 以前に取り上げたことがあったかもしれない。“ついで”に投稿する。
 私にとって秦郁彦さんは“まともなこと”をお話になられる論客(学者)の一人である。だからこそであろうか、余りマスメディアには登場されないような気もする。“産経新聞”は特殊な例である。
 ここには少なくとも“朝日新聞の体質”が現れている。未だに平気で“嘘”を垂れ流す。そして謝罪はしない。居直ることが常道だ。そして責任を転嫁するか分散させる。
 秦氏も産経の記事を例にとり指摘されているように“朝日の報道”は「大本営発表」と何等変わりがない。“アサヒる”ことは止められないようだ。本当に困ったマスメディアである。

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沖縄集団自決 | 【2007-11-21(Wed) 22:28:32】
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八木秀次さんの論考に思う
 “沖縄集団自決”について考えを巡らしているとどうしても思い出してしまう言葉がある。八木秀次氏も引用されておられるが、昭和20(1945)年6月6日夜、沖縄の海軍陸戦隊司令官大田実少将が海軍次官あてに打電した有名な文言である。

大田実少将 昭和20年6月13日 沖縄で戦死(自決)、享年54歳。

沖縄県民斯ク戦ヘリ

県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ


 この文言を思い出すたびに少なくとも“沖縄集団自決問題”に関して否定的なことが言えなくなってしまう。たとえ事実に反することであったとしても、“沖縄の人”が言うのであれば、仕方がないと思ってしまう。沖縄の人たちが、事実を直視できるようになった時、初めて“軍の強制はなかった”ことが史実として歴史書に記される。

 しかし、そのような“沖縄の人たち”の気持ちを踏みにじり、自らの思想信条の為に“沖縄集団自決問題”を利用している輩は許すことは出来ない。彼(彼女)等は無理やり史実”を創り上げ、いらぬ内紛”を演出する。自らの目的を達成する為に。要は“策謀・謀略”である。日本国内を混乱に落としいれ、あわよくば政権の転覆を謀り、自ら権力を握り締めることを夢見ている。
 いわゆる“左翼”という人たちはことごとく“卑怯者”である。“真実”が陽の目を見ることになると困るのはそのような“左巻きの人達”であり、自らの権益の為に“史実”を隠蔽・捏造し、“嘘”を喧伝し続けている。まるで意図的に“事実”を悟らせないようにするかのように。

“マルキシズム”は悪魔の申し子である。

 先の大戦の主要因の一つとして“共産主義思想、及び共産主義勢力”がその根底に存在し活動していたことがある、と私は考えている。このような事実を隠蔽する為に未だ“マルキスト(共産主義者)”たちは活動を続けている。もしかしたら一番の“敗戦利得者”は“20世紀最大の新興宗教”とも言われる“マルキシズム(マルキスト)”だったのかもしれない。歴史を紐解けば、これも一面での真理であることだけは確かなようだ。世紀を超えても未だその“人間性を無視した幻影”は消え失せてはいない。

“沖縄集団自決”参照サイト
“沖縄Imaブログ”
“芋太郎の広場”
“小さな資料室”
“沖縄戦関係資料閲覧室”


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沖縄集団自決 | 【2007-11-21(Wed) 21:44:10】
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藤岡信勝さんの論考に思う

“2007.10.24付msn産経ニュース”より

…あの戦争で国と国民のために命をかけて戦った軍や軍人を虚偽に基づいてはずかしめるようなことをする国は滅びる。沖縄の県民感情を利用した反軍反国家反体制運動に屈して教科書検定制度を崩壊させてはならない。


 何故このような“まともな論考”がマスコミでは余り取り上げられないのであろうか。おそらくその理由は、“まとも過ぎる”のが原因かもしれない。
 “まとも過ぎる”と“儲からない”というのが決して認めることはないであろうが、マスメディア人たちの“本音”であろう。
 報道(ニュース)は“奇を衒(てら)う”ことが必要だ。さもなければ“ニュース”にならない。ニュースにならなければ飯の食いあげである。だから報道は“奇を衒う”ことが大切になってくる。
 昔、学生時代に「犬が人間に噛み付いてもニュースにならないが、人間が犬に噛み付けばニュースになる」と“マスコミ原論”か何かの講義で教え諭された記憶がある。だとすれば、これはマスコミ(マスメディア)の“アカデミックな原則”であって間違った捉え方ではないことになる。したがって“まともな論考”は余り報道されない、と不本意ではあるけれども“とりあえず”結論付けておくことにしよう。

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沖縄集団自決 | 【2007-11-21(Wed) 20:42:09】
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曽野綾子さんの論考に思う
 2007.10.23付の“msn産経ニュース”に曽野綾子さんの署名記事がある。その中で“ノン・フィクションを手掛ける場合の私なりの原則”が書かれていた。あくまでも曽野綾子さん自身の原則ではあるが、少し書き換えて私が感じている“現状のマスコミ(マスメディア)の原則”を記してみたい。訂正箇所は赤文字で表示する。

 (1)愚直なまでに暇な時に現場に当たって関係者から直接談話を聴ける時は聞きその通り少し恣意的に書くこと。その場合、矛盾した供述があって、話の辻褄(つじつま)を合わせない

 (2)取材者を怯(おび)えさせないためがら、また発言と思考の自由を確保する与えないため、できるだけ一人ずつ会う機会をつくることり記事を捏造しやすくする環境を整える

 (3)報告書の真実を確保するため、取材の費用はすべて自費会社負担とし、自腹は切らない。


 あくまでも“個人的な印象”である。出来れば記者の諸君には曽野氏の“ノン・フィクションを手掛ける場合の原則”を尊重して記事を書いてもらいたいものである。そして、その上で、不本意ではあろうが“曖昧(あいまい)さに冷静に耐えられる力(能力)”を身につけてもらいたい。いくら名声や金儲けの為、或いは自分勝手な主義主張の為といっても無理やり白黒をつけることだけは止めて欲しい。結構、信用してしまう人たちが多いので世の中が混乱してしまう。
 勿論、全ての記者の方たちではない。“一部の記者の方々”であると、信じるように努力はしている。実際に信じるに値する記事も数多い。しかし、正直判り難い。出来れば何が“プロパガンダ”で何が“事実”で“真実”なのかを区分けして記事にしてもらえば助かるのだが、無理なお願いであろう。要は私たち自身が“見分ける力”を身につけなければならないということか。そのような力のことを“メディア・リテラシー”というのかもしれない。やれやれ大変な世の中である、現実は。

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沖縄集団自決 | 【2007-11-21(Wed) 19:58:49】
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秦郁彦さんの論考に思う
 現代史家の秦郁彦氏は、2007年6月5日付の“産経新聞(msn産経ニュース)”「沖縄集団自決をめぐる理と情」のタイトルで記事を寄稿されている。秦氏はその記事の中で朝日新聞の記事(社説)を取り上げ、

…さすがに社説ともなると冷静なタッチが多いなかで、朝日だけは突出した情緒論で終始している。他にも日本軍は住民が捕虜になることを許さず、「敵に投降するものはスパイとみなして射殺する」と警告し実行していったとか、捕らえられれば「女性は辱めを受け、男性は残忍な方法で殺される。日本軍はそう住民に信じ込ませた」と書いているが、いずれも事実無根に近い。…」

と述べられているが、少なくとも、もし「女性は辱めを受け、男性は残忍な方法で殺される。日本軍はそう住民に信じ込ませた」とするならば、その“信じ込ませた張本人”は実は“日本軍”ではなく“マスコミ(マスメディア)”である。このことの理解なくして“戦後”は終わらない。
 “マスコミ(マスメディア)”が自らの既得権益の拡充を図り国民を“先導”し、私腹を肥やしていたのであって、決して“軍”“軍国主義”“国民に信じ込ませた”のではない。要は“新聞の売上(発行・販売部数)”を上げ“自分たち”が“好い思い(生活)”をする為に“センセーショナル(誇大)な記事”を書き続け、挙句の果てはその責任を“日本軍”及び“軍国主義という政治形態”に転嫁しているだけである。
 本来、その責任があるとすれば、それは“マスコミ(マスメディア)にこそ責任があり”、責任を負うことが求められるならば、その責任はマスコミ(マスメディア)が負うべき”である。
 結果、マスコミ(マスメディア)は未だに責任を回避し続け、反日的立場(日本悪玉史観・左翼史観の信奉者)の人たちと手を携えながら“真実”を隠蔽し続けている。その具体的な戦略の一つが“歴史問題への取り組み”であり、“南京大虐殺”“従軍慰安婦”そして“沖縄集団自決”等の“政治的な物語”の“既成事実化”である。

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沖縄集団自決 | 【2007-11-21(Wed) 18:50:12】
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沖縄集団自決訴訟の詳報(5)完

“msn産経ニュース”より

大江氏「責任をとるとはどういうことなのか」
(1/3ページ)2007.11.9 20:49

《5分の休憩をはさんで午後2時55分、審理再開。原告側代理人が質問を始めた》

sankei2007.11.10.01ooekenzaburou 原告側代理人(以下「原」)「集団自決の中止を命令できる立場にあったとすれば、赤松さんはどの場面で中止命令を出せたと考えているのか」

 大江氏「『米軍が上陸してくる際に、軍隊のそばに島民を集めるように命令した』といくつもの書籍が示している。それは、もっとも危険な場所に島民を集めることだ。島民が自由に逃げて捕虜になる、という選択肢を与えられたはずだ」

 原「島民はどこに逃げられたというのか」

 大江氏「実際に助かった人がいるではないか」

 原「それは無目的に逃げた結果、助かっただけではないか」

 大江氏「逃げた場所は、そんなに珍しい場所ではない」

 原「集団自決を止めるべきだったのはいつの時点か」

 大江氏「『そばに来るな。どこかに逃げろ』と言えばよかった」

 原「集団自決は予見できるものなのか」

 大江氏「手榴(しゅりゅう)弾を手渡したときに(予見)できたはずだ。当日も20発渡している」

 原「赤松さんは集団自決について『まったく知らなかった』と述べているが」

 大江氏「事実ではないと思う」

 原「その根拠は」

 大江氏「現場にいた人の証言として、『軍のすぐ近くで手榴弾により自殺したり、棒で殴り殺したりしたが、死にきれなかったため軍隊のところに来た』というのがある。こんなことがあって、どうして集団自決が起こっていたと気づかなかったのか」

 原「(沖縄タイムス社社長だった上地一史の)『沖縄戦史』を引用しているが、軍の命令は事実だと考えているのか」

 大江氏「事実と考えている」



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沖縄集団自決 | 【2007-11-10(Sat) 16:50:02】
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沖縄集団自決訴訟の詳報(4)

“msn産経ニュース”より

大江氏「隊長が命令と書いていない。日本軍の命令だ」
(1/3ページ)2007.11.9 20:11

《午後1時50分ごろ、大江健三郎氏が証言台に。被告側代理人の質問に答える形で、持論を展開した》

 被告側代理人(以下「被」)「著書の『沖縄ノート』には3つの柱、テーマがあると聞いたが」

 大江氏「はい。第1のテーマは本土の日本人と沖縄の人の関係について書いた。日本の近代化に伴う本土の日本人と沖縄の人の関係、本土でナショナリズムが強まるにつれて沖縄にも富国強兵の思想が強まったことなど。第2に、戦後の沖縄の苦境について。憲法が認められず、大きな基地を抱えている。そうした沖縄の人たちについて、本土の日本人が自分たちの生活の中で意識してこなかったので反省したいということです。第3は、戦後何年もたって沖縄の渡嘉敷島を守備隊長が訪れた際の現地と本土の人の反応に、第1と第2の柱で示したひずみがはっきり表れていると書き、これからの日本人が世界とアジアに対して普遍的な人間であるにはどうすればいいかを考えた」

 被「日本と沖縄の在り方、その在り方を変えることができないかがテーマか」

 大江氏「はい」

 被「『沖縄ノート』には『大きな裂け目』という表現が出てくるが、どういう意味か」

 大江氏「沖縄の人が沖縄を考えたときと、本土の人が沖縄を含む日本の歴史を考えたときにできる食い違いのことを、『大きな裂け目』と呼んだ。渡嘉敷島に行った守備隊長の態度と沖縄の反応との食い違いに、まさに象徴的に表れている」

 被「『沖縄ノート』では、隊長が集団自決を命じたと書いているか」

 大江氏「書いていない。『日本人の軍隊が』と記して、命令の内容を書いているので『~という命令』とした」

 被「日本軍の命令ということか」

 大江氏「はい」

 被「執筆にあたり参照した資料では、赤松さんが命令を出したと書いていたか」

 大江氏「はい。沖縄タイムス社の沖縄戦記『鉄の暴風』にも書いていた」



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沖縄集団自決 | 【2007-11-10(Sat) 16:19:31】
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沖縄集団自決訴訟の詳報(3)

“msn産経ニュース”より

赤松さん「タブーのような状態」
(1/3ページ)2007.11.9 19:00

《午後1時半に審理を再開。当事者席に大江健三郎氏が座ると、傍聴席の画家らがいっせいに法廷スケッチの似顔絵を書き始めた。まず、渡嘉敷島の守備隊長だった故赤松嘉次さんの弟の秀一さん(74)への本人尋問が行われた》

 原告側代理人(以下「原」)「あなたは赤松隊長の弟さんですね」

 赤松さん「そうです。兄とは年が13歳も離れているので、常時、顔を合わせるようになったのは戦後になってから。尊敬の対象だった。父が年をとっていたので、家業に精を出してくれた」

 原「沖縄タイムス社の『鉄の暴風』は読んだか」

 赤松さん「読んだ。大学の近くの書店で手に入れた」

 原「戦争の話には興味があったのか」

 赤松さん「戦争は中学1年のときに終わったが、陸軍に進むものと思っていたくらいだから、よく読んだ」

 原「『鉄の暴風』にはお兄さんが自決命令を出したと書かれているが」

 赤松さん「信じられないことだった。兄がするはずもないし、したとは思いたくもない。しかし、329人が集団自決したと細かく数字も書いてある。なにか誤解されるようなことをしたのではないかと悩み続けた。家族で話題にしたことはなかった。タブーのような状態だった」

 原「お兄さんに確認したことは」

 赤松さん「親代わりのような存在なので、するはずもない。私が新居を買った祝いに来てくれたとき、本棚で見つけて持って帰った」

 原「ほかにも戦争に関する本はあったのか」

 赤松さん「2、3冊はあったと思う」

 原「『鉄の暴風』を読んでどうだったか」

 赤松さん「そりゃショックだ。329人を殺した大悪人と書かれていた。もう忘れていたが、最近になって、ショックで下宿に転がり込んできたと大学の友人に聞かされた」



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沖縄集団自決 | 【2007-11-10(Sat) 15:57:56】
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沖縄集団自決訴訟の詳報(2)

“msn産経ニュース”より

「(軍令)出していない。兵も配置してない」
(1/4ページ)2007.11.9 17:12

 《休憩後、審理を再開。被告側代理人による質問が始まる》

 被告側代理人(以下「被」)「戦陣訓として『生きて虜囚の辱めを受けず』という言葉があるが、こういう教えが座間味の島民に浸透していたのは知っていたか」

 梅沢さん「島の長が島民に教育していたと思う」

 被「島民に浸透していただろうということは、分かっていたか」

 梅沢さん「それくらいは浸透していたと思う」

 被「鬼畜である米英に捕まると女は強姦、男は八つ裂きにされるので玉砕すべきだ、ということも浸透していたと知っていたか」

 梅沢さん「そういうことは、新聞雑誌が言っていたことだ」

 被「物資の運搬などに対する島民への指示は誰がしたのか」

 梅沢さん「基地隊長がやっていた。炊事の手伝いとか、食料の世話とか」

 被「元々の指示は梅沢さんから出されたのか」

 梅沢さん「私から基地隊長にお願いした」

 被「軍の装備について。軍にとって手榴(しゅりゅう)弾は重要な武器か」

 梅沢さん「はい」

 被「女子青年団長が軍曹から『万一のときは日本女性として立派な死に方を』と言われて手榴弾を渡されたことは知っているか」

 梅沢さん「はい。団長から聞いた」

 被「(座間味村史を示し)『民間人だし足手まといになる』『万一の時は自決を』と言われて手榴弾を渡された、と書いている女性のことは知っているか」

 梅沢さん「知らない人だ」

 被「こんなことがあった、というのは知っているか」

 梅沢さん「こんなことはありえない」



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沖縄集団自決 | 【2007-11-10(Sat) 15:43:20】
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沖縄集団自決訴訟の詳報(1)

“msn産経ニュース”より

梅沢さん「とんでもないこと言うな」と拒絶
(1/4ページ)2007.11.9 15:12

 沖縄の集団自決訴訟で、9日、大阪地裁で行われた本人尋問の主なやりとりは次の通り。

 《午前10時半過ぎに開廷。冒頭、座間味島の守備隊長だった梅沢裕さん(90)と、渡嘉敷島の守備隊長だった故赤松嘉次さんの弟の秀一さん(74)の原告2人が並んで宣誓。午前中は梅沢さんに対する本人尋問が行われた》

 原告側代理人(以下「原」)「経歴を確認します。陸軍士官学校卒業後、従軍したのか」

 梅沢さん「はい」

 原「所属していた海上挺身(ていしん)隊第1戦隊の任務は、敵船を撃沈することか」

 梅沢さん「はい」

 原「当時はどんな装備だったか」

 梅沢さん「短機関銃と拳銃(けんじゅう)、軍刀。それから手榴(しゅりゅう)弾もあった」

 原「この装備で陸上戦は戦えるのか」

 梅沢さん「戦えない」

 原「陸上戦は予定していたのか」

 梅沢さん「いいえ」

 原「なぜ予定していなかったのか」

 梅沢さん「こんな小さな島には飛行場もできない。敵が上がってくることはないと思っていた」

 原「どこに上陸してくると思っていたのか」

 梅沢さん「沖縄本島だと思っていた」

 原「昭和20年の3月23日から空爆が始まり、手榴弾を住民に配ることを許可したのか」

 梅沢さん「していない」

 原「(米軍上陸前日の)3月25日夜、第1戦隊の本部に来た村の幹部は誰だったか」

 梅沢さん「村の助役収入役小学校の校長議員、それに女子青年団長の5人だった」

 原「5人はどんな話をしにきたのか」

 梅沢さん「『米軍が上陸してきたら、米兵の残虐性をたいへん心配している。老幼婦女子は死んでくれ、戦える者は軍に協力してくれ、といわれている』と言っていた」

 原「誰から言われているという話だったのか」

 梅沢さん「行政から。それで、一気に殺してくれ、そうでなければ手榴弾をくれ、という話だった」



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沖縄集団自決 | 【2007-11-10(Sat) 15:18:40】
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